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18.託宣

清清しい朝。

夜と太陽の光に清められた朝の空気がしんと冷える朝の大広間で、主だった家臣たちと、シンラを除く簒奪の参加者たちが一同に会して朝食をとっていた。

とはいえ、今日初めてみんなで朝食会というわけではなく、リーフを例の砦から掻っ攫って・・・もとい取り戻して来て以来、ほぼ毎日こうだ。

朝食をとりつつの会議。

もちろん俺もそこに参加しているわけで。

一番最初こそ、簒奪に関する熱い討論に耳を傾けていた俺だが、最初の一回でそんなことしてたらとりあえず朝食をおいしいうちに食べる事ができないと学んだので、二回目以降は小難しい話は全部アルヴィンの担当だと勝手に決めて朝食に専念することにしている。

結局、シンラは俺たちとはいかないことになった。

俺だってアルヴィンだって猛獣は一匹いれば十分なので特に反対しようとは思わない。

むしろ俺は積極的に大賛成だ。

で、シンラは俺たちの次の第二部隊に入ることになり、代わりに第二から1人あがってくることになった。

ローウェン・アレイベルクとかいう男で、アルヴィンと同じくらいの年齢。

背丈もアルヴィンよりちょっと高いくらいの、ひょろっとした体つきだ。

髪は緑、目は碧。

およそ攻撃色に恵まれていない。むしろ平和さんな色だ。

雰囲気は穏やかそのもので、少しおっとりした印象ですらある。

大丈夫か・・・?と思うような優男ぶりだが、アルヴィンによると腕のいい猟師なのだという。

なんで簒奪参加候補に挙がったのか不思議なところだ。

・・・いや、俺が言うのもアレだけどさ・・・。

とにかくそのへんも含めて色々聞いてみると、先代の王の時代、今のチビ王の誕生日祝い用メインディッシュの兎か何かを仕留めようと王様が狩に出たことがあり、その時彼と知り合ったのが縁でちょこちょこ城に獲物を持ってくるようになったらしい。

だから何?という感じだが、本当に腕のいい猟師だそうで、城の弓兵の技術指導なんかも頼まれているようだ。

それに、野宿とか食べられる植物と有毒植物の見分け方とか、そういうサバイバルの知識が豊富で、パーティに1人いると重宝するというのがアルヴィンからの追加情報だ。

それを聞いて、この先野宿生活が始まることを改めて思い出してしまい、ちょっと凹んでいる俺である。

まぁ今のうちに思いっきりおいしいものを食べて、柔らかいベッドで寝溜めしておくとしよう。

と言うわけで、文官の方々がなんか小難しい話をしてせっかくの朝食を冷めるに任せている中、俺は1人で猛烈に朝食と言う本来の目的を果たすことだけに集中していた。

他の人々がいまだにスープ一杯空けていない状況下で、俺の食事は終盤に差し掛かっていた。

どこ出身の誰の子とも分からない謎のゆで卵を片付けて、お茶をすする。

残すはデザートだ。

朝はフルーツにかなりクリーミーで酸味が少ないヨーグルトっぽいものがかかったデザートが出ることが多く、今日はどんなフルーツかなと思っていると、突然話し声以外の大きな音が俺の注意をひきつけた。

いや、俺だけではなく、広間全体が意見を戦わせていた舌を止め、音の原因に視線を向けている。

がたんと大きな音を立てて、ほとんど椅子を蹴るように立ち上がり、広間中の注目を集めたのは意外にもリーフだった。

リーフは王のすぐ横に席を与えられており、俺もその近辺なので彼女の表情まではっきり見える。

彼女は何か信じられないものでも見たかのように目を見張り、どこか虚空を見つめている。

何人かが彼女の視線の先を追ったようだが、そこには何も驚くようなものはない。

立ち上がったリーフはしかし、広間中の注目を集めておきながらも言葉を発せず、フリーズしてしまったように動かない。

広間にも、静謐が満ちる。

そして不意に、リーフは再起動した。

「来ましたっ!!!!来たんです!!ついに来ましたぁっ!!!」

先ほどまで、紙の様に白かった頬を桜色に染めながら、リーフが意志を取り戻した目で俺を見て、がたんとテーブルに手を着く。

「・・・何が?」

他の誰も言葉を発しなかったので、とりあえず彼女の視線の先にいる者の義務として、周りの期待を背負って質問。

リーフのテンションと俺のテンションの落差が激しく、広間は変な温度になる。

「お告げ!!託宣が来たんですっ!!!」

次にリーフが告げた言葉の威力は偉大で、ぬるいようななんとも言えない空気が一変。

周囲の人々が一気に言葉を取り戻し、はじけるようにどこですか!!?という異口同音の問いかけで満たされる。

・・・…託宣が来たということは、最初の試練が決まったということだ。

ということは、本当の簒奪のスタートの合図が鳴り響いたということでもある。

「それで、どの塔なのだ?」

オッサン率の高い声の中、澄んだ子供の声が、黒い紙に引いた白い線のように際立って聞こえる。

同時に広間は再び緩やかに静まってゆく。

しかし今度の静寂は熱気のこもった静寂で、まだイマイチよく分かってない俺以外の誰もがリーフと同じ興奮した目で答えを待っている。

「闇!!闇の精霊様の塔です!!!」

リーフが自信に満ちた明るい声で答えを口にする。

答えが間違っている可能性など少しも考えない、晴れ晴れとした口調だ。

そして、「ダイチさん、やりました!私できました!!」と半分泣きそうな、それでも明るい声で言って俺のほうまでかけてくる。

俺も立ち上がって彼女を向かえ、彼女が両手を差し出してきたのでハイタッチでもするのかと待ち受けたが、彼女は俺の手を握ってぶんぶんと上下させ始めた。

よほど嬉しいらしく、眼は潤み、半分涙が滲んでいる。

「良かったな!やっぱリーフは使者なんだよ!!だから言ったろ!」

「はい!はい!!できましたっ!!やったぁ〜っ!!!」

突然手を離したかと思うと、その勢いで俺に抱きついてくるリーフ。

どうしようかと思ったが、まぁカウンセリングの成功報酬として受け取っておくことにする。

ちょっとくらい良い思い出とか作って帰ってもバチは当たらないだろう。

しかし、彼女の肩と翼越しに見た広間は、俺たちほどテンション高くはなかった。

むしろなんか絶対いい点だと自信満々だったテストが帰ってきたら欠点スレスレだったとか、そういう雰囲気だ。

急上昇急降下。

熱かったものが一瞬で冷えた。

そんな感じ。

そっと隣のアルヴィンを見ると、彼も顔色を青白くして、眉根を寄せて告げられた審判を必死で受け入れようとする死刑囚のような表情をしている。

俺はとりあえずハイになったリーフの背中をとんとん叩いてなだめつつ、何がどうなって変に空気が重くなったのか聞こうかと思ったが、どうせろくでもない返事がくるのは聞く前から分かりきっている。

ならアルヴィンあたりが勝手に説明ゼリフを入れるのを待って、今しばしステキなカウンセリング代を味わっているほうが俺的にはシアワセ指数が高そうだ。

そういうナイスな脳みそよりの指令で、俺があえて場の空気に抵触せずに適当にリーフに付き合って「よかったな!」を繰りかえしていると、説明ゼリフは意外なところからきた。

「闇の精霊塔・・・これまでの簒奪において、誰一人クリアすることができなかった闇の精霊の試練、か。」

小さな王が、その幼い声にそぐわない深刻さを乗せてつぶやく。

その声はしっかり俺の耳に入ってしまった。

・・・耳栓とか持ってきとけばヨカッタ。

「?・・・どうかされました?」

ふと、俺の顔が引きつったのに気づいたリーフが、興奮を収めて体を離し、小首をかしげ聞いてくる。

「いえ、どうもされません。ただちょっと、出会いがしらに現実から猛烈な一撃をいただいただけで…」

「????」

婉曲的な俺の物言いにリーフは小首を傾げたが、しかしふと広間の雰囲気に気づいて俺から体を離す。

そしてやっと、広間を包む微妙な空気に気づいたようで、眉根を寄せた困惑顔で俺を見上げてきた。

アルヴィンに説明ゼリフを入れさせるかどうか、微妙なところだ。

せっかく使者として役目を果たせて喜んでいるリーフを悲しませるかもしれないのだ。

と言うか彼女の性格なら確実に責任を感じて落ち込んでしまうだろう。

誰のせいでもないことなのだが。

なんで俺ってこう、フォローみたいな役回りになっちゃうんだろう?

「えーと、それじゃあ一応説明。初めから。丁寧に。分かりやすく。OK?」

手のひらを上に向けて、アルヴィンに差し出しながら言うと、彼は青い顔のまま一度うなずいて説明を開始した。

「使者が最初の試練を託宣で受け取って告げることは説明しましたよね。その最初の試練と言うのが、そもそも簒奪に参加するに値するか、というものなんです。国や王の器を試すんですね。で、八つの塔のどれかに挑むというのがその試練なんです。

それぞれの塔には、光・闇・火・水・風・土・混沌・虚無のそれぞれを司る、精霊王がいまして、彼らが創造神に代わる試験官となるわけです。

塔というのはそれぞれの精霊王が作り上げたもので、精霊王の待ち受ける頂上にたどり着くまでには様々な困難が待ち受けているそうです。

今回、リーフさんが受け取ってくださった託宣で、我々は闇の精霊塔に挑むことになったわけですが、これがその・・・少々他の精霊王に比べて難物と言いますか・・・はっきり言うと、このファリア制度が始まって以来、闇の精霊塔の頂上に登り詰めた者はあれど、誰一人として闇の精霊王から簒奪に参加するに値すると認められた人はいないのです。」

アルヴィンはそこで言葉を切って、鎮痛な面持ちでうつむいた。

俺は王の言葉を聞いていたのでなんとなくは分かっていたが、心配だったリーフを見ると、予想通りショックを受けたらしく手で口元を覆って今にも泣き出しそうな表情だ。

「いや、あの、リーフは一つも悪いことしてないだろ?自分の仕事をしただけで、だからそんな責任とか感じる必要はないし、これまで誰にもできなかったからって、俺たちもできないって決まったわけじゃないし。」

即座にフォローに走ったが、今回はあまり効果は期待できそうにない。

リーフの顔色は変わらないし、泣きそうな表情も一向に改善されない。

「・・・あれ?でもさ、国は確か六つしかなかったよな?でも塔は八つ。二つ余る計算だけど・・・」

「ああ、それはファリア制度が始まったころの名残ですよ。最初は国の数も六ではなく八だったんです。二つの国が某ドグラシオルに侵略されて滅亡してからも、塔の数は減らないんです。」

「・・・それって思いっきり実名暴露してるから、某つける意味ないよな?」

ちょっと話題を変えてみたが、アルヴィンにもリーフにも効果なし。

アルヴィンなんか、ショックのあまり言葉の使い方が妙だし。

「でもさ、もう決定だろ。変えてくれって言って余った塔のどっちかに変わるわけでもないのに、国の偉いヒトがこんなとこでこんなことしてるヒマあるのか?リーフに託宣が来たってことは、他の国にもそれぞれに託宣が伝わってるってことだろ?こういうチームプレーはスタートが遅れたら、後が迷惑するんだぞ。他のやつらにぶっちぎられて、後から追っかけてごぼう抜きにするってほんとに大変なんだからな!と言うか第二区間以降の走者がよほどの実力者でないと、自分が悪いわけでもないのにそのままズルズル最下位を走らされるんだぞ!」

それまでアルヴィンに限定していた会話範囲を広間全体に広げ、それにあわせて声を大きくする。

消沈しきっている広間の空気を少しでも活気づけようと思ったのだが、人々の表情はあまり動かない。

リーフを助け出して喜んでいた人たちと同じ人だとは思えないほど、それは重い表情だった。

言葉ではないなにかが確かに、知らないからそんなことが言えるのだと言っていた。


広間はまるで葬式のような湿った重い雰囲気だった。

みんな、ろくでもないことしか考えられないのが表情で分かる。

どうにかしなければ。

突破口を探して、脳内のデータベースから適切な言葉を高速検索。

しかしながら俺程度の浅い人生経験では、もういい加減慰め言葉の在庫も尽きている。

こっち来てからほとんどこんな役回りだったのだから仕方ない。

それでも何か言わないとどうにもいたたまれないので、何を言うべきか考えていると、不意に背後から射していた朝の日差しが翳った。

食器や過敏で彩られたテーブルに黒い陰が落ちる。

ちょうど俺の後ろが中庭に面した窓なので、その窓にいるものの影が光を浴びてテーブルに映し出されているのだ。

テーブルの影は人型をしていたが、しかし人ではなかった。

人の形と同時に鳥の翼もくっきりと白いテーブルクロスに黒く映っている。

天使・・・?救いの天使か!?

きっかけが来たかと振り返ると、朝から見たくないもの第3位くらいには入りそうなものが眼に入った。

シンラだ。

何を思ったのか、いつもはこの手の馴れ合いは嫌だといって絶対に城に来ないシンラが、今日はどういう風の吹き回しか、わざわざやってきて、しかも空から来たらしく、不法侵入気味に窓の外に浮かんでいた。

そしてがんがん窓を叩き始める。

すっごい不機嫌な顔だ。こいつ馴れ合うのが嫌とか言って、その実低血圧で朝起きられないだけなんじゃ・・・?

とにかく窓ガラスを破壊されたら位置的に破片を浴びるのは主に俺なので、自分のために窓を開けてやると、シンラは礼も言わずに不機嫌な顔のまま部屋の中に入ってきた。

そして「おう」とおはようを獣語発音で言ったあと、一応用意だけはされている彼のための空席にどかっと腰掛けて不機嫌な顔のまま手近な皿に盛られた燻製した肉にフォークを突き刺し、それに噛り付く。

食べ方まで獣だ。

もちろん、この男に広間の雰囲気を読めというほうが無理。

よって、救いの天使ではない。

どころか雰囲気余計に悪くしに来たとしか思えない。


「アマギさんの言うとおりですよ、皆さん。」

俺がシンラを意識の外に締め出して、改めてどんな起爆剤を使えばいいのか考えあぐねていると、意外なところから援軍が現れた。

俺の正面、レグルスの隣に座っていたローウェン・アレイベルクが立ち上がり、アルヴィンのそれよりは幾分緑がかった青い瞳で広い空間を共有する人々を見渡した。

「ここでこうしていても何も始まりません。それどころか出遅れます。僕たちが今、やるべきことはなんですか?一刻も早く出立の儀を済ませ、塔へ向かうことではないですか?それとも、やる前から諦めますか?これまでだれもクリアできなかった闇の精霊塔。でも、僕らにはできるかもしれない。その可能性を捨てますか?」

柔らかな語り口だった。

声も、落ち着いていて明瞭で、しかし彼の性格から来るらしい優しい響きがこもっている。

正論だが棘のないその言葉に、うつむけていた顔を上げる人が出てくる。

もう一押しだ。

それにしても、俺よりフォロー上手い人発見。

というわけでこれよりフォローは彼に一任しよう。

飴と鞭で言うなら、彼は飴、俺は鞭。

なんかちょっとステキなコンビが組めそうな予感。

ローウェンの援護を受けて、俺は俺のやるべき事が見つかり、畳み掛けるような早口で怒鳴る。

「よし!とにかくそういうことだ。5秒やるから考えてくれ。やるかやらないか二者択一!やる人は立つ!!やらないヤツは寝てろ!!!はい5秒たったぞ!!」

言葉と同時にわざと大きな音をさせて席を立つ。

5秒でまともに考えられるはずもない。

しかも、しゃべりながらカウントしているのだから、実際考える時間などないに等しい。

しかし1人でも立てばこちらのものだ。

集団心理で、なんとなく立ってしまう者が後に続くだろう。

そうなれば適当にみんなで力を合わせて簒奪に向かおう!とかなんとか言って、気分を高揚させてうやむやにできる。

俺がわざと椅子の音を立てて立ち上がったのも、注意をひきつけた上で立っているという視覚効果を狙ってだ。

俺の策略を知った上で乗ってくれたかどうかは定かでないが、最初に立ったのはレグルスだった。

彼は無言だったが、唇の端を吊り上げて牙を覗かせ、凶暴な笑みを浮かべたまま、面白そうに俺を見ている。

倒した獲物が意外にもまだ力を残しており、不意をついてまた走り出したのを見た肉食獣のような笑みだ。

追いすがっていって相手を倒すことに至上の悦びを見出す者の笑み。

怖いからこっち見ないでほしい。

すると、ちょうどいいタイミングでがたんと俺以上に大きな音をさせ、椅子を倒す勢いで俺の二つ横に座っていたシンラが立ち上がる。

これ幸いとばかりに怖いレグルスから視線をはずし、シンラを見る。

口元をぬぐう彼の顔にも、同じく笑みが浮かんでいた。

瞳孔が開いて、危ない光を放っている。

こちらは親鳥が留守でひな鳥がほやほやと親の帰りを待っている巣を、上空から見つけた鷲の顔だ。

大失敗☆ 視線をはずした意味がまるでない。

「あぁ、面白いじゃねぇか。面白いよ。今年は闇の精霊塔か。これまで誰も簒奪に参加する許可を得られなかった塔だ?だからどうした。・・・俺たちは闇の精霊王を締め上げてでも許可を取ればいい。それだけの話だ。全く単純なことじゃないか。こんなヤツに言われるまでもない。・・・たまには早起きしてみるもんだな。朝から全く、面白いぜ。」

シンラがぐりんと首を回し、俺をインサイト。

やばい。ロックオンされる前に逃げなければ。

とにかく彼の視線にさらされるだけでも精神的にダメージがくるので、空いた皿を顔の前に持ち上げて、彼との間に簡易ついたてを作る。

願わくば白磁のお皿よ、絶対無敵の盾となり我を護りたまえ。

全く、なんでこんな怖い人ばっかなんだここは。


「私は。挑まねばならない。どんな試練であろうとも。」

シンラに続いたのは、子供の声。

しかし、含まれた意味や自負はここにいる誰の言葉より重い。

王は静かに言うと、ぴょんと椅子から飛び降りて続けた。

「私は簒奪に行きたい。でも、私が行っても、足手まといにしかならない。だから、みなに強制はできない。しかしみなが行かずとも、私は行かねばならない。それが王である私のするべきこと。歩むべき道。矛盾しているが、私はたとえどんな壁に阻まれようとも行かねばならないのだ。」

王の言葉はやはり俺などよりもよほど効果があり、後ろに控えた女騎士が笑みを浮かべて王の肩に手を載せ、共に参りますとつぶやいたかと思うと、一斉に椅子を引く音が百花繚乱と咲き乱れた。

同時に、リズリアに賛同する声が飛び交う。

王は家臣たちを見渡し、感謝をこめたまなざしで一度うなずいた。

「・・・仕方、ありませんよね。そうですよ。仕方ないじゃないですか。闇の精霊塔と決まってしまったなら、もうそれに挑むしか道はない。ええ、そうですね。分かりました。やりましょう。やらないで後悔するよりやって後悔するほうがいい。ですよね、ダイチさん。」

俺の隣、王の側に座ったアルヴィンが最後に言って、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。

彼を見ると、半ば自棄になっているらしく、目が据わっていて妙に怖い。

「さあ、もう後には引けないところへきました。手加減とかそういうのは一切ナシで行こうと思います。というか行きますからね。ついてこられなければ置いて行きますから、覚悟してくださいね、ダイチさん!じゃあ準備しましょうか!朝食なんて食べてる場合じゃないですもんね!そうでしょう、皆さん?」

泣き笑いのような表情の上、目が怖いのでなんか下手したらレグルスやシンラよりも危ないかもしれないアルヴィンの変な迫力に呑まれるように、三々五々の賛同の声とともに人々が活動を再開する。

一旦エンジンかかれば速いのがこっちの人の特徴らしく、それぞれの腹具合に合わせてパンやら果物やらを齧りながら準備に出て行く者もあれば、その場に落ち着いて隣同士で話し始める者もいる。

なんにせよ、歯車は回り始めたようだ。

よし、俺の仕事終了。

というわけで、そろそろデザートでも持ってきてもらおうか。




準備と言っても、俺にできることは特にない。

というか勝手がイマイチ分からないので、とにかく朝食を済ませた俺は、部屋に戻って荷物の整理をすることにした。

向こうから色々持ってきたのだが、ちょっと荷物が多いので持って行くものと置いていくものを分けて、できるだけ荷物を軽くするのだ。

とは言え簒奪に持って行くつもりで持ってきたものがほとんどだから、置いていけるものと言えば宿題類くらいだ。

そうだ・・・宿題・・・。

一応昨日まで寝る前に少しずつ片付けてきてはいるが、さすがに全部を一気には無理だ。

数学は終わった。

地歴公民も半分片した。

国語はボチボチ。

が、しかし。

英語だ。

俺のウイークポイントだ。

仕方がないので歴史のプリント類をまず終わらせて、国語、英語の順に攻めることにする。

英語なんてあんなもん、知らなくても生きていけるって・・・。

いくら異世界を救うという大仕事をするといっても、俺の世界に帰ってしまえば、乱暴に言えば関係ない。

目の前の宿題。

これが俺に課せられた正真正銘の現実だ。

なんとか簒奪に行く前に片付けておきたい。

荷物整理を一時中断して宿題に走っていると、ノックの音が宿題に集中する俺の思考を乱した。

「んー?開いてるからどうぞー」

シャープペンシルを握った手を一瞬だけ止め、また作業に戻りつつ入室を促すと、断りの言葉と同時に入ってきたのはアルヴィンだった。

「ダイチさん、今お忙しいですか?」

「見てのとおりだけど、まぁまだちょっとくらいなら話す余裕はあるよ。」

歴史のプリントに視線を落としたまま答えると、アルヴィンは俺の向かいに腰掛けた。

「これからの段取りについて、少し説明しておこうと思いまして。」

「うん。どうぞ。」

一問といて次へ。

多分正答率は恐ろしく低いだろう。

でもまぁ休み明けのテストを頑張ればなんとかなる・・・かな。

というか休み明けのテスト対策の勉強する時間もないだろうから、なんかろくでもない未来がチラチラ見えてる気がする。

でも気にしなーい!!

こうなりゃもう俺も自棄だ。

どうせもともと中くらいの成績だ。

ちょっとくらい落ちたところで・・・困るわ!!!

「・・・はぁ」

諦めて、シャープペンを投げ出す。

ついでにお手上げというように腕を上げて頭の後ろで組み、ゆったりしたソファの背もたれにもたれる。

「えーと、なにかそちらの現実と戦ってらっしゃるところを申し訳ないんですが、とにかく説明させていただきますね。」

アルヴィンは俺が宿題を持ってきてやっていることを知っているので、少しだけ遠慮がちに言った。

宿題の概念と意味と学生の宿命であることは最初に何をしてるんですか?と聞かれたときに説明済みだ。

アルヴィンいわく、こっちの学生は課題を出されれば喜んでやるし、自分から進んで勉強するらしいが、こういうとこも義務教育の弊害だといってきっちり納得させている。

「三日後くらいには出立の準備は整います。まずはラースのあるほう、つまりは内海を目指します。内海に至るまでには森があるんですが、その森に最初の試練、精霊王の塔があるんです。」

アルヴィンが説明を始める。

俺は頭の後ろで手を組んで、背もたれに体重を預けたまま聞く体制に入る。

「ふうん。その精霊塔ってのは万年あるのか?・・・つまり、簒奪とか関係ない時でも。」

「いえ。簒奪が始まって託宣が来てから現れるんです。内海へと至るまでには深い森があり、平時には普通の森なんですが、簒奪の時期だけ精霊王の力により森が“歪み”、普通ではなくなるんです。

歪みの森とそのままの名前で呼ばれているんですが、ここでは空間・時間、その他あらゆるものが歪んで、何が起こるかわからないそうです。

その森を抜けて精霊塔へと至り、最初の試練を受けた後、いよいよ内海を渡ってラースへ行きます。

そこからは前回、前々回の記録を見ても、一定のパターンはありません。つまり、行ってみないと分からない。」

アルヴィンが言葉を切る。

「じゃあとにかく、その歪みの森ってのを目指して出発するんだな?で、精霊王の塔に挑む。そこまで覚えてればとりあえずは大丈夫だろう。準備だけど、俺も何か手伝うことあるのか?」

確認すると、アルヴィンは少し笑ってうなずいた。

「そうですね。準備と言っても、ダイチさんに手伝っていただくことはあまりありませんから・・・。強いて言うなら心の準備くらいですね。」

「心の準備ったって・・・どっちかって言うと俺追い詰められて初めて覚悟するタイプだから。今から心の準備したら、多分逃げたくなると思う。まぁ宿題でもして適当に気を紛らわせて、三日過ごすよ。」

言ってまたシャープペンを取ると、アルヴィンは分かりました、と言って立ちあがった。

彼は俺とは違うのだ。

きっと色々忙しいのだろう。

その忙しい中で時間を見つけてわざわざ説明に来てくれたのだから、感謝しなければならない。

残り三日、宿題で目の前の現実をごまかしてどうにか過ごすしかない俺は、少し情けない気がした。



とにかく、昼まで部屋に缶詰になって歴史は片付けた。

国語も八割終わらせた。

英語はまだ最初の二、三ページをちょっと味見したくらいだが、夏休みが始まったところにしては記録的な宿題終了度だ。

ワーク・プリント類は渡された後からコツコツ授業中にやっていたので、最初から余裕を持ってのスタートだったのだ。

でも良い子は真似すんな。緊急時以外は授業中はとりあえず授業優先だ。

俺はどちらかと言うと理系なので、英語や国語はそんなに得意じゃない。

特に英語はダメで、テストでもあろうものなら最下位を押し付けあうという低俗な争いに身を投じている。

そんな感じなので、記号選択問題は勘と運と投げやりをフル活用して適当な記号に丸をつけて切り抜けられるが、ライティングとなるともう最悪。

虫食いも苦手だし、間違い探しなんてもっての他。

アルヴィンが俺にかけた翻訳魔法が俺の世界でも有効なら、これほどステキなことはないのだが・・・。

文字までは魔法の効果範囲には含まれないものの、こと会話に関しては無敵だ。

固有名詞やそれぞれの世界独特のものはさすがに訳せないが、それでも会話に不自由することはない。

こういう素晴らしい魔法をどっかの誰かが俺の世界でも開発してくれないものだろうか。

英語苦手人間として切に開発を望む・・・。


エフェメラ様よりご指摘いただき、一部修正しました。

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