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27.白の攻防

避けられたのは奇跡に近い。

驚いて左手で頭を庇うようにしたら、それまで左半身があった場所を矢が駆け抜けていく。

具体的な破壊力を持った矢が空気を裂く鋭い音が、ぞわりと恐怖心を描きたてた。

「ダイチ君!それは僕じゃない!!」

恐怖心に貫かれて思考が止まりそうだった時また声がかかり、俺の右手から霧を割って、もう一人のローウェンが現れた。

こちらのほうは弓は背負ったまま。

まだ手に弓を持っているほうと比べると、後から出てきたローウェンのほうが髪や目の色が鮮明だ。

俺とA´俺くらいの差しかないが、全く同じ現象がローウェンについても起こっているということらしい。

「もしかして全員分の複製がいる…って言うんじゃないだろな!?」

素早く近づいてきたローウェンから視線を外し、A´ローウェンを視界に入れて警戒マックスで言うと、隣に立ったローウェンが欲しくない答えをくれた。

「あれは『影』っていう種類のモンスターだよ。普段はこんな人里に近いところには絶対にいない。森の入り口で囲まれたとき、僕らはあれに襲われたんだ。君の影が消えたから、どうにか僕だけ抜け出して君たちの後を追ってきたんだけど…」

「あぁ、いるよ!俺のドッペルゲンガー!さっきはあっちにいたけど、もうどこにいるか分からんから気をつけて!!」

俺の警鐘にローウェンが背負ったままの弓を下し、きり、と矢を番え弓を絞る音で応える。

「て言うか、これ乱戦になったら確実に同士討ちするよな!?ちょっと色の濃淡の差があるくらいじゃ、必死になってたら見分けられる自信ないよ俺!」

俺も棒を構え、互いの死角を補うように背中合わせになる。

俺はこちらに矢の穂先を向けたまま距離を取るA´ローウェンに正対し、ローウェンはA´俺がいるはずの方向をむいている。

「影はしゃべらないよ。あと、基本無表情。でも確かに、この霧は命取りだね。一度離れてしまったら、次に相対した一瞬で相手が本物か影か見分けないといけないわけだから…」

ローウェンのその言葉を実践に移すように、かろうじて見えていたA´ローウェンがすいと後退して白に消える。

ローウェンと同じ思考回路を持っている証拠だ。

だからこそ、この状況で彼が嫌がる最善の選択をしたと言える。

まぁこっちからすりゃ最悪の選択なんだけど。

「気をつけて、撃ってくるよ!」

小さくはあったが、鋭いローウェンの警告。

射手が敵になった以上、物音を立てれば狙ってくれと言っているも同然だ。

ぱしゅぱしゅ、という軽く鋭い音がして、俺の左側から矢が飛来、気づいたローウェンが俺の背を押してくれ、二人の間を鋭い鏃が駆け抜ける。

「洒落になってないって…」

俺の側を駆け抜け、反対側の霧に消えていった矢には、確かに殺意が込められていた。

狙撃手ってこんなに怖いんだな。

こっちからは相手の姿すら見えないのに、相手からの攻撃はばっちり有効なのだ。

反則としか言いようがない。

矢が消えたほうを見ていると、ローウェンにぐいと腕を引かれ、何歩か移動して彼と再び背中合わせになった。

「ダイチ君、コートを脱げるかい?」

「は?」

音量を絞った声で彼が言って、俺も同じくボリューム低めで疑問を返した。

脱げって言いましたか今?

俺のオンリー防具を脱げって?

「僕の外套と交換しよう。そうすれば少なくとも『影』と間違えてお互いを攻撃しないで済む。僕の影に気をつけて…」

言って片手に弓と矢を持ったローウェンが、言葉通りためらいなく外套を脱いで俺に後ろ手で差し出してきた。

もし今狙撃されたら、防具らしい防具をつけていない彼が危ない。

俺も大急ぎでコートを脱ぎにかかって、金具が外れず四苦八苦しているとまたローウェンに腕を引っ張られた。

ボソボソ話していただけなのに、A´ローウェンはかなり正確にこちらに狙いを定めてきているようだ。

それにしてもこの金具ってばもう!ベルトのバックルみたいな感じなんだけどそれよりもうちょい複雑で、脱げって言われてすぐ脱げるものでもない。

慌てているのがそれに拍車をかけ、なかなか上手いこと金具が外れてくれないのだ。

よし、落ち着け俺。大丈夫だ俺。一個一個やってこう。冷静になれ。

なんとかコートを脱ぎ、ローウェンに渡す前に思い出してぽちを回収し、それから彼が差し出してくれていた彼の外套を借りて羽織った。

こちらもドラゴンの革か何かのようだ。

ローウェンにもすぐに俺のコートを渡し、彼もそれを身につける。

確かに、自分が着ていたコートなら見覚えもあるし、何より元の服装と違うのですぐに分かる。

回収したぽちは寝ていたようで、何事かとしばらく手のひらでもごもごしていたが、適当なポケットに押し込んだら、もこもこと寝心地を整えた後また寝入ったらしく動かなくなった。

あぁ、マジでぽちになりたい。


「………ダイチ君の影はどこに行ったんだろう。」

ローウェンのささやきが耳に入り、俺はぽちを意識の外へ追っ払った。

今はネズミに構っている場合ではない。

「確かに…」

言われたとおり、さっきからA´俺の姿を見ていない。

ローウェンが背中合わせのまま俺の左手を取り、また何歩か移動する。

喋るたびに少しずつ場所をずらして、A´ローウェンの射撃が当たる確率を下げてくれているのだ。

彼の表情を見る限りでは、焼け石に水程度の効果しか期待できないようだが。

それでも俺にとって、この霧の中えたいの知れない自分ぽい何かと2人きりという状況よりは、ローウェンぽい何かが混じっても4人になったほうが気が楽だった。

1人じゃない、ということは素晴らしい。

しかし、一向に姿を現さないA´俺の動向はとても気になるところだ。

あの暴力好きそうなダメなほうの俺が、増援が現れたこの機を逃すはずがない。

「ってもしかしてあいつ!!」

最悪の可能性に思い当たってついつい大声を出してしまった瞬間霧の向こうから矢が複数飛んできて、俺はローウェンに背中を押されて前のめりにたたらを踏んだ。

毎度毎度すんませんね、なんか。

矢が通り過ぎてから、すぐにローウェンのそばに戻る。

どうやらその判断は正解だったようで、横にそれて避けたと踏んだA´ローウェンが俺のいたあたりに追加の矢を射掛けてきたのは難を逃れてからだった。

移動しながら撃っているようで、最初大声を出して撃たれた時とは違う方向からの攻撃だ。

すかさずローウェンが矢の飛んできた方向に向けて矢を放ち、即座に俺の手を引いて全然違う方向へ移動する。

これはこれで決着をつけるのは難しそうだ。

「君の影の行き先に心当たりがあるのかい?」

「あいつ、もしかしたらリーフたちを追っかけてったのかも。」

それが、俺の思いついた最悪の予想だった。

それを聞いたローウェンの顔色も明らかに変わる。

「リーフさんとセルシェスさんだね?……二人は影のことを知らないはずだ。僕の影なんかにかまけてる場合じゃないね。はやく片付けて君の影を追いかけよう。」

あいつは俺の姿そのものなのだ。

放置しておけば大変なことになる。

「お、俺っ!マトになるから、俺を狙ってきたとこを狙ってなんとかできないかな!?」

気づいたらそう言っていた。

あれ?なんだこれ?自己犠牲なんて俺の備品リストにあったっけ?

ローウェンは俺の自己犠牲的発言が意外だったらしく、つかの間驚いた顔をしたが、すぐに真剣に考える表情になった。

もっとも、自分の口で言っといて自分が一番驚いてるのだが。

A´とはいえ俺は俺、今のこの足があれば、かなり疲れて歩いて進んでいる女性二人に追いつくことなど造作もないだろう。残された時間はあまりない。

しかしA´ローウェンを放置して、後ろから矢が雨あられというのは是が非でも避けたい事態だ。

ここは一つ、さっさとA´ローウェンを倒して偽俺を追いかける作戦を全力遂行するしかない。

でもよりにもよって自分を的にしてくれとか俺自身の口で言っちゃうとは思わなかったな。

ちょっと、いや大分後悔していると、ローウェンは黙考を終えて俺をまっすぐに見た。

「ごめん。とても危険だけれど、お願いできるかい?」

ローウェンも事の深刻さを十分理解してくれているようで、首肯して俺の作戦とも言えぬ作戦にのってくれた。

あああ、言っちゃったしなぁ。却下されなかったしなぁ。

リーフとセルシェスの姿を思い浮かべる。

2人で支えあうようにして、この霧の中、一歩ずつ前に向かう姿を。

す、と心が冷えた。

今は自分の身だけを省みていていい状況じゃない。

「……じゃあ、ちょっと離れたとこで物音立てるから。ローウェンも気をつけて。」

棒を握りなおし、俺はローウェンが見えるギリギリのところへ移動して、わざと下草を揺らして大きな音を立てた。

怖いな怖いよマジで怖い。

360度白の中、どこから矢がくるか分からないってのは本当に怖い。

じっとりと棒を握る手のひらに汗が滲んで、霧で濡れたのと合間って嫌な感じにぬるぬるとする。

心臓はばくばくフル稼働、しかし体の表面は霧のせいで冷たい。

暑いのか寒いのかよく分からず、ただ緊張感だけが募っていく。

身に纏ったドラゴン革の耐久性に疑問はないが、手とか首とか頭とか防御できてない場所は確かにあるのだ。

どこから矢が注がれるのか全方向にたいして警戒していたが、しかし霧の向こうは四方八方沈黙を保ったまま。

少し移動して、今度は独り言をボソボソと言ってみる。

どこかから矢で狙われるって、こんなに怖いもんなんだな。

不意に、ザザっと草を掻き分ける音がして、俺は大きく横に跳んだ。

霧が割れ、灰色を吐き出す。

棒を構えて灰色に正対。

した時には相手は着地からそのままこちらへ再度突進してきており、俺は慌てて棒で応戦した。

がきんと金属同士が噛み合う音がして、俺は目の前に俺を見た。

「ローウェンっ!!俺がいるっ!!」

思わず叫ぶと同時に正対する双方向から矢が飛来。

俺はA´のほうに体をねじって斜め前方の地面に転がり、ついでにA´の足を掴んでやった。

とは言え片手で半端に掴んだ程度だったので、すぐにA´に振り抜かれる。

しかしながらちょっとだけ頑張った甲斐はあったようで、霧の中に消えていく背後からのローウェンの矢が何本かA´の背中に突き立っていた。

俺のほうは左の二の腕あたりに何かが掠った感触があっただけで、全くの無傷。

しかしボヤボヤ地面で寝ていては次はどうなるか分からない。

A´の捕獲を諦め、体を起こすと油断なくもう1人の俺と、俺に向かって矢が飛んできた白い闇を見据えて棒を握りなおした。

そして、自分なら手傷を負ったらどうするか考える。

いや、考えるまでもなく明確な回答は出ているのだが。

しかしあの暴力偏愛型改悪版俺があの程度で逃げるとは思えない。

博愛思想平和至上主義の俺だったら音速で逃げ出すのだが、あいつはそうではないのだ。

ということは、また奇襲をかけてくるだろう。

四方に気を配っていると、斜め後ろから霧を割って早速A´が飛び出してきた。

一撃を棒でいなす。

A´は余命わずかなのかなんなのか、一気に勝負を決めるつもりらしく、再び白に消えることはなかった。

手傷を負っているとは思えない動きで再びわずか距離をとり、俺が構える前に突進。

今度は棒で受けず、逃げる。

俺とヤツの位置が入れ替わり、状況は変わらない。

俺とA´が争っている間、矢の雨は降り止んでいた。

偽ローウェンに仲間意識とかあるのかどうか疑わしいが、ローウェンのほうは確実に俺に余計な怪我をさせないためにわざと矢を止めてくれているようだ。

もしかしたら偽ローウェンのほうは打ち合う俺たちに矢をいかけているところをローウェンに狙われるのを警戒しているのかもしれない。

まぁ横槍が入らないのはやりやすくていいけど。


A´は俺を休ませるつもりはないらしく、即座に転進、再びの攻撃。

棒同士が噛み合い、高い音を立てる。

弾き、こちらから仕掛けるが大振りになり避けられる。

避けた勢いに乗ってA´の攻撃。

しゃがんでかわし、棒で足を払う。

しかしA´はぴょんと飛んで俺の棒を避け、あまつさえ振り切った棒を踏んづけて俺の動きを封じやがった。

「ちょっ!俺の棒…!」

踏まれた棒を引っ張るが動かない。

俺の棒を踏んだまま、A´が俺に向かって棒を振る。

仕方なしに棒は諦めて後退。

A´は俺の棒を弱味と見たのか、俺が離れたのを見ると足元の俺の棒に手をかけた。

待って!それマジで大事な棒だから!!

俺のそれしかないんだからっ!!

しかし、なぜだか持ち上がる気配はない。

あんな軽い棒を、俺の力を手に入れているA´が持ち上げられないはずはない。

だが実際棒は落ちた位置から微動だにしない。

ワケが分からない。

「返せって!俺の棒!!」

声でA´の注意を棒から引き剥がし、同時に走って奴との距離をゼロにする。

奴は俺の棒から手を離し、右手のフルスイングで俺に対して水平に棒を振ってきた。

すかさずスライディングして棒の下をすり抜け、草の上に転がった棒を手にする。

足元の草が霧の水滴で十分濡れているため、普通の地面よりすべりがよく、俺の体を無事に棒の下まで運んでくれた。

手に馴染んだ棒の感触に安堵。

……良かった!また壊れなくて!!

再び戻った棒をしっかり握り、跳ね起きてA´と打ち合う。

お互いリーチのある棒なので、子供のチャンバラごっこのように一向に決着はつかない。

今こそ、あれを試す時がきたのか…!

甲高い金属音が途切れることなく響く中、俺はチャンスをうかがった。

チャンスはすぐにやってきた。

奴の喉を狙って放った一撃が、届く直前で阻まれる。

しかし、A´の棒は俺の棒の勢いを削いだだけで、俺の棒の先は的からわずかにずれた位置でとまった。

ここだ。

意識を棒に集中。

棒は俺の意思に応えて、瞬時に15センチほど伸びた。

リーチの長い武器同士、15センチの差は大きい。

一息に伸ばした棒は、狙いたがわずA´の顎を打ち抜く。

瞬間的に縮めることは造作もないが、瞬間的に伸ばすのは難しく、ずっと練習していたのだ。

で、今のところ縮めるのと同じくらいの速さで伸ばすことができるのは15センチが限界。

瞬間的に伸ばすとは言え、当たったときの衝撃はそんなにたいしたものではない。

だからこそあえて顎を狙ったのだ。

元はモンスターなのが不安な点だが、A´が俺をコピーしたのなら、人間の弱点を兼ね備えている可能性はある。

それに賭けてみた。


棒を縮めて距離をとり、様子を伺う。

A´は顎を上げて俺を睨みつけてきたが、こちらへ一歩踏み出そうとしてぐらりと体を傾がせる。

よしよし、効いてる効いてる。

人間に化けるんだったら、人体の弱点ってものをちゃんと把握しとかないとな。

A´俺の背に、オリジナルローウェンが放ったと思われる矢が何本も深々と突き刺さる。俺が顎に決めた一撃で軽い脳震盪を起こしたらしい奴に、避けるだけの機動力は残されていなかった。

しかし相手は元々モンスター。俺たちの常識では測れない。

今は俺自身そのものになっているようだが、ダメージが致死量に足りているとは簡単には考えられない。

俺だったら死んでる自信あるけどな。

でもとりあえず追撃。

棒を握り締め、腹部に向けてダッシュからの刺突。

思いっきりやろうと思ったが、相手は俺だし手加減せずに向こう側まで突き抜けたりしたら、どっちかと言うと相手より俺の心が重傷になりそうだったので、直前で若干手心を加えてしまった。

しかしいい当たりだったのは事実で、哀れなA´は体をくの字に折るとその場に崩れ落ちた。

白い霧を手で払い、A´の末路を見る。

また動き出したら嫌だから、きっちり確認。

影の名を持つモンスターは、もはや俺の姿を保っていることもできなくなったようだ。

どろりと半透明に液状化し、ぬるぬると地面に延びて無事に消えていった。

よし、俺退治完了!

ほっとした瞬間、背中を悪寒が駆け抜けた。

そういえば、模造品俺にトドメを刺す間、一度もローウェンのコピーからの矢を貰っていない。

音速で振り返る。

背後には、今まさに大ぶりの鉈を俺に振り下ろそうとしているローウェンコピーの姿があった。

彼は狩人だ。

獲物が1番油断する瞬間を、俺が俺のコピーを始末して安堵し、一瞬気を抜くこの瞬間を、霧に紛れて狡猾に狙っていたのだ。

声にならない悲鳴が喉を駆け上がり、脳が考えるのをやめて一瞬金縛りのように体が動かない。

どうにかしなければ次の瞬間、俺は俺のコピーのあとを追うことになるだろう。

脳の呪縛を断ち切って動こうとする足が、霧に濡れた下草に滑りしりもちをつく。

体勢を崩してしまい、最悪と呼べる要素がまた一つ増えた。

しかし、転んだショックで体の感覚が戻る。

奴が俺に鉈を叩きつけるのが速いか、俺が身を起こし逃げるのが速いか。

心臓が一つ強く打って、全身のバネをフル動員。

動こうとした次の瞬間、体を支えていた手が、霧で濡れたせいかはたまた手のひら全体に滲んだ汗のせいか、ずるりと後方へ滑る。

ローウェンの影が迫り、全身の体重を乗せた一撃が俺の命を刈り取るため迫る。

起き上がらなければ。

もがく。

足が露を含んだ下草ですべり、エンジンが空回りするような焦燥感。

下草や邪魔な枝を払うための鉈が、凶器となって振り下ろされる。

動けない

目を閉じる







刹那の間だったろうか。

俺たちは引き伸ばされた時間の中にいて、全てが実際より遥かにゆっくりに感じられた。

俺を狙う鉈が起こす風が、霧を揺らす。

どん、と重い音。

痛みは感じない。

感じるはずの衝撃も。

あとはただ、静寂。


そっと、目を開ける。

俺が見たのは一面の白。

偽ローウェンの姿は消えていた。

いや、俺と同じく、地面に転がっていた。

何がおきたか理解するまでにしばらく時間がかかった。

ぼんやりした目が捕らえたのは、倒れたコピーの背中から生えた幾条もの矢。

本物のローウェンが、偽物を後ろから射抜いたのだ。

「大丈夫かい!?ダイチ君!!」

霧を割って現れたローウェンが、あたりに再び音をつれてくる。

「ごめん、ギリギリだったね」

しゃがんだ彼が、俺に手を差し伸べてくれる。

俺はやっとゆっくりと状況を理解し、彼の手を取った。

すると彼は以外にしっかりした温かな手で温度を失った俺の手のひらを握り返し、一息に体を引き起こしてくれた。

「あれが油断するのを待ってたんだ。ごめんね。びっくりしただろう?」

申し訳なさそうに笑うローウェンを見てやっと、俺は自分が助かったことを実感した。

「い……や、ありがとう。助かった」

お礼の言葉はかすれていて、ちゃんと伝わったかどうか不安だったが、ローウェンは申し訳なさそうな笑みを深めて首を振った。

「お礼を言うのは僕だよ。君を囮にしてしまったんだからね。さぁ、影も片付いたし、使者さんとセルシェスを追いかけよう」

峻厳な狩人の仮面をはずしたローウェンはやはりどこまでも穏やかで、俺も落ち着きを取り戻し、体温が戻り始めた四肢を感じた。

リーフとセルシェスは南西を目指しているはずで、さっそく氷のようになっている指先で首に下げた方位磁石を取り出し、位置を確認。

針が示す先は相変わらず真っ白だったが、それでも俺には先ほどまでの白い闇よりは幾分光に満ちて見えた。




ローウェンの速度に併せて走り、30〜40分ほどたった頃だろうか。

白の合間に灰色の影が見えてきた。

小柄な二つの影は、お互いに支えあうようにして懸命に先を急いでいるようだった。

この広い森で、方向だけ合わせて出会える確率など、一体どれくらいあるのだろう。

しかし、ローウェンの狩人としての確かな実力がそれを可能にさせた。

30分間そう速い速度ではないとは言え走り続ける体力と、時々立ち止まって地面付近を確認し、正確に先行者の痕跡を見つけ出して辿る彼のすごさに俺はひたすら関心し通しだった。

俺一人だったら、きっと確実に迷っていた。

南西目指して突き進み、肝心のものは全部素通りで1人で森から脱出している自信すらある。

次からはもうちょっと考えて行動しよう。反省。

「リーフっ!!」

見え隠れする人影に向かって声を投げると、先行の2人は驚いて立ち止まったようだ。

隣を走るローウェンと視線を交わし、速度を上げる。

やがて霧が割れて、2人の姿が見えてきた。

「ダイチさんっ!!うわぁぁあんっ!!」

俺の姿を見止めたリーフが、セルシェスの手を離して走ってくる。

ぶつかっても剣呑なので速度を落とし、俺と彼女との中間地点で、リーフは俺に勢いよく飛びついてきた。

よほど怖かったのか、気丈にも我慢していた涙が溢れ出していた。

「ご、ごめんごめん。でもほら、ちゃんと約束どおり追いついたし。ローウェンがいるからもう大丈夫」

俺がいるから大丈夫とは言えない。決して言えない。

そのあたりちょっと情けないが、嘘はついてないのだからそこは男らしいだろう。多分。

リーフの背中の羽のないところをさすってなだめながら、なんでこんなに頼りない俺がいいのだろうとふと思ったが、しかし回答は目の前にあった。

彼女の羽。

彼女はここではマイノリティで、俺も歴然とマイノリティ。

そういう基盤の弱い者同士、親近感を覚えてくれているのだろう。

なんと言うかこう、新しいクラスになって、他のヤツらは大体友達同士でしゃべってるのに不幸ながら自分だけ知り合いがいない状況で、同じく友達と離れちゃったもう一人が教室の隅にぽつんといたりしたら、なんとなく親近感涌いて一緒にいるようになったりしないだろうか。

多分そんな感覚だ。

すでに出来上がった人間関係の中に割り込んでいくのは大変だけど、新しく作るのはそれにくらべれば簡単だということだ。

俺の場合は強制参加でこっちに来たので、出来上がった人間関係どうこう言う前にそこに強制的に入るしかなかったが、彼女は元よりこちらの人間。

そういう他に選択肢がない強制力もなく、異郷の地に1人自らの意思で立っているのだ。

それは寂しくもなろうというものだろう。

しかも自分はアウェイなのに他のヤツらはバリバリ本拠地。

結構しんどい環境だろう。

そう思うと、リーフはすごく頑張ってるんだと思い知らされた。

女の子って俺にいわせればUMAだが、彼女にはもうちょっと優しくというか、できることはやろうと決めた。



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