第十四話
走る。
走る。
走る。
広大な草原を、草を踏みつけてひたすら駆ける。
向かい風が自分を襲うが目は閉じない。
奥にいるだろう敵の大将との距離はどれくらい先か分からない。
それでも前へと走る。
視界の先に広がっているのは大量の魔物の軍隊。
最前にいる魔物達も向かってくる敵を屠らんと武器を構え、高らかに声をあげる。
そして、軍隊が己の間合いに入った。
「一撃必当ッ!!」
武装したゴブリンに振り下ろす。
防御した筈の剣と頭を守る兜をすり抜け、その緑色の頭にくい込む。
すれ違いざまに振り抜くと、断面から血と脳漿を噴水の如く撒き散らし、うつ伏せに倒れた。
「セイッッッハァァァアアアアア!!!」
そして、また一歩。
次に二足歩行の犬──コボルトに兜と鎧の間にある喉元を突き刺し、抉る。
コボルトは叫び声をあげながら痙攣し、息絶える。
相手に二太刀以上を浴びせるつもりは無い。
自分達にそれだけをする暇は無いのだ。
相手の喉元を、頭を、心臓を、相手の生命活動を確実に止めれる位置を突き、殺す。
自分の少し離れた位置でフィランはメイスをぶん回していた。
メイスの先端が三体のゴブリンを歪にひん曲げ、吹き飛ばす。
地面と平行に飛ぶゴブリンの死骸は他の魔物を幾らか巻き込んだ。
そこへ二体のゴブリンと三体のコボルトが彼女に渾身の一撃を翳す。
フィランはメイスを横にして掲げる。
五本の剣がメイスの柄に襲いかかり、甲高い音が響いた。
フィランを地面に押し込まんと力を込める魔物達だったが、フィランの足は屈しない。
寧ろ、フィランの足はピクリとも動かない。
痺れを切らしたかのように気味悪い声をあげる魔物達は離れようか離れまいか迷った時、フィランは大きく前へ踏み込んだ。
魔物達が押し出され後ろへ下がると、フィランは地面を叩くように手を付けると魔法の詠唱を行った。
「『恐怖は脚を竦ませる』」
途端に地面が霜に覆われたかと思うと、そこから鋭利な槍と化した氷が空に向かって飛び出した。
氷の槍は敵を貫き上へと持ち上げる。
自分の周りにいる魔物も槍に貫かれ空へ。
肌に冷気を感じながら氷の森を抜けると、待っていたかのようにワイバーンの低空飛行を行い、自分達を喰らおうと口を大きく開けていた。
自分は地面に膝を付け大きく股を開き低姿勢になると、刃の腹で下顎を切る。
「ぬぅぅぁぁぁああああ………!!!」
飛行の勢いで体ごと後ろへ持っていかれそうになるが、手に力を込め足を踏ん張る。
「ラァァッ!!」
顎、喉、腹、尻尾と刃は滑るように切っていき、抵抗が無くなる時にはワイバーンは臓物を撒き散らしながら他の魔物達の所へ不時着した。
そのワイバーンを踏み台にフィランが空へと跳び上がる。
メイスを持つ手とは逆の手に氷の槍を持っている。
放物線を描きながら落ちるその先には以前に自分達が殺した事があるオーク。
その顔面、目に向けて逆手に持った氷の槍を振り下ろした。
目を潰すのを通り越し後頭部を貫通する。
自分とフィランは仰向けに倒れたオークの顔面を踏みつけ、更に前へ。
立ちはだかる魔物を斬り、殴り潰し、脚を前へ出して進む。
やがて、数体の魔物の奥に一体だけ違う雰囲気を醸し出す魔物がいた。
体は人間の形をしているのに、肌は燃えるように紅い。
短く揃えた色素の薄い髪、黒の眼球に赤い瞳が静かにこちらを見ている。
あれが魔族。
それを見た瞬間に自分は詠唱を行う。
「『轟くは我が魂』!!!」
本日二度目の急激に無理矢理な身体能力の向上。
体が軋むような悲鳴をあげ、口を通る息が血の味をしている。
速くなった脚でフィランを追い抜かし、前へと躍り出る。
「一撃必当ッッ!!!」
命を刈り取りそうな程に暗い漆黒の刃でゴブリンの左肩から右腰に撫でるようにして切り裂く。
三歩進む。
コボルトの首を突き刺し、横へ掻っ捌く。
二歩進み、地面を蹴って跳び上がる。
次にオークの心臓を穿つ。
着地した時、顔の横を掠るようにフィランのメイスが通り過ぎる。
先端を前にして空を切り裂き地面と平行に飛ぶメイスは射線上にある魔物達の体を穿ち、体の一部を弾き飛ばしながら魔族へ。
魔族はそれを見ていながら山のように動かない。
赤子の手の平ほどの距離になった時、腕を組んでいた魔族が動いた。
「■■■■■………!」
まるで小蠅を追い払うかのように最小の動きで手首を覆うガントレットをメイスに当てて弾いた。
大きく響く音に対して魔族の足は後ろへと下がらない。
もう一度宙へと跳び上がる。
天に向けた刀先を頭向けて振り下ろす。
「セイッハァァァァァアアア!!!」
筋力と落ちる勢いを利用した渾身の振りは魔族が上げた腕のガントレットにより防がれた。
あぁ、分かっている。
この魔族に『一撃必当』で切りつけるのは無謀だ。
だから自分は『一撃必当』を使わなかった。
自分が今する事はこの魔族の腹を無防備にすること。
「フィランさんッ!!!」
弾かれたことで高速で回転して形がぶれたメイスが落ちてくる。
それを見事に手に収めたのはフィラン。
「…………ッ!!」
そこでやっと無表情だった魔族の顔にある目が大きく開いた。
だが、遅い。
フィランは既に間合いに入り腰が捩切れん程にメイスを引く。
「オッラァッッッ!!!」
腹から出した声と共に、その熱された鉄のような色をした腹に打ち付けた。
響く轟音。
僅かに曲がる魔族の体。
しかし、魔族は動かない。
魔族とフィランの筋力が拮抗し、フィランの足が地面にめり込む。
あのフィランの力でさえ動かせないのか?
自分の心の端に一抹の不安が生まれる。
だが、フィランの眼はまだ諦めてなかった。
目が飛び出さんばかりに瞼を大きく開き、歯を食いしばり下唇を限界まで地面へと下げる。
そして、フィランは足を大きく一歩踏み出す。
魔族の足が一歩下がる。
「ッッッッ!!」
体も踏み出した足に体重を乗せるかのように前へと出す。
魔族の足が地面から引き剥がされる。
柄が引き絞った弓の如く大きく曲がり、軋む音が自分の耳に入る。
フィランの腕が僅かに膨張し、メイスを振り抜く。
「ッッッッッッラァァァアアアアア!!!」
腹の全てから出されたドスの効いた声と共に魔族を森の奥へと吹き飛ばした。
進路上の木々を薙ぎ倒しても尚、勢いが落ちない。
それを見届けた自分は息を荒くするフィランの肩に手を置いて魔族の追撃を開始した。