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プロローグ

長い時間、夜の森の中にいたせいなのか目が暗闇に慣れてしまい、夜にしては明るいと感じてしまう。


そのおかげか刀から滴り落ちる赤黒い血が地面に奇抜な模様を作っているのがよく見える。

そして、その先にある全長が成人男性並の大きさがある狼の形をした魔物の死骸も確認できた。

腹が割かれており断面からはみ出た臓物を地面に投げ出しながら事切れている。


我ながら咄嗟に気づいたものだ、と思う。

突如、茂みから大口を開けて飛び出してくるから反射的に後ろに地面を蹴りながら抜刀と共に切り裂いた。


結果、魔物は絶命し、自分は返り血で茶色い外装や下に着ている服が染まってしまった。

服や血が乾き凝固した髪から臭う血なまぐささに顔を顰めながら、腰からナイフを取り出す。


二十歳になるまで食った朝飯の数程行った皮剥は特に苦労することなく終わった。


さて、これからこのこびり付いた血を落としに行くか。


次の行動を即座に決め、来た道を振り返った時、体の前半分にビリビリするようで心から冷えるような殺意がぶつかる。


目から脊髄、脊髄から体に伝わる命令に従い鯉口を切り、足を半歩引く。

目を凝らす視線の先には月の光に反射した無数の目があった。

切り裂くような鋭い視線の半分には自分、また半分は皮を剥がされた狼の仏様。


「あー、もしかして仇討ちって感じか、これ?」


勿論、魔物に意思疎通は図れない。

だが、殺気を当てられているこの状況に聞きざるを得ない。


「それとも単に俺を食い散らかしたいのか?」


相手は答えない。

右手に持った刀を振るい刀身に付着した血を払う。

タタッ、と軽い音と共に地面に新しい模様を作った。


「まぁ、どうせここで死んだらここまで。生きたらいつか死ぬまで。それだけだよな」


右手で持っている刀の切っ先を天へと向けて耳の近くまで上げる。

左手は添えるだけで左足を前へと出す。


相手は殺気を出している。

それ以上に殺気を出せば良い。


一人に対して数は十を超えている。

なら十回以上、刀を振れば良い。


「さぁ、死合おうか?」


数十を超える狼が宙を飛び、地面を駆ける──殺し合いが始まった。






♠︎






木々の間から零れる日光が薄く地面を照らす森の中。

地面から生えた雑草を踏みしめながら一人の少女が肩甲骨まで伸びた紫に近い蒼い髪を揺らしながら歩いている。


少女は心臓が悪くなる程整った容姿なのだが、その右手に持ち肩に乗せた巨大なメイスが物騒さを醸し出していた。


四枚のブレードが組み合わさり、先端にはランスの如き針。

少女の身長を超える程あるメイスの重量は一般男性でも持つのを諦める程だが、少女は気にする体もない。


そんな少女は急にその足を止めた。

目を細め警戒心を顕にし、周りを見渡す。

茂みが不自然に動き何かが姿を現した。


緑の皮膚は森の中で同化するのに適しており、身長は彼女の腰ほどしかない魔物。

手には刃こぼれした粗悪な剣を持っており、ちらつかせるように低い淀んだ声を上げた。


森の中に住む魔物──ゴブリン。

人海戦術を得意とし、動物はおろか人間さえも喰らう悪食の魔物。


背後に足音が聞こえ、前方を警戒しつつ後ろを振り向くと同じ姿をした魔物が五体。


前の一体と合わせて、計六体。


「やっと見つけた」


いくら凶悪そうなメイスを携えている少女だとしても相手は多く、その上囲まれている。

四面楚歌の絶望的な状況であるはずの中、少女は溜め息混じりの声を出した。


メイスを短く持ち、余った柄を脇で固定する為に挟む。

左足を半歩出し、前を見ながらも全を見る。



──殺る気か?



醜悪な顔を歪めながら手に持った剣を前に出して警戒するゴブリン達。


「………」


すると、少女の体はまるで糸が切れた人形の様にスルリと前のめりに地面に落ちだした。


一瞬唖然とするゴブリン。

額が湿気を帯びた地面に触れるか否かの距離。


突如、彼女の姿が消える。




ゴブリン達が瞬きした時、彼女の前にいたゴブリンが背中から臓物と共に針を生やし、くの字に曲がる。




ゴブリンの返り血が彼女の美貌を汚す。

それでも尚、少女は猛進を止めず、大木に突貫。


その衝撃にゴブリンの上半身と下半身が引きちぎられ真っ二つに分かれた。


大きく穴を穿たれた大木からメイスを抜き取り顔を後ろへと向ける。

顔面は無表情だが血の化粧を施した少女はきっと幽霊よりも恐ろしいだろう。


「一匹死んで今更だけど貴方達は殺す。逃げてもいいけど背を向けた瞬間に殺す。背を向けなくても殺す。あ、耳はギルドに報告するのに必要だからしっかりと残す。そこんところよろしく」


仲間が殺されたからか、逃げれば殺されるからか、殺さなければ殺されるからか。

何かに押し動かされたかのように、残り五体となったゴブリン達の内三体が動き始める。


二体が跳躍し剣を振り上げる。

一体は遅れて少女へと走る。


三体のゴブリンの動きを目視で確認した少女。

次はメイスを右手で長く持ち、ただ静かに佇む。



──射程圏内



歯を軋むほど噛み締め、一歩踏み出す。

右足を地面に滅り込む勢いで振り下ろし、体を捩じる。

後から右手の二の腕、前腕、そしてメイス。

まるで上半身を鞭のようにしならせながら振り抜く。


その瞬間、宙にいたゴブリン二体の腹部は削がれて無くなっていた。

少女とすれ違うように落ちる死骸。


彼女の得物が地面に沈んだ隙に少女に走っていた一体が間合いに入り剣を振るう。


少女はメイスを離し、足を二歩下がってそれを避ける。

体勢が崩れるゴブリンに近づき左手で剣を持った手を、右手で小さな顔面を鷲掴みにした。


心は相手を傷つけず(アイス・タイム)


鈴の音がなる様に紡がれた言葉。

彼女の手に掴まれた部分から霜が現れだし氷結して広がって行く。


冷気がゆっくりと落ち、肌を突き刺す痛みに振り払おうとするゴブリンだが彼女の腕は微動だにしない。

やがて霜が全身を覆い、ゴブリンは抵抗を止める。

抵抗がなくなったのを感じた少女は手を離した。


氷の彫刻と化したゴブリンを一瞥し、少女は脚を振り上げる。

そして、躊躇なく足の裏でゴブリンを踏み付けた。


頭から粉々になるゴブリン。

太陽の光が反射して一瞬だけ神秘的な光景を生む。


ゴブリンの耳だけが形として残っているのが分かり安堵の息を吐く少女。

打突部分が地面に滅り込み自分で立つメイスを持ち上げ、残り三体のゴブリンと向き合う。


瞬く間に仲間を三体殺された。

表情が特に変わらない少女に背中から寒くなるのを感じる。


ゆっくりと歩いて近づいてくる少女。

恐怖に駆られ一体が少女へと走っていく。


それに対し大きく欠伸を少女。

間合いに入ったゴブリンに対し何もしない。

ゴブリンが突き刺す様に腕を伸ばすが少女はゆらりと避け足を引っ掛ける。


地面を転がり、直ぐに立ち上がって少女の方に向こうとする。

しかし、次にゴブリンの視界に入って来たのは深い茶色い何か。


それが先程穿っていた大木だと気づいた時、ゴブリンは下敷きとなっていた。


「うん、上手くいった」


満足気に頷く彼女。

残り二体の方へ視線を向けるが、相手は背中を向け気持ち悪い声を上げながら逃げ出していた。


面倒くさそうに顔を顰める少女は軽くメイスを上へと投げると逆手で掴み、肩上に掲げる。


二体が重なっているのを見るとゆっくりと歩きやがて走り出す。


狙いを付け、体を回転させながら力を溜める。

最後の一歩を地面が割れん程の勢いで振り下ろし、メイスを握り締めた手を前へと伸ばす。


放たれたメイスは空気を突き破り、一直線に二体へと目掛け翔ける。


目的に到達と同時に背中の皮膚をブチ抜き、脊髄をへし折り、臓物を串刺しにし、内から腹を穿つ。

一体を殺しても尚止まらないメイス。

死体を引き連れ、同じ様に最後の一体を殺して木へと突き刺さった。


「お終いっと………」


会敵から蹂躙まで約三十秒。

──和な少女の言葉が終わりを告げた。






♠︎






「あー、気持ち悪っ!」


誰もいない森の中で一方的な残虐を行った少女が大声を出しながらナイフでゴブリンの死骸から耳を切り取っていた。


狼型の魔物等は毛皮が使えるがゴブリン等の亜人型の魔物の体は何の価値も無い。

だが、人を襲う害獣と認定されているゴブリンは定期的に間引きが行われている。

故に倒した証明として片耳を剥ぎ取るのだが、気持ち悪い顔、しかも死体から耳を切り取るのは吐き気しかしない。


計六体の剥ぎ取りを終え、大きく息を吐き出す少女。

服を摘みゴブリンの血により気持ち悪く感じる。


「そう言えばこの辺りに川があったわよね………」


以前に耳にした情報。

思い出したら無性に川に入りたくなってきた。

出来ればこの血塗れの服を洗いたい。

どうせ空は晴天、歩いて帰ればすぐに乾く。


善は急げ、少女は川がある方向へと歩き出した。


鬱蒼と草が生い茂る道を進む。

少し歩くと空気がヒンヤリと冷たくなっていき、水が流れる音が耳に入る。


森の終わりを知らせる光に目を細め、額に手を当て影を作る。

光に慣れていき目を徐々に開いていく。


そこは一枚の風景画のような場所だった。

流れ出てきた水が日光により解きほぐした絹糸のように艶々と輝いて揺れながら流れる。

鮮やかに生えた葉が川の美しさを後押しさせている。

その光景に少女はほぅ、と感嘆の息を吐く。



そして──




「獲ったどォォォォオオオ!!!」




──黒髪の男が素手で捕まえたであろう川魚を晴天に向けて掲げていた。




全裸で。




「………」


「………」




目が合う二人。

暫くの静寂。

川のせせらぎ。

小鳥の鳴く声。

見つめ合う二人。

奇妙なボーイミーツガール。




気まずくなったのか男は己の鍛え抜かれた体を抱きしめ、甲高い声を上げた。




「あー、えーと………キャー!変態!」




とりあえず、少女は両足を揃えて男の顔面を蹴る事にした。



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