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31.迷路の果ての闇の中

「ごめんな、オッサン、じいちゃん。もう足元にちゃんと気をつけて進むから。」

ちょっとだけ振り返って二人に謝ると、オッサンは鷹揚な笑みで気にするなと言ってくれた。

一方俺の背中のじいちゃんはと言うと、なんだかかなり仰天しているようだった。

そういえば、さっきかなりのスピードで飛ばしたからな。

「連れて来てもらっている身、文句はないが……お前さん、どこから来なすった」

最初に俺たちに対して交渉した時のような、鋼のようなしゃんとした口調ではなく、かなり動揺と戸惑いに満ちたちょっと弱弱しい声で、じいちゃんはおずおずと俺に聞いてきたので一瞬どうしようかと思い、参謀長官を視線で確認。

「あ~、ダイチさんですね。あはは、ちょっと変わってますよね~」

俺の横の参謀長官は現在じいちゃんを一番うまく丸め込む嘘を考えているようで、なんだか白々しい口調でそう言って、歩調をわせるように視線で合図を返してきた。

おっけーおっけー、アルヴィンがどんな話をでっち上げるのかは知らないが、それに乗っかればいいって事だな。

「今の……速駆けと言い……この黒髪と言い……お前さんは……」

じいちゃんの暗緑色の目には疑惑が浮かんでいた。

頑張れアルヴィン!なんかいい感じの嘘考えて、じいちゃんを丸め込んで納得させるんだ…!

「ああ…彼には少し特殊な事情があるんです。この黒髪も、彼が幼い頃患った病気のため…。ご存知でしょうか、神下ろしの病というのがあることを。」

アルヴィンが段々と理性を取り戻し、落ち着いた声で話し始めると、老人の視線は俺から離れ、隣のアルヴィンへ移った。

「神下ろし…いや、存じませんな。」

「ええ、かなり珍しい奇病です。この病は一度患えば致死率が高く、奇跡的に回復した後は第三の目が開眼すると言われています。第三の目というのはもちろん比喩的なもので、人によって症状は様々。ある者はそれ以降神託を受けるようになったり、またある者は過去視や未来視ができるようになると言われています。それゆえ神下ろしの病と呼ばれているんですがね。しかしこの病もセルケの眠りと同じく、いまだ原因も治癒法も確立されていません。このダイチさんも幼い頃に神下ろしの病にかかり、奇跡的に回復した症例なんです。元々創造神様から与えられた色はその際失われ、髪も目もこのように黒く…そして、第三の目の顕現として先ほどのような常人ならざる力を手に入れられたのです。彼は神下ろしの病の回復者の大半がそうするように神殿に仕えていましたが、この度の簒奪に参加をしてもらったのです。ねぇラフェルシアさん?」

一度ストーリーができればさすがは大賢者。

すらすらと矛盾も無理も最小限に抑えた嘘をでっちあげ、さも本当のことのように語り、老人を丸め込んでしまう。

「おう、そうだな。創造神様の神殿にはそういう連中が多少なりいる。巫女として仕える者や、ダイチのようなさらに逸脱した能力を授かったものはそれを使って神殿に仕えておる。ま、身元は確かだ。安心されよ。」

一目見て現役神官と分かる僧服のラフェルのおっさんに話を振って、地かためする手腕はすでに大賢者と言うか悪人ばりだ。

しかもおっさんもちゃんとアルヴィンの嘘に乗っかって、じいちゃんを安心させつつ俺から注意をそらすのに手を貸してくれている。

「そうか…お前さんも病で…」

じいちゃんはアルヴィンとおっさんの話が済むと完全に納得し、しかも同情すらしたような口調で後ろから俺の頭を撫でてくれた。

じいちゃんの孫も病を得ているこの状況で、アルヴィンの嘘は少し酷だったかもしれない。

俺と孫娘がダブることはないとしても、俺も彼女もじいちゃんから見ればまだ子供。

病気という共通項で思い出さずにいられるだろうか。

大人しく頭を撫でられながらそっと隣を窺うと、アルヴィンは苦い表情をしていた。

これ以外適当な嘘がすぐにでっち上げられなかったのだから仕方がないが、やはり辛いことを思い出させたことに対する後悔はあるようだ。

「それで……お前さんはワシを一緒に連れて来てくれたんだな。ありがとう」

じいちゃんは俺が病気だったという嘘を完全に信じ込んで、それが理由でアルヴィンたちを説得したのだと類推・納得したようだった。

確かになんか説得力だけはある嘘だ。

神下ろしの病とやらがホントにあるかどうかは知らないが。

「いいよ、たいしたことしてないし。それに、俺のこと気味悪がらないでくれてこっちこそありがとう。」

反対に礼を言い返してみると、じいちゃんは背中で何か低くつぶやいた。

「そうか、お前さん、自分がどれほどのことを成したのか分かっていないのか…」

しかしそのつぶやきはあまりに小さすぎて、背負っている俺にすら聞き取ることはできなかった。


その後はいたって順調だった。

スイッチやなんかの罠発動装置はそこらへんに散見できたが、いずれもシンラは幸運で避け、ローウェンが目ざとく見つけて的確に指示をくれたおかげで俺もアルヴィンも引っかかることはなかった。

罠の発動装置はかなりのバリエーション、いたる所に取り付けられていたが、それをほぼ全部素で避けたシンラの幸運値がちょっと怖い。

下手をしたら攻撃力より高いのかもしれない。

シンラをグルーミングしてやったときに誤ってむしった彼の羽はいまだに俺のポケットに入っていたが、もしかしたら幸運のお守りとしてなにかご利益的なことがあったりしないだろうか。ちょっと捨てずに持っててみよう。

いや、彼の場合は幸運値と野生の勘が相乗効果で発動した結果なんだろうか。やっぱりグルガって謎だ。

最後に残されていた道は基本的には一本道で、他の二本の道と比べて罠密度は高かった。

一つ二つ発動してしまった罠は勿論あったが、それは全部先頭のシンラの不注意・無神経のなせる業で、しかも矢が飛んできたり槍が出てきたりとあまりに古典的だったそれは全部簡単にいなされてしまった。

罠を発動させるのは望ましいことではないが、シンラは自分で全部処理するし、一回発動してしまえば俺が引っかかる心配もなくなるしで、俺にとっては別段困ったことでもなかった。

むしろローウェンの指示のままに恐々と罠発動装置を避ける手間を思えば、全部シンラが引っかかって壊してくれればいいのにと思ったほどだ。

やがて道は行き止まりになり、階段がどこにも見当たらなかったためどうするのかと思いきや、正面の壁には一本の頼りない縄梯子がぶら下がっていた。

上を見上げると、天井は四角に切り取られ、深い闇がぽっかりと口をあけているばかりだった。

アルヴィンが天井に向かってランプの明りを差し出すが、縄梯子は弱い光源では照らしきることができないほど上まで続いているらしい。

先頭で上を見上げていたシンラは、不意に狭い通路一杯に翼を広げて羽ばたき始め、アルヴィンが慌てて呪文を唱えると、白熱電球に布一枚かけた程度の十分明るいながらも柔らかい光の球が出現した。

羽ばたいて行こうとするシンラに先立つように、光球はふわりと浮き上がる。

「ちょ、待ってシンラ!」

シンラが今にも飛び立ちそうだったので、俺は慌てて彼を引き止めると、彼がこちらをうるさげに振り向く前に外套の魔導器を吊るすための皮ひもで手早く棒の両端を固定し、じいちゃんを落ちないように乗せなおすと、自由になった両手で後ろからシンラに飛びついた。

「てめっ!何しやがるっ!?」

おんぶ状態になった俺をどうにかしようとシンラの手が伸びてくるが、それでも俺は剥がされまいと必死に彼に取りつく。

「いや、流石にじいちゃん乗せて縄梯子なんて登りたくないなぁって思って。シンラに乗ってれば、少なくともなんかあった時はシンラのせいだし。」

そう、先が見えないほど長い縄梯子を登りたくないがための緊急回避案でシンラを使うことにしたのだ。

別に縄梯子を登るのが疲れるというわけではない。

何かあって、万一落ちたりしたら被害を受けるは俺一人ではないというのが、シンラでもなんでも使って安全に登ろうと考える発端だった。

高いところから落ちるのは勿論嫌だし、できる限り避けたいものだが、今の俺なら2階建ての家くらいの高さから落ちても骨折一つしない気がする。

でも、うまく着地できる保障はどこにもないし、できたとしてもそれに伴う衝撃を足だけで殺しきることは事実上不可能だ。

背負ったじいちゃんにまったく負担をかけずに落ちることができない以上、安全策があるなら遠慮なくそれを使わせてもらおうという魂胆である。

「わかっ!分かったから一旦降りろ!てめェがぶら下がってたら飛べやしねェんだよ!」

俺を引っ剥がそうと四苦八苦しつつシンラが言うので、なるほど背中の羽は人をおんぶした状態じゃ稼動範囲が狭まって、ちゃんと揚力を得られるほど羽ばたけないなぁと納得した俺は素直に彼から体を離した。

まぁ、背負えないからって足で他人の襟首掴んで運搬するのは人としてどうか、という問題はいまだ歴然と残っているが。

「ちっ、ここ入る時に迷惑かけねェとか言ってなかったか?」

俺が降りたのを確認すると、シンラは舌打ちしながらこちらを振り返ってきた。

もちろん旗色が悪いと感じた時点で視点は明後日の方向に逸らしてある。

こういうのは得意だ。こういうのだけは。

空気読んで行きますよー!自分に都合のいい方向に!!

「だってさー。俺一人の体じゃないし、登ってて落ちたら大変だろ?それともシンラは俺とじいちゃんなんて闇の精霊王の塔の藻屑になっても気にしない冷血動物なの?違うよね?だってシンラは鳥類だもんね!たとえ俺たちのことを三歩で忘れたとしても、爬虫類じゃないから情け容赦くらいはあるよね?あ、容赦はないか。でも情けの在庫くらい隅のほうで一個だけでもホコリ被ってない?使いドコロで困ってるならまさにそれ今!!」

「・・・お前よォ、誰かにお前といると疲れるって言われたことないか?」

好き勝手ならべる俺に、うんざり顔で言ったシンラは心底疲れたようにため息をひとつつき、そして再び羽ばたくと例によって俺の首筋をデヴァインで遠慮もなく掴むと、ゆっくりと上昇を開始した。

まぁね、俺だっていつもこんな感じであるわけでもなくもないし、疲れるとか言われたこともなきにしもあらずってね。

はは、だからなんだよ、俺はこれまでもこれからもこんな感じなんだよ、どうせ。

でもシンラに疲れるとか言われるとちょっとなんかこう・・・

いや、やめとこう。実際問題俺の前にあった難題はクリアされたわけだし。



シンラは滑るように上昇し、アルヴィンが作り出した魔法の明りが頼りなげに必死にその飛翔を追いかける。

正直ちょっと追いつききれておらず、俺たちの目指す先にはただ闇しかないように見えた。

魔術師の性格は魔法効果にも反映されるもんだろうか、と、必死にシンラに追従しようとする頼りなげな明りを見ながら無駄思考している間にも上昇は続くが、下向きに引っ張られるような、無理やり地面から引き剥がされる感覚に終わりが見えない。

「ちょ、これ大丈夫なのかな?なんかものすごい距離上がってない?」

さすがに不安になってきた俺が上に声をかけるも、シンラはなんとも思っていないらしかった。

「このまま最上階までいけりゃ手間がなくていい。正直このつまんねぇ塔にゃ飽き飽きしてたとこだ。くっだらねぇ罠ばっか敷き詰めやがってよ、なにが精霊王だ。精霊のなかの王たるものなら、もっとなんかねぇのかよ」

四方を闇に、“闇の精霊王”自身かその一部かも知れぬものに包まれながら、シンラはシンラでありそれ以上でも以下でもない無謀な言葉を平気で紡ぐ。

正直ぶら下げられてる俺としてはヒヤヒヤする。

確かにまぁこのまま最上階まで飛んでければどれほど楽か分からんが、でもどこかで精霊王がシンラの無礼発言を聞いてたりしたら・・・と被害妄想。

とばっちりは!とばっちりだけはやめてくれ!!喰らっても美味しくないもんを喰らう趣味は俺にはないし、大体の人類にもない。

実際精霊王はどこかで確かに見て、聞いているのだろう。

塔の内の闇の濃さは、俺の知るそれとは何かが違うのだ。

アルヴィンの明りは頼りないとはいえ、それでももう少し広い範囲を照らしてもいいはずだ。

だが今も必死に俺たちに追いすがるその明りで見えるのは、本当に俺たちの周りだけ。

下にいるはずのアルヴィンたちの明りすら、すでに闇に飲まれて見えない。

「せっ!精霊王様!!俺とじいちゃんはこの鳥類とは関係ない種類の生き物ですから、食人系の生き物はけしかけないで鳥だけに興味持つやつにしてくださいお願いします!!!」

思わず小声で祈ると、シンラが偶然を装ってわざと俺を壁にぶつけてきたので、命を彼に握られている今の情況では俺の軽口も命取りの一因になりかねないと沈黙。

沈黙は金っていうけど、あれってホントに格言なのかもしれない。

用法間違ってるような気もするが、おしゃべりはほどほどに、という表面的な意味で捉えればそうでもないだろう。

そういえば口は災いの元ってのもあったっけ。

でも実力もなければ地位も名誉もない普通で平凡な俺が、自分を守ろうと思うともう弁舌で戦うしかないのだ。


永遠に続くかに思われた闇の中の上昇は、唐突に終わりを告げた。

魔法光の弱々しい光が、それでも確かに縄梯子の先に切り取られた四角い終点を照らし、まっすぐにそこを抜けた俺たちの前には、上がってきた穴以外何も見当たらない、広大な空間が広がっていた。

入ってきたホールとは比べ物にもならない、何一つない闇色の空間。

アルヴィンの魔法光ではすべてを照らしきれず、どれほどの広さのところに自分がいるのかは全く分からないものの、ただそこが塔の中とは考えられないほど広大な、何もない空間であるということだけは、なんとなく動きのない空気の冷たさと闇の深さで感じ取れた。

「ふん、いい趣味じゃねぇか」

俺を放り出したシンラが、カチャンとデヴァインの音をさせて着地する。

四方から押し迫るような闇も、果てのない空間も、彼を恐れさせるには少し役不足のようだ。だが、ごく普通の神経をしている俺にとっては、なんにもない広大で真っ暗な空間というのは多少なりとも恐怖を覚える。

たとえるなら、終わりがないことへの恐怖、明けない夜への恐怖に似ている。

今はシンラとじいちゃんがいるからいいが、1人にされたら精神的にキツそうな環境だ。

別に暗所恐怖症とか、そういうことはないのだが、闇には根源的な恐怖がある。

俺たちヒトは火を手に入れて、闇を払った。

多分その時に代わりに得たものがそれなのだろう。

俺は思考と一緒に身震いを隠し、肩越しに背後の老人を伺った。

老人は峻厳な深緑色の瞳を射抜くように前方の闇に向け、俺のように無意味な恐怖など感じていないようだった。

ふいに、あたりを見回していたシンラが足音を響かせながら歩き始める。

「ちょ、待ってって!!こんな暗いとこではぐれたら洒落になんないってば!!アルヴィンたち待って、みんなで固まってったほうが絶対いいから!」

慌てて走って追いかけたのが痛恨のミスで、俺がシンラの腕を取って無理やり止まらせたときには既に、床の穴は闇に飲まれ消えていた。

「うるせーなぁ!あれだけの深さの穴なんだから、トロくせぇあいつらがそんなにすぐに上ってきやしねぇことくらい分かるだろうが!その間にさっさと俺らで、いや俺が闇の精霊王をどうにかしちまうほうが話が早ぇ!カッツェの野郎が来る前にカタつけとかねェと・・・」

集団行動できない上に待てない凶暴な生き物相手に、俺にできることなんていくつあるのだろうか。

しかも原動力の半分以上はレグルスときたものだ。

俺に残された選択肢は、シンラを放牧してアルヴィンたちが上がってくる穴を探し、彼らと合流して進むか、このままシンラと一緒に進むかだ。

一瞬迷ったのが明暗の分かれ目だった。

来た方の闇に目を向けて、ほんの刹那逡巡した隙に、隣にいたはずのシンラが消えたのだ。

「はあーーー!!あの鳥類マジで1人で先に行きやがったーーー!!!」

誰もいなくなり、頼りない明かりひとつになったほんのわずかな闇の中の白い空白で、俺は絶叫した。

この声を頼りにシンラが戻ってきてくれれば、たとえ飛び蹴りくらってもいいと思ったが、それすらない。

もちろん、俺の声を聞きつけたアルヴィンたちが慌てて駆けつけてくれることもなかった。

たった一つ救われたのは、アルヴィンの魔法光が俺たちと一緒に残っててくれたこと。

かなり頼りないが、無いよりはマシだし、アルヴィンたちが見つけてくれる可能性に期待できる。

「ごめんじいちゃん!!まさかのここでリタイアかもしれない!!」

背中の老人をとりあえず降ろし、俺は頭を下げた。

「いや・・・グルガはもともと人とは馴染まないと聞く。それがここまで連れて来てくれたのだから、感謝はしても恨みはしない。君も、よく頑張ってくれた。ありがとう」

まだ礼など言ってもらえるほどのことすらできていない俺に礼の言葉を投げた老人の瞳にはわずかな柔らかさが宿り、声には諦めがにじんでいた。

これではダメなのに、俺にはこれしかできなかった。

シンラや他の面々にも助けてもらったのに、たったこれだけしか。

「君は・・・何を望む?」

どうしようもなくて、ただぐるぐると目の前の現実を反芻するだけだった俺に、老人が不意に問いかける。

「え?」

一瞬何を聞かれたのか分からず、俺は自分よりも何倍もの時を生きてきた相手を見つめる。

アルヴィンの頼りない光の中でも、彼の姿は濃い陰影とともに鮮烈に見えた。

「君は他の者たちとは何かが違う。それは君が得た病と、そこからの生還という経験からくるものなのか、元来君が持っているものなのか、私には分からない。だから、君の考えを聞いてみたくなった。君は、ファリアの椅子になにを望む?」

老人はしわがれてはいるが力強い声で、静かに俺に語りかけてきた。

彼の瞳はまるで、湖面のように凪いでいた。

感情の揺らぎの無いその深い湖に、俺は足をとられ動けなくなったような錯覚すら覚えた。

「何を望む、とか、よく分からないんだ。なんだか色んなことがあって、気が付いたらここにいて、でも、やるって決めたんだ。この国の王様がさ、小さいけど頑張ってる奴で、生まれたときから押し付けられてた玉座で、なんでそんなに頑張れるんだろうってちょっと思ってた。でも、城を出て、ここまで来て、ちょっとだけ分かったんだ。こういうの全部を・・・なんていうのか、守りたいっていうとちょっと違うけど、難しいな・・・ええと、変わらないでほしいって言うか、違うな、良くなってほしいんだけど、今のままずっと続いてほしいって言うか・・・あああー!ダメだ!自分でもなに言ってるか分からん!!」

じいちゃんは答えを急かすでもなく、静かに俺を見て待っていた。

俺が、俺の言葉で納得のいく形を示せるまで。

「・・・多分、戦争してほしくないんだと思う。それで・・・だからかな。そのファリアってのになれば、戦争調停役みたいなこともできるんだろ?

あの、ほら、人が死ぬって、どんな原因でも悲しいじゃん。寿命でも、病気でも、事故とかでも。でも一番悲しいのは、殺し合いして死ぬことだと思うんだ。

えーと、なんて言ったらいいかちょっと迷うんだけど、俺のいたところって俺の生まれるずっと前に酷い戦争があって、とっても辛い思いした人が一杯いたんだ。もちろん俺のいたところだけが被害者じゃないよ。俺の国が他の国に一杯酷いことしたのも事実だし、かなり酷い加害者だったことは分かってる。

だからなんか、もうそういうのはいいじゃんって思うんだ。

ここの人たちが酷い目にあって、家族が知らないところで誰かに殺される痛みを知る必要なんてないんだよ。

それが・・・俺の理由なんだと思う。ここにいる理由。

ごめん、なんか質問に合わない答えだ」

考えて考えてどうにかまとめたその答えを聞いて、老人は静かに目を閉じた。

口元にはわずかな笑み。

その表情に、俺はなぜか安堵を覚えた。分からないが、なんとなく彼が俺の言いたいことを分かってくれたような気がしたから。

「いや、十分じゃ。お前さんは優しい子だ。本当に、優しい子だ」

老人の深い海の瞳が俺を捕らえる。

不意に感覚が傾いで、世界が暗転した。

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