21.自転車で巡る異世界ツアー
城門を出て街へ下り、一路門を目指す。
先頭集団はリーフ、アルヴィン、レグルス、俺。ローウェンは最後尾で替え馬を牽いてきているので、俺たちとは離れている。
その後に少し離れてシンラ、女性魔術師のセルシェス・エルテリーゼ、騎士の男性ジェイル・シュレイナーク、そして武僧の男性ラフェルシア・ルシュナスが続く。
シンラ以外の三人は、顔合わせはしたものの、そんなに話はしていないのでまだどんな人なのかよく分からない。
二班唯一の女性セルシェスは銀髪の魔術師で、背中の中ほどまでの長さの髪を髪留めで留め、ローブと法衣の間くらいの服に魔導器の杖が基本装備だ。
往時のアルヴィンに比べると髪は短いが、選ばれたのだから実力的には問題ないのだろう。
目の色は青にわずかに赤の混ざった紫系、アメジストのような色。
顔立ちは小奇麗なものの、アルヴィンにものすごい剣幕で突っかかって行っていたのを目撃している俺としては、ちょっと怖いお姉様的存在。
雰囲気はいつもピリピリしていて、こっちから進んで声をかけようとは思えない。
ちなみにアルヴィンと同じくらいの年齢で、まぁ俺から見れば間違いなくお姉様だ。
騎士のジェイルは赤い髪と、青と緑の中間色の目の持ち主。武官だからといって全員が騎士ではないとはダリルの言で、詳しく言うと王の専属守備隊のみ騎士の称号が得られるとのこと。リズリアも王様専用の武人なので騎士になるそうだ。まぁよく分からんが、ダリルとジェイルだと、平社員とエリートみたいなもんなんだろうか?
王様専門警備隊がなんでまた・・・とも思ったが、国の一大イベントなのだから実力順で出撃なのだろう。俺以外は。
彼の魔導器は見た目普通のロングソード。
年齢的に言うと二十代半ばから後半、三十にかかるかどうかというところ。
容姿も男前で通るのだろうが、惜しむらくは頬にでっかい傷があること。
まぁ武人の誇りとか言っとけば問題ないのかもしれないし、野郎の顔に傷のひとつやふたつあろうがなかろうが俺にはどうでもいい。
性格は三人の中で一番よく分からないので、これから開拓予定。
最後の一人が武僧ラフェルシアなのだが、俺は最初名前だけ聞いていててっきり女性だと思っていた。しかもアルヴィンが回復魔法が得意な僧籍の方だ、とか説明してくれたので、俺の中でのラフェルシア・ルシュナスはリーフと双璧をなす癒し系の可憐乙女で決定していたのだが、実物を見てその儚くも期待に満ちた夢は轟沈した。
単刀直入に言うとオッサンだったのだ。
しかも、俺の親父くらいの年齢で、ものっすごい小山のような大男。
むしろ熊!?と思うような、のっそりしたオッサンだ。
かなり濃いめのこげ茶の髪に、緑に少し青が混じった目の色をしているのだが、例のリーフ奪還お疲れ宴会の際、宴会芸さながらにこのオッサンが素手で漬物石のようなちょっとした巨石を叩き割って座を盛り上げるのを目撃しているので侮れない。
この時点で彼がラフェルシアだと知っていれば、名前の響きだけで勝手に素敵お姉さんを想像してワクワクするという究極の無駄行為は行わなかったのだが・・・。
このオッサンとは先の宴会のおり少し話をしており、三人の中でまだ性格が分かっているほうだ。
とにかくひたすら陽気なオッサンで、俺の超速を聞き知っており、酔った勢いだか何なんだか、いい武僧にきっとなれるから修行しろしろとうるさかった。
魔導器はごっつい手にはめた手袋。
と言うか格闘家が使うグローブに似ている。
一見すると皮製で、金属類はついていない。
つまり、魔導器で攻撃というかオッサン自身の力でぶん殴ってる感が非常に強いものである。
白の僧服を着ているが、僧侶という単語から想像できるようなひらひらなのではなく、少林寺!とでも言う方がむしろ近い。
あ、そういえば少林寺拳法も坊さんのだったっけ。
王に見送られて城門を出た俺たちは、そのまま街中を通って外に出ることになるのだが、街の人々も見送りに出てくれていた。
大通りの両端に人々が並んで、その間を通っていく俺たちを励ましてくれる。
小さな女の子が籠いっぱいに花を詰め、それを祝福代わりに降りかけてくれたりもした。
そういえば俺はカツラもカラーコンタクトもなにもしていない素のままだったので、妙に注目された。
自転車なんぞに乗ってたのも、注目の一因だろう。
何か変装したほうがいいかとも思ったのだが、俺は俺なのだし、別にいいかと勝手に結論に達した結果だ。馬いやだし。
でも別に怖がられたりとかはしなかったようなので良しとしておこう。
最後に街の門番に見送られて外へ出ると、そこには抜けるように青い空とひたすらどこまでも続く緑の地平が見えた。
遠くに山がかすむように広がっている。
とりあえず王都と言えば王の住まう都なわけで、そこへ通じる道は舗装とかされた立派なものだ。
まるで、街からそのまま石畳を敷き続けているような道だが、街よりも大きな石材が使われており、オフロードに比べると平らだ。
交通量も多いらしく、馬車のものと見える轍が石を削って刻まれていた。
こんなりっぱな轍が残っているのだから、この石畳は結構古くからあるようだ。
自転車の具合も快調で、石が敷かれた道を少しガタガタしながらも余裕で進んでいく。
持ってきた荷物はリュックに詰めて後ろの荷台にくくりつけてある。
前のかごにはアルヴィンから貰った小さめのバスケット。
中身はぽちだ。
でもぽちめ、ネズミの分際でせっかく一国一城の主になれたのに、どうやらバスケットハウスよりも俺のコートのポケットのほうが好きらしく、何かにつけて脱出しては俺のコートへ移住しようとしてくる。
とは言え一応フタ固定式であり、あのぽちに籠から自力で穴を開けて脱出する根性もあるとは思えない。
フタさえ固定しておけば、ぽちを監禁するのはたやすい。
いまもふかふかした布が敷かれた籠の中で、自転車の振動に合わせて転げまわっているだろう。
自転車乗車時に限ってはポケットのほうが安定感いいかもな。
この自転車、普通に通学に使ってるもので、オフロード仕様ではないので先の不安はあるが、邪魔になればアルヴィンが縮ませてくれるとか言っていたのでなんとかなるだろう。
あとはパンクとかしないように祈るばかり。
そもそもこっちに持ってくる予定なかったんだけどな。
でも馬は嫌だからホントに。
街の外に出たので、先頭を行くアルヴィン、リーフ、レグルスの一段が少しスピードを上げた。
全力疾走ではないが、結構急いではいるようだ。
他の国がいまどこでどうしているか分からないのが現状なので、しかも最初の試練がなんか難しそうな感じなので、急ぐに越したことはないのだろう。
俺はアルヴィンに併走していたのだが、最後尾のローウェンが気になって少しスピード維持でローウェンを待つことにした。
みんながスピードを上げたので、現状維持した俺が遅れてローウェンが追いついてくるのを狙ったのだが、なぜかアルヴィンが速度を落として寄って来た。
「やっぱり馬にされますか?」
あ、気ィ遣わせてる。
俺がローウェンに気を遣ったように、アルヴィンも俺に気を遣ってくれたようだ。
つまり、速度を上げたので俺がついてこれなくなったのでは、という懸念。
「いや、馬は断固拒否。言っとくけど、この道具は走るよりも早いから発明されたんだぞ。それに、俺長距離走も結構好きなんだけど。」
直訳すると、馬より早い乗り物に無敵のスタミナを備えた俺が乗っててなんで理由もなく遅れるか、ということ。
アルヴィンは俺の物言いに苦笑して、じゃあ先に行きますから、疲れたら言ってくださいとだけ言い残して先頭集団のほうへ駆けて行った。
うん。多分な、俺が疲れるよりも先にアルヴィンとかリーフの方が根をあげると思うね、俺は。
少し距離をとってついて来ていた後続組も俺に追いついてきて、俺を置いて先に駆けて行く。
銀髪の髪を風に舞わせて俺の横を駆け抜けたセルシェスは、俺を冷たい目で一瞥して何も言わなかったが、その次に来た騎士の人、ジェイルは大丈夫かい、と声をかけてくれた。
そしてジェイルと並んで走ってきた、馬がかわいそうなほど重そうででっかいオッサン、ラフェルシアは疲れたなら前に乗せてやろうか、とどう考えても拒否以外の返事が思い浮かばないことを言って、豪快に笑っている。
あんなオッサンと二人乗りするくらいなら、自分の足で走った方がマシだ。
「ローウェンが馬まとめてくれてるんスよね。だからほら、こんなスピード上げたらついてくるの難しいんじゃないかと思って。」
俺と併走状態になったジェイル・ラフェルシアに理由を話すと、「大丈夫だろうあいつなら。ほら。」と笑みを引っ込めたオッサンがぐいっと太い首をまわして後ろを見るように促してきた。
振り返ると、確かにすぐ後ろにローウェンが見える。
しかも、5頭くらいはいる替え馬を巧みに操っている。
あれ?そういえば・・・
「そういえばシンラは?」
ふとすれ違わなかった事実に気づき声に出して聞いてみると、ジェイルが馬上でわずかにばつの悪そうな顔をした。
「セルシュが一人になっとる。行ってやれ」
目ざとくそれの気配を察したのか、それともまったく普通にそうなのか、ラフェルシアがジェイルに声をかけると、彼はわずかに顎を引いてうなずくと馬を飛ばして駆け去った。
うわ。
なんか二班って内部抗争ありそうな気配。
「色々あるんだよあいつ等は。若いってこった。」
残ったオッサンがまたがははと豪快に笑いながら軽く流す。
いやいやいや、それって流しちゃダメなことでは?
でもま、降りかかってもいない火の粉をわざわざかぶりに行くのも馬鹿げている。
「あ、それよりシンラは?」
原点回帰。えらいぞ俺。
俺も流したって?そりゃ流すよ。面倒ごとはもう十分。
それにその気になればシンラなんてあんな危険生物無視しても話は進められるのだ。それをわざわざ掘り返してあげるのは、ひとえに俺の気遣い精神ゆえ。
「ああ、シンラさんなら、さっき一頭道からそれた馬を追ってくれてるよ。すごい勢いで引っ張られて、手綱が解けてしまって。」
答えはオッサンからではなく、しっかり追いついてきたローウェンの口からもたらされた。
彼の鞍につながれた他の馬の手綱は四本で、よく見れば五頭のうちの一頭はシンラが乗っていたもののようだ。
その手綱は、ローウェンが握っている。
ということは、シンラは飛んで行ったことになる。
便利だよなぁ。
「大変そうだな、なんか手伝えるかな。」
馬上で自転車とは車高が違う相手を見上げながら言うと、碧の目で優しげに微笑んで、ローウェンはありがとうと言った。
「でも大丈夫。動物の扱いにはこれでも自信があるだ。」
言ってまたにこりと笑う。
ホントなんでこんないい人がややこしい争いに招聘されたんだろうな。
いや、まぁそろそろ良心品切れな俺としては、こういう常識人は大変ありがたいんだけど。
その時、背後からものすごい蹄の音がして、なんでそんな飛ばしてんだ!?と聞きたくなるほどすごい勢いで逃げた馬に跨ったシンラが戻ってきた。
俺たちに並ぶと、無理やり手綱を引っ張ってスピードを落とさせる。
なんかね、どちらかと言うと馬と騎手というよりは襲われてる獲物と襲ってる大型肉食鳥にしか見えないよこれは。
「おい。これなんとかしろ。」
さらりと傍若無人なことを言って、シンラは半分暴れだしている馬の手綱をローウェンに押し付け、翼を広げて空に舞い上がる。
ローウェンの隣を走ってたラフェルシアのオッサンがすばやく彼の手からシンラの馬の手綱を受け取り、ローウェンは暴走馬に自分の馬を寄せていってなだめ始めた。
「だから馬は嫌いなんだよ、クソっ」
暴れ馬は危険なので一目散に距離を取った自分がかわいい俺の自転車を、声と共に不意に襲う衝撃。
とは言え地面からのものではない。
たとえるなら、荷台に何かが落ちてきたような。
いや、たとえずとも落ちてきたんだろうなぁ、間違いなく。
「いくら馬が嫌いでも俺に乗るのはどうかと思いますよ、俺は。しかも無賃無断乗車。」
肩口にシンラの手がかかり、思わずため息がこぼれる。やっぱり落ちてきたらしい。
でもあんまり重いと思えないのが素晴らしい。
いやいやいや、どうせなら乗せるのはリーフの方がいいな。
「あの馬鹿馬、ちょっとデヴァインがわき腹に触れたくらいで暴走しやがって。」
「いや、それ強烈な拍車ですから。」
背後でシンラがこぼす愚痴で、暴走の原因が明らかになる。
かわいそうなお馬さんだ。
そりゃシンラの蹴爪でつつかれたら、びっくりして全力疾走するってもんだ。
そもそも俺が馬だったら、肉食獣を乗せたいはずがない。
「っておい!荷物踏んづけてない!?バックステップ!バックステップに立って!!リュックに穴開くのは終盤以降のイベントでいいから!!」
デヴァインで思い出してあわてて言うと、シンラはどうでもよさげに「あ?」と言って足元に視線を落としたらしく、ごそごそ何かしていると思ったら俺の荷物の上に堂々と座りやがりました。
たいしたものは入ってないのも事実だけれど、無賃乗車の上に先客にたいする迷惑行為の罪は重いと思う。
でもそれを口に出して言うほど命知らずでもない。
なんたって、背後を取られているのだ。
普通にやっても不利なのに、さらに悪条件下で博打に出るなんてたった一つしかない命を賭ける価値もない。
「はぁ・・・」
「おい、遅れてンぞ。もっとスピード出ねェのかよ?」
俺のため息は完全無視。
しかもちょっとみんなから遅れてるからって、動力としては何一つ貢献していない荷物の分際でえらそうなことをのたまう。
よーし。そっちがその気ならこっちだって。
「えー、本日も天城自転車輸送をご利用くださりまことに迷惑千万でございます。荷物の皆様に申し上げます。舌噛みたくなければ即刻下車するか、お黙りください」
アナウンスを終えると、俺は太ももに力を入れる。
ふるぱわーちゃーじ完了。
発進!
「ちょ、おい、おまっ・・・何する気」
シンラの言葉は全部は形にならなかった。
舌噛んでたって知るもんですか。さっきアナウンスしたし。
俺が本気になってペダルを踏むとどうなるか。
結果から言うと、ありえない加速の仕方をして、はっきりって自分自身ちょっと焦った。
音の壁抜けんじゃね?と思ったのも束の間、足元は舗装されているとは言えアスファルトの滑らかさには程遠い。
ものっすごい揺れが襲ってくる。
前の籠からきゅ〜という間抜けな悲鳴。
あ、やっぱり面倒くさがらずにぽちだけでもコートのポケットに移してからアクセル全開にしたほうがよかったかな。
でももう遅いし。
何度か足回りを段差に取られそうになったが、そのたびに奇跡の軌道修正や重心移動で体勢を維持し、スピードも落とさず走る。
ますます実感したことだが、反射神経やバランス感覚も明らかに人間離れしてきている。
がっしゃがっしゃ気合を入れて自転車を漕いでいくと、あっという間に少し距離が開いていたローウェンとラフェルシアを抜き去り、さらに距離が開いていた騎士殿と女魔術師にもほんの瞬き数回のうちに追いつき、ごう、と風を纏って二人を捲る。
こうなりゃ行けるとこまでいくのみ。
天城自転車輸送はスピード輸送命がモットーで、乗客もとい荷物の安全は保障いたしかねます。ぜひとも生命保険ご加入後にご利用くださいませってか。
ジェイルやセルシェスの位置からでも見えていた先頭集団は、やっぱり俺のスピードの敵ではなく、何回かペダルを踏むうちに前に居たのが遥か後方になってしまった。
後ろから走ってきて前の奴を抜かすのってなんでこんなに楽しいんだろう。
「なぁ、今日ってどこまで進む予定?」
比較的でこぼこの少ない馬車の轍の間を飛ばしながら背後のシンラに聞いてみると、「知るか馬鹿!馬鹿!」となぜか馬鹿を二回も言われてしまった。
ふふふふふ。
シンラ君よ。
確かにキミは俺の背後を取っているがね、しかしキミは俺の自転車に乗っているのだよ。
つまり生殺与奪は超速の魔人にして天城輸送の無敵ドライバーであるこの俺が握っていると言っても過言ではない。
口には気をつけたまえよ。
「おーっといけない!ハンドルがー。」
棒読みの俺のセリフに、身の危険を的確に感じ取った野生っ子のシンラが俺の腰に回した腕に力をこめる。
俺は思いっきりわざと自転車のタイヤを滑らせて、轍の中に突っ込む。
これくらいの衝撃ではハンドルを取られないことは予測できたが、前に積んだぽちの籠がぽんと跳ね上がるくらいの衝撃は来た。
「やめろばかっ!」
「そうだよな!轍の中より外のほうが走りやすいよな!おーっとタイヤが横滑りしたー。」
前輪を半分轍から出して、またわざと戻す。
もちろん衝撃。
俺の後ろになんか乗るのが悪いのですよ。
そんな感じでふざけながら走ってたら、なんだかステキに迷っていましたとさ。