運命の出逢い 二
吾生は古ぼけて色のなくなった小さな鳥居の脇に座ると、愛嘉理に手招きをした。愛嘉理がその横におずおずと座ると、吾生は満足げに笑う。
「飛火里のこと、思ってた?」
「な、何で飛火里のこと…?」
穏やかに問う吾生に、愛嘉理は驚きを露にした。初対面の吾生には、妹の飛火里を知る術などないはずだ。
その疑問に、吾生は少し悪戯っぽく微笑みながら答えた。
「ふふ。分かるよ、愛嘉理。僕は神だから。」
「わ、私の名前まで…。本当に神様なの?」
「うん、僕はこの雪光村の守り神なんだ。」
驚きが感嘆に変わる愛嘉理に、吾生は得意気に頷いて見せる。その様子を見て、愛嘉理は少し期待に顔を輝かせた。
「じゃあ、何でもできる?飛火里を生き返らせることも…。」
「ごめんね、それは僕にもできない。」
「神様なのに?」
吾生の瞳が一瞬、悲しみを湛えたのを愛嘉理は見逃さなかった。しかし今の愛嘉理に、その理由を慮ることは到底できなかった。
その発言を受け入れられない愛嘉理に、吾生は申し訳なさそうに告げる。
「残念だけど、愛嘉理が思ってるより僕が出来ることは少ないよ。」
「そうなの…?」
「うん。」
そんなはずはあるまいという表情の愛嘉理は、それでも納得できないようだった。
「でもさっきだって、言ってなくても飛火里のこと分かって…。」
「うん、でもそれだけだよ。」
「え?」
「それ以上のことを、僕はできない。この世に、失われた命を呼び戻す術はないんだ。たとえあったとしても、それは決して許されないことだよ。」
「そんな…。」
愛嘉理は表情を暗くし、がっくりと肩を落とした。
「…ごめんね、力になれなくて。」
「…。」
黙り込んで俯く愛嘉理に、吾生は益々申し訳ない気持ちを募らせる。しかし、事実なのだから仕方ない。神だからと言って、この世の全てを好きにできるはずなどない。それに自然の秩序に反するようなことを、神として許す訳にはいかない。ならば今の自分にできる精一杯のことを、頑張るしかないのだ。
吾生は、落胆する愛嘉理の小さな肩にそっと手を置いた。
「でもね、愛嘉理。僕になくても、君にはできることがあるよ。」
「…?」
「君の思いなら、きっとどんな存在にも届くよ。」
愛嘉理の瞳を見据え、真摯な態度で吾生はそう言った。自らを思うその言葉に愛嘉理の瞳は少し明るさを取り戻し、小さく「本当…?」と訊ねた。
「うん、僕はそう思うよ。」
吾生は力強く言った。何故か信じてしまいたくなるから不思議だ、と愛嘉理は思った。やはり神ともなれば、言葉の説得力も違うのだろうか。何にせよ、吾生が愛嘉理の心に一筋の光を齎したのは紛れもない事実だった。
「飛火里に届くと良いね。」
「うん…!」
吾生の優しい微笑みに、幼い瞳からポロポロと雫の雨が降る。
妹には、輝ける未来があった。それを奪った自分を許して欲しいとは思わない。しかし、どうかせめて今は穏やかな祈りを捧げたい。この真心だけは、届くように。
そう思えば思う程、幼い瞳は滲んでいく。それでも泣くまいと耐えていると、愛嘉理は伸びた二本の腕に抱き締められるのを感じた。それは先程助けて貰った時と同じような、不思議と安らぎを覚える柔らかくも力強い感覚だった。
「愛嘉理、泣きたい時はちゃんと泣いて良いんだよ。」
「で、でもっ…!」
包み込むような温かな声に、愛嘉理は尚も抗うように顔を歪めた。
物心がついてからもう何年も、愛嘉理は涙を呑み込んできた。自分の弱さを認めてしまったら、もう生きてはいけない気がしてならなかったのだ。愛嘉理にとってそれは自分を守る為の術であり、それ程に愛嘉理の生きた十年は過酷なものだった。だからこそ一日に二度もこんなに大泣きする自分に愛嘉理は大いに戸惑い、意思に反して溢れ出す涙を止めようと必死になった。
「良いから。大丈夫だから。ね?」
吾生が再び自分の胸に愛嘉理の顔を埋めると、愛嘉理の理性は限界を迎えた。余計なことなど何も考えられなくなる程その胸は優しく、愛嘉理は赤子のようにただただ無心で泣いた。
小さな肩を抱く腕に力を込めると、それから落ち着くまで吾生は少女の痛みの欠片を受け止め続けた。肩を震わせる少女の身体は余りにも小さく、長年抱えてきた思いがすべて流れ込んでくるようで吾生は居た堪れなくなった。