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第十二話

殺人鬼の正体はクリムだった。

抗いたい真実に自分の心臓は暴れる程に動いている。


「クリム………どうして………」


フィランは悲しそうに、悲痛な面を浮かべクリムへと近づいていく。


対するクリムは真っ青な顔で不規則に首を横に振り、視線を至る所に移動させる。

息は過呼吸と言わんばかりに大きく吸いながら、体は細かく震えている。


「違う………違うんだよ………フィラン姉ちゃん………」


揺れるような声を発しながら否定を主張するクリム。


「一年前にフィラン姉ちゃんに助けてもらってから………ず、ずっと夢見てたんだ……人を殺す夢を。だけど、最近何だかフィラン姉ちゃん達を襲う夢を見てから、夢じゃないって思ってきて………き、気づいたら教会で変な爆発起こして……それで……!」


完璧なる魔憑きの呪いにかかった者の効果だ。

本人にかかった自覚は無く、魂の吸収する行為は全て夢だと思ってしまう。

故にクリムは今まで気づいておらず、いつも通りに振る舞っていた。


「俺………強くなりたかった………!だけど人を殺す夢を見れば見るほど強くなって………こんな強さ要らないのに………フィラン姉ちゃんの隣に立ちたかっただけなのに………!」


呪いはおそらくクリムの強くなりたい、という思いに反応していたのだろう。

ただ愛する人と共にいたかっただけなのに手に入れた力は魔族に利用されるが為の力。

皮肉、何て皮肉な話だろうか。


魔族はこんな純粋な少年を利用したのか?

今すぐにでも問い詰めたくなった。


フィランはそれでもクリムに歩み寄る。

それでも、クリムを許そうとしている。


「クリム……大丈夫よ。今すぐその呪いを解きに行きましょう………だから………」


触れようとするフィランの手をクリムは払い除け、後ろへと数歩下がる。


「駄目だ!フィラン姉ちゃん………逃げてくれ………!もう、俺の中にある何かが出てきそうになっている………!だから………早く………ッッッッッ!!?!?!」


その直後、クリムの体が大きく痙攣する。


首から真紅の刺青が草の根のように広がっていく。

体を呪いが這う度に、もがくように苦悶の表情を浮かべるクリム。

胃液を吐き出し、呪いを削ぎ落とそうと体を掻き毟る。


「あ……が……ぁあああああああ!!!!」


小さな少年の口から出た大声は、苦しみの声から獣の雄叫びへ。

大音響が壁に反射し、全身にぶつかって来る。


刺青が異常に輝きを放った時、クリムの体に変化が生じた。


呪いを中心にクリムの肌が真っ赤な鱗に覆われていく。

目は蜥蜴の様な三白眼へと変わり、ギョロリと動き自分達へ視線を向ける。

口からは空っぽの卵がぶつかり合う声を出していた。


──リザードマン

クリムを犠牲にして生まれた蜥蜴の魔物が自分達に痛い程の殺気を出している。


奴は中央にある台座をその鱗に包まれた拳で破壊するとその中に勢いよく手を突っ込む。


引き抜いたその手の中には透明ながら光り輝く水晶があった。

遠く離れているだけでも分かる神秘的な力を肌で感じ、アレが聖遺物のアイギスだと分かる。


リザードマンは眼目にアイギスを持ってきて見詰めると、力の限りそれを握り潰した。

硝子にヒビが入る音ともにアイギスに亀裂が走る。


そして、アイギスに宿っていた光が沈黙する。


それを見たリザードマンは任務を達成したかのように声高らかに咆哮する。


「………ク……リム」


「フィランさん!構えろッッ!!」


フィランに大声で喝を入れるが、彼女は動かない。

目の前の現実を信じられず、ただ棒立ちすることしかできなかった。


「フィランさん!!」


「あ……そんな……嘘よ………!」


「クソッッ!!」


鉄をも切り裂きそうな鋭利な爪がフィランを襲おうと振り上げられる。


悪態を吐きながら腰の刀を抜刀。

体を脱力させ、態と前のめりに倒れていく。


あぁ、そうである。

フィランのその反応は正しい。


一年間、一緒だった。

鍛錬を乞うてきたから教えてあげていた。

家族と共に飯を食い、過ごしてきた。


だけど、今は違う。

奴はもうクリムじゃない。

あれはクリムなんかじゃないんだ。


奴は敵だ。

最早、魔物だ。


故に殺さないといけない。

殺さなければならない。

殺さなければ殺される。


自分にそう言い聞かせ、額が地面に付くか付かないかのギリギリのところで足を地面で押し出し走り出す。


だが、間に合わない。


なら間に合わせれば良い。


「『轟くは我が魂(インパクト)』!!!」


初歩中の初歩で自分が唯一使える魔法。

小さな衝撃を放つだけの魔法だが、それを自分の体、それも血管に放つ。


体を循環する血液が急な衝撃に後押しされ、血液の流れる速度が加速する。

自分の心臓が胸骨を壊さんと暴れだし、肌が赤くなっていくのが分かる。


体は気分が悪くなる程に軽くなり、自然と脚が限界以上に動く。


刀を突き出した状態で、刀先を相手に向けてひたすら走る。




間に合うか?


間に合うのか?


いや、間に合わなかった。











──フィランに触れる直前、リザードマンの動きが止まる。











「一撃必倒ぉぉぉおおおおお!!!!」











漆黒と化した刃がリザードマンの心臓に喰らいついた。


通常に戻った刃を抜くと、リザードマンは苦しそうに呻き声を上げると後ろへたたらを踏みながら仰向けに倒れる。

ボロボロと細胞が死滅するかのように鱗がある体は塵へと消えていき、全てが消え去った時には人間のままのクリムが倒れていた。


そして、彼の服から一つのペンダントが零れ落ちた。

それはクリムがフィランに上げたかった物だろう。


「クリム!!」


フィランがメイスを投げ出し、倒れるクリムの下へ。

体を揺すり名前を呼びかけるが、クリムの目は開こうとしない。


それもそうだ。

俺が今、この刃で心臓を突き刺したのだから。


リザードマンがフィランに一撃を入れる前に一瞬だけ止まったのを見て、己を騙し背けていた事を見事に崩した。


あの魔物はクリムだった。


よくよく考えればどうしてアリア達は生きていた。

それは、クリムは完全に魔物に飲まれていないことを証明している。


結局、自分はこの子を殺したのだ。


柄を音が鳴る程に強く握りしめ、腕が小さく震える。

だが、殺さなければフィランが殺されていた。


完全に両方を救う事はできなかった。


言い訳臭い事を心の中で反芻させているとフィランがポツリと呟いた。


「どうしてこの子だったの?この子に呪いをかける必要があったの?」


「誰でも良かったんだろうな………運が悪かったとしか言いようがない。でも、殺したのは俺で──」


「違う。違うわ。一年前のあの時、私はあの子の近くにいた。あの時点であの子はもう不幸になっていたのよ………」


フィランは自分の言葉を拒否する。

ペンダントを拾い上げて、それを見詰める。

鉄で羽の形を模したそれは松明の灯により鈍い輝きを放っている。


「この子には未来があったわ。剣もきっと私よりも強くなる才能があった。それに、私と旅をしたいと言ってきた。私もそれが嬉しかった………」


ぶっきらぼうに無表情に過ごすフィラン。

しかし、彼女の心の中では満ち足りた日々を送っていた。


「馬鹿よね………周りを不幸にする女が家族を欲するなんて………」


人が当たり前にある家族。

彼女はそれを許されなかった。

近づいたら死を呼んでしまうからだ。


「いつもそう。私に近付く人は皆死んでいく。孤児院も本当なら一泊して消えるつもりだった。でも──」


僅かにこちらを振り向いたフィラン。

目には涙が滲んでおり、それを堪えるように唇を噛み締める。

そして、クリムから与えられたペンダントを胸に抱き締め、崩れるように膝を地面に付けた。


「──『ここに居ていい』『一緒にご飯を食べよう』『おかえり』っていう当たり前の家族の愛に、私は甘えていたかったのかもしれない………」


彼女は蹲り、口から嗚咽が漏れる。


「もう………私はどうすればいいのよ………」


どうすればいい?

自分は彼女の気持ちは分からない。

彼女の気持ちを晴らすことなどできはしない。


だけど、その問いに答える事はできる。


「フィランさん、決まってるだろ。いや、本当は分かってるんだろ。俺達が、俺達みたいな奴がやる事は唯一つだ」


クリムを殺した事実は変わらない。

そして、クリムにより結界は壊された。


自分達には武器しか無い。

己の体で武器を振るう事しかできないのだ。


「………」


フィランは立ち上がる。

その目には珠のような涙が零れ落ちている。

だが、彼女は涙を拭わない。


否、涙を拭う事は許されない。

この少女はこの悲しみを背負う為に今ある感情を拭い払いはしない。


だから、涙を流しながら歩いて行かないといけないのだ。


自分も彼女と共に行こう。

彼女と自分で──




「この元凶をぶっ潰す」




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