04.mad tea party
「なぁ、帰っちゃダメか?」
レグルスの地獄の教練を終えた俺は、城内に戻って、俺のために用意された部屋に案内されるなりそう言った。
そしてアルヴィンが苦笑するのを横目に、ベッドに腰を下ろした。
何をするにも、少し疲れすぎていた。こうして会話するのも億劫だ。
部活でも、ここまでバテたことはない。
なんせ、自分の限界を知りたいと言った俺に、レグルスは“実戦の中で見極めろ。その方が役に立つ。”とか言うなり、まるで何もなかったかのように訓練を再開してしまったのだ。
正直、人間ではないナニモノカのスピードをもってしても、レグルスにかかれば“新米戦士レベル1 VS 皇帝竜”(byアルヴィン)な状態だった。
今こうして生きているのが不思議なほどだ。
「・・・た、確かに、今日はちょっとカッツエさんも飛ばしすぎでしたね。私のほうから言っときますから、帰るなんて言わないでくださいよ・・・。私だって今日の教練を見ていて、今更ながら後悔しないでもなかったんですけどね・・・。」
部屋に備え付けられた、ゆったりした椅子に深々と身を沈ませて、アルヴィンも疲れた声で答えた。しかもなにげに、俺に対して失礼なこと言ってるし。
しかし、俺にはもうつっこむ気力も残っていなかった。
「いやさ、そーいうんじゃなくて、俺もほら、一応まだ未成年なわけで。学校行ったきり帰んないと、色々とあるわけよ。誰かに誘拐されたんじゃないかーとか、どっかで死んでんじゃないかーとか。で、捜索願とか出されたら大変だろ?そんなとこへひょっこり帰ってみろよ。えらい目に遭わされるぞ。」
ベッドにごろんと寝転がりながら、俺は自分の世界のことを考えた。
アルヴィンが言うには、二つの世界は違う時間軸にあり、こっちに2〜3日居ても、むこうに帰るときに魔法で来たときと同じくらいの時間に帰れるらしい。
だからまぁ2〜3日は平気なのだが、それ以上だとちとマズイ。
それに、明日はまだ学校がある。ここまで皆勤できている俺としては、ぜひとも勤め上げたいところだ。
「あぁ、そういうことですか。それなら構いませんよ。あなたの世界にいられるのは、ほんの一日程度になってしまいますけど。」
「それでいいんだ。一日あればもうちょっと準備してから来れるし、家族にも心配すんなって言えるし。あ、そだ。こっちの一日ってあっちのどれくらいになんの?」
ついでに時間のことを聞くと、アルヴィンはしばらく考え込んでから答えた。
「――前に、こっちに2〜3日居ても、あなたの世界にはほぼ同時刻に還せるという説明はしましたね。あれは、魔方陣を通してあちらとこちらを結ぶときに、少々時間をいじくるからできることであって、短絡的にこっちの2〜3日がむこうの1〜2分とは言えないんですよ。もともとの時間の流れは確かに違いますがね。
で、私の計算が間違っていなければ、この世界の2〜3日があちらの1日、という具合になるはずです。私のちからで帳消しにできる範囲もここまでですね。」
「・・・ややこしいな。」
俺がつぶやくと、アルヴィンはまたしばらく黙り込んだ。
体が疲れきっているので、小難しい話をされても頭がついていかない。
もっとも、疲れていなくても分からんもんは分からん、という説もあるが。
「じゃあ・・・とりあえず最初に言った2〜3日なら同時刻に帰れる、というのは初回限定のオマケとして忘れてください。で、単純にこっちの2〜3日イコールむこうの1日と理解しておいてくだされば十分です。」
「分かった。で、俺が正式に帰れるのって、こっちで言うといつごろなんだ?」
「そうですね、これまでの簒奪を例にとると、最短で30日前後といったところでしょうか。」
「じゃあ30日割る2で大体2週間か・・・。夏休みの半分が終わっちまうな・・・。」
そう思うと、妙にわびしくなってきた。
来年は3年になるから例のアレが待っているし、今年は部活のインターハイも目指している。こんなとこで2週間もだらだらしてたら、県大会に出られない・・・!?
あ、アレ?なんかインハイどころじゃない・・・?
ちょっと待てっ!なんで簒奪に参加することをあっさり引き受けたんだ過去の俺っ!!
心中で激しく過去の自分を呪っていると、椅子に座りなおしたアルヴィンが、ふとまじめな顔で聞いてきた。
「ダイチさん、あなたはあなたの世界では、どんな仕事をなさっているんですか?」
アルヴィンの声がとても真剣だったので、俺もダルイ体をなんとか起こし、彼と視線を合わせて答えた。
いまさらながら、アルヴィンの青い瞳は澄んだ海のようで、ぼんやりと綺麗だなぁなどと考えながら。
「学生だよ。普通の。それこそそこらにいるよ、俺の世界じゃ。」
「そうですか。ではやがては国に貢献するエリートなんですね。」
予想外の答えに、俺は思わずはぁ?と聞き返した。
「なんでエリートなんだよ?俺ってエリートに見えるか?」
「え・・・。あ、いえ。その・・・。ま、その話は置いておきましょうか。」
「おい!!なんだよその言いざまはっ!確かに俺から振ったけど、お世辞でもいいからそこはハイって言っとけよ!!置いておくなら聞くなよな!」
アルヴィンは苦笑して、そしてまた真顔に戻った。
「けれど、学校へなど行けるのは、お金持ちの子息かよほど頭のいい人だけですよね?・・・少なくとも、ここではそうです。そして、学校を卒業すれば私のような宮廷仕えの魔術師になるか、文官として執政の手伝いをするか、もしくは地方役人として村や町へ派遣されます。あなたの世界では違うんですか?」
「ああ。俺んところは全然違うよ。説明すると長くなるけど、誰でも学校に行ける。むしろ、義務教育なんてのがあって、学校へ行かないといけない。ま、俺はもう終わってるけどね。」
「義務教育・・・すごいですね。こちらでは考えられません。子供たちは、労働力としてしか期待されてないですから。もちろん頭がよくて勉強をしたい子供や、私のように天性の魔術の素質、もしくは軍人になる期待値が高ければ、先王が作った制度で国立の学校へ入ることはできるのですが・・・。違うんですね。こんなにも、違うんですね。」
アルヴィンは天井を見上げ、ため息をついた。
「でもさ、俺の世界のが100%いいわけじゃないんだぜ?もちろんそんなこと分かってるだろうけど、頭いいやつがそこらにいるってことは、犯罪なんかも複雑化する。生活に余裕があるってことは、余力があるってことだけど、必ずしもその余った力が良いことに使われるわけじゃない。金儲けのことしか頭にない政治家だって、吐いて捨てるほどいる。それに比べると、ここでは筆頭の執政者が誰よりも国にたいして誠実で、熱心だ。これは凄いことだと思うぜ。」
俺の言葉に、アルヴィンはかすかに笑ってうなずいた。
「そうですね。いいことばかりの国なんてありえませんからね。・・・すみません。お疲れなのに長話につき合わせて。もう少しで夕食ですから、それまで休んでいてください。また私が呼びに来ますから。いまさら城内をうろうろする元気もないでしょう?」
俺が苦笑いしてうなずくと、アルヴィンもにっこり笑って、失礼しますね、という言葉を残して出て行った。
俺は彼を見送ると、そのままベッドにひっくり返り、夢も見ずに眠り込んだ。
目覚めた時には、日はすでに沈んでしまっていた。
もっとも、目覚めた、というか起こされたのだが。
俺を迎えに来たアルヴィンは、寝る前に見た姿からは想像もできないほど、きっちりした格好だった。
いわゆる正装というやつだろうか。
いかにも宮仕え!という感じの服装で、白を基調にして所々銀糸で飾りや縫い取りがされている。剣でもぶら下げていれば、騎士と言っても通るかもしれない。
長い銀の髪もひとつに結わえられ、男の俺が見てもカッコイイのだから、城内の女性にもさぞかしモテるのだろう。
寝ぼけ眼で何事かと問うと、アルヴィンは例の気後れしたような、すまなそうな笑みを浮かべた。
「それが・・・王が会食をして主だった家臣にあなたを紹介するとかおっしゃられまして・・・」
「あぁ!?会食?紹介!?」
突然の出来事に、俺は電光石火で身を起こした。
半端な眠りでまだ体がだるかったのだが、あまりの衝撃にそんなもの一瞬でどこかへ行ってしまった。
跳ね起きた俺に、けおされたようにアルヴィンが後ろにさがる。そして彼の腕には俺の着替えと思われる白い布の塊が。
「避けては通れない道ですから、早いほうがいいじゃないですか。ね?とりあえず観念してこれに着替えていただけませんか?」
布を差し出してきたアルヴィンを思いっきり睨み付けてから、俺は悪態をついた。
「ちっ!どうせまた反対組織やら抵抗勢力やらがいて、俺のことをおもっきりバッシングするんだろうが。異世界から来たどこの馬の骨とも知れん奴に簒奪を任せられるかー!ってな。暴れるぞ!!」
最後の一言でアルヴィンが目に見えて青くなる。
なんせ俺のあの韋駄天なスピードを見ているのだ。
そしてその顔色が、この国が一枚岩ではない事をも告げている。
神頼み的に異世界人の手を借りるしかない八方ふさがりな状況にいたとして、それを良しとする人とそれでも自分たちでなんとかせねばと思う人たちがいるのは当然で、そんな中に異世界人が来たら。
本来は俺召喚の前に片づいていなければならない問題だが、俺を召喚した時のアルヴィンの様子を鑑みるに、自分たちの力で頑張ろう派は召喚が成功するとは思っていなかったはずだ。
なんなら、異世界人に神頼み派も召喚成功を疑っていたようなのだから、仕方ない面はあるが。
と言うことは、これから俺が対峙するのは、先に意識統一がなされなかった同陣営のアンチ俺勢ということになる。
なんだそれ!!めっちゃ面倒なんですか!!!
これからの展開にぐしゃっと顔をしかめると、『暴れるぞ』を具体的に想像したアルヴィンの顔色がさらに悪くなる。
「そ、それだけはご勘弁をっ!なんでもしますからそれだけはっ!」
「へっ!じゃあ借金のカタにオメェの娘をいただこうか。」
「娘に罪はありませんっ!私ならどうにでもなさってくださって結構ですが、どうか娘だけは・・・って何の話ですか!とにかく、私とカッツェさんでなんとか反撃して、あなたのことはお守りしますから、おとなしくしていてください。」
と言われても。
確かに、王は俺を認めている。
けれども王がまだ幼いという事を考えても、それだけでは十分ではない。
いくら有力家臣っぽいアルヴィンとカッツェがいても、並み居る文官・武官のまえでは、少なくとも多数決では絶対負ける。
武力闘争になればまぁまず勝つのだろうが。
「でもなぁ。俺も人の子だし、やっぱり腹が立つこともある。ま、できるだけ我慢はして、羊みたいにおとなしくて従順な態度を心がけるけど、もしも堪忍袋の緒が切れちゃったりとかしたら・・・制圧するから。」
アルヴィンがさらに青くなる。
たぶん彼のよくできた頭は、“制圧”風景をリアルに映像化して見せているのだろう。
「あ、あの、ダイチさん?今だけでいいですから、翻訳魔法を解いても構いませんいか?」
翻訳魔法ってのには心当たりがなかったが、たぶん魔方陣を通して召喚された時点で、自動的にかかっているのだろう。そうでもなければこうしてアルヴィンと会話できる道理がない。
「別にいいけどさ、ほら、目は口ほどにものを言うって言葉知ってるか?もちろん俺だって目線で応戦するだろうし、そうなりゃ嫌でもお互い分かっちゃうんじゃない?」
意地悪く言ってやると、しばらく黙り込んだアルヴィンはやっぱりやめときましょうと呟いた。
どのみちバイオレンスな展開は避けられませんって彼の優秀な脳みそが回答を出した結果だろう。
「さて、話はまとまったし、契約にのっとって俺はおとなしく着替えるとするか。」
言ってにやぁりと笑い、アルヴィンの不安を掻き立てるだけ掻き立ててから、俺は彼から白い布を受け取って着替えに取り掛かった。
ここでアルヴィンをいじめてみても、俺の気分がなんぼか晴れるだけなのだが、(そしてそのなんぼかの分だけ、アルヴィンにストレスが蓄積される)俺としては自分にストレスが溜まるよりはよほどいい。
アルヴィンには気の毒なことだが、俺みたいな性格悪いのを召喚してしまった時点でこの運命は決定されている。
まず、着たままだったドラゴン革の上着を脱いで、下のシャツも脱ぐ。
それから、そのまた下に着ていた自前のTシャツの上から、受け取った白い服を着る。
ズボンはそのままだ。
上着はアルヴィンのものと似たようなデザインだったが、いくらかこざっぱりとしていて、ごたごたした装飾品もない。
なんとか着替えた俺とアルヴィンが並ぶとまるで、正統派騎士と半分グレかかったやさぐれ騎士のようで、ギャップがものすごい。
最後の仕上げに新しく用意された皮のブーツを履いて完成。
俺の姿を検分して、お偉いさんの前に出しても失礼ではないか確認し、いくつか手を入れてからアルヴィンはひとつうなずいた。
「まぁこんなものでしょう。なかなかお似合いですよ。・・・それじゃあ行きましょうか。」
アルヴィンについて廊下に出て、しばらく城内をうろうろすると、俺はもう独りではさっきの部屋に帰れない自信が満々になった。
それでもアルヴィンはとまらず、いくつか階段を上ったり下りたりして、やっと目的の部屋へとたどり着いた。
中庭に面した大広間らしかった。
すでにかなりの人数が集まっているらしく、中からはざわめきが聞こえてくる。
開け放たれた扉の脇で立ち止ったアルヴィンは、不安そうに俺を振り返った。
もう一回にやぁっと嫌な笑みを浮かべてやってもよかったのだが、なんか彼の顔が青を通り越して白っぽくなってきていたので、とりあえずは一時保留。
よくよく考えると、彼が俺を召喚したわけであり、その俺が無礼な行為に及ぼうものなら、彼の身は軽く破滅だろう。
王は別に気にしないだろうが、それでも周りの人間から白眼視されてしまえば、かなり辛い立場になることは間違いない。
「大丈夫だよ。段取りだけ教えといてくれたら、俺も失礼なことをされない限りやり返さない。もともと平和かつ友好的な民族の出だからな。レグルスみたいに言葉の代わりにとりあえず殴りかかったりはしないから。・・・俺だって、お前の立場くらい分かってるよ。」
最後の一言で、アルヴィンははっとした顔つきになった。
「私のことなんてどうでもいいんですよ。・・・でも、気にかけてくださってありがとうございます。本当に。・・・あなたに対して批判的なことを言う方は、何人かいらっしゃると思います。でも、許してあげてくださいね。彼らも、自分たちの国の行く末を案じているからこそそんな風な態度をとるわけですから・・・」
少し悲しそうににこっと笑ってから、彼は俺を促して大広間へと足を踏み入れた。
大広間は、まさしく『大広間』だった。
なんか島国日本出身の俺には想像もつかないような広さ。
そして、シャンデリアやら絵画やら、重たそうなカーテンやら、燭台・食器・花瓶に彫刻。わけが分からんほど贅沢かつ豪奢な調度品の数々に、俺の思考は止まってしまった。
足元の絨毯もふかふかで、踏んでいるのが申し訳ないほどだ。
それほどまでキラキラした部屋なのだが、決して必要以上に華美ではなく、むしろ荘厳な雰囲気。
テーブルは巨大な長方形で、その頂点に王の座がしつらえられている。
俺たちが入ってきた扉からは、もちろん一番遠い。
ほかの席も、もう9割がた埋まっている。
俺が装飾品と調度のすごさに惚けていると、あれだけざわついてた広間は水を打ったように静まり返った。
広間にいるほぼ全員の視線が、俺に注がれている。
できれば俺ではなくアルヴィンを見てほしいが、そういうわけにはもちろんいかない。
あまりの視線の圧力に、思わず“もういいの!私のことは忘れて!!”とかなんとか言って走り去ろうかと思ったが、背後で扉が閉じられてしまった。
「あちらです。王の横があなたの席になりますから。」
アルヴィンが俺を先導するように先にたって歩き始め、俺は仕方なく後に続いた。
なんか右足と右手が同時に出ちゃったりしてるが、そのロボットも真っ青なぎちぎちした動きのまま、なんとか用意された席までたどり着く。
その間もずっと、観衆たちは俺から目を放さない。
そしてこちらの方を見たまま静かなささやきが交わされ、とんでもなく悪い居心地をさらに悪くしてくれる。
給仕が引いてくれた椅子に腰掛けた俺は、なるべく周りの状況を忘れようと勤め、虚空の一点を見つめ続けた。
大会で走る前にも緊張はするが、いざスタートがかかればすべて意識のかなたである。しかし、ここではスタートの発砲音はいつまでたっても轟かない。
俺のすぐ横のアルヴィンが、さきほどとは違った意味の心配そうな顔をしているのが分かったが、一杯一杯でとても大丈夫というリアクションなどできない。
俺たちが着席すると、王が代わりに立ち上がって一同を見回した。
その時点でやっと、俺に注がれる殺人光線が半分に減る。
「今日、みなにこうして集まってもらったのは、もう知っているとは思うが、異界からの来訪者を紹介するためだ。この者が、目前に迫った簒奪に力を貸してくれる。私たちの手前勝手な願いを快く聞き入れてくれたのだ。紹介しよう。アマギ・ダイチだ。」
王の幼いが威厳に満ちた声が静かに広間に染み渡り、海のような穏やかな静寂が広間を包んだ。
ここにいる誰もが、王を王として認めている。
俺の親父くらいの年齢のオッサンも、じいちゃんもばあちゃんも、俺と同い年くらいの奴も、老若男女関係なく、誰もが等しく王にたいして敬服し、尊敬していた。
これが、一国の王というものなのだろう。
一瞬このままうやむやで終わるかなと期待したが、世の中は、異界に来てすらそう甘いものではなかった。
アルヴィンに肘でつつかれて、俺はがたんと大きな音を立てて立ち上がった。
俺が立つそぶりを見せたとき、給仕が椅子を引こうとしてくれたのだが、俺のほうが若干早くて椅子が大きな音を立ててしまったのだ。
俺と給仕の間に気まずい空気が流れ、はははと笑ってごまかそうとしたが、向こうは俺から視線をそらしやがった。
そして、テーブルに視線を戻せば、殺人光線の再来だ。
とにかくその圧力から逃れたい一心で一礼すると、俺は再び椅子に腰掛けた。
今度こそ給仕ときちんと息が合い、なんとか椅子もおとなしいままで済む。
俺が座ったのを合図にするように、夕食が運ばれてくる。
まずは王、それから俺と俺の真正面に座っている軍人風の赤髪のオッサン。で、次がアルヴィンとその正面、という感じで料理が運ばれ、俺はいまさらながら自分がかなりの上座に座っている事実に思い当たった。
異世界から来たとかいう胡散臭い男が、いきなり王のすぐ横に座を占めているのだ。
この部屋の大半が俺に対して反感を抱いても文句は言えない。
せめて末席にしてくれればよかったのに・・・。
最初の料理はスープで、見た目はおいしそうだったが、どうにも食べる気がしなかった。
ので、スプーンをとりあえずは持ち上げたものの、皿の上をうろうろさせるだけにとどまる。
広間は再び会話の波がさわさわと包んでおり、やはりちらちらと俺のほうを見る視線も感じる。
彼らの中には初めて見る青い髪や緑の髪もかなり混ざっていたので、彼らが俺の方ばかり気にかけないでくれたなら結構楽しめただろうが、この状況下ではそうもいかない。
一皿目が終わり(といっても、俺はスプーンを浸しただけだが)、次のサラダが運ばれてくる段になって、ついに運命のときはやってきた。
突然、俺の斜め前より少し横くらいに座っていた赤毛の男が立ち上がった。
年のころは俺よりちょっと上くらい。だいたい20代の前半で、アルヴィンと同じくらいだろうか。
一目で軍人と分かる赤い髪と、文官のものとは違う動きやすそうな式典服に身を包み、紫がかった赤の瞳をまっすぐに俺に向けながら、男は王に奏上を始めた。来るべくして来たバッシング大会の開幕だ。
「王。私は納得できません。異世界から来たどこの馬の骨とも知れん奴に簒奪を任せることなどできないでしょう!」
なにやら俺がついさっきアルヴィンに言ったのとほぼ同じ言葉を吐き出すと、男は俺のほうをもう一度忌々しげに見てから続けた。
「こんなひ弱そうな奴に簒奪を、ファリアへの道を任せきりにするなど、馬鹿げています。もちろん、ここにいる大半の方々も同意見でしょう。我々のほうがよほどマシです。違いますか?これは我々の国の問題です。我々は、あなたをファリアにしたい。これはここにいる者すべての総意です。どうか、こんな奴にはさっさと元の世界へお帰り願って、私たち騎士にお任せください。」
言って男は、強い視線で王を見て、静かに腰を下ろした。
そして、それまではただのざわめきだったのが、今や確固とした男の意見に賛成する意の言葉となって広間を飛び交い始める。
「そうですとも!異界の者の力など借りなくとも、我々は簒奪のための準備を十分にしているつもりです。王よ、どうかもう一度考え直してくださいませ!」
「異界の者など信用できません!所詮は異界人なのですからな!」
「大賢者殿も大賢者殿だ!よりにもよって異界人などの力を借りようなどと・・・。あなたもこの国の民ならば、己の力だけで簒奪を乗り切ることをまず考えるべきでしょう!!」
事はやはり俺だけでは済まず、俺を喚んだアルヴィンにまで波及してゆく。
アルヴィンは食事の手を止め、一人ひとりの顔をまっすぐに見ながら厳粛な表情で聞いていた。
俺も一人ひとりの顔を追って静かに広間を見渡した。
そこでふと、先ほど一番に意見を言った男の何人か前の席に、ここにいる誰よりも鮮やかな、燃え盛る炎のような紅の髪を見つけた。
――レグルス・シェン・カッツェだ。
彼の金の瞳には俺が見たことのない鋭い冷たさが宿り、獲物を狩るために潅木の間で低く身を伏せる肉食獣のように気配を押し殺していた。
たぶん、彼もまた王と同じで、口を開いただけでこの場を座巻してしまうだろう。
そして今はその時ではないと判断して、ああして静かに状況を見ているのだ。
その間にも、広間に集う人々の間で、俺とアルヴィンへの非難の嵐が吹き荒れている。
そろそろ、潮時か。
俺は思いっきり卓に手を叩きつけた。
ばん、というかなり大きな音と、食器が触れ合う危うい音が続き、一瞬にして広間は静寂に沈んだ。
誰もが――王すらも――俺を驚いた目で見ている。
俺は今度は視線などには負けず、思いっきり音を立てて立ち上がった。
先ほどは礼をしただけでまったく話さなかったので、俺がこちらの世界の言葉を理解できないのだと思っている奴もきっといるだろう。
俺は一同を見渡してから、静かに口を開いた。
「言わせとけばお前らさっきから言いたい放題だな。誰も好きでお前らの国の戦争に首つっこんだりなんかしないよ。それにアルヴィンだって、お前らがあんまりにも頼りないから俺を・・・異界人を召喚したんだろ。それがなんだ?その言い草は。第一お前らのために俺が命を賭けて戦って、それでどんなメリットがあるんだよ?あぁ?」
俺の言葉が終わってしばらくは、耳に痛いほどの静寂があたりを支配していたが、すぐに最初に発言した赤毛の男が荒っぽく立ち上がって応戦してきた。
「だから私たちはお前に助力を乞うてなどいない!お前を召喚したのは大賢者殿の完全な独断だ!それに栄誉ある簒奪への参加をそんな風に言ってほしくはないな。簒奪へ参加した者はこの国の英雄だ。誰にも勝る栄光と尊敬を受けることができる。お前でなくても、この国のために、国王陛下のために命を投げようという者はいくらでもいる!」
男がくすんだ赤の瞳でまっすぐ俺を睨んできたので、俺も同じだけの眼力で真正面から応戦する。
「エイコウ?それって美味しいの? ソンケイ?いくらで売ってるんだ?」
思いっきりふざけた口調で言ってやると、男は本気で怒ったようだった。
「っ!!」
顔を真っ赤に染めて、男はいきなり腰のものに手をかけた。
どうやら彼の魔導器らしい。
しかし、それが完全に抜かれることはなかった。
「王の御前だ。それでも抜くのなら、ダイチの前に私が相手になろう。」
レグルスの静かな声が、場の空気を一気に冷やし、同時に男に何とか剣を抜かないだけの分別を取り戻させた。
レグルスは腕組みして座ったままだったが、それでも再び一座を強制的に沈黙させるのに十分な存在感を放っていた。
さきほどまでの静けさはすでになく、闘気に似た覇気が圧力として感じられる。
赤毛の男はレグルスに圧倒され、そして彼から顔を背けるように俺のほうに向き直った。
「・・・やはりこんな異界の者にわが国の運命を任せるわけにはいかない。ただのガキじゃないか」
押し殺した口調で言い、憎しみと敵意がこもった視線を俺に叩きつけてから、男はがたんと椅子に腰掛けた。どうやら論争はおしまい、ということらしい。
俺とたいして変わらない年齢の奴にガキとか言われる筋合いはないのだが、もう一回こいつを挑発すれば、今度カッツェに怒られるのは俺なのだ。
とにかくここは我慢して、なんとしてでも挑発ではない言葉のみで論破するしかないだろう。
なんで何の関係もない俺がこんな目に遭わねばならんのか。
ふいに、“もういいの!私のことは忘れて!!”と言ってさっさと逃げ出してしまうという当初の計画に悪魔的な魅力を感じたが、なんとかその実行を思いとどまった。一度自分で決めたのだから、やれるだけはやらねばなるまい。
しかしまぁ、甚だ世界は不公平である。