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05.ひよこ豆の陰謀

俺はため息をつきたい衝動を抑え、一人立ったまま、静かな口調で話し始めた。

いい加減、この帽子屋たちと三月ウサギたちの、狂った茶会には飽き飽きしている。

「・・・基本的に、議論は無意味だな。そんなことしなくても最初から俺たちはひとつの結論に同意してるんだ。」

それだけ言って一度言葉を切ると、誰もが――あの赤毛の軍人の兄ちゃんも――俺のほうを注視し、続きを待っているのが分かった。

相手の興味を十分にひきつけたのが分かると、俺は相変わらずの静かな口調で言葉を続ける。

「そうだろ?簡単なことなんだ。要するにあんたらには俺なんていらない。で、俺もあんたらのことなんか知ったこっちゃない。な?素晴らしいくらいの意見の一致だ。」

再び言葉を切ると、明らかに“我が意を得たり”、という顔をした何人もの人々と目が合った。

そいつらが勝手にざわつき始める前に、俺はそいつらに向かって軽く微笑してみせ、そして最後の言葉を口にする。

王が俺のほうをどんな顔で見ているかは、今は考えないことにした。

「――というわけで、このイライラする状況を解決する手段として、俺は自分の世界へ帰る。・・・たとえおまえらが、俺の世界では常識である“メソポタミア”を知らなかったせいで気持ちよく滅びても、それは俺にはまったく関係ないし、責任もない。――あえてアドバイスをしてやるが、頑張って自分たちの力だけで“ヒポクラテスの誓い”にたどり着けるよう努力してみることだな。もっとも、“ひよこ豆”の本当の意味に気づかず、“北国”止まりのあんたらじゃあ、簒奪の前にそこにたどり着くのはどう考えたって無理だろうがな。」

とにかく俺の世界の固有語・・・こっちの言葉に翻訳できない言葉を選んで適当にそれっぽく並べ、後半でひよこ豆や北国などのこっちの言葉にも翻訳されそうな脈絡のない言葉を持ってきて、俺が何を言っているのかさっぱり分からないようにしてから、俺はさっさと席を立って出口に向かって歩き出した。

もちろん言葉自体にはまったく意味はないし、俺にだって自分が何を言ったのかさっぱりだ。

だが、これは俺がここにいるための一握りの希望に仕掛けた罠なのだ。

もしもこの罠に獲物がかからなければ、俺はもうこの世界からおとなしく自分の世界へ帰るしかないだろう。

親切の押し売りなんて、ただの迷惑行為だ。

俺がさっさと出口に向かって歩き始めてしまったので、驚いたアルヴィンが慌てて立ち上がり、背越しに追ってくる気配を感じたが振り返らなかった。

広間は俺がさっき口走ったデタラメな言葉の与えた衝撃でしばらく静かだったが、俺が入ってきた扉に到達するころには、最初以上にざわつきはじめていた。

特に、俺の狙い通りの学者系青髪連中が俺のほうを見ながらしきりと同類の文官・学者と言葉を交わしている。

それも無視して、俺は扉を自分で押し開けて広間から退出した。

最後まで、王の方は見なかった。


俺が予想したほどには、アルヴィンはヘコんではいなかった。

むしろなにか、広間へ行く前よりもすっきりとしている風ですらある。

俺たちは今、アルヴィンの部屋にいる。

広間を後にまっすぐ自分の部屋へ帰ろうかとも思ったが、一人で帰れるはずもなく、追いかけてきたアルヴィンが寄っていけというので彼の部屋へ寄ったという次第である。

それに俺にあてがわれた部屋はアルヴィンの部屋のすぐそばなので、ここまで連れてきてもらえれば、とりあえず後は大丈夫という安心感もある。

そして、重要なことがもうひとつ。

先ほどばら撒いてきた餌に食いついた獲物を、確実に罠にかけるにはここにいたほうが向こうにもこっちにも都合がいいのだ。

「私が“勝手に呼んだ”から――そのとおりですね。予想はしていましたが、あんなものなんでしょうね。ダイチさんには無駄足ばかり踏ませてしまって、申し訳ない限りです。」

手ずから紅茶のような飲み物を淹れて、俺に渡してくれながら、アルヴィンはすまなそうに笑った。

彼の部屋から見える中庭はもう闇色に染まり、所々にある巡回の兵のための松明がぼんやりと浮かんでいるように見える。

「別にアルヴィンが気にすることじゃねぇよ。あいつらが至極真っ当で、アホなだけだ。分かってて挑発した俺もアホだけどな。それから、俺が外見的にお前らとソックリってのが問題だったんだ。いっそのこともっとこう、めちょ〜っとした生き物を呼べばよかったんだよ。」

カップを受け取ってソファに腰掛けながら言うと、アルヴィンはかすかに笑ったようだった。

「めちょ〜・・・ですか。でも・・・そうかもしれませんね。あなたと私たちの差異といえば、目の色髪の色くらいですから・・・色々言いやすかったのかもしれません。それならいっそまったく違う姿の生き物を呼んでいれば、気味悪がって直接バッシングしたりはしなかったでしょうね。外見からの親近感が悪い方向に働いてしまったということですね・・・」

「そーゆーことだな。ま、俺は自分がお前らに似てるってことを利用させてもらったし。それにしてもあの赤毛の軍人、おもわず夜道で後ろから刺してやりたくなるくらい可愛げがあったなぁ。」

「・・・あの赤毛の軍人さんですか。ダリルさんっておっしゃるんですが、簒奪の参加者候補に挙がってたんです。ところが急に横合いからダイチさんのご登場でしょう。それであれだけ反発なさったんだと思うんですがね。普段は国王や国を想ういい軍人さんなんですよ」

アルヴィンが自分もカップを持って俺の正面の椅子に腰掛けながら言った。

「でもアホだな。王の前で抜刀しようとしたろ。俺の世界じゃ市中引き回しの上で打ち首獄門だ。」

そう言うとアルヴィンはひどく驚いて顔を上げ、驚きを率直に表した。

「あなたの国は平和的だと思っていたんですが、そんな荒っぽいこともあるんですね!!うちなら王に対して明らかな害意がなければ、ただの謹慎処分で済みますよ!」

俺は真に受けたアルヴィンにちょっと笑ってから、さっきの言葉を訂正した。

「冗談だって。んなことやってたのは江戸時代までだよ。大体250年ほど前までだな。」

「そうですか。冗談に聞こえませんでしたよ。・・・ところで、あなたを還す前に、少し聞きたいことがあるんですが・・・」

アルヴィンの少し気後れしたような表情からなんとなく質問内容が分かり、俺はいいよ、と努めて気楽な声で応じた。

「先ほどあなたがおっしゃっていた、“メソポタミア”というものについてなんですが…」

やっぱりだ。思ったとおりの質問内容。

聞きにくそうにしているのは、さっき俺がそんなことを教えてやる義理はない、みたいなことを言ったからだろう。

俺はカップの中の、透き通った褐色の液体を口に含んだ。

やわらかい花のにおいと甘い味がする。

魔法の仕業としか説明できない、暖かい色の謎の光源が照らす落ち着いた雰囲気のこの部屋で飲むのに、悪くない味だ。

―――正直、どう答えようかまだ迷っている最中だった。

アルヴィンにだけは俺の考えを全部話してしまったほうがいいのかもしれない。

そんな考えを巡らせていると、俺の逡巡と先ほどの広間での否定的な言葉を結び付けたらしいアルヴィンが、かなり不安そうに俺を見た。

「・・・あの、“メソポタミア”を説明するのが嫌なら、せめて“ヒポクラテスの誓い”とやらについてだけでも・・・いえ、ひよこ豆の“真の意味”だけでも教えてくださいませんか。少なくとも我々は、“北国”にまでは達しているということですよね?そしてどういう意味なのかはよく分かりませんが、その“北国”から段階を経るとひよこ豆の“真の意味”へとたどり着き、それが“ヒポクラテスの誓い”、ひいては“メソポタミア”へと通じるんですよね?それはつまり国を治める秘訣ですか?それとも簒奪に関るようなことなんでしょうか?」

俺が並べ立てたデタラメになんとか筋道をつけようとするアルヴィンがあまりにも真剣だったので、俺は思わずふきだしてしまった。

どう考えたって北国は北のほうにある国だし、ひよこ豆にそれ以上の意味があるとは思えない。

これこそが、俺が撒いた餌であり、狙った効果そのものだった。

突然笑いだした俺に、アルヴィンが不審の視線を向けてくる。

「あのな、悪いけどあれ全部デタラメ。メソポタミアってただの昔の文明で、それが起こった地名。ヒポクラテスは同じく古代の医者。で、ヒポクラテスの誓いってのが、そのヒポクラテスと同じコス派って医者の集団が、医者はこうあるべきだ〜!って、職業倫理っての?それを決めたんだけど、その内容のこと。ひよこ豆にも北国にも、言葉以上の意味はないよ。単に関心を引こうと思って、こっちに馴染みのない言葉と、こっちにもありそうな言葉を混ぜただけ。

こうすれば、なんも考えてない軍人系は何か知らんけど嫌なこと言われたなぁと思うだけだけど、色々無駄に考える文官系が興味を持つってわけ。軍人の懐柔は難しくても、文人なら興味が先に立つし簒奪の矢面にいない分、変なプライドがその興味の邪魔をしない。」

俺がことのあらましを説明すると、アルヴィンの表情から深刻さが溶け去り、呆れたように笑い始めた。

「ということは、私もその“色々無駄に考える”文官の一人というわけですね。見事に引っかかりましたよ。じゃあダイチさんがここにわざわざ寄ってくださったのも、餌に釣られた馬鹿な文官たちが、私がいるということであなたに近づきやすく、親密になりやすいようにするためなんですね。」

「その通り。さすがは大賢者だな。・・・広間を出てくるときの手ごたえは十分だったし、帰るって言っといたからぼちぼち来るだろ。」

「そうですね。謎が謎のまま、答えを知る唯一の人が異界へ帰ってしまったのでは、不眠症が文官の間で大流行間違いなしですよ。さっきあなたが自分の姿が私たちと似ていることを利用したっておっしゃってた意味も分かりましたよ。この場合もしもあなたがめちょ〜っとした生き物だったなら、不気味に思って誰も来ないでしょうからね。」

言って俺たちはお互いの顔を見て、にやりと笑いあった。


それからアルヴィンとこの後の段取りを決め、どうやって文官を丸め込んで味方につけるかの算段も講じた。

とにかく、まずは異界の知識がどれほどのモノであるかを知らしめるため、学校で習ったような理科やら数学やら経済のシステム、政治機構など、こっちでも適応されそうなことを俺がひたすらしゃべりまくることで意見が一致した。

正直、自信はなかったが、とにかくここに入ってくるのをためらう文官どもにドア越しに聞かせる撒き餌のようなものなので、質より量でいく、ということになった。

打ち合わせが済んで、『ひよこ豆の陰謀』(俺命名)が実行に移される前に、不意に乱暴なノックの音とそれに追随しておとないを入れる声が聞こえた。

「おい大賢者、入るぞ!まだダイチを還していないだろうな!?」

聞き間違うはずもない、戦闘嗜好肉食系民族の声だ。

そして、アルヴィンが明確な返事をする前に、さっさと扉は開かれてレグルスが踏み込んできた。

険しい表情の赤毛の武官の腕には、戸惑ったような表情の小さな子供が抱えられている。―――王だ。

あまりに突然の侵略者に対応しきれず、多分俺たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたのだろう。レグルスの顔からも険が消え、毒気を抜かれてなんとも言えない表情になる。

まぁ普通はあんな勢いで広間を飛び出したら、こんなとこで暢気にお茶なんぞ飲んでいるとは思わないだろう。

「うん。・・・話すと長いことながら、とりあえず座って。あとアルヴィン、お茶。」

とにかく騒がれたり言い合いしたりする時間も惜しいので、俺は立ちあがってテーブルにカップを戻し、レグルスの腕を引いて無理やりソファに腰を落ち着けさせた。

『ひよこ豆の陰謀』作戦の実行にあたり、こんなところに国の最高権力者たる王や、武官の中でも一等凶暴な赤髪の戦鬼なんぞにいてもらわれると、非常に都合が悪いのだ。

王も不満げなレグルスの隣にちょんと座り、アルヴィンが新たに淹れたお茶のカップを受け取り、それに口を付けはじめた。

「・・・説明してもらおう。」

レグルスに押し殺した声で乞われ、俺はアルヴィンと一瞬視線を交わしてから『ひよこ豆の陰謀』の大筋を説明した。

どうせ興味はないだろうし、時間もないのでメソポタミアなどの意味はハショり、手短に説明するとレグルスは呆れたようにため息をついた。

「つまらぬ小細工を考えたものだな。大賢者の入れ知恵か?」

ため息混じりに言われ、俺はいささか腑に落ちないものを感じた。

俺ひとりでは『ひよこ豆〜』程度の作戦も練れないとか思われているのは、不愉快でないはずがない。

「俺のオリジナルアイディアだよ。失礼だな!これでも向こうじゃ現役の学生なんだぞ!?そんなにアホに見えるのかよ!・・・で、ムカつきついでに言うけどお宅ら邪魔。ここにいられると邪魔。これから『ひよこ豆の陰謀』最終段階・“捕獲、陥落、めでたく味方”って一番の難所が待ち構えてるんだよ。なのに国の最高権力者がいたり、オッソロシイ武官の兄ちゃんがいたんじゃ、罠に掛ける獲物も敬遠して寄ってこないっての!」

おもいっきり言ってやると、レグルスは憮然とした表情ながらとりあえず納得したようで、カップに残ったお茶を一気に呷った。

「そう邪険にしなくともすぐに出ていく。・・・お前が事前になんの説明もなくあんな風に出て行けば、心配するのが道理だろう。」

「左様ですか。こちとらバッシングの嵐を食らって平気でいられるほど人間できてないんでね。それにさ、忘れてるみたいだから言うけど、この国の大半には俺なんて必要ないの。だからいくら俺が自発的に簒奪とやらを手伝ってやるって言っても、それはただの親切の押し売り。で、そうなれば親切は迷惑って名前になる、と。まずは俺を認めさせる。そこから始めないとなにも始まらない。」

再びカップを手にして、残ったお茶を揺らしながら言うと、カッツェは眉間にしわを寄せ、王はうつむいた。

「・・・すまなかったな。私が悪いのだ。家臣たちの気持ちを考えなかった。それに、はやくダイチにこちらの者たちと打ち解けてほしいと思って、急ぎすぎた。ダイチが言うように、ダイチと家臣たちはひとつの合意にすでに達していたのだな。私が愚かだった。―――あの後、茶会は空中分解同然になってな、すぐにお前たちの後を追いたくて広間を出たのはいいが・・・自分がふがいなくて、どんな顔をしてここへ来ればいいか分からなかった。カッツェが後を追ってきてくれて、私をここまで連れてきてくれたのだ。」

王は搾り出すように言って、目元をぬぐった。

うつむいたままなので表情は読めないが、子供を泣かせたことを良心が弾劾を始める。

「だから泣くような事じゃないんだって。俺が怖い兄ちゃんどもに叱られるよ。なぁ、最初に“やる”って約束しただろ?だから俺は自分にできることはやる。今も折り合いをつけるために、レグルスの言うところの『小細工』だって講じてる。こればっかりは、俺がなんとかしないといけない問題だから。だから、安心はできないかもしれないけど俺に任せといてくれ。どうにもならなくなったり、“王”の力が必要になったら言うから。」

なだめるように、できるだけ優しく言うと、王は素直にうなずいた。

俺も口元だけわずかに笑みを浮かべ、うなずき返す。

「よし。じゃあ約束だ。レグルスに連れてってもらって、他の家臣連中の話でも聞いてやんな。こっちにばっかり入り浸ってると、あいつら嫉妬して余計に俺やアルヴィンに対する風当たり強くなるから。公平なるこそ王、だろ?」

続けて言ってやると、王は今度こそ顔を上げて俺の目を正面から見据え、しっかりとうなずいた。

そして、一人でしっかりと立って、俺とアルヴィンにちょっと笑顔を見せてから部屋を出て行った。

「後でなにか食べるものを持たせて寄越す。二人ともマトモに食事をしていないだろう。・・・それから、小細工が上手くいけばすぐに知らせろ。お前らふたりだけに楽しい思いをさせるのは癪だ。」

言い捨てて、レグルスも王の後を追って部屋を出て行った。

「・・・カッツェさんがあんなに心配なさってるところなんて、私初めて見ましたよ。・・・それだけでもダイチさんをこちらに召喚した甲斐がありました。」

二人が消えた扉の向こうを見やりながら、アルヴィンがぼんやりとつぶやくように言った。

「心配、ねぇ。とにかくさっさと計画を練っちまおう。俺も一旦は向こうに帰って準備したいから。あと長くてももう二日程度しかこっちにいられないだろ?」

「・・・そうですね、まだまだ、これからが勝負ですからね。」

かすかに疲れたような笑みを見せてから、アルヴィンは深々と頷いた。



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