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第一話

「驚いて体が勝手に動いてしまった事とは言え、傷付けてしまったのは事実。謝るわ。ごめんなさい」


「いや、人が頑張って獲った獲物を目の前で食いながら言われても………蹴られたし食われるし、何これ?イジメ?」


川の辺で手頃な岩に座りながら顔面に靴の跡を付けた自分とこんがりと焼けた食欲をそそる焦げ目がある川魚を頬張る血塗れの少女。


焚き火からパキッ、と木の割れる音がした。


「それで、何で一糸纏わぬ姿で魚を天に捧げて快感を得ていたの?」


「いや、見た感じだと間違いないけど、その言い方だと何か………まぁ、いいか。ギルドの依頼でマッドウルフを狩りに来たんだけどさ………」


何故か全く見つからず夜になってやっと人間大の狼──マッドウルフ一体を見つけて殺すと、いつの間にかマッドウルフの群れに囲まれていた。


我武者羅に剣を振るい、群れを全滅させた次は血の匂いにつられて別の魔物達が魑魅魍魎の如く現れた。


流石の自分も思わず白目をむいてしまったが逃げれるわけもなく心も体もヤケになっていた影響か、夜通し殺し合う事となってしまった。


そして、朝になり謎の達成感と疲労を抱えて偶然近くにあった川で体を洗い、川魚で朝飯をしようと考え獲っていたら目の前に少女がこちらの裸をガン見していたのである。


決して自分は悪くない。

そう、悪くはないはずだ。

全裸だったけど。


説明を終えると、蹴りを入れた彼女は丁度川魚を食べ終わり『けふっ』とゲップしていた。

何だろうなぁ、と胸に宿るモヤモヤとした謎の感情に溜め息を吐くと少女が口を開いた。


「それって一日中戦い続けたってこと?普通なら信じられないけど………」


チラリと少女が視線を逸らす先には山積みに置かれた毛皮の山に加え鱗や爪などがあった。

これらは全て徹夜で狩りまくった魔物達から剥ぎ取った物である。

少女は一瞥するとこちらへ向き直る。


「それを見れば納得ね」


「疑っても疑わなくてもどちらでもいいさ。あー、自己紹介が遅れたな。レイジ。レイジ・グランディウス。当ても無くそこら辺を旅している冒険者だよ。昨日、この辺りにあるベンベルグという街に着いた」


「私はフィラン。ただのフィラン。私も冒険者で今はベンベルグを拠点としているわ。別に覚えなくてもいいけど」


家族名が無いことに思わず片眉を上げてしまったが彼女──フィランは他人だ。

ズケズケと無粋な事を聞くのは良くないので流す事にした。


「さて、本題に入ろうか、フィランさん?」


惜しそうに骨についている身をしゃぶっているフィランに自分は口角を上げ不敵に笑う。


「アンタは人に蹴りを入れた上に人の朝飯を無理矢理食べた。つまりアンタは俺に罪と借りが出来たってことさ!」


「女の子に裸見てもらったからチャラね」


「俺、別に裸見てもらって興奮する変態じゃないからね?ノーマルだからね?と言うか、それで二つともチャラにしようとするんじゃねぇよ。え?変態にとってそれ程、価値ある物なの?」


フィランの唐突なジャブに完全に流れが潰されてしまった。

咳を二回して話を再開する。


「ま、まぁ、とりあえず、俺はフィランさんに頼み事が出来るという事でもあるのだ」


「チャラ……」


「あるのだ!」


まだフィランが何かを言おうとしているが、話が堂々巡りする為に遮るように大声を張り上げる。


「俺が望むのはただ一つ!!」


そして、彼女の眼目に人差し指を突き出し大きく目を開く。


「街への帰り道を教えて下さい」


「甘い物持って来たら教えてあげる」


「あ、はい」






♠︎






森を抜けると大きな草原。

更に大きな草原を越えると草の根が張り付いていながら堅牢さを損なわない城壁が見えてくる。


ログナス王国領土にある街──ベンベルグ。

大きな教会を中心に広がる街は喧騒に満たされ、活気に溢れていた。


ログナス王国の物品の流通の中心としてあるこの街は様々な行商人や旅団が集まっている。


ベンベルグの一番大きな通り。

多くの店が左右に並ぶ、その中に冒険者には欠かせない組織──ギルドがある。


ギルドは所謂世界規模の何でも屋みたいな物だ。

魔物の討伐、薬草の採取、猫探し、等々多種多様の依頼があり、それをギルドに登録した者が受ける形となっている。

ギルドには年齢制限がないので子供が小遣い稼ぐ為に依頼を受けるなんてよくあることらしい。


冒険者とはこの広い世界に無数にある未開の土地を調査及び報告を行う者達のことを指す。

冒険者はその土地に行く為にも資金がいるので、ギルドが依頼を提供し、冒険者が依頼をこなす事で活動の路銀を手に入れている。


冒険者にも危険な依頼を受けさせない為にもギルドが管理し、その冒険者には等級制度を設けて、見合った依頼を受けさせている。

冒険者に成り立てだと五等級から始まり、そこから四等級、三等級、二等級、一等級と上がっていく。


勿論、等級と不相当の事を勝手に行うとギルドから注意があり、場合によっては冒険者の資格を剥奪される時もある。


「いいですか、レイジさん!暗くなったら戻って来る!これが冒険者としての常識!間違ってませんよね!?」


「はい………仰る通りです………」


「ですよね!?ですよね!?なら何故帰って来なかったんですか!?魔物にカプカプされちゃうかもしれないんですよ!?レイジさんは五等級のルーキーですよね!?赤ちゃんに産毛が生えた程度の実力なのですよ!?」


「いや、そのルーキーが昨晩にマッドウルフの群れやらをぶった斬りにしたんですが………」


「フィランさんが!ですよね!?」


「ぇ〜〜………」


故にこうして五等級の自分は受付嬢に怒られているのだ。


小柄な体の受付嬢は腰に手を当て、頬を膨らませながら如何にも『私、怒ってます!』というオーラを出している。

いるのだが、どこか可愛らしく見えてしまうので、周りの冒険者達はそんな彼女を見ながらほのぼのとしていた。

無論、自分もその中の一人である。


どうやら彼女にとったら自分は夜になっても戻らず運良く朝を迎えて無数の魔物に襲われているところをフィランに合流して助かった、と言う筋書きになっているらしい。


フィランも横から本当の事を言っていたが受付嬢は聞く耳を持たない。


理不尽という言葉が思い浮かんだが、昨日、街に来た五等級が依頼受けたら無数の魔物を屠って帰って来た、と言うのは信じられない話だろう。


今回はマッドウルフの討伐依頼の報酬は支払われたが、俺が魔物から剥ぎ取った物を換金した金はフィランさんに渡される事になった。


「聞いてますか、レイジさん!?」


「うぇーい………」


それから小一時間、床に正座しながらプリプリ怒る受付嬢にほんわかとげんなりが織り交ぜた感情に曝されていた。


説教が終わると、痺れる足を引きずりながらフィランが座っているカウンターへ向かう。

彼女は骨が付いた肉を食べ終わった後らしく、骨の端に付いている軟骨に貪り付いていた。


隣に座ると何故かジト目でこちらを睨む。

彼女は自分が木の実を採っている最中に水浴びしたのか青い髪と服が若干濡れていた。

その姿はどこか艶かしく感じてしまうが睨む目で台無しだ。


「何で隣に座るのよ」


「いや、何となく流れ的に?」


「私と貴方との取り引きはもう終わってるから他人同士なんだけど?まぁ、いいわ。はい、これ」


溜め息を吐きながらそう言うフィランがテーブルの上に置いたのは、大きく膨らんだ麻袋。

こっちに手繰り寄せ開けると中には金色に輝く硬貨が入っていた。

これは自分が魔物から剥ぎ取った物を換金した金である。


「いいのか?」


「元は貴方の成果なんだから貴方が受け取りなさいよ」


彼女はそれだけ言うと杯に入った水を一気に飲み干し、重さで床にめり込んでいたメイスを引っこ抜く。

視界の端で受付嬢が壊れた床を見て死んだ目をしていたのは放っておく。


「じゃあ、私は行くわ」


「おう、色々あったけど、本当に色々ありまくりだったけど、助かった………よ?」


裸を見られ、顔面を蹴られ、朝飯を食われ、木の実を取りに行かされた。

二十年生きた自分でも中々濃い午前だった気がする。


つい先程の事なのに感慨深く思うと、気づけばフィランは何も言わずギルドの出入口に向かっていた。


たった数時間の短い付き合いだった。


最後まで面の皮が厚く、素っ気ない少女と言うのが彼女に対しての印象である。

だが、場所を転々とする自分とこの街を拠点とする彼女だともう会うことは少なくなるだろう。


「さて、俺も行きますかね」


まずは宿を借りよう。

後の事はふかふかのベッドの上で考える。

腰を上げて立ち上がり出入口へと向かった。






♠︎






「は?満杯で泊まれない?」


恰幅の良い宿屋の女将に思わず間抜けな面を晒してしまった。

ギルドを出て適当に歩き回り目に付いた宿屋に入って空き具合を確認したが、どうやら満杯らしい。


「この時期は始の季節だから輸入やら旅団やらで人が溢れかえっているんだよ。だからどの宿も人が一杯じゃないのかい?」


確かに雪の季節が過ぎ、暖かくなって動きやすい始の季節の方が良いだろう。


「マジかぁ………流通が盛んな街だって聞いてたけど、そこまでとは………」


「単に物珍しさに来る観光客も多くいるからね」


そう言う女将の視線は窓へと向けられており、それだけで自分は女将が何を言おうとしているのか分かった。


「あー、ここを覆う結界か………」


「聖女様の聖遺物なんて滅多にお目にかかれない物さね」


──聖遺物

遥か昔、聖女と呼ばれる人物が猛威を振るっていた魔物達を統括する魔王を討伐する為、ドワーフと共に開発した人智を余裕に超えた武器の事である。

その数は百もあり、その大半は聖女を信仰する教会が管理している。


このベンベルグの街には街を覆うように透明な結界が護るようにして施されている。

これは聖遺物の中の一つ、『防魔のアイギス』による物である。

アイギスによる結界は魔物または魔物による攻撃を完全に防ぐ事が出来る。


アイギスはこの街の中央にある教会に保管されており、厳重に警備されている。

故に公開されてないので街を護る結界がアイギスというわけではないのだが、それでも一目見ようとする人もいるのだ。


「半永久に起動する結界か。見たいと思うのが当たり前の反応なんだろうなぁ………」


「知り合いの宿を紹介してやりたいけど、どこも一杯だからねぇ………」


「いや、大丈夫だよ。何とか探してみるわ。邪魔したな」


頑張りな、という女将の声を受けながら宿屋を出る。

空を見上げると太陽は未だ空の天辺に位置している。


時間はまだまだあるし、こんな広い街だから一つくらい空いている宿屋くらいあるだろう。


そう心の中で呟き、舗装された石畳の地面を踏みしめて歩き始めた。






♠︎






「全滅………だと………!」


現実と己を蝕む絶望感に胸を撃ち抜かれ、四つん這いになる。

周りの人の視線が刺さるが知らない。


震える脚を無理矢理押さえつけ、石を積み上げて舗装された川の近くに座る。

刀を腰から外して肩に乗せ、抱えるようにする。

ふと上を見ると太陽が傾き、建物の影に隠れるようになった。


大きく息を吸い込む。

深緑に濁った川から湧き出る独特の臭いに思わず咽せそうになる。

これなら朝にいた時の川の方が綺麗だった。

一気に息を吐き出すが、現状が変わったわけではない。


これで計二十。

『ごめんね』『悪いね』『満杯だね』『すまんね』以降その繰り返しだった。

そして、もう夕暮れである。



ギルドは所によって宿泊する設備があるのだが、ベンベルグのギルドは一回建てで中は酒屋の雰囲気だった。

あそこに宿泊する場所があるようには思えない。


「綺麗な星空を眺めながら一夜を過ごす………ベッドで天井を拝みながら寝てぇよぉ………何?ベッドも天井も無い?逆に考えるんだ。娼館に行って眠れない夜を過ごしちゃっても良いのだと」


頭の中が段々と末期になっていくのが自分でも分かる。


立ち上がった時、偶々見えた川の向こう岸の路地裏の奥に、見た事がある背中があった。


メイスに代わり大きな樽を肩に乗せているが、あれはフィランだ。

ただ少し違和感があるのは二人の男が彼女に詰め寄っている所だった。


貧相な服と下卑た表情で詰め寄る男達に自分は何となく察する事が出来た。


「行く宛も決まってない。やる事を決まってない。なら、今するべき事をするだけだな」


立ち上がり刀を腰に佩く。

近くに橋があったのを思い出し駆け出し始めた。

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