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20.出発

たん、たん、たん、たん。

人間の手のひらと、金属が一定の間をおいてぶつかる音がする。

たん。

素材丸出しの木製テーブルの上には、布と俺の二つになった棒。

たん。

俺の隣にはダリル。顔色は非常に悪く、うつむき加減だ。

たん。

音が止まる。

「・・・で、訓練しててこうなった、ってワケ。」

俺たちの前に立ち、音の発生源でもあったアームズメーカーが俺とダリルとを交互に見て言う。


あれから。

とにかくどうにもならないので、二本になった棒を持ってアームズメーカーのところへ直行したのだが。

テーブルの上に惨状を広げ、ダリルが一通り説明を終えると、アームズメカーは普通サイズの金槌をたんたんと手のひらに打ちつけながらしばらく俺とダリルと俺の棒を見て、そしてたっぷりと収まりの悪い間をおいてから、やっと口を開いてくれた。

「アタシもいい加減長い間この仕事やってるけどね、訓練してて魔導器をぶっこわした馬鹿はあんたらが始めてだよ」

あんたら、という所で、アームズメーカーが手にした金槌が俺とダリルを順番に指す。

とりあえず無言なのもアレなので、ハイ!スンマセンっした!と体育会風に謝っておく。

頭下げて金槌から逃れられるなら安いもんだ。

ダリルも俺以上に深々と頭を下げている。

はぁ、とアームズメーカーが息をつく気配。

顔を上げると、どこか疲れたような諦めたような表情の彼女と目があった。

「多分これはアタシにも悪いとこはあったと思うけどね。」

言いつつ、拾い上げた棒の切れ端をくるくると色んな角度から眺める。

それを見て、せっかく俺のために作ってくれた棒を壊したことに、いまさらながら若干の罪悪感が沸いてきた。

「あんた、これを何だと思った?」

切れ端から視線を俺に移し、アームズメーカーが問うてくる。

「何って・・・魔導器?」

当たり前すぎる答え。でも、そうとしか俺には答えようがない。まさかただの棒とも言えないし・・・。

「そうじゃなくて。」

アームズメーカーが何かを堪えるように、ゆっくりと説明を開始する。

「あんたは、これの本質を理解してない。だから、鈍ら剣で簡単に切断されちまうんだ。」

ナマクラ剣て・・・。ダリルのクレイモアもあんたが作ったんじゃないんですか。

心中ツッコみつつ、そっと隣を偵察。

鈍らと言われたダリルの反応は、針のむしろにでも座らされているような、苦痛を堪えるものだった。

「あの、でもダリルの剣も・・・」

「そうさ。アタシが作った。でも使い手次第で変わるもんなのさ。それが魔導器。たとえアタシが一流に拵えても、剣士がダメなら剣もまたダメになる。なにも魔導器に限った話じゃないけどね、魔導器はそれが顕著に出る。」

うわー、ダリルまた攻撃されてら。

「多分最初の説明を適当にしたのが悪かったんだろうね。あんたはこれをあんたの世界の金属に当てはめて理解した。だから、その通りの特性を備えた脆弱なものになっちまったってことさ。」

「・・・?それは・・・あの、アレですか?俺が棒をそのへんのアルミ製鉄パイプだと思ったせいで、アルミ程度の強度しかないけど、認識を改めればもっと強度の高い金属になるってことですか?」

よく分からないなりに理解できたところを言葉にすると、アームズメーカーは見てな、とつぶやいて俺の棒の長いほうを手に取った。

そして、台所へ消えると包丁を持ってきた。

あれ?何このバイオレンスなにおいのする展開は・・・?


しかしながら、身構えた俺の心配どおりのことにはならず、ご家庭の一般的な凶器を携えた彼女はそれを無造作に木の食卓に突き立てた。

だん、という音がして、刃物がテーブルにめり込む。

俺が恐々事の成り行きを見守り、もしも刃の先がこっちを向いたら全力ダッシュで逃げられるように心の準備を整えているのをよそに、アームズメーカーは俺を見て、手にした長いほうの棒で包丁の刃を何度か叩いた。

キンキン、と主に棒のほうから発せられたような音がして、「よく見てるんだよ」と念押ししてくる。

次の瞬間。

覇、という裂迫の気合とともにアームズメーカーが棒を振るい、ひときわ高い金属音が続く。

包丁が、折れていた。

尾を引く金属の悲鳴が収まるまでの間、俺は口も聞けなかった。

ただのアルミ棒だと思っていたもので、刃を叩き折ったのだ。

まるで、ダリルに斬られた時の逆だ。

「これが魔導器だ。分かったかい?」

言いながら、アームズメーカーは真っ赤な瞳を俺に向け、棒を差し出してくる。

気おされて受け取ったそれは、依然とまったく変わりなく、どうしようもないほどアルミの手触りと軽さを備えていた。

そのとき、俺はふと気づいた。

あの言葉。

てっきりダリルに向けて吐き出されたのだと思ったあの言葉。

『使い手次第で変わるもんなのさ。それが魔導器。たとえアタシが一流に拵えても、剣士がダメなら剣もまたダメになる。』

あれは、俺に向けられた言葉だったのだ。

「どうすれば・・・いい?」

自分でも意外なほど掠れた声が出て、アームズメーカーの頬が緩む。

ふ、と息を吐き出すように、彼女は笑ったようだった。

短い鋼色の髪も、峻厳な瞳も、笑顔を浮かべるだけでひどく女らしく見える。

こんなことを言うと多分金槌が来るだろうが、意外なほどかわいい笑顔だ。

「アタシにも落ち度はあるからね。最初にきちんと説明しなかった。あんたはただ、それを信じればいいのさ。保障する。それはあんたの唯一にして最高の武器だよ。」

その言葉で、俺は手の中の棒をアルミではなく謎の異世界合金Xと思い定めることに決めた。

Xの強度は鉄や鋼の比ではない。

それを、心に刻む。

手触りや軽さに騙されてはいけない。

これはクロムや他のどんな金属も及ばない強度を秘めたものだ。

それだけを、ひたすら自分に言い聞かせる。

脳裏では、包丁を叩き折った棒の映像が鮮やかに再生されている。

「あの、でも、切れた所って直らない・・・スよね?」

竹やりのようになった片端が目に入り、自己暗示を一時停止して聞いてみる。

また俺の常識が邪魔になるのかもしれないが、少なくとも俺が知る限り、溶接などすればやはり強度の差は出てしまう。

「簡単だよ。あんたがこれを信じればいい。他はどんな道具も必要ないよ。あんたの心が折れてなきゃ、これはあんたと共にある。」

テーブルに残された切れ端を拾い上げ、アームズメーカーが今度は雄雄しい笑みを見せる。

そして、それを俺の手にした棒の先端につけた。

「ほら。これはもう一人のあんただ。治る。信じればいい。」

「直る。治る。」

切断面同士をくっつけた、わずかな溝を見つめる。

そして、斬られる前の棒を思い浮かべる。

目を閉じて、治る、と繰り返しながら在りし日の棒の姿を描く。

ダリルがわずかに呻き、俺は目を開ける。

目に入ったのは切断された跡など微塵も残らない棒。

そして、アームズメーカーの満足げな笑み。

「うわ・・・マジでくっついたよこれ」

さすってみるが、傷ひとつ見当たらない。

ダリルもありえないものを見たという顔で、若干身を引いて俺と棒とを交互に見ている。

なんか失礼しちゃう視線だ。自分で原因を作っといてなんて態度。

「ダイチは心を折られたわけではない。あんたが今まで見て来た事例は、闘争の意思が魂から消え去った抜け殻どもだよ。そんな奴らの魔導器は絶対に戻らない。もしこの先、あんたの魔導器が壊れたなら、それはあんたの心が敗けた印だ。あんたに再起の強い意思があれば、魔導器も今ダイチがしたようにその本来の姿を取り戻す。それが、魂に秘めた一振りの剣。」

アームズメーカーはダリルに向いて、笑みと共に言葉を投げる。

ダリルも俺から若干離れていたのを元の立ち位置まで戻り、彼女の言葉に浅くうなずく。

彼は戦士としてのこれまでの経験から、何度か魔導器が折れたところを、そして二度と修復できなかったところを見て来たのだろう。

だから、俺の棒を斬った時に激しく動揺し、うなだれてここまでやってきたのだ。

だが、経験則とはまったく違った答えが導き出され、戸惑っている部分もまだあるに違いない。

まるで夢でも見ているかのように武器の修復が終わると、アームズメーカーはお茶でも飲んで帰るかい、と声をかけてくれたが、俺もダリルもそんな心境ではなかったので丁寧に辞して小屋を出た。

王城に帰るまで、会話らしい会話は成立しなかった。

多分、それぞれに思うところがあったのだ。

城までの道は長いようで短く、城に着いた俺たちは短い挨拶を交わして別れ、その日はそれでお開きになった。



三日というのは、長いようでいて短い。

いや、予想通り短かったと言ったほうが近いのだろうか。

そのうちの二日は、ダリルに代わってシンラとレグルスがそれぞれ個々に俺をどついたりシバキ倒したりと訓練にかこつけてつつきまわしてくれ、最後の一日は準備に追われてあっという間だった。

ダリルは二日目くらいに姿を見せはしたものの、レグルスに追っかけられて半泣きになってる俺を見ると何もいわずに、そして助けもせずに帰って行ってしまった。

魔導器のことをあれこれ考えている風もなく、ただ自分より上位の相手に俺が小突きまわされているので自分の出る幕ではないと思ったようだ。

そのせいでレグルスもシンラもますます自分たちがやらねばと思ったらしく、シンラなど自分で無駄だと言っておきながらずいぶん熱心に俺を追っかけまわしてくれたものだ。

おかげであちこちが痛い。

最後の教練を終えた後のシンラの言葉が、

「・・・あぁ。・・・まぁ、がんばれ。」

だったことは記憶からデリートしておくことにする。

そしてその代わりに、「よくやった。これなら何が出ても大丈夫だ。」とか気休めワードを入力。

これでいい。

厳密に言うと全然よくはないが、とにかくこれで俺の心の平安は守られた。

この三日の間、一日中訓練に駆り立てられていたわけでもないのでそれ以外にもアルヴィンと二班の女魔導師との一幕を見たり、街に買出しに出た時に偶然女の子を連れたダリルに会ったりしたのだが、それはまた機会とか要望があれば話すとしよう。

・・・要望って誰のだろう?―――まぁいいか。



そうそう、アルヴィンが髪を切って、それでまたひと騒動あったことも付記しておかなければ。

それはちょうど出発を明日に控えた今日のことで、昼食時にシンラ以外の面子が集まっている食堂に、あんなに長かった髪をすっきりと切ってしまったアルヴィンが現れ、そこでアレコレあったのだ。

髪を切ったくらいで大げさな、と思ったのだが、レグルスとダリルが切れ切れに説明してくれたのを俺なりに繋ぎ合わせた結果、こっちでは結構重大なことだと理解はできた。

そんなアルヴィンは、今ちょうど俺の目の前のソファに体を沈めて静かにお茶をすすっている。

ちなみにここは俺の部屋だ。

出立を明日に控えた最後の夜はどこまでも静かで、夕食後のそんな静けさをお茶の香りと共に楽しんでいるところだった。

長かった髪を肩にかからないほどに切ってしまったアルヴィンに多少違和感はあるものの、長いときのいかにも文官然とした雰囲気が緩和され、剣を佩いた姿はまるで騎士そのものだった。

ちょっと体の線は細いが。

そうそう、なぜ髪を切ることがそんな大問題なのか。

それは、アルヴィンが魔術師だからこそなのだそうだ。

宮仕えの魔導師も在野の魔導師も、魔術を習い始めると、同時に髪も伸ばし始めるらしい。

確かに、二班の女魔術師もアルヴィンほどではないが背中の半ばより少し短いくらいの長い髪をしている。

そして髪の長さで魔術を修めた年月を推し量り、同時に実力も測ることができるのだそうだ。

つまり、魔術を学ぶ年月と共に髪も長くなり、それだけ強大な力を有しているとみなされるのである。

そんな事をするのは、てっきり威嚇か何かのためだと思ったらもっと平和的で、実際にぶつかり合う前に相手の実力と自分のそれを外見的に比べて、挑戦するか否かを決めるのだそうだ。

自分よりも相手の髪が長ければ、つまりそれだけ実力差がついていると考えるのである。

だから、髪を切るということは駆け出し新米魔導師に見られるということと同義なのだ。

俺なんかだと即座に、髪が短いことを利用して相手がこっちを舐めた隙に痛烈な痛手を与える卑怯撃ちができるなぁなどと考えてしまうのだが、アルヴィンはあんまりそんなことは考えないようだ。

むしろ、俺にそれを指摘されて困ったような顔をしていた。

相手が自分の力を正しく図れずに無謀な挑戦を促してしまうかも、と懸念さえしている。

じゃあなぜ切っちゃったのかと言うと、俺を見て、とのこと。

俺を見ていると、既成概念にとらわれるのがどれほど馬鹿らしいことか分かったらしい。

これからは野宿が続くような旅になる。

森や荒地や海や川や、とにかく道なき道を進むような事態にもなりえるので、長い髪は邪魔にしかならないと判断したそうだ。

まぁ、小難しいことは分からない俺なりに、髪を切ってさっぱりしたアルヴィンは、確かに男前は上がったと思うが。


「いよいよ明日ですね」

くつろいだ様子のアルヴィンが、気負った風もなくつぶやく。

「そだな。これ飲んだら寝るか。」

俺も、並々とお茶が注がれた自分のカップに手を伸ばして答える。

遠足前に寝られない体質でもないので、今夜も安眠確約だ。

「これからが本番なのにこんなことを言うのは妙ですけれど、もう少しだけ、私たちとこの世界とにお付き合いくださいね。」

アルヴィンの穏やかな蒼い目が俺に向けられ、俺はひとつうなずいた。

「いまさら帰れって言われても無理だし。そんな事になったらなんかこう、いいところまで行ったドラマを見てる最中に停電にあった気分だろうな。」

俺の、多分意味不明であろう冗談に、それでもアルヴィンはふふ、と柔らかく笑った。

てっきり、簒奪が近づくにつれもっとオロオロするのかと思ったら、意外と肝は据わっているようだ。

「なんかさ、アルヴィン昨日までのほうが顔色悪いよな。明日から簒奪だってのに妙に落ち着いてるし。髪切るとキャラまで変わるのか?」

こっちで一番気の置けないアルヴィン相手ということもあって、思わずぽろっと言ってしまう。

それで彼を緊張させたらちょっと大変だが、なんとなく、それはないと思った。

「もっと取り乱すと思ってました?ははは、確かにそうですね。」

アルヴィンの苦笑い。

俺が言葉を挟まないで沈黙で肯定すると、間をおかず彼は続ける。

「あなたを召還したばかりの私だったら、きっと今夜は眠れなかったと思います。と言うか多分、胃薬のお世話になってたでしょうね。なんせ、これから国の命運を左右する旅に出るんですから。」

相槌の代わりに彼を見ると、アルヴィンはにこっと笑って先を続けた。

「できるだけのことをしようとして、現に精一杯やってきたつもりなんですが、それでも心のどこかに不安がわだかまってる。

私はそんな風なんですよ、いつも。

うまくいくかどうか心配ばかりして、十分備えてもまだ何か落とし穴があるような気分から逃れられない。打てる手は全て打たないと、居ても立ってもいられなくなる。心配性なんでしょうね。

でも、あなたを見てるとね、なんかそんな自分が馬鹿馬鹿しくなってきたんですよ。

あなたは、できないことはできない、分からないことは分からないって隠そうともせずにはっきり態度に出す。自分のできる事には100%の力を出して、そして、できない事はできる人に躊躇なく頼る。

それでいいんだって思って、なんだか肩の荷が下りたような気がしたんです。」

俺にしてみればごく当たり前のことが、どうやらアルヴィンには新鮮だったようだ。だから俺は、それがどれだけ当たり前のことなのかを口にした。

「だってさ、なんでもかんでもできるヤツがいたら、そりゃ人間じゃなくて神様だろ?それに、皆がなんでもできちゃったら世の中もっと違ってると思うね。俺は楽したいほうだし、できることはやるけど、できないことまで無理してやるつもりはないよ。できそうなこと、ならやる価値あるけど、本気で無理なことやったって時間の無駄。たとえば道具なしで空飛ぶとかさ。

そんなのはできるやつに頼めばいいだけだろ。

で、そいつのできないことで俺ができることをやればいい。世間ではこれを助け合いの精神と呼ぶらしい。

別に無人島に一人でいるわけじゃなし、その辺のヤツに頼れることは全部頼っちゃえばいいだけだろ。ヒマそうなヤツいっぱいいるよ。シンラとかレグルスとか。」

台詞を切って、お茶をのどに流し込む。

ぬるくなって険の取れたお茶は、優しい味がした。

「これからはもっと皆さんに頼る事にしますよ。もちろん、ダイチさんも含めた皆さんに。」

アルヴィンが白い陶器を両手に包み、悪戯っぽく笑いながら言う。

「いや、俺はむしろ頼りっぱなしになりたいほうだから。あんまり寄っかかると折れるぞ。ひ弱な現代っ子だからな。」

自信満々の俺の返答。

アルヴィンの笑声に、ランプの炎が揺らめく。

出立は明日だと言うのに、悪くない夜だった。


朝。

そう、朝だ。

ほっといてもなんでかやってくる朝。

そして、今日もやっぱり昨日と同じように朝がやってきた。

もっとも、昨日とは同じようでいてまったく違う朝だが。

いよいよ出発の日だ。

俺はいつも通りに起きて、身支度を整えると残していく荷物をチェックした。

持って行く荷物を一から広げて確認するよりも、置いていく荷物にいるものがないか調べるほうが簡単だからだ。

宿題は、できてない分も置いていくことにした。

持って行くと万一なんらかの事態で破損とか紛失とかしたら後々大変だし、できてない分はあっちに帰ってから友達を拝み倒して写させてもらうという最後の禁じ手がある。

荷物のチェックを終えて、朝食を食べ、城の前庭へ。

城門と城の間にあるちょっとした(とは言え腐っても王城だ。広さは推して知るべし。)広場では、すでに出発の準備が着々と整えられていた。

持って行く物資の塊があちこちに積まれ、馬が何頭もつながれ、人々が忙しげに行きかっている。

もちろん出発するメンバーもすでに揃っており、王も出てきていた。

すぐに出発の時間だ。

まず目指すのは精霊王の試練が課せられる闇の塔で、内海の方へひたすら北上していくのだ。

セレーナはラースから見て南にある国なのだそうだ。

王都があるのは国の南の方なので、内海まで出るとなると結構かかるという。

強行軍というほど急がず、かと言ってのんびり旅でもない速度で5日ほどかかるらしい。もちろん徒歩で、ではない。

闇の精霊塔に挑むのはアルヴィン・レグルス・ローウェン、それから俺の第一班。

もしもダメならそれで終わり・・・ではなく、一応敗者復活の機会は与えられるという。

ただし、その敗者復活戦というのがこれまた曲者で、託宣の下った塔――俺たちの場合は闇の精霊塔――以外の塔に再度挑まねばならないそうだ。

塔はほぼ一国にひとつなので、違う塔に挑むとなれば他所の国に行く事になる。

簒奪期間は簡単な書状一枚出せば国境は越えられるらしいが、事と次第によっては邪魔が入るとか。

しかも、他所の国まで移動し、塔をクリアし、内海を渡ってラースへ、となるので、ストレートで託宣の下った塔をクリアして内海を渡るよりも遥かにタイムロスが大きい。

一言で簡潔に言ってしまえば、俺たちの責任は重大だ、ということだ。

あぁ胃が痛い。

今回も急ぎの旅になるので、軍馬での行軍だ。

厳密に言えば俺たちの世界の馬とは違う動物だろうが、見た目馬っぽいので馬でなくともとりあえず馬と呼んでおこう。ややこしいから。

そして俺は、今回も馬はパスして自転車。

実は、使者奪還作戦から帰って来て一度馬に乗せてもらう機会があったのだが、半日の遠乗りで悲惨な目に遭ったために当分遠慮しているのだ。

きちんと調教された軍馬に乗せてもらったのだが、調教師がついている間はどうにか言うことを聞いてくれたものの、どうやら乗馬経験のない素人とナメられたらしく、一人になった途端まったく言うことを聞かないわ尻は痛いわ仕舞い目には落っことされるわでそれはもう散々だった。

オマケにもうひとつトドメになったのが、馬で走るより己の足で走ったほうが速いし言うことを聞くし俺を落として走ってったりしないしでよっぽど確実だ、ということ。

俺を落っことして悠々と駆け去ったあの小憎らしい馬を自分の足で捲ったときはどれだけ気分爽快だったか。

馬なりに異常事態を察知して、一瞬ぽかんとした表情をしたのが傑作だった。

一応俺が疲れたときのために荷物を載せていない馬(俺を落として行ったのとは別馬。)を換え馬含めて何頭か引いてきてくれているが、多分あれに乗ることはないだろう。

自転車の方が快適だし、言うこともよく聞く。

塔を目指してまず出発するのは、俺たち一斑と、シンラのいる二班、それからリーフ。

王は万一のことがあってはいけないのでお留守番。 

ラースに渡るときは改めて王も来る、とアルヴィンが言っていたので、塔をクリアできたら見送りに来てくれるのだろう。

でもやはり最初の試練に参加できない事について、アレコレ子供が考なくてもいいようなことを考えているのが明白だったので、アルヴィンに言ったのと同じステキな格言を置いてきてやった。

そう、人間みんなできる事以外できないというアレだ。

何ができて何ができないかなんて個人差だし、時間の経過とか状況によって変化するのだから、大して気にすることでもない。

ダリルたち三班は、荷物が多いのもあって少し遅れて出るようだ。

どうせ俺たち一斑が塔に入ってる間は、他の班は手持ち無沙汰なのだ、

当面必要な物資は分散して持っているし、内海を渡ってからが三班の出番なのだろう。

二班は両隣の国のどっちかとの国境にいるのが失敗のフォローには一番効率がいいと思うのだが、もしもこの5日ほどの間で俺が逃げたり怪我したり逃げたり風邪引いたり逃げたりした時のために、欠員補充要員として一緒に行くらしい。

逃亡容疑かけられすぎだ俺。

とは言え、なんかシンラの雰囲気を見ていると、塔にだけは一緒に来そうな気がする。

今まだ城にいる状態ですら、殺気全開でギラギラしちゃってるのだ。

ここが我が懐かしき故郷だったら、危険人物として通報とかされちゃってるかも知れない。

俺は出発の準備といっても自転車を引っ張ってきて荷台に荷物を固定するくらいだったので、後はあちこち物珍しげに見回っていると、なんだかすぐに出発の時間になってしまった。

なんかもっとこう、選手宣誓的な、それとも開会の挨拶的なイベントが挟まれるのかと思ったが、一度見送りの人々からわーっと歓声が上がって、それでスルーっと出発になってしまい少し拍子抜けした。

しかし、すぐにそれがなぜだか分かった。

別段そんな儀式めいたことをせずとも、もうここにいる全員の心は最初からひとつの目標に向いているのだ。

闇の精霊塔をクリアし、ラースへ渡り、そして、ファリアの地位を手にする。

すでに確固たる目的があるのに、わざわざそれを口に出して言って確認するまでもない、ということだ。

あー、確かになんか、運動会とかの開会式とか選手宣誓って少なからずやらされてる感あるもんな。そんなん必要ないよな。

しかしその代わりに、城門を出るとき一人一人に王が直接言葉をかけていた。

全体に向かって同じ言葉を発するよりは、一人一人に対してそれぞれの言葉をかけたほうがよほど、士気が上がる。

前庭から城門の外までずらりと並ぶ見送りの人垣の間を進む。

城門までにも色んな人が声をかけてくれたが、俺も自転車の速度を落として城門をくぐるとき、王に言葉をかけてもらった。

「ダイチ、すまないが頼む!・・・どうか無事で!」

やっぱり子供らしくない言葉で、そして子供らしい真摯な目で、王は俺言った。

城で留守番をするしかない自分の代わりに頼む、と。

俺は馬よりも低い自転車であるという利点を活かし、寄って来た王の頭を親戚の子供にでもするみたいにくしゃくしゃっとなでてやって、それからポケットに入っていた飴玉とチョコレートを彼の小さな手のひらに押し込むと、にっと笑ってひとつ約束をしておいた。

「帰ってきたら、俺の世界のおもちゃで遊ぼうな。水鉄砲とか色々持ってんだ、実は。花火もあるし、楽しみにしててな。」

王は一瞬あまりにこの場にふさわしくない俺のセリフにぽかんとした表情を作ったが、すぐに大きくうなずいた。

ここの世界の人が彼を王様として扱うなら、俺は最後まで子供扱いしよう。

そういう奴がまわりに一人くらい居たって、きっと悪くはないだろう。


ついに城を出発した。

いよいよ未知なる冒険の始まりだ。

とりあえず、安全+第一でちょいと頑張るとしましょうか。



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