24.森の手前で作戦会議
翌日も延々と進んでは所々で休憩し、そして野営という前日と同じパターンの繰り返しだった。
景色は移り変わって行くが、それ以外は単調と言っていい。
朝が来て、昼が来て、夜が来る。
当たり前の時間の循環だったが、掛け値なく一日中外で過ごすなんてことはこれまでめったになかったので、改めて時間の流れで移ろう自然の美しさを感じた。
朝日を浴びてキラキラしていた遠景の山が、青空に映える緑になり、そして茜に染まるモスグリーンになる。
昔からずっと、毎日毎日そうだったのだろうが、それがとても美しいものだと知った。
ここが俺の世界だったら、新幹線とか飛行機とかでびゅんっと目的地まで一直線、その日のうちに着ける代わりにこんな景色には絶対出会えていない。
確かに、俺たちの世界だって景色を見に行くというのも旅行目的の一つにはあるが、なんでもない当たり前の景色を美しいと感じてまじまじ見ることなんてめったにないのではないだろうか。
たとえば、富士山が見たいから旅行に行く。
たとえば、紅葉が、桜が見たいから旅行に行く。
そういうのはあっても、行く行程の景色まで100%眺める余裕はないように思う。
なんせ新幹線や飛行機に乗ってしまうと、自分の足や馬で進む旅ほどゆるりとはしていない。
目的地に早く着くことだけを考えると効率はいいのだろうが、俺はなんだか馬でチマチマ進むゆったりして余裕のある非効率さが嫌いではないようだ。
この日もやっぱり野宿で、満天の星空の下、大木の根元に寄りかかるようにして夜を過ごした。
出発三日目もやはりひたすら前進。
しかしこの三日の間、一度としてモンスターを見ていない。
昼はもちろん、夜も遠くで犬か狼かそれともそういうモンスターかの遠吠えを聞いたくらいだ。
アルヴィンにそのことを聞くと、街道沿いにまでモンスターが跳梁跋扈しているような国はラドキアくらいしかないとのこと。
まぁ確かに、街道っていうのは動脈と同じだ。
多くの商人が普通に通っている道にモンスターなんかが昼真っからおおっぴらに出たのでは、物資が動かず生活が成り立たないのだろう。
俺たちもこの三日のあいだに何度も旅人や商隊に行きあっている。
一方モンスターの類は、一度、鳥っぽいけれど決して鳥ではないものが上空を飛んでいるのを見たのと、あとは何か中型犬くらいのサイズの獣の群れを遠目に見たくらいだ。
獣かなにかの気配のようなものは、夜は時々感じた。
というか狼っぽいのの遠吠えを聞いたりした程度で、実際に肌がヒリヒリするほど至近距離になにかが近づくようなことはなかった。
特に夜間の不寝番なんかは立ててないのだが、もしかしたら、レグルスが危険抑止力として働いているのかもしれない。
誰だって寝てるとはいえライオンにわざわざ近寄ろうとは思わないだろう。
真相は不明だが、なんにせよ危ない目に遭わないのはいいことだ。
三日間の道のりを踏破し(とは言え舗装された綺麗な道だったのでたいした苦労はないが。)四日目の今日、いよいよ森に到達していた。
簒奪期限定、“歪み”の森だ。
森のそばにある小さな村で足を止めた俺たちは、しばらく休憩を兼ねて森攻略作戦会議の真っ最中だった。
普段は普通の森なので、もちろんそばに村だってあるし人もいるのだ。
歪みの森という名前から、なんだかおとぎ話に出てくるような暗くてじめじめした典型的な魔女の住む森をイメージしていた俺だったが、実物は確かに絵本に出てくる森に近かった。
ただし、魔女などが住んでいる森ではない。
むしろ、擬人化した熊とかうさぎとかが穏やかに暮らしているような森らしい森だった。
都会っ子(多分)の俺がただ『森』と言われて想像するような、牧歌的な緑の連なりなのだ。
別に食人植物とかそういうのがウゾウゾいるような感じはしない。
ただ、わずかにもやが出ているようで、奥までしっかり見通せないのが常ならぬ、と感じられる唯一のことだった。
別に普通に入って行っても出てこられそうだが、しかし見た目に騙されてはいけないらしく、精霊王の力で歪んだ森は何が起こるか分からないという。
精霊王の塔の試練は、すでに始まっているのと同じだ。
だからこその休憩兼作戦会議だったが、何が出るかも分からない状態なのでアルヴィンですら有効な意見を出せず、ただ模範的でオールラウンドないくつかの意見を提案しただけで終わっていた。
森が歪むのは簒奪のたびに起こることで、そして前の回も前々回も同じく同じ村で休憩兼作戦会議が行われたようで、村人の受け入れ態勢は万全だった。
小さな小さな集落なのだが、それでも一軒だけある宿が開放されて、心づくしの料理なども揃っていた。
仮眠も取れるように、きちんと部屋までとってあるという。
村中がどことなく色めきたっており、小さな子供たちばかりか暇な大人まで遠巻きに宿を見に来ていた。
100年に一度のビッグイベントだというのは紛れもなく、それがこんな小さくて穏やかな村にまで波及しているのかと思うと、ますます自分がこれからする事に対して自信が持てなくなってくる。
まぁ今更言っても仕方ないのだが。
宿屋の一階の小さな食堂スペースが臨時の会議場となり、用意された飲み物を片手にアルヴィンが過去の簒奪から見る歪みの森の傾向と対策をその場の全員にゆっくりと説明していく。
前回の記録によれば、森は無限に続くようだったという。
前回の簒奪の頭脳役、大賢者スレインは、森をこう記している。
『行けども行けども終わりは見えない。普段は3日も歩けば絶対にどちらかの方角に抜けられる森だが、精霊王の力のせいでまるで無限の広がりを見せるようだ。ループ魔法かとも思ったが、そうではないらしい。果たして私たちは塔にたどり着くことができるのか。』
で、前々回の記録者、僧侶フィレア・カーンはこう。
『森は茨に覆われていました。それもただの茨ではなく、意思持つ茨です。土の精霊王の意思によって生み出されたその茨は、私たちの行く手を遮り、折に触れ襲いくる魔物たちと共に塔までのとてつもない障害となりました。』
そのさらに前。騎士ローランの残した言葉。
『森は炎獄だった。あらゆるものが燃えている。まるで森の木々が、その葉の一枚一枚に油をたっぷり蓄えているかのようだ。火の精霊王はまさに苛烈。森の魔物も炎属性のものばかりになり、苦戦を強いられた。』
症例その1。行けども行けどもゴールのない森。
オチとしては、混沌の精霊王が森の時空間をぐっちゃぐちゃにしたのが原因らしい。
3日以上歩いたと書いてあるが、これは時間の感覚が同じくぐちゃぐちゃにされたため、実際にはほんの数時間の出来事だったそうだ。
なんか、頑張って3日もぶっ続けで歩いたのに、実は数時間しかたってないなんて、人生に対して疲れを覚えそうだから嫌だな。
その2の茨は土の精霊王謹製の新種植物。
眠り姫だったか、茨姫だったか、そんな名前のおとぎ話に出てきたような悪質な茨が森全体を覆ったようだ。
俺ちくちくするの嫌いだからこれも嫌。
そんでその3の炎は、火の精霊王が森の木々の葉っぱを全部燃え続けるようにしたらしい。
火傷したくない。もちろん意味なく暑いのも嫌。
………。
なんか…試練って分かってても、リアルにしんどそうな話ばっかり聞かされるとテンション下がるな。
アルヴィンいわく、森の歪みには精霊王の特性が顕著に現れているとのことで、今回の闇の精霊王が使ってくるなら『闇』だろうとの事。
そのまんまだな。
闇の精霊王の塔に挑んだ記録は確かにあるらしいのだが、せっかく塔の最上階まで登ったのにダメ出しされて腹立ってたところに、ドグラシオルがファリアを獲ったもんで、当時の記録者がブチ切れて記録をほとんど燃やしてしまったらしい。
もう一つ残っている同じく闇の精霊王への挑戦記録はかなり古いもので、資料の傷みが激しく断片的なことしか分からないという。
しかも、事実のみを淡々と記す形式の文章ではなく、物語風にしたてられており、記述が大げさなところが散見されるため、どこまでが本当か分からないらしい。
肝心なとこで役に立たない先達だ。
今アルヴィンたちが議論しているのは、どのようにして森に入るか、ということ。
1斑・2班に分かれて、一網打尽の危険を回避するか、それとも一丸となって進み、一人でも少しでも消耗を抑えて精霊王の塔にたどり着いたらすぐに攻略を始められるようにするか。
アルヴィンは全員一緒を主張し、セルシェスは全滅の危険分散型を譲らない。
レグルスはどちらになろうとまるでかまわないというように外界をシャットアウトして瞑想状態、シンラなど会議が始まると同時にたらふく食べて即寝に走っている。
ローウェンはアルヴィンを支持、ジェイルはセルシェス派。
残るラフェルシアのオッサンはアルヴィン・セルシェス折衷案派。
俺とリーフは専門外というか門外漢なので、参加しようにもセルシェスが『分かりもしないくせに口を出すな』と怖い顔して睨んでくるので隅のほうで大人しくしている。
アルヴィンの言い分は、全員一緒にいることで一丸となって闇の精霊王が仕掛けてくる何がしかの危険に対処し、一気に森を抜けるというもの。
バラけて森に入った場合、モンスターと戦うにしても一人あたりの担当仕事量は全員でいるより多くなり、その分消耗も激しくなる。
また、塔に先にたどり着いても1斑4〜5人のうち数名が動けないもしくはそれに近い状態になった場合、残りの斑の合流を待つしかなく、残りの斑の戦力もどれくらい減っているか分からないのでリスクは大きい。
一方セルシェスの主張は、4〜5名ずつに分かれて森に入ることで、何か大きな試練に襲われたときに全滅する危険性を少しでも減らすというもの。
国の命運をかけた戦いに、保険もかけずに戦力を一点集中した場合、もしも賭けに負ければとんでもないことになる。
あらかじめ保険としてもう一つの手を用意しておけば、片方が潰れてももう一方に希望が残るということだ。
少人数だとより増える個人の負担を心配したアルヴィンに対しては、見下したような目で見ながら「ある程度余裕を持って塔にたどり着けるほどの実力がなければ、選ばれて今ここにいないわ。あなたはどうか知らないけれど、一緒にしないでくださるかしら?」と強烈な自信を含んだ口調で言い切った。
で、最後のラフェルシア草案。
これは、最初はアルヴィン案でみんな一緒に森に入り、何かあるたびに切り抜けるのに必要なだけの戦力を置いて残りはひたすら先を目指すという効率的で現実的な案。
もちろん切り離した戦力は、可能な限り早く本隊に復帰するという条件付だ。
端的に言うと、『ここは俺に任せてお前は先を急ぐんだ!』作戦。
俺多分どう頑張ってもそんなセリフは口から滑り出てこないと思う。
ただ、これも塔までどのくらいの距離があるか分からない以上、危機のたびに一人、二人とその場に残して進んだりしたら、下手したら最後は俺とリーフだけで森を彷徨う結果になるかもしれない。
それは怖い。
非常に怖い。
だって俺の口ってほんと、「俺のことはいいから、早く塔へ行ってくれ!!」よりは、「ここは任せた!じゃあ後で!」って言う確率のほうが高いからな。
全員が精鋭なら最後まで残って塔にたどり着く人も精鋭だけど、俺やリーフが混じってる以上、それは絶対望めないことだ。
ラフェルシア草案、一見一番よさげに見えて、見事に俺が足を引っ張ってるんだから情けない。
ジェイルに擁護されたセルシェスが自論をまくしたて、アルヴィンが控えめに、しかし断固として反論し、ローウェンがそれを援護、ラフェルシアが二人の案の欠点を突いて議論は白熱し、当分結果は出そうにない。
レグルスはただ静かに椅子に深くかけて目を閉じて瞑想しているが、もしかしたらアレ寝てるのかもしれない。
最初はひざの上でさきっちょがわずかにぱたぱたしてた尻尾が、完全に動かなくなってるのだ。
まぁ今この状態で彼が寝てるかどうか確かめられるほど俺も空気読めないヤツじゃないし、とにかく議論の邪魔にならないようにしてたが、ふと思いついて隣に座って事の成り行きを心配そうに見ていたリーフの腕を軽く叩き、注意を引いてから彼女を促してそっと外に出た。
俺とリーフと二人が消えても、議論の声は変わらず止まない。
ほかほかとした日差しの下に出た俺は、思い切り伸びをした。
神妙な面持ちでただただ議論を聞いてばかりいたので、体の緊張をほぐさなければならない。
とんとんとん、とリズミカルに足踏みして、両手をブラブラと振りまくる。
ストレッチもしときたいところだが、後から来たリーフがものすごく疑問を宿した目で俺を見つつ待ってくれているのでこの辺で準備体操完了としよう。
「あの、ダイチさん?ちゃんと皆さんのお話聞いてなくていいんですか?」
準備体操完了の俺にリーフが小首をかしげて聞いてくる。
「いいのいいの。決まったらアルヴィンがかいつまんで教えてくれるだろ。あーだこーだ言ってるの聞いてても仕方ないし、口挟んだらあのおっかないお姉さんに怒られるでしょ。だからほら、この村ぶらっと見て回らない?」
俺の提案にリーフは「え、」と目を見開いて、背後を振り返ってまた俺に視線を戻してきた。
ちょっと困った顔をしている。
授業サボれないタイプだな。
シンラなんて学級崩壊の先鋒みたいな勢いで自分の好きなことしに走ってるのに、見事に対照的だ。
「だいじょーぶだって!あそこでただ椅子に座って何時間か無駄にするのと、村見て回るのどっちが面白い?リーフが嫌なら俺一人で行ってくるけど…。今回はちょっとだけこっちのお金持ってるから、何か買い食いだってできるし」
リーフはしばらくは迷っていたようだが、やがては俺の誘惑に負けたらしく、若干困った表情ながらも俺の方へやってきた。
いつだって悪魔の誘惑のほうが、天使の戒めよりは甘くて美味しいのである。
俺とリーフは連れ立って、取り立てて見るところもないような小さな村をぶらぶらと散歩しはじめた。
取り立てて見るところもない、とは言ったが、それはこちらの世界生まれが持つであろう感想で、俺にしたらどんなに小さな村も楽しい散歩の場である。
なにせ文化が違う。というか世界が違う。
木と漆喰でできた家。
庭先に生える古木。
木の幹にぶら下がったロープと木の板の素朴なブランコ。
中心部にあるほんのちょっとした広場。
雑草なのか植えられたものなのか、良く分からないような花々が道端に溢れ、側を流れる小川は、俺の故郷のもののようにやたらとコンクリートで固められてなどいない。
自然のままで、人々がよく使う場所にだけわずかに人工物が見られる程度だ。
それにしても、取水する際に屈むのにちょうどいい小さな木製の橋とも言えない出っ張りがある程度のものだ。
木でできた垣根であるとか、窓辺に下がる何かの飾りであるとか、そういう小さいものまで見落とさずに、風景を楽しみながらゆるゆると歩く。
ブラブラと歩きながらも、村のあちこちから視線を感じずにはいられない。
小さな村ではよそ者は目立つし、なにより俺とリーフという組み合わせがそれを助長している。
カツラはかぶらず生まれ持った黒で勝負中の俺と、青い羽のリーフなのだ。
悪目立ちするなというほうが無理な組み合わせだ。
しかしながらよそ者に対する冷たい視線ではなく、好奇心交じりの温かいものだった。
どんなに歩いても絶対迷子になどなりそうにない小さな村の中で、中央の広場は村人たちの憩いの場所らしかった。
広場の中央には共同の井戸があり、誰でも水を飲んでいいようだ。
旅の商隊が来たときは多分この広場で店を広げるのだろうし、もちろん何日か逗留して行く。そういう時のためにもここに井戸があるのかもしれない。
村を一回りして来た俺たちは、広場の木でできた素朴なベンチに腰掛けて、村の人たちの生活の一部をしばらく眺めていた。
子供たちがそこらで遊んでいて、なんだかとても平穏で眠くなるようないい午後だ。
隣にはかわいい女の子がいるし、今までの全人生中でもかなりベストな午後に入るだろう。
「ラースってどんな感じ?もっと都会?」
広場に面した小さなお店で買ってきた素朴な焼き菓子を食べながら聞くと、同じく両手に大事そうに焼き菓子を持ったリーフは首を横に振った。
「そんなに都会じゃないです。だから、セレーナの都に行ったときはびっくりしました。使者は大切なお仕事で、だから物見遊山とかはできないんですけど、でもダイチさんとちょっとだけ城下を見に行ったときはホントに楽しかったなぁ。ラースにもお祭りはあるけど、あんなに沢山の人はいないから、賑やかさが違う、って言うか…。でも、ラースもとってもいいところですよ」
リーフはにこりと笑って、そして手にした焼き菓子をぱくりと口に含む。
それからまたその素朴な味が気に入ったのか、幸せそうに笑う。
あぁ。いい午後だ。
これでなんか変な厄介ごとに巻き込まれるためだけにここにいるのでなければ、もっといい午後になるのだが。
たとえば、ただ単に夏休みをブラブラと過すために来ているだとか、そういう命の危険のない理由でここにいられるならどんなにいいだろう。
「ラースはね、森なんです。どことなくこの村と雰囲気は似てますよ。もっともっと大きな木が沢山あって、もっともっと自然と人間との垣根が薄い所ですけどね。だから私、こういう自然が沢山あるところのほうが落ち着くんです。ラースへ渡ったら、一回は私たちの街にも寄ってくださいね!物資補給とか色々あるから、大体は立寄ることになると思うんだけど、でも私、皆さんに私たちの街を…ラースを見て欲しいんです。私は、私たちのラースが大好きだから。だから皆さんにもラースを好きになって欲しいんです。とっても素敵なところだから、皆さんきっと気に入ってくださると思うんです。」
故郷のことを語るリーフはとても懐かしそうで、楽しそうだった。
俺もふと自分の国のことを思う。
しかしながら、心から誇りに思える祖国ではないことに気づいてちょっと苦笑するしかなかったが、でもやっぱり、国とかは抜きにしたら俺は俺の家が好きだし、家族や友達が好きだし、自分を取り巻いていた環境が嫌いではなかった。
それはきっと国の最小単位なのだろうから、俺は多分今は異界となってしまったあの国のことを、心底嫌ってはいないのだろう。
ただ素直に好きと言えるほどには、誇れる国ではないのだが。
それに比べると、こちらには愛国心というものがちゃんとある。
俺のいたあの世界だって、俺の国では薄いだけで行くところに行けば愛国心はちゃんとまだ生きているのだろうが、こういう素朴で、素直で、ただまっすぐなそれをじかに見たのは初めてだった。
俺が見たことのある愛国心というのは、テレビを通したいささか度の過ぎたものしかない。
たとえばそれは、昼日中に大音量で何かそういう音楽を流しながら車を走らせる右な方々だったり、テロ活動だったり、自国を貶めるような発言をした首相のいる国の旗を燃やしている人々の姿だったり。
自分の国を愛するゆえの行動なのだろうが、だから俺にとって愛国心という言葉はどこか胡乱で、危なげなものに思えた。
自分の国がただ好きで、それを素直に言葉にできる。
こういうのだってれっきとした愛国心のなせる業なのだ。
ただ、それを俺は初めて知っただけで、これまでなにか怪しげなものでしかなかったそれは、リーフという形を得て初めて違うものに見え始めていた。
そういえば海外旅行だってこれが初体験なのだ。
とんだ『海外』旅行だが、でも異文化に直接触れる体験はこれが歴然と初めてなのだ。
初めての海外が異世界って、これちょっと自慢にできるな。
日本中、いや、世界中どこを探したって、初めての海外旅行が異世界ってヤツはそうそういないだろうから。
まぁその前に、初海外は異世界でしたーなんて言った時点で可哀想な子を見る目で見られるか、もしくは寝ぼけてないでしっかり起きろよ、と現実的な一言を頂戴するだけで終わるだろうが。