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第十話


「………ん?」


瞼の裏から光を感じ、溺れていた意識が浮上する。

目を開けるとそこは孤児院だった。

上半身を起き上がらせれば良いのだが、とある商業町で聞いたことを思い出した。

気絶から目を覚ました時に使う魔法の言葉を。


暫く気絶なんてしてなかったから、正に今が使い時だろう。


「知らない天井──」


「アンタ、起きたんだ」


「あ、はい」


魔法の言葉を唱えようとした時、ベッドの横に座って本を読んでいたフィランが自分に話しかけ詠唱は中断された。


彼女の目の下には少し隈ができており、自分を夜通し看病していたのが分かる。


「ここは孤児院だよな」


「えぇ………倒れたアンタをここまで連れて来て治療したの」


「そっか………ありがとう。助かったよ」


「………別に私は運んだだけ。治療したのはテレシアよ」


自分のお礼にフィランは自分と目を合わせない。

会話が止まり久々の気まずい空気が流れ出した。


最近は何かと会話が続いていたが、これで逆戻りだ。

一体、何が原因なのだろうか。


とりあえず自分は原因を探るよりも先に会話を優先する事にした。


「いやはや、まさかこんな所で、しかも単なる殺人鬼がアレを持っているとはなぁ」


「………あの最後に転がした玉のこと、知ってるの?」


「アレはとある国で開発されている可燃性がある粉を詰めてあるんだよ。限界まで詰め込んで中心に火を付けると爆発し、周りの鉄も弾き飛んで敵に突き刺さる。下手すれば戦争が変わるかもしれない恐ろしい物だよ。確か………カヤク、って言ったか?」


自分は偶然助けた学者がカヤクを作っておりお礼ついでに見せてもらったが、あの煙の独特の臭いは慣れそうにない。

まだそんなに出回っていない筈だが、どうやって手に入れたのか気になる。


カヤクの入手について考えているとフィランの視線は自分の背中へと移った。


「ねぇ………その、背中は大丈夫なの?」


何時もはっきりとした拒絶の言葉を発するフィランとは思えない、どこかおずおずとした控えめな声。

透き通る琥珀色の瞳の中に心配する感情が窺えた。


そんな見たことがないフィランに失礼ながら胸が高鳴ってしまった。


「あ、あぁ、少し痛むけど動けるよ。フィランさんは大丈夫?」


「私は何とも無いわよ。アンタが庇ってくれたから………」


「あ、今は魔法で塞いでるけど、激しく動いたら傷が開くわよ」


ドアが開く音と共にテレシアが入ってくる。

何故かげんなりした顔で頭に魚を乗せていた。


テレシアが入った瞬間、フィランの表情は一変し、いつも通りの無表情に近い顔になっていた。


「………何よ、あの子供達。孤児院に入った瞬間、全方向から生魚投げて来たんだけど………地味に生臭い………」


どうやら、子供達の洗礼を受けていたようだ。

重畳、重畳。


「あれ?ここに来てたんだ、酒呑みシスターさん」


「あら、腹出しシスターじゃない。腹巻き買ってあげましょうか?」


「………悔しい………!悔しいのに何一つ言い返せない………!あ、貴方達が殺人鬼に襲われたから巡察官として事情を聞きに来たのよ………!」


顔を真っ赤にしながら細かく震えるテレシアに非常に加虐心が擽られてしまった。


テレシアは頭の魚を取ると、近くにある椅子を手繰り寄せて自分達の近くに座る。

そして、脚を組むと何故か偉そうに胸を張った。


その時に強調されたたわわな一部分に自然と目がいってしまうがフィランが繁殖行動を行っているゴブリンを見る冒険者の目となっているので、意地でも目を背ける。


「さて、じゃあ情報を聞きましょうか」


「アンタ、ただ道端で寝てただけでしょうが。何偉そうにしてんのよ」


「聞きましょうか!?」


有無を言わせぬ迫力で自分達に迫る。

これ以上何か言うとまた涙目になりそうなので、自分達は両手を上げて続けるように促す。


「先ずは殺人鬼の剣の腕について。フィランから聞いた話だと中々の腕らしいけど」


「あぁ、あの頭の横に剣を上げて、剣先を敵に向ける構え方はどう見ても聖女教が採用している剣の構え方だよ。確か『バルの構え』って言ってたよな」


「でもアンタに襲いかかった時は荒々しい剣筋だったわ。まるで剣を持った獣よ」


フィランが言った通り、殺人鬼は最初こそ体捌きは上手くフィランを振りほどいたりしていたが、途中から刃を意識する欠片も見せない棒を叩きつけるような動きとなっていた。


そして、あの時、殺人鬼の服の裂かれた所から見えた刺青。

見た事があるが、何だったのか思い出せない。


「なぁ、テレシアさん。殺された人の中に武芸者はいたか?」


「いるわ。前に言った教会の修道士が剣の使い手だったわ」


その言葉を聞き、自分の心の中で渦巻いていた霧が晴れるように答えが出てきた。


「あー、何となく分かったわ。アイツ、『魔憑きの呪い』がかけられている」


「それ本当?」


「あぁ、間違いない。破れた服の中からチラッと見えた」


自分の言葉にテレシアは全てが納得したように唸る。

会話に置いていかれたのかフィランが不満の声をあげる。


「ちょっと、私にも説明しなさいよ」


「ごめんごめん、『魔憑きの呪い』って言うのは、簡単に言えば人間を魔物にする呪いだ。主に魔族しか使えない術で、強い感情に反応して魂を欲するようになってしまう。そして、魂を吸い過ぎると完全に魔物と化してしまう。その時の行動は魔物の他に吸った魂の情報を元する時もあるらしいぜ」


「おそらくバルの構えを使っていたのも、その教会の人を殺して魂を吸ったからよ」


自分の説明にフィランは顎に手を当て、考える素振りをする。


「憶測だけど、魔王軍の奴らはベンベルグを壊したいけど結界があり入れない。だから魔族が結界の外に出た人に魔憑きの呪いをかけて、魂を吸い込み魔物になるようにする。そして、狙いはベンベルグ教会にある聖遺物──アイギスね」


「いや、十中八九それで間違いないだろう。アイギスを破壊して結界を無くせば、たちまちこのベンベルグは潰される。まさか魔王軍と殺人鬼が繋がっているとはな………」


フィランの考察を肯定し、後頭部を掻きながら溜息を吐く。


殺人鬼。

聖遺物が破壊される可能性。

魔王軍による蹂躙の危機。


もしかしたら自分達は今、危機的状況にいるのではないのか?

そう思うと、また溜息を吐いてしまった。


「魔憑きだったら魔物の特質もあるからフィランさんが与えた肩の怪我も半日で治ってるし、呪いも発動している時しか見えないしな。調べるのは難しいだろうな」


「えぇ、こちらは手を出せないから警備を強化するしかないわね………とりあえず殺人鬼の狙いが分かっただけでも上々よ。直ぐにギルドと教会に行ってくるわ」


じゃあね、とテレシアは直ぐに椅子から立ち上がり、早足で部屋から出て行く。


「シスターのお姉ちゃんが出てきたぞぉぉぉおお!!!」


「「「「あらららららぁーーー!!!」」」」


「ふぇ!?ま、待ちなさい!それは牛乳よね!?かけるの!?かけるのね!?どうせかけるんでしょ!?春画のように!春画のよきゃぁぁあああああ!!!?!?」


………重畳、重畳。






♠︎






テレシアが出て行き、また静かになる部屋。


フィランは表情が逆戻り。

軽く俯き目元が暗くなっている。


窓は閉めているのに鳥の囀りが大きく聞こえる気がする。


このようなフィランを見るのは初めてで、自分は表情を変えてないが心の中は暴れるが如く焦っている。


さて、どうするか。

次の一手に攻めあぐねているとフィランが口を開いた。


「ごめんなさい」


小さな口から出てきたのは謝罪の言葉。

そして、ポツリポツリと言葉が漏れ出す。


「きっと私の恩恵のせいだわ。私が幸福になったから………やっぱり私なんかに近づかないで──」


「あー、それだけど今思ったんだよ」


フィランの言葉を遮る。


彼女の恩恵は『自分が幸福となる代わりに周りにいる他の者に不幸が降りかかる』。


彼女の年齢は分からないが、彼女は長い時間自分の周りの人が不幸になっているところを見てきたのだろう。


おそらく、彼女の言動からその中には亡くなった者もいる筈だ。

そして、それを自分のせいだと思い、生きてきたのだ。


今も彼女は自分の背中を怪我させた事により己を責めている。


しかし、恩恵は常に彼女の意思を無視して発動している。

彼女に悪い事は一つも無いのだ。


だが、彼女は優しい。

優しいが故に彼女は恩恵による不幸を振りまくことでさえも責めてしまう。


「『他人を幸福にさせる恩恵』を持つフィランさんと『他人を不幸にさせる恩恵』を持つ俺ってさ、互いに能力を打ち消し合っているんじゃないかな?だから、トロールにも会うし、殺人鬼にも会う」


自分の言葉にフィランは少しだけ顔を上げた。


「だから、フィランさんが気にする事はない。これは偶然。偶然だから仕方ない事さ。俺達は偶々、運が悪かっただけだよ」


昔から根深く張り付いてしまう感情は剥がせない。


だから、自分は彼女に自分のせいではないと言う。


フィランはまだこれからも己を責め続けるだろう。

だが、彼女が何時かそれを乗り越えてくれるという願いを言葉に込める。


「………ありがとう………」


少し俯いて表情が分からないが、沈んだ声からどこか憑き物が晴れた声になっていた。

そして、言われる感謝の言葉。


今は、それで十分だ。


「お?フィランさん、もしかしてデレた?デレてる?デレたよね?これが数々の書に書かれているデレってやつ?」


「アンタ達ー、お兄ちゃんが起きたわよ。今なら最高速で飛び込んでも大丈夫よ」


「「「「お兄ちゃぁぁぁぁああんんん!!!」」」」


「待て待て待てお兄ちゃんはまだ病み上がお腹が爆発したかのように痛てぇぇぇぇえええ!?!?!!」


子供という名の矢が己の腹に何本も突き刺さり、またも遠退いて行く意識。


だが、暗くなる視界の隙間でフィランの口角が僅かに上がっていたのを見て、どこか安心した。



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