第十五話
レイジとフィランが魔族と接触していた頃。
レイジ達が風の如く駆け、魔物の屍により作られた道は直ぐに埋められていた。
将たる魔族は人間と共に森へと消えて行ったが己がやる事は変わらない。
ただ、姫様が為にあの街を蹂躙するだけだ。
魔王軍に属する魔物は優秀だ。
出された命令に忠実に動き、目標が為に進む。
そして、立ちはだかる障害は己の頭で考え行動する。
今回も異分子たる人間二人により進軍が遅れたが、立て直しに時間はかからなかった。
最前線にいる魔物はベンベルグの目と鼻の先にいた。
ベンベルグの固く閉じられた圧倒的な威圧感を放つ門を魔物達は武器を振るい打ち付けようとする。
その時、魔物達は知らなかった。
魔物達の足下に薄く血が付いた小さな紙が落ちていたことを。
──聖職者が城壁の上で魔物達を殺さんと睨んでいたことを。
「『顕現せよ』」
突如、下から飛び出した何かにより一番前にいた魔物達は打ち上げられる。
それは巨大な土の壁だった。
土の壁が瞬時に地面から構築され、ベンベルグの街を護らんと半球体状に覆った。
何が起こったのかと慌てるように声をあげる魔物達。
「おー、流石は聖女教会本部特製の魔法札。そこいらの流通品とは効果が違うわね」
そこへ手の中にある細長い紙をいじりながら一人の女性が土壁を降りてきた。
白と水色を基調とした制服を身に纏い、赤い髪が特徴的な女性──テレシアだった。
細長い紙──魔法札は端から粒子となり、空気に溶けるように消えていく。
テレシアは蒼天に向けて溜息を吐いた。
「ハァ………本当なら殺人鬼が死んだ時点で私の任務は終わってるんだけど………でも、このままベンベルグか壊れたら本末転倒だし、この街の地酒は美味しかったからね」
彼女にこの街を救う義務は無い。
しかし、彼女にはこの街を救う義理はある。
聖女教会の巡察官としてではなく、一人の観光客として。
「時間外労働上等。後で本部に残業代の報告を叩きつけてやる」
彼女は幅が広い片手剣を抜く。
そして、その先を魔王軍に向け不敵に笑う。
「我等は敬愛せし聖女が護られた世界を守護する者」
それは彼らの存在する意味。
「また、世界への叛逆を起こしし者を滅ぼす者」
それは彼らの掲げる目的。
「玉散る剣を抜き連れ、いざ行かん。聖女教本部所属巡察官 テレシア・クレイムス、参るッッ!!」
教会の──己の確固たる思いを、この場にいる魔物全体に響く程に高らかに名乗り上げるテレシア。
それに応えるように那由多の魔物が一斉に襲いかかる。
しかし、テレシアが全てにおいて速かった。
「『反響せし我が鼓動』」
鈴とした声が唱えられる魔法。
テレシアの身体全体を赤い透明な魔力が包む。
先ず、目の前のゴブリンの腹に一撃。
突き刺した刃をそのまま、痙攣するゴブリンを蹴り飛ばす。
左のコボルトを盾でぶん殴る。
コボルトが離れた所で懐から数枚の魔法札を取り出し、事前に切っていた指でなぞり血をつける。
それを空へとばら撒き、また唱えた。
「『顕現せよ』」
魔法札は炎に包まれ、大きくなる。
直ぐに炎は槍の形へとなり、コボルトを含む周りの魔物達目掛けて飛び込んで行った。
腹、頭、脚、肩。
刺さった所から炎が燃え移り、断末魔をあげる暇すら与えず魔物達の体を瞬時に灰へと化す。
背後を襲いかかるオークを瞬時に逆手に持ち直し突き刺す。
鎧で阻まれる筈が砕いて貫通し腹に刃が通った。
瞬時に三体を倒した人間に魔物達は最大の障害と見なした。
しかし、テレシアは止まらない。
先ずはその大きな盾をぶつけ、上へと受け流す。
何が起きたのか分からないゴブリンの体は宙へと舞い、無様に後ろへと落ちた。
盾で襲いかかる無数の剣撃を防ぎながら掻い潜り、目の前のコボルトの首筋を上から下へ剣で斬り裂き、強制的に地面へと伏せさせる。
そして、剣を振り抜いて直ぐに手首を返してリザードマンに刃を浴びせ、赤い鱗を巻き散らせた。
倒れるリザードマンを押し退け、飛翔して来るワイバーンの上顎に剣を突き刺した。
後ろへと振り回し地面へと叩きつける。
「破ァッッッ!!」
更に前へと振り向きざまにコボルトを盾でぶん殴る。
勢いを止めないまま、また刃を振るいゴブリンの頭を水平に切り落とす。
そして、突っ込んで来るオークの腹を柄頭で殴り体が後ろへ倒れそうになるところを、膝裏を切りつけ空中に浮かす。
無防備になった腹に力の限り剣を叩き込んだ。
鉄の棍棒を振り上げ襲いかかるゴブリンを屍となったオークの腹から剣を抜き取り、弾き返す。
細い左脚を背後へと移動させ腰を無理矢理捻らせる。
左腕を振るい装備された盾をオークにぶつける。
「噴ッッッ!!!」
盾とオークが接触した瞬間、衝撃が波紋状に広がり辺りの魔物を吹き飛ばした。
オークの腹を守るはずの鎧は盾の形に減り込み、オークは白目を剥きながら魔物達を巻き込みながらぶっ飛んだ。
会敵し僅か数分。
瞬時に屍の山を作った修道女に魔物達は己の警報が鳴り響く。
それらを一瞥したテレシアはフンッと鼻を鳴らす。
「私がさっき使った魔法は変わっていてね。詠唱すると時間が経つごとに身体能力がどんどん上がっていくのよ」
彼女の身体能力は今も上がっている。
不気味に揺らめく赤い魔力がそれを物語っている。
もう誰も彼女を止められない。
「だから、早く私を殺しなさいよ。そうじゃないと──」
そして、彼女は嗤う。
「──私も、私が止められなくなるから」
その笑顔は修道女とは思えない程に残虐さを秘めていた。