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16.簒奪参加者選考大会

「いや、だから無理だろ!無理だって!!無理なんだからマジで!!!」

叫んだ。

声を限りに。

だが、俺の精一杯の青年の主張は、嵐のような拍手にかき消されて見事に有権者の耳には届かなかったようだ。―――あるいは、届いていたが故意に聞こえなかったふりをされているのだろうか。


目の前には大観衆。

ありとあらゆる色、形、大きさの目が、一様に俺に・・・俺たちに向けられていた。

アルヴィンが言っていた、簒奪参加メンバー決定会議みたいなものがついに開催されてしまったのだ。

レグルスとアルヴィンは、投票の余地すらなく満場一致で決定。

その次に候補として他の数人が紹介され、俺の番が回ってきた時(前回の轍を踏まえて、最後にしてくれと頼んだので最後だった)、レグルスやアルヴィンの時起こった事と同じ現象が起こった。

つまり、巨大なこの広間を揺るがすほどの拍手の嵐。

支持することを端的に表すその音の余りの大きさに、俺はなんだか知らないうちに主力部隊の一員にされたことを痛感した。

弁護士を呼べ!とか逆走的な叫びを上げそうになったが、俺の前に紹介されたイカツい戦士風の兄ちゃんが俺の背中をぐいっと押して、アルヴィンやレグルスの待つ王座の横に半ば倒れこむように移動させられたので、権利を主張するどころではなかったのだ。

無理だと叫んでみても、みんな気持ちよく無視される。

ちょっと切なくなってきたので、せめて唯一冷静な良心に訴えてやろうとアルヴィンを見ると、彼はなにか気の毒そうな顔をして俺を見て、首を横に振っただけだった。

まるで、もう助かりません。とさじを投げる医者のような表情と動作だ。

無駄だと知りつつ隣のレグルスを見ると、彼は俺のほうを見ようともせず、静かに腕を組んで目を閉じ、この騒ぎが終わるのを待っているだけだった。

俺たちのすぐ隣に据えられた玉座に、かなりの余裕を残してすっぽり収まっている王は、俺と視線が出会うと頼んだぞ、とでも言うように、小さな目に真剣な光をたたえて、一度こくんと頷いた。

腹の据わり方が全然違う。

この小さな王様を見ていると、なんか自分がこれまで無駄に生きてきたような気がして仕方ない。

彼は大人になることを常に周りから無言で要求され続け、それに立派に応えているのだ。

比べて俺は、ちょっと異世界に無断で連れてこられて、たかが簒奪に参加するメンバーに選ばれたくらいでオタオタと動揺している。

・・・って動揺するよな、普通。

うん。しないほうが異常だ。

しかし、最初の段階で王にはできるだけ頑張ると約束してしまっている。

これはもう、無駄に飯も年も食っていないことを証明するしかない。

そこでふと、小さな王には余りにも大きい玉座の隣、俺たちとはちょうど反対側にリーフの姿があるのに気づいた。

これまで自分に必死でまるで気づかなかったのだが、リーフの顔色はあまり良くないようだった。

もしかして、王を清めるとか何とかいう儀式とは、相当疲れるものなのかもしれない。

そう考えると急にリーフが心配になってきて、奪還戦以来、彼女とマトモに口をきいていないことを思い出した。

いつも回りに人がいて、なかなか話しかけられなかったのだ。

というか、姿を見ること自体が稀だった。


俺が己の心配からリーフの心配に切り替えてとにかく心配している間にも、広間に集まった人々は残りのメンバーの選出にかかっていた。

知らないうちに主力部隊の選出は終了したらしく、第二班を誰にするかという投票が始まっている。

主力部隊が三人というのはお粗末だし、いくらレグルスがいるにしてもアルヴィンは魔術師で俺はお荷物なのだから、もう少し戦力がほしいところだ。

なのに、なぜだか二班の選出にかかってしまっている。

そのことに気づいた俺は、リーフのことは一時保留にして再びアルヴィンの視線を求めた。

目が合ったので、自分を指してからアルヴィン、レグルスと順番に指差しつつ、声には出さずに「俺、お前、レグルス・・・だけ?」と表情と口の動きで聞くと、アルヴィンは苦笑いを返してきた。

そしてちらりと目を閉じたままのレグルスを見て、そっと俺に近づいてきて「シンラさんが・・・」とささやく。

そう言えば、レグルスと同じ超危険生物がもう一人いるとかいう話を聞いたなと思い出し、思わずあたりを見回した。

紹介されたほかの候補たちの中に、それらしいのはいない。

ただ唯一の見知った顔であるダリルが、俺たちではなく真っ直ぐ前に硬質な視線を送っているだけだ。

―――第二班の選出は進んでいるが、どうやら彼の名はまだ出てはいないらしい。

「なぁ、そのシンラって奴はどこにいるんだ?」

ダリルのことも気になりつつも、今度は俺のほうからアルヴィンに顔を寄せてささやくように聞く。

するとアルヴィンはまたちらりとレグルスを確認してから、「色々複雑なんですよ」とだけ返してきた。

何が複雑かは知らないが、こういう場にきちんと現れないのだから、印象としてはあまり宜しくない。

というかアルヴィンがしきりにレグルスを気にしているので、もしかしたら二人を会わせると流血騒ぎ的なことになるのだろうか。

・・・よし!ますます行きたくなくなったぞ!!


俺が自分の未来とリーフとダリルを均等に心配しているうちに、簒奪参加者選別はどうにか終了したようだった。

順番に読み上げられていく第二班の名前の中に、ダリルの名はなかった。




「人生そんな日もあるさ!!ほっといたって明日はくるから元気出せ!5年もすれば素敵な思い出になるさ!!あ、いや、ちょっと苦い思い出か・・・?でもほんと、第三班でも参加はできるんだし・・・な?」

二人で歩いているはずなのに、しゃべっているのは俺一人。

できるだけ明るい口調でしゃべるように心がけているが、隣から来る湿っぽい梅雨のような重苦しく憂鬱な空気に、さしもの俺も負けそうだ。

ちらりと隣を確認すると、ダリルの目は死んだ魚のように、前方のどこかを、そしてその遥か遠くを焦点の合わない目で見つめていた。

俺の言葉など、ただの雑音と同じで意味などまったく持っていないのが丸分かりだ。

とにかくダリルも簒奪に参加はできるのだが、三つの班のうち一番最後の第三班での参加だった。

アルヴィンに聞いたが、三班は基本補給部隊で、食料や医療用品や、そういう消耗品を他より多めに持って行って、主力部隊や二班に供給するのが主な任務になるという。

「よし・・・!分かった!!俺は可及的速やかに夏を満喫するという重要かつ早急な私用であっちの世界へ帰るから、俺が抜けた穴埋めを君に一任しよう!!これでどうだ!」

もちろん無理丸出しの提案だが、やはりダリルは聞きもしていないらしく、相変わらず虚空を見つめる瞳は揺るがない。

「し・・・辛気臭い!!カビでも生えそうだ!!喰らえっ!必殺ぽち!!」

耐えかねた俺は、すっかり定位置になったジャケットの左のポケットからぽちを取り出すと、左ストレートを食らわせるようにぽちの柔らかい腹毛をダリルの頬に押し付けた。

このぽち、使者奪還戦で一旦は俺の手で野生に返したのだが、ガルガデス・グルガドン“グルガの好む役立たず”という学名に恥じぬ駄目っぷりを遺憾なく発揮し、またレグルスにとっ捕まって俺のところへ帰ってきたのだ。

砦からアルヴィンとダリル、レグルスが戻ったのは、俺が全力ダッシュで逃げ帰って少ししてからで、レグルスの手にどこかで見たようなネズミが握られているのに気づいた時は脱力を禁じえなかった。

せっかく大自然に還してやったのに、また捕まったのかよと思わずにはいられない。

しかし当のぽちはレグルスに握られているという事態におびえきっており、俺のところに脱兎のごとく・・・ネズミだけど・・・戻ってきて、以来コートの左ポケットが定位置になってしまった。

そんなマヌケなぽちのふさふさ腹毛を頬に押し当てられたダリルは、ただ面倒くさげにぽちを握った俺の手を押し返しただけで、それ以上はなんの反応もなかった。

これには俺もため息以外に返事のしようがない。

ため息をつきつつ、ぽちを肩にとまらせる。

ぽちはもさもさと自分で移動し、何を思ったのか俺の頭の上に登る。

・・・頭が生ぬくい・・・。

わけの分からないネズミのことをとりあえず思考の対象から外し、いかにしてこの空気を払拭してやろうかと頭を悩ませていると、不意に前から歩いてきた人にぶち当たった。

俺とダリルは選別が終わった広間から連れ立って出てきたわけだが、別にどこかへ行く目的があったわけではない。

ただ、ダリルがふらふらと幽鬼のような足取りで、しかもどことなく思いつめた顔などしていたので、気になってついてきただけなのだ。

今現在は中庭に面した回廊部分を歩いており、吹き抜けになっているため外の空気が気持ちいい。

この回廊、もちろん城内なのでかなり広い。

そこで誰かと正面衝突しようと思うと、お互いに前方不注意でないと実現しないミラクルだ。

俺はダリルのほうをちらちら見ながらあれこれ考えて歩いていたので、前から人が来るのにまったく気づかず、ぶつかって初めて気づいた。

「うぶっ!?・・・あ、すんません!」

ぶつかったのは触覚から判断するに男で、しかもかなり鍛えた体の持ち主らしい。

俺はぶつかって反動で一歩下がったのに、相手のほうは揺るぎもしない。

しかも相手のほうが身長が上で、俺はわずかに顔を上げて相手の顔を確認した。

目の前に立っていたのはやはり男で、しっとりとした緋色の髪の持ち主だった。

瞳の色は、強い野生を感じさせるもの。

虹彩は透明感のある茶色。そして、それ以外の部分が黄金色。

レグルスの眼がライオンに似ているのとまったく同じで、目の前の男の眼は猛禽を思い起こさせた。

顔立ちは端整だが、野性味というか野生的な凄味があり、見ていると食われそうでなんか怖い。間違いなく、男はレグルスと同系列の肉食獣の品位のようなものを身に備えていた。

俺に向けられたその視線はまるで品定めで、鷲か何かが小鳥を捕まえて食べるのに、獲物にするのに小さすぎやしないかと見ているような眼つきだ。

そして、その猛禽の眼を裏切らず、背中には茶斑の翼。

グルガだ。

気づいた瞬間、俺は動けなくなっていた。

まさに蛇に睨まれた蛙状態。

多分、時間的に言えば数秒だったのだろうが、俺にとっては途方もなく長い数秒で、寿命が磨り減るような感覚すら覚える。

男は俺のことを値踏みするように見て、ふと何かに気づいた表情になった。

一瞬だけ訝しがるような表情が顔をかすめ、それから劇的変化。

驚いたように猛禽の瞳が見開かれ、唇も引き結ばれた状態からわずかな隙間が生まれる。

アラベスクのような肌、とりわけ頬に赤みが差し、まるで絶世の美女か何かを目撃したウブな少年のような表情だ。

・・・なんか、さっきとはまた違った意味で身の危険を感じる。

俺がじりっと後ろに下がると、逃がしてなるものかというように稲妻のようなすばやさで男の手が伸びてきて、俺の両肩をがっしりと捕らえる。

絶体絶命大ピンチだ。

「だ、だ、ダリルっ!!」

顔を近づけてきた男の肩越しに助けを求めたが、当のダリルは未だ死人の足取りでふらふらと回廊を進み続けており、事故が起こったことにも、ましてや現在進行形で事件に発展しつつあることにも気づいてはいない。

「た、助け・・・!!」

相手を刺激しないように押さえた声ではとてもではないがダリルには届かない。

男の顔は、もはや予断のならない位置にまで近づいてきている。

ちょっと待て!!!

いくらなんでも、これはない!!

こんな間違ったひと夏の思い出を作ってたまるかっ!!!

「・・・名は?名は、なんという?」

去っていくダリルに酸欠の金魚みたいにパクパクと口の動きだけで助けを求めていた俺に、不意に男が聞いてくる。

「な、な、名前?」

できる限り上体をのけぞらせ、男と距離をとりつつ聞きなおすと、男は真剣な表情でうなずいた。

しかし、いまだ頬はほの赤く染まったままだ。

「だ、大地。あ、天城大地・・・」

俺がどうにか名乗ると、男はやっと肩から手を離し、少し距離をとってくれた。

「ダイチか。変わった名だが良い名だ。」

男が言って、愛しいものを見るように優しげで柔らかい笑みを浮かべた。

俺は体中がぞわっとなり、即座に鳥肌発進だ。

「な、な、な、なにか恐ろしい、考えるだにおぞましい誤解をしておいでのようにお見受けいたしましたが、俺・・・もといわたくしはいたってノーマル、同じ染色体にはまったく興味はございませんですよ?し、しかるになにかしらそのような目的がおありなら、別の方を探されるのを小生としてはお勧め・・・そう、ぜひともお勧めいたします次第にてそうろう!!」

丁寧なのか馬鹿にしているのか、自分では丁寧なつもりだが、何かよく分からない言葉を吐きつつも、俺は自分の身かわいさに退却を開始。

とはいえ、露骨に逃げるしぐさをするとまた捕まるので、じりじりとすり足で少しずつ距離をとっていく地味な方法だが。

しかし、せっかくちょっと離れた距離も、男が一歩こちらに歩み寄ってまた元通り。

努力って、案外報われない世の中なのかもしれない。

「・・・かわいい、な・・・触ってみてもいいか?」

近づいてきた男が、俺からちょっと視線をはずしつつ、やはり照れたように頬を染めたまま、かなり気味が悪いことをのたまう。

これは後々悪夢になりそうだ。

「全身全霊で断固拒否っ!!!・・・あ、いや、触られるのが嫌とかそういうことじゃなくて、そういうことなんだけど、つまりは・・・えー、その、まずは友達から・・・と言うか寄るなっ!!」

本音と建前を交互に出しつつ、俺はさらに後退。

こうなれば相手の隙をついて、一気に走り出すのが上策だ。

スピードにさえ乗ってしまえば、俺に適う者は今のところいないっぽい。

問題は、背を向けるタイミングだ。

相手はグルガ。

慎重にいかねばならない。

神様、最近ちょっと俺にばっか意地悪だな・・・

「ダイチさん!」

後ろから、どこかで聞いたような大賢者の声がかかる。

あ、神様ごめんなさい!意地悪とか言っちゃって!!あなたは救いの神だ・・・!

「アルヴィンっ!!」

ここぞとばかりに俺は体を翻し、近づいて来ていたアルヴィンのところまで一気に駆けて彼の後ろに回りこんだ。

「ダリルさんは?確か一緒に出て行かれましたよね?」

アルヴィンの体の影にしっかり隠れた俺に、半身だけ振り返ったアルヴィンが、少し呆れた顔で聞いてくる。

「あの薄情もんならどっかあっちのほうへ行ったよ。俺がこれまでで一番の危機に陥ってるってのに・・・!」

俺の答えにアルヴィンは苦笑して、そして初めて俺にぶつかったレグルス以上に危険なグルガの存在に気づいた。

「あぁ、シンラさん。どうされました?」

「うぇえええ!!?し、し、し、し、シンラ!?こいつがシンラ!!?い、いやだっ!!おうち帰るっ!!!今すぐおうち帰るっ!!!」

アルヴィンの口から漏れた衝撃の事実に、俺はしりもちをつかんばかりに一気に後ろに後退した。

慌てるあまり足が絡まって本当に転びかけたがどうにか持ちこたえる。

アルヴィンは訝しげな顔で俺と男―――噂の主力部隊最後の候補者シンラとの間を視線で往復した。

「何があったんですか、シンラさん?初対面のダイチさんをこれだけ怯えさせるって・・・相当なことをしないと無理ですよね?・・・まさか、また眼が気に入らないとか言って、半殺しにしかけたんですか?」

「ち、違う!誰がそんな・・・!俺はただ、あまりにもかわいいから、ぜひとも仲良くなりたいと思ってだな・・・。名前を聞いていただけだ!別にまだ触ってもいないぞ。」

シンラは困ったような顔で俺を見ている。

アルヴィンもつられるようにこっちを見て、何かに気づいたように疲れた笑みを浮かべた。

「あー、なるほど。そういうことですか。・・・ダイチさん、そんな見知らぬ家に連れてこられた野良猫みたいに柱の影からこっちの様子を伺ってないで、ちょっと出てきてください。身の安全は保障しますから。」

「いやだ!つーか無理だ!!」

即答すると、アルヴィンが苦笑する。

「本当に大丈夫ですって。あなたのその頭の上。何が乗ってるかお忘れですか?」

言われて初めて、俺は頭の上にぽちを出しっぱなしにしていた事実に思い当たった。

グルガだ。

そしてぽち・・・グルガの好む役立たず、だ。

かわいいも触ってみたいも、すべてぽちに向けて発せられた言葉なのだ。

「や、疫病神めっ!!」

思わず頭上の生物を握ったら、後ろから再び制止の声。

「ダイチ!乱暴に扱うなと何度言ったら分かる!ぽちはデリケートな生き物なんだぞ!!」

アルヴィンに続いて現れたのは、言わずと知れたレグルスだ。

彼の声を聞いたとたんに、ぽちの体がこわばり、俺の手をしっかりと小さな手で掴んで離そうとしない。

なんか爪が食い込んで痛いんスけど、ぽちさん。

「カッツェ」

硬質な、殺意を孕んだ声。

手のなかの生物に落としていた視線を思わず上げると、アルヴィンの後ろにいたシンラが、まるで別人の雰囲気をたたえてこちらを見ていた。

「アードラーか」

対するレグルスの声も急速に冷え込み、氷の温度を纏って発せられる。

危ない空気だ。

なんというのか、日ごろから縄張り争いというか抗争が絶えない二つのチームのリーダー同士が偶然鉢合わせちゃったような凄惨な空気。

やばいぞこれは。

俺は本能の警告に素直に従順に従って、再び柱の影に避難した。

そして、そこで一部始終を目撃した。

まず、柱の影に避難するわずかな間にシンラの姿はアルヴィンの後ろから掻き消え、安全?地帯から俺が振り返った時には、レグルスに猛攻をかけていた。

シンラの背の翼が風を含んで大きく広がり、レグルスに空中蹴りとしか言いようのない、もしくは正真正銘の“飛び”蹴りとでも言うしかない蹴りを放つ。

しかしレグルスも奇襲は予想の範囲内だったらしく、右肘から先を天に向かって拳を突き上げるように立て、シンラの一撃から身を守る。

二人が交錯する瞬間、俺は確かに金属音を聞いた。

レグルスのデヴァインに、何か同等の硬さを持つものがぶつかったのだ。

よく見てみると、シンラの足は人間のものと確かに似ていたが、しかし歴然と鳥の性質を有してもいた。

形こそ人間のそれのようだが、つま先には鉤爪のような凶悪な爪を備え、その爪一本一本が銀灰色に鈍く光っていた。

どうやらシンラのデヴァインはその鉤爪らしい。

しかし、レグルスのデヴァインに当たったのはその鉤爪部分ではなかった。

驚いたことに、かかとの少し上、足首の辺りから鋭い刃が突き出していた。

それもデヴァインの一部らしく、鋭利な切っ先と銀の輝きの曲刀のようなそれがレグルスのデヴァインとがっちり噛み合っていたのだ。

多分、蹴爪というやつだろう。

ちょうど闘鶏を見ているようなものだ。

必殺の一撃が防がれたのを見取ったシンラの次の行動は速く、右足の蹴爪でレグルスの右デヴァインを封じたまま、左足を繰り出す。

しかしこれも、レグルスは難なく左で防ぐ。

ガードしたレグルスはちょうど両手を交差させるような形になり、勢いをつけて両腕を開く。

金属がこすれる音がして両者が離れ、シンラは翼を羽ばたかせ一度距離を置く。

レグルスが半身に構えて、同時にシンラも地上に降り、キックボクサーのようなファイティングポーズ。

今度先に動いたのはレグルスだった。

縮地とでも言うしかない恐ろしい素早さでシンラとの距離を詰めたレグルスがデヴァインを一閃。

シンラの足が跳ね上がり、その一撃を受け止める。

そこからは連撃の応酬だ。

スピードではレグルスが勝っているが、シンラは足と翼という二つの移動手段を持っている。

その特性を十二分に活かしきり、不意に羽ばたいて手出しのできない空中に舞い上がっては空から急襲するという独特の戦法でレグルスの素早さを存分に活かせないようにしている。

「ああなるともう、王陛下でも呼んでこない限り収まりませんよ」

いつの間にかそばに移動してきたアルヴィンが、ちょっと疲れたように言う。

「ややこしい奴らだな・・・。なんか因縁でもあるのか?」

柱の影に隠れたまま俺が聞く。

「因縁と言いますか・・・グルガのさが的な・・・。強敵に会えばとりあえず潰すっていうのがグルガの基本的な性質ですからね。勝負に負けたほうも勝ったほうもそれぞれ得るものがあり、負けたほうは勝ったほうを倒すためにまた強くなり、勝ったほうはさらに高みを目指すという風に次につながるものがあるそうなんですが、そういう意味では決着のついていない現在の状態は我慢がならないんでしょうね、お互いに。」

「ずっと前からこうなのか?」

「ええ。ずっと前からこうです。」

そこでアルヴィンとの会話が途切れ、少しの沈黙の後俺たちは同時にため息をついた。

アルヴィンは心底疲れたように、俺は呆れ半分に。

「なんかアホらしいからこのまま放置の方向で?」

何かの感情を確かに共有した俺たちは、この問題に関しては精神的に一致団結することが先ほどのため息で無言同意されていたので聞いてみると、アルヴィンは俺のその提案にかなり魅力を感じたらしいが、識者らしい分別ある表情で諦めたように首を横に振った。

「放置したいのは山々なんですが、そうするとこの渡り廊下のあたりを封鎖しなければならなくなって渋滞が起こったり、無理やり横断しようとした人が巻き込まれて怪我をしたりするんですよ・・・。しかも、騒動が終わるころにはこのあたりは修繕作業が必須な状態になってしまいますから、この忙しい時にそういう余計な作業を端折るためにも、できるなら今止めておかないと・・・」

アルヴィンが本気で苦労人に見えたので、さっきこの問題に全面的協力を誓った俺がひと肌脱ぐことにした。

「分かった。じゃ俺がなんとかするよ。今回はそこそこ役に立てそうな自信があるし。・・・こっちにきて初めて自信持ってする事がしょうもない大きい子供の喧嘩の仲裁かよ・・・。なんか情けねー・・・」

俺の言葉に、アルヴィンは急に心配そうな顔になる。

まぁいくら超人的なスピードを持つ俺でも、あんな戦神みたいなのの間に割って入るとなれば心配されてしまうのだろう。

実際問題サシでどちらか一人と対峙したとしても、逃げ切る自信はあっても勝つ自信なんて皆無だし。

「仲裁って・・・止められるんですか?アレを!?・・・怪我しないでくださいね?あと、無理もしないでくださいね?」

俺は心配するアルヴィンに任せとけという風に、いまだ握ったままだったぽちを軽く掲げてみせ、この役に立たない動物を役立てる事ができる唯一の方法で使うことにした。


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