23.森への行軍
それから、アルヴィンの先導に従って残りの面々と合流する頃には、すでに昼など過ぎていた。
やっぱり途中で違う方向に突き進んでいたらしく、かなり戻ってから来たのとは違う方向に曲がり、しばらく進むと街道沿いの平原にポツリと生えた大木の下で他の面々が休憩しているところに追いついた、という次第だ。
なぜアルヴィンが俺を見つけ出せたかと言うと、道しるべの妖精だかなんかそんなファンタジー生物に俺の行き先を聞いてくれたらしい。
アルヴィン子飼いの妖精ではなく、三叉路とか交差点にはそういう謎の手合いが一匹はいるものだそうだ。
たまーに道に迷った旅人に正しい道を教えてくれたり、悪戯好きなのだとかえって余計に迷わせたりもするらしい。
ただし、なんの魔術的素地もない人間にも目視できるくらい力の強いのはそうそういないので安心していいとの事。
なにをどう安心すればいいのかはよく分からないが。
俺たちが木の下へ着くと、一番にリーフが駆け寄ってきた。
彼女からしてみたら、まだしも馴染みのある俺やアルヴィンが丸々消えて、どちらかと言うと馴染まない人々の中に取り残された感が強かったからかもしれないが、それでも心配しましたと言って俺の手をしっかり握ってくれたときは、やっぱこれだろ!とか思わないでもなかった。
うん、野郎よりは女の子の方が断然いいね!
それが顔に出たのかどうか、リーフに導かれて彼女も作るのを手伝ったと言う昼食の席に(と言っても青天井のキャンプ風なのだが)着くと、例の女魔術師に皮肉げに口の端を歪めて、「本当にこんな子を連れて行くべきなのかしら?」とか言われてしまった。
確かに足並み乱しましたよ。悪うございましたね。
でもそれも、やはり料理とそれに使っていた火を囲んでいた他の面々、ローウェン、ジェイル、ラフェルシアが俺の周りに来てガヤガヤ言い始めるとすぐにどうでもよくなった。
もちろん、心配をかけたのだからきっちりと謝った。
それから彼らが用意してくれていた昼食を食べる事になった。
俺が迷子ってたのも時間的に言えばそう大して長いわけではないらしく、消えてから戻るまでほんの1〜2時間だったようだ。
なんせ超速で森の手前まで突っ走り、しかも間違いに気づいて自力で半分以上戻ってきたのだから、たいしたタイムロスではない。
「ごめんなさいダイチさん、私も一緒に探しに行きたかったんですけど、カッツエさんに来るなって言われちゃったんです…」
俺の隣でいまだに俺の二の腕なんかを掴んでくれちゃってるリーフが、うつむき加減に申し訳なさそうに言う。
「いや、悪いのは俺を口車に乗せたシンラなんだから。そんなリーフが落ち込むことじゃないよ。俺だって、シンラなんかに無賃乗車されてあんなに暴走して、しかもリーフに心配までかけちゃって、穴があったら入りたいくらいだ。それに多分レグルスだって、悪気があって言ったんじゃなくて単に危ないから言ったんだと思うし。ホント心配かけてごめんな。」
あまり深刻になりすぎないようにいつもの調子で言うと、リーフはやっと視線を上げた。
彼女はどうでもいいことまで真面目に捉えすぎてしまうところがあるので、軽い調子でたいしたことないよ感を十分漂わせるくらいがちょうどいい。
「もう、いきなりいなくならないでくださいね」
リーフは顔を上げたついでに俺を見上げるように視線を合わせ、なんだか捨てられた子犬のような潤んだ目で言ってくる。
俺としてはほんのちょっと遊びのつもりだったのだが、結構深刻に取られていたようだ。気をつけよう。
俺が何も言えずに内心ただ気をつけよう、と反省していると、リーフはその沈黙をどう取ったのか俺の腕にかけた手にわずかばかり力を入れた。
そしてまた瞳をうるっとさせると、少しだけうつむく。
……はい。言うまでもなくかわいいですよ?
しかもこれ、こんなの耐性ないよ俺には!?
これまでの人生だと、女の子がこんな距離にいて、「なに天城?ふざけてんの?馬鹿みたい!」とか言われてない状態って奇跡に等しいですからね?
…………。
春?
…………これが噂に聞く人生の春か!?来たのかスプリング!!俺にもとうとうスプリングなのか!?
か、神様っ!!なに?俺のこと嫌いじゃなかったの!?え?いいのこれ!?アリなの!!?いや、俺は大歓迎ですけどね?十分アリなんですけどね!!
俺が内心のワクワク感と言うかドキドキ感を必死に押さえつけ、なんと言ってこの暖かな春の空気を持続させようか必死に無い知恵絞っていると、どうやら神様は喜ばせといて後で落とすタイプだったらしく、最悪のタイミングで馬と荷物を整理し終えたレグルスが戻ってきた。
しかも、いつもより多少は表情筋を使ってるなぁという程度の表情変化で、巧みに嫌さを漂わせ、いまだ復活しないシンラを担いで戻ってきたのだ。
シンラはアルヴィンたちと合流してからも、あまり動かされたくない状態だったらしくそのまま俺が積んできたのだが、ここに着いたときにリーフが飛んできたので介抱と自転車をアルヴィンに任せ、俺のほうは早々に皆がいるほうにきてしまったのだが、よく考えればアルヴィンがあの魔術師の細腕で人一人担げるわけがない。
消去法なんて使わなくても、残るはレグルスだ。
リーフが心配してくれたのが嬉しくてすっかりきれいに忘れ去っていたのだが、レグルスの現在進行形の嫌悪感を隠そうともしない表情で非常にまずい状態のまま彼とアルヴィンを放置してきたことを悟った。
もう遅いけど。
でも手遅れだからと言ってこのまま放置はまずい。
主にレグルスの不興を買う。
「あぁそうだったー。シンラが弱っていたんだー。」
俺は内心涙を流しながら棒読みのセリフを口にして、そっとリーフの横から立ち上がった。
ごめんね俺のステキな青春。いつか絶対捕まえるから…!
泣く泣くレグルスのところへ行って、彼からさも誠意を持ってそうするようにシンラを受け取ると、俺は相変わらずぐったりしてうなるくらいしか意思表示できないシンラをどうにかおんぶした。
リーフといいシンラといい、鳥人間は総じて体重が軽いようで、たいした苦もなく担ぎ上げられるが、もちろん担いでいるのがシンラだと言うだけでテンション大暴落だ。
俺がシンラを抱えたままどうしようかしばらく思案していると、俺の白々しい棒読みセリフが嫌でも耳に入る位置にいたラフェルシアが顔を上げ、ちょいちょいと分厚い手で手招きしてきた。
「ちょいとこっちへ連れて来てみろ、わしが診てやろう。」
火のそばで何かの肉を焼いていた彼は、それをジェイルに任せるとそばの荷物を片付けてシンラを寝かせられるスペースをあけてくれたので、俺は遠慮なくそこへ荷物を運んで行き、敷いてくれた布切れの上に下ろした。
するとラフェルシアはさっそくシンラを覗き込み、熱を測ったり色々しはじめた。
そういえばこのオッサン、一見すると小山か熊だけど、僧侶って言ってたっけ。
回復魔法が得意だというアルヴィン情報もある。ここは押し付けるに限る。
「何があったら頑丈なだけが取り柄のグルガ族がこんなになるんじゃ…」
ぐったりしてはいるが、意識はあるシンラを見ながら呆れたようにラフェルシアがつぶやくのを聞いて、やっぱ俺って凄いのかも、と思ったことは秘密だ。
オッサンが両手をシンラの額の上に浮かせて重ね、何か低く口の中でブツブツ言うと、両手から優しい白っぽい光が溢れ出し、シンラの眉間に刻んだ深い皺が段々と緩まってゆく。
これが回復魔法というやつらしい。
それにしても、乗り物酔いまで治るような魔法があるとは驚きだ。
オッサンの治療がすんで、シンラが起き上がるまで休憩するのかと思いきや、女魔術師セルシェスがこれに強固に反対し、しかもレグルスまで造反するもんだから、最低限昼食時間だけの休憩を取って俺たちは再び騎乗の人となった。
ちなみにシンラは回復魔法の恩恵に預かったとは言え、とてもまだ一人で馬に乗れるような状態ではない。
とにかく支えなしで歩ける程度には回復しているのだが、それでもまだヨロヨロしている。
彼をどうするかということで出発時ひと悶着あり、ラフェルシアとアルヴィンがそれぞれ二人乗りを主張したのだが、シンラはどちらの馬にも乗らなかった。
で、なんでかまた俺の後ろにいる。
なんでだ。
なんで俺こんな好かれてんだ。
どうせならリーフにしてくれよ神様。
しかしながら馬と併走していて思ったのだが、馬よりも自転車のほうが揺れが少ないのかもしれない。
まぁ自転車はある程度恣意的にデコボコを避けることはできるし、舵取りさえ間違えなければまっすぐに走る。
クッションの代わりに着替え類の入った荷物を敷いているので、尻が痛くてかなわないということもないだろう。
無茶をしなければ、乗り心地は悪くないのだ。
それに先の体験で学習したシンラは、しっかり目を閉じて後ろに乗っている。
目さえ閉じていれば、あとは揺れだけだ。ものすごいスピードで飛ばしても無駄にいい視力で膨大な情報を取り込まずに済むので酔いにくいのだろう。
今度は俺もあまり余所見したり無茶飛ばししたりせず、大人しくアルヴィンとリーフの間を走り続けた。
さすがに出発初日なので、てっきりどこかの街で宿を取るのだと思っていたら、日が落ちる寸前まで前進して野営だった。
闇の精霊塔に行くまでは国内だし、道沿いの街で休めるのだとばかり思っていた俺には、これは大きな衝撃だった。
アルヴィンいわく、他国もすでに出発しているなら、些細な遅れも命取りということで、進めるだけ進んで町があればそこで休むが、なければ野営が基本方針らしい。
なんてことだ。初体験野宿が初日からだなんて。
これはもう、野宿に慣れられずにリタイアの可能性が早くもチラチラ見えてきたぞ。
今宵の宿は、道沿いに開けた草原の一角。
傍に川があるので炊事には困らないようだ。
みなさん王宮暮らしのはずが、妙に手馴れていてあっという間に馬に飼い葉と水が与えられ、必要な分だけの荷物が解かれ、薪の準備も整った。
セルシェスが呪文で火を点けようとしていたので、ぽかんと見ているだけだった俺はここぞとばかりに彼女を制し、必殺100円ライターで華麗に点火。
寝ればMPが回復する世界なのかもしれないが、ちょっとくらいは役に立つ印象を植え付けておかねば。
火をつけた後はやっぱり見てただけなのだが。
ともあれ食事の準備も整って、日は落ちて空の主役は太陽から月と星に取って代わられていた。
俺の点けた焚き火の周りを皆で囲み、夕食を摂る。
キャンプなんて何年ぶりだろう。
しかも、今回のキャンプは恒常的にテントなどない野天キャンプだ。
食事はスープと言うか野菜のごった煮と言うか、その両方の中間くらいのものと、硬めに焼いて城から持ってきたパン。
それから、串に刺して焼いた何かの肉。
干肉ではなく生肉だ。
野営地が決まって俺とシンラ以外の皆が何がしかその準備をしている間、姿が見えなかったレグルスがぶら下げて帰ってきた何らかの生き物の末路である。
干肉もあるらしいが、この分ならそんなもんを食べなくてもいいようだ。
ちなみに、「野菜スープ具が大きめ」の中身のキノコ類や根菜類は同じくローウェンが現地調達してきた模様。
小器用な人たちだ。
もうひとつ追加しておくと、シンラは途中から完全に乗り物酔いも治り、なおかつ俺の後ろで不敵にも爆睡してやがったので、なんだか誰よりも元気になっている。どうなんだそれは。
ともあれ夕食だ。
一日移動していて思ったが、心底地面に腰を下ろしてくつろげるのはいいものだ。
自転車のサドルも嫌いじゃないが、さすがに一日ぶっ通しだと尻も痛くなってくる。
それはアルヴィンやリーフなどはさらに感じていることらしく、地面に座っても座り心地が悪いようでしきりに足を組み替えたり腰をずらしたりしている。
アルヴィンとか普段あんまり運動しそうにないもんな。これはテキメンだ。
反対にレグルスやジェイル、ラフェルシアにローウェンは一日くらい馬に揺られっぱなしでも全く何の被害も被らない鉄壁の尻の持ち主らしく、平然と談笑などして夕食を摂っている。
そこでふと、もう一人の魔術師セルシェスが気になって見てみると、彼女はどんなプライドのなせる業か、絶対痛いに決まっているのにそんな様子は微塵も見せない。
「おいお前」
野菜スープをどしどし胃袋に収める俺に、不意に左から声がかかった。
今日一日俺の後ろに無賃乗車し続けたシンラだ。
多少距離の長短はあるものの、ほぼ円座になってみなそれぞれが両隣の相手と会話など交わしながらの夕食だったが、不幸な事に俺の左隣はシンラだった。
右隣はアルヴィン。しかし彼はさらに右側のリーフと何か喋っていて、非難不可能。
シンラの左側には騎士の人ジェイルがいるが、あきらかに会話できる以上の距離が開けられており、しかもセルシェスと話をしている。
ローウェンがリーフの右にいて、その隣がレグルスだ。それからラフェルシア、セルシェスとつながる。
レグルスとシンラは必然的に離れていなければならないのだが、なんかこの並びは俺に対してかわいそうすぎる気がする。
あんまり無視するのもアレなので、口の中身を飲み下してぽちに柔らかく煮た野菜のかけらを与えてから、シンラと目を合わせないように会話開始。
「何?」
「……いや。悪かったな。」
おお?謝った?もしかして今謝った?
「え?何?何が?」
珍しいのでもう一回聞こうと顔をシンラのほうに向けると、彼は露骨に嫌そうな顔をして俺を見ていた。
「悪かったってんだよ!世話になったな!」
あれ?謝ってたのは気のせいかな。なんだか殺気っぽいのを感じるぞ。そして少なくともこの表情はごめんなさいの顔じゃないぞ。
「それにしてもお前、あの変なのでずっと行く気なのか?森に入りゃ道もなんもねェんだぞ?」
しかもさりげなくもなく話題をすりかえられた。別にいいんだけど。
「今日は俺もちょっと調子乗りました。あ、でも飴が梅味だったのは歴然と事故だから。……森までは自転車で行くつもりだけど、さすがにオフロードは厳しいから着いたら自分の足で行くよ。」
オフロード仕様の本格的自転車だったなら森の中まで入っていけるが、さすがに通学用のノーマル自転車にそこまでの無理は強いられない。
それに、自転車で行くことを逡巡していた俺にアルヴィンが森についたら魔法で自転車を縮ませると言ってくれた。
一回実践してもらって、携帯ストラップくらいのサイズまで縮んだ自転車が、きちんと元に戻ることも確認済みだ。
「馬に慣れといた方が懸命だぞ。お前の乗ってるのじゃ体力温存なんてできたもんじゃねェだろ。」
特に後ろにかさの高い荷物積んでたらね。
思ったけど言わない俺。大人。
「馬より俺の脚のほうが速いから。それにあいつら言うこと聞かないし。」
「それはお前、お前が舐められてるからだろ。あんなやつらガツンとやっときゃ言うことくらいいくらでも聞くよ。」
「昼間暴走してた鳥人間に同じこと言ってやってくださいよ。」
シンラがぐっと言葉に詰まった隙に、串に刺さった肉をかじる。
何肉か不明だけど、ぴりっとした香辛料が効いていて旨い。
シンラはしばらくパンの柔らかいところをむしって無意味にぽちに押し付けたりしていたが、それでもまだ会話を続ける気があるらしくまた口を開いた。
「だから、俺が言いたいのは体力を温存しとけってことだよ。他の連中ならまだしもお前、そんな発育不良のエドラの根っこみたいな体しててよ、塔に着いて一歩も動けねえってんじゃ話になんねェんだぞ?」
「ちなみにダイチさん、エドラというのは根菜で、根っこを食べるんです。芽が出てしばらくで間引かないと、ひょろひょろの根っこのしかできなくて食べるところがないんですが、きちんと育てればかなり大きな物を作ることも可能です。煮物やそのままサラダにしてもいけます。」
なんで耳に入ってるのか分からないが、リーフの話を聞きながら俺たちの会話も聞いていたアルヴィンがサワヤカにどうでもいい解説を入れる。
お前は聖徳太子かっての。
「もやしっ子扱いかよ俺…。こう見えても持久力はそこそこあるし、それに創造神とやらの加護でさらに強化されてるんだから、そういう心配はご無用。さすがに一日中トップスピードは無理だけど、馬に併せてなら十分走れるし、と言うか俺のほうが速い。ところどころ休憩だって挟むんだから問題ないよ。それよりもさ、あんた二班なんだから二班の人たちと交流を深めてくれば?」
そう言った瞬間、シンラの表情が記録的に険しくなる。
やばい。なんか地雷踏んだ?
そういえば仲悪いんだっけ。
「あいつらか……ふん。あいつら俺がいないほうがいいんだろうよ。」
ちらりと距離の開いた騎士殿と女魔術師に一瞥をくれて、険しい表情を一転、ひやりと冷たい笑みを浮かべて見せたシンラの顔がまた俺のほうを向く。
いざという時はぽちでうやむやにしようと、俺のひざの上でのんきに貰ったパンにしがみついていたぽちを握る。
それから、会話による危険域脱出を試みる。
ぽちはあくまで最終兵器なのだ。
「それを言うならほら、俺なんて三人くらいにしか必要とされてないんだぞ?いや、正味アルヴィン一人だけが俺のことが必要だから呼んだのかもしれない。で、今は必要なのか何なのかちょっと分からなくなってる可能性もある。どうだ?俺は偉大だろ。」
どうにか軽い調子に持っていってみる。重いのは好きじゃない。なんせ、俺は圧に弱い現代っ子なのだから。
「どうだかな。それでもお前は堂々とここにいるだろ。まぁどうでもいいが。」
言ってシンラは俺から視線を外し、程よく焼けた肉にかじりついた。
「………もしかしなくてもレグルス以外に火種抱えてんだな。難儀な人生…」
思わず呆れて余計なことを口走り、せっかく離れたシンラの視線が鋭さを伴って戻ってきた。大失敗だ。
「俺は別にセレーナの正式な身分を賜った家臣じゃねぇからな。ただ城に出入りする自由があるだけだ。」
「なんだ。俺はまたてっきりレグルスが嫌だからって子供みたいな理由で登城拒否してただけなのかと。ふーん、家臣でもないのになんでまた?」
レグルスと同じくセレーナ王家に仕えているとばかり思っていたので、これは少し意外だった。
持ってはいけない興味をついつい持ってしまい、聞かなくてもいいことを聞いてしまう。
好奇心は俺を殺すか?
身をもって実証したいわけじゃないが、本気で好奇心って命取りかも。
「そりゃ…」
シンラがなにか答えかけた時、横のアルヴィンの肘が俺のわき腹にモロに刺さり、俺は苦鳴をもらして咳き込んだ。
アルヴィンとしてはもちろん狙ってやったわけではないだろうし、俺のことをさりげなく止めてくれたのだろうが、わき腹って人体の急所の一つだ。
絶対倍返ししてやる。
アルヴィン程度がいくら忍んで肘うちしても、シンラの獣の動体視力はだませなかったらしく、一部始終を見た彼は一瞬呆れた顔をした後咳き込む俺の復活を待ち、咳が収まってから改めて答えを口にした。
別に聞いて悪いことではなかったらしい。
聞かれるのが嫌なら、アルヴィンの好意を受け取ってそのまま他の話題に変えれば済むだけの話なのだ。
「そりゃアレだ、俺があいつら二人とも簡単にノシた上、家臣としての地位を用意してくれた先代の誘いを蹴ったから心証良くねェんだろ。」
ケロリと言ってまた肉にかじりつく。
二人というのはどうやらジェイルとセルシェスを指すらしく、シンラが背を向けている後ろのお二人さんの耳にも入ったかなと確認すると、魔術師殿と目が合って睨まれた。
アルヴィンと同じ銀髪の女性で、ちょっと顔立ちにキツイ印象のある美人に睨まれるのだから、結構な迫力だ。
数少ない女性なのになんでこんななんだよ。
いいよ、俺にはリーフがいるし。
ということでちょっとした癒しを求めてリーフを見ると、やはり俺と目が合ったリーフはちょっと小首をかしげて微笑んでくれた。
多分、何が起こっているのか全く分かっていないだろう。
オーライ、癒し系は天然でも全く問題なし。
「ふぅん。なんで家臣にならかった……ってそんなこと決まってるな。レグルスいるもんな。僕あいつ嫌いだから一緒の職場は嫌〜!ってことなんだよな。」
「お前なぁ…!」
あ、怒った?
シンラは肉の刺さった串をくわえたまま、俺の頭を獣の速さで抱え込み、ヘッドロックの体勢に入る。
ヤバイぞこれは。最終兵器いよいよ始動だ。
「待った!ぽちが脳震盪を起こすぞ!!」
言葉の効果は劇的で、シンラはばっと効果音がつきそうなくらい素早く手を離して、俺ではなく俺の手にいまだ握られてぼけっとなされるがままになっているぽちを覗き込んだ。
最終兵器ぽち。ことグルガに関しては無敵の盾だ。
「ついでにもう一つ聞くけど、なんでそんな他国の城の家臣をノシイカにするような事態になったんだ?別に戦争とかじゃないんだろ?」
「戦争だったらあいつら今頃生きてると思うか?質問の多いやつだなお前。大賢者も大変だろうに。」
隣でアルヴィンがうなずいた気配がした。
よし。あとでなんか色々してやる。
お空の色はなんで青いの〜?とか疲れる質問しまくってやる。
「俺も各地の強豪と仕合たくて本国をでた口でな。とりあえず強い者のいるところを叩いて回ってた。」
「なにそれ!?タチの悪い道場破りじゃん!しかも城に攻め入るって、戦争の引き金というか軽くそんなレベルじゃないぞ!?戦争しかけるも同然じゃないか。若さってこわっ!ついでに無知・無分別が加われば最強だな。」
「………さりげなく馬鹿にしてるだろ?」
またシンラの表情が険しくなる。レグルスと比べると格段に分かりやすい人だ。
しかもあの、さりげなくもなく堂々とバカにしてるんですが?
「そんなわけで迎撃したあのお二人さんをぱちーん!とやっちゃったって事なんだよな?ちなみにアルヴィンは?アルヴィンもぱちーん?」
さらっと話題をそらす俺。
そして返す刀ですかさずアルヴィンに斬りつける。
誰を敵に回してもいいが、俺を敵に回すと間接的に言葉の暴力で攻撃されるということを、ダリルのように骨身に沁みて分からせて差し上げねば。
「いや、仕留め損なった。邪魔が入りやがったからな。」
おうおう、仕留め損なったと来たか。ということはアルヴィンもそこそこ危機的状況に陥ったということなのだろう。
横でアルヴィンが体を強張らせた気がした。反論したいのか、それともその時の事を思い出したのか。ともあれリベンジ第一弾成功だ。
「で、その入った邪魔を今日まで排除できずにここにいるってことなんだよな?」
少々踏んづけたくらいでは意外にもシンラは爆発しないことが判明したので、ちょっと調子に乗ってみる。
危なくなればまた最終兵器を使うのみ。
意外と沸点高いんだなぁ。ホント意外だ。
「どうやらお前の世界には蛮勇って言葉がねェのか、それともお前が知らねェだけか?」
シンラから返ってきた言葉は落ち着いた口調だったが、表情を見ると必ずしも口調と感情が同一でないことが明確に現れている。
これはちょっと危なかったようだ。どうやらレグルス関係の話題ではあまりつつきすぎるのはよくないらしい。
まぁちょっと考えれば分かるが、他のお二人さんはすでにシンラの眼中にはないのだろう。
まだやっつけてないレグルスだけが目の上のたんこぶなのだ。
アルヴィンに関して言えば、邪魔が入らなければ仕留められる的ニュアンスが感じられたので、やっぱり眼中にはないらしい。
俺にしてみても、見事にしょぼい所ばかりをおおっぴらに見せているので完全無欠に対象外らしい。結構結構。
とにかくシンラがこの国にいるのはレグルスと決着がついていないからだという事だけは分かった。
もしも決着がついたら、彼はどうするのだろうか。
もしかしたら負けた方が出て行くとかそんなルールがあるのだろうか。縄張り争いのような。
「お前は妙なヤツだ。グルガを恐れねぇ人間なんてめったにいるもんじゃねぇんだけどな。」
俺が戦いのその後についてあれこれ考えていると、シンラはつぶやくように言って、そして食事が終わったらしく俺から何か反応を返す前に立ち上がり、いきなり翼を広げて飛び去ってしまった。
俺何もしてないよな?多少逆鱗のそば辺りは触ったけど。
結局、夕食の後片付けをして、簡単に明日の打ち合わせをして、皆が就寝するまでシンラは帰ってこなかった。
鳥だから木の上でないと落ち着いて寝られないのかもしれないし、レグルスと一緒に寝たのではお互い寝首を掻くのでは?という不安に苛まれて寝られないのかもしれない。
全力で相手を潰せ!がグルガのモットーらしいので、寝首を掻くなんて卑怯な真似はしないだろうが。
どちらにせよ俺に考えられることなんてその程度なので真相は不明だ。
さすがにコンクリートジャングル育ちの自分にいきなり地べた就寝は辛かろうと思い、野営に備えて持って来ていた寝袋を広げて寝る準備をしていると、リラックスしたライオンみたいな悠然とした足取りでレグルスが寄って来た。
そういえば今日は一日のほとんどをなんでかシンラが隣に居たので、彼とはマトモに会話していない。
レグルスは寝袋に半身をつっこんだ俺の傍らに腰を下ろすと、俺のほうを見るでもなく話し始めた。
「あれのことは気にするな。朝になれば戻ってくる。」
一瞬なんのことか分からず、?を沢山頭の上に浮かべると、レグルスはほんの刹那の間だけ呆れた表情を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めて言葉を足した。
「アードラーだ。シンラ・アードラー。まったく、多少なりとも気にしているのではないかと思った私が愚かだったようだな。」
「別に俺何もしてないし。確かにちょっとプライベートには踏み込んだけど、嫌なら物理的に即攻叩きのめされてるだろ。それともなんか気にせにゃならんことしちゃったのかな、俺?」
本心から思ったとおりに言葉にすると、レグルスはわずかにため息をついた。
「お前は確かに妙なやつだ。他民族でグルガに対してそんな気安い口がきける者はそういない。」
「誰に対しても壁作るのって嫌なんだよね、俺。特にほら、ナンタラ民族だから〜とか、ナンタラ教を信じてるから〜とか、そういうカテゴリで縛ってひと括りで見るのはね。そういうのって何か違う気がする。ナニ民族でも、ナニ教信者でも、その前に一人の人間だし。相手を一人の人間として気に入らなきゃ付き合わなければいいだけ。誰とでも仲良くなんてなれるわけないけどさ、でも、仲良くなれるかもしれないのに変な偏見でその機会を潰すのって馬鹿馬鹿しくない?他人がどう言おうが関係ない。俺は俺の目でしか世界を見られないんだから、他人の考えに染まって偏見もって見るよりは、ちゃんと自分の目で見たもんのほうが信用に足るだろ。まぁ、見たいものしか見ないんだけどね、割と。」
もさもさと寝袋に埋まりながら答えると、頭上でレグルスはかすかに笑ったようだ。
あ、見逃した。
レグルスの笑顔ってレアなのに…。
「お前の世界ではお前みたいな考え方が普通なのか?」
質問が降ってきて、完全に寝袋の中の人になった俺はジッパーをじじじと上げながら答えた。
「いやぁ、ここと一緒で色々だよ。人間だもん、十人十色。俺も誰かに分かる分かる!って言って欲しいけど、強制的に共感させようとは思わないし。そもそも自分たちの方でナニ人ナニ教を前面に押し出して、それ以外を全否定してるようなヤツだっているし。あ、そうだ。ところでさ、なんであの人俺のそばに寄りたがるか知ってる?ぽち目当て?」
今度は俺のほうから質問。質問の多いヤツは誰彼かまわず質問するのであった。
レグルスは片方の膝を立てて座り、その膝の上に肘を乗せて頬杖をつき、上から寝転んだ俺を見下ろしてくる。
この寝袋、薄型でかさばらないけど地面の感触がモロだな…。
もさもさと芋虫状態のまま寝心地を改善する俺をしばし無言で見ていたレグルスは、やがて質問に答えるために口を開いた。
「アードラーがお前のそばに寄りたがる理由、か。心当たりはないか?」
「うん。ぽち意外は皆目見当もつかない。あ、ぽちはあげないからな?何があっても絶対あげないから、だからその危険な刃物を俺のほうに向けないでください。」
ちなみにぽちは例の籠の中に入って俺の頭の上にいる。
フタはしっかりしたので、逃げる心配はない。
逃げたら逃げたで自然に帰れ…と温かい目で見守ってやるつもりだし。
「お前など斬っても何の誇りも得られん。むしろ、歴然とレベル差のあるものを勝負も挑まれずに傷つけるのは卑しい行為だ。」
レグルスはたいして面白くもなさそうに言って、元々俺に向いてもいないデヴァインをちらりと見た。
なんかとっても失礼なことを言われたような気がしたぞ。
でもま、俺に危害なんて加えるだけ損という内容だったのでつっこまない。
平和が一番。
「で、話を戻すけど、なんでシンラは俺のほうにばっかり飛んでくるんだ?俺なんて魅力的な止まり木だとは絶対思えないんだけど…」
「止まり木云々については私も同感だ。獲物にするにも弱すぎる。お前に何の価値があるのかと言えば……楽、なのだろうな。」
散々失礼なことを言って、結局何かよく分からない答えで言葉を締めくくるレグルス。
俺が彼を見上げると、彼も俺を見下ろしていた。
いつもの峻厳な表情ではない。どちらかと言うと、リラックスしているというか、和らいでいる。
「楽?何が?なんで?」
答えを期待した俺のその質問は、結局今度こそちゃんと見られたレグルスの笑みだけでうやむやにされてしまった。
何も答えずに、レグルスはただ唇に笑みをわずかに乗せて、そして目を閉じる。
答えはお前自身で探せということか、それとも分からないならそれもいいということか。
夜の空気はしんと冷え、やがては周りで交わされていた会話の声も途絶え、そして焚き火の爆ぜる音だけになった。