表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

15.嵐の前の小休止

「悪かった。俺が考えなしだったせいで・・・悪かったな。」

「はぁ!?」

 別方向の覚悟を固めかけていた俺を不意に襲った言葉に思わず問いを返すと、ダリルは決まりが悪そうに視線をはずし、またカップを弄びながら繰り返した。

「だから、俺が悪かった。自分の事しか考えられなかった。考える余裕がなかった。本当に・・・悪かったと思う。」

「・・・・・何が?」

心底分からなかったのでさらに問い返すと、相手の居心地をさらに悪くしたらしく、彼は両手でカップを包んでぐるんぐるんと揺らし、それに視線を据えて次の言葉をしばらく探して沈黙した。

その間もカップはウロウロと安定からはかけ離れた状態で、いつか近い未来に絶対中味を外へ撒き散らすというかなり正確な予知ができた。

「いや、だからな。あの、お前が来た時」

「うん。俺が来た時?」

分かっててやってるならそろそろ止めてくれとでも言いたげに、ダリルが辛そうで困った顔を俺に向け、また視線を落とす。

え?なんか俺が言葉で苛めてるみたいな感じになってるのか、コレ?

「・・・あ!もしかしてアレか?俺バッシング大会の一番槍の事?」

思い出したので言ってみると、どうやらビンゴだったらしく、ダリルは何度か言葉を音にしかけては結局何も言わずに口を閉ざすという作業を繰り返し、それから一度首肯した。

やっぱりなんかコレ言葉で苛めてるみたいになってるよな・・・。

「あー、あんなこと。まだ気にしてたの。ふーん。生真面目っつーか融通きかないっつーか・・・。いいんだよ別に。当然の反応だろ。石鹸水にリトマス紙つっこんで青くなるのと同じくらいセイジョーな反応だと思うよ、俺は。」

俺の言葉にダリルが何か言いかけたが、それを遮って続ける。

「いや、だからさ、あの時も言ったけど、アルヴィンが勝手に俺を呼んだって事は明白な事実なんだから、別に誰の手助けもいらねーって思ってた王臣が反発するのはごく自然な成り行き。俺だってここの事なんか知ったこっちゃねーっていうのが最初の時は本音だったし、正直めんどくさいことに巻き込みやがってとか、わけ分からんことに俺を引きずり込むなとか、思ってたし。今も思ってるよ。死にそうになった時とか。

でもなぁ・・・俺よりもちっちゃい子供が・・・いくら王様でもさ、あんな風に頑張ってるの見ると、自分の世界に尻尾巻いて帰るのがちょっと情けなくなって・・・。これで王様がオッサンだとか、意気軒昂な若いのならもう音速で帰ってたよ。もともと俺ここの人間じゃないし、ここがどうなろうと自分の命の方が大事だし、そもそも夏休みだぜ!?

これを逃していつ遊ぶよ!?高2の夏休みったらお前、デカイ戦い背後に控えた最後の聖域なんだからな。あ、いや、まだ修学旅行とかあるけどさ・・・。

とにかく、俺が言いたいのは、あんたが怒るのは当然で、俺だって帰ろうと思ってたけどたまたま帰れなくなっただけだって事。だから一々口に出して謝る必要なんてないの。」

俺としてはもう空気で仲直りしただろ?と伝えたつもりだったが、ダリルはそうは受け取らなかったようだ。

「お前が必要性を感じなくても、俺はこのやり方しか知らない。きちんと謝罪して、それを受け入れてもらえなければ本当の謝罪とはいえないだろう」

「固っ!!堅いなホント。硬いよ。なにそれ。謝って許してもらわないとダメって?ふーん。でもさ、いくら言葉で謝ってもらっても俺、許す気ないから。」

俺の正面に座るダリルが、胸に鉛玉でもぶち込まれたような表情になる。

「・・・って言われたらどうするの、相手に。ごめんなさいが通じない場合は?」

ちょっとした空白を置いて、顔から力を抜いて聞いてやると、ダリルはしばらく意味が理解できなかったらしく、今の言葉のつながりを吟味しているようだった。

「しょうもないことで一々謝って、互いに気まずくなりたくないってので、和を尊び争いを好まない日本人から一言。細かいことは空気で分かり合うの。俺の態度見てればもうそんな昔の事なんとも思ってないのわかるだろ?ならあえて謝らなくてよし。俺だって、計算ずくで結構酷いことしといて、ケロっとしてるだろ?おあいこってことだよ。やられた分やりかえしたからそれで終了。な?単純明快。時として言葉は無粋。以心伝心、暗黙の了解。そういう事。・・・よし、じゃあ帰るか。そろそろ俺も部屋で大人しくしてるよ。十分堪能したし、今日の分の宿題ノルマが残ってるし。」

言葉を使ってはっきりと己の非を認め、相手に謝罪するのは潔くていいことだ。

だが、どちらかが一方的に悪いなんてケースは稀。

自分の事しか考えてないから喧嘩になる。で、相手の事を考えて、自分が悪かったと反省して、仲直りしたいと思う。

謝罪というのは要はその気持ちを互いに確認しあう作業だ。

どちらも悪い以上、どちらか一方がもう一方の謝罪を受けて、許すなんてのは間違ってる。

言葉にしない俺の文化は線引きが曖昧で、ハッキリしないのはダメだと思う。

でも、ハッキリしないからこそ、互いに分かり合えるものもあると思う。

どちらも一長一短があるのだから、使い分けるのが最善だ。

俺は空気に区切りをつけるように勢いよく立ち上がり、テーブルの端に遠慮がちに乗っていた伝票と思しき紙切れを手に取った。

結局手をつけず仕舞いのカップをテーブルに戻したダリルが俺を見上げてきて、俺はちょっと笑みを見せて彼に手を差し出した。

仲直りの握手。

ダリルは単純明快なその意思表示に裏があることなど露ほども疑わなかったらしく、やはり少し疲れたように笑みを返してきて、そして俺の手を取った。

一度振って、互いに手を離す。

その時にそっと、小さく折って隠しておいた伝票を彼の掌に残す。

それに気づいたダリルの苦笑いに、もう気後れや遠慮は一切含まれてはいなかった。




「あの、ダイチさん?ちょっとお伺いしても宜しいですか?」

目の前にはアルヴィンの、頭痛をこらえつつの精一杯の笑み。

「なにが?なにを?」

対する俺はいつも通り。

アルヴィンの部屋で、彼に入れてもらったお茶をご馳走になっている。

「ですからね、どれだけ豪遊したらお祭りで50000リュートも消費できるんですか?」

アルヴィンの言葉に被せるように、俺の隣で同じくお茶をご馳走になっていたダリルが勢いよく口に含んだお茶を噴き出す。

そして、一連の動作として激しく咳き込む。

「ご、ご、ごまん!?50000リュートと言ったか!?」

激しい咳から解放されて、彼の最初の言葉は悲鳴に近かった。

「・・・ええ。確かに50000リュート使ったから、経費で落としてダリルさんにお支払いするようにおっしゃいましたよ、ダイチさんは。あなたが砂糖壷を探してらっしゃる間に、この耳で聞きました。もっとも、私もあなたと同じく信じられない額ですけど。」

アルヴィンが何に使ったんだと言いたげな眼差しで、俺ではなくてダリルを見る。

「ち、違う!それはこいつが勝手に・・・!俺じゃない!・・・いや、確かに今少し経済的には芳しくないが、だがだからと言って国庫から赤字補填するほど堕ちてはいない!!」

「ええ・・・それは私もあなたを信じますが・・・」

アルヴィンの視線がダリルを離れて俺に戻ってきて、同時にダリルが横から首でも絞めそうな勢いで迫ってくる。

「お、お前は!!記憶力が脆弱なのか!?それとも確信犯か!!?また俺が何かしたとでも言うのか!!?」

「ちょっと待った。落ち着こう。な?・・・50000で通してりゃ、25000ずつ山分けにできたのに、ホントに頭堅いなぁ・・・。」

迫ってきたダリルを押し戻しつつ言うと、彼はまた何か言いかけ、結局は言葉にできずに開いた口を閉じるという動作を繰り返した。

気持ちが言葉にならないらしい。

「・・・ちなみにダリルさんに5000リュート奢ってもらったなら、25000ずつじゃ山分けとは言いませんよね。で、5000リュートなんですね。それならどうにかできると思いますけど・・・」

一人冷静なアルヴィンが言って、懐から財布と思しき袋を取り出し、幾許か取り出してテーブルの上に置く。

どうやら俺の使った5000リュートらしい。

それをダリルの方へ押しやったが、彼は頭を抱えてうずくまったままそれを見ようともしない。

「・・・。じゃあアルヴィン、お前が城の会計課に50000リュート請求して、俺が15000、お前が15000、でダリルに20000で山分けってどうだ?お前さえ黙っててくれれば、全員大儲けって寸法だが。」

「ダリルさん、あなたは勿論簒奪に立候補するんですよね?」

俺の提案を気持ちよく無視して、アルヴィンが平然とダリルに話しかける。

ダリルもうなだれていた顔を上げてアルヴィンを見ると、やや力なく頷いた。

「ああ。そのつもりだ。多分・・・主力部隊には入れないだろうが。」

突然部屋の空気が変わり、先ほどまでの祭りの延長の浮かれたものから本来この時期にあって然るべきものになる。

「主力部隊に入れないって・・・お前が?いけるんじゃないの?」

務めて軽い口調で思ったままを口にした俺だが、俺のほうを向いたダリルの表情は先ほどまでの金欠学生のようなそれから、不意に眼光鋭い軍人のそれになる。

「無理だな。自分の席次くらいわきまえている。」

「や、でもさ、使者の奪還にも参加してたし、強いんだろ?」

俺の問いに、アルヴィンとダリルが互いの顔を見合わせる。

そして、ダリルの代わりに口を開いたのはアルヴィンだった。

「そういえばまだきちんと説明していなかったので、この機会に説明しておきますね。まず、簒奪に挑戦できる人数なんですが、一国につき何人と明確に決まっているわけではありません。つまり、理論的には何人でも参加することができるわけです。ただ、それはあまり現実的ではないというだけで・・・。」

アルヴィンが説明を始めて、俺は自分が本当に簒奪については最低限しか知らなかったことに思い当たった。

百年に一回やってくるイベントで、その王者が世界の覇権を手にする…と言うか、最高裁判官的な地位を手に入れるということが、俺の知っている全てと言ってもいい。

「簒奪には経費がかかりますし、あまり大勢の兵力をまわすと国の守りが手薄になります。そういう様々な要因を加味して、大体3~5人を一つの部隊として、その部隊を少なくて2つ、多いとその国の国力に見合った分だけ派遣するという形がとられています。

でもあくまで第一部隊に主戦力を固めて、第二部隊以降は第一部隊が全滅したときのため、いわゆる保険的な役割や第一部隊のメンバーに欠員が出た時の補充用という感じですね。そしてその延長ですが、必ずしも王が参加する必要もありません。できれば参加しておいたほうがいいにはいいと思いますが、やはり“王”ですからね。」

「ふうん。じゃあ・・・でも第一部隊っつったらレグルスとアルヴィンと、あと誰だ?ダリルより強い奴って・・・」

俺が聞くと、アルヴィンとダリルはまた言葉を交わすように視線を交わした。

「俺より強い者などいくらでも居る。お前の目にどう映ったかは知らないが、俺などまだまだ若輩だ。」

彼の言葉には、若干の苦さが混じっていた。

どうしようもない現実の前の己の無力さが悔しくてたまらないような。

「第一部隊のメンバーは、兵士や家臣団と王の投票で決まります。候補が多い場合はもう一度投票するか、直接試合って実力順に取っていく形になりますね。今回だとカッツェさんは確実ですね。それから補佐役という事で次席が私でしょう。カッツェさんの特性を生かすために、大人数での移動は避けたいですから、多くても残り二人。それ以上多いとカッツェさんの機動力を殺してしまいかねません。」

アルヴィンが、まるで人事のような冷静な、冷徹とも言える策士の表情で淡々と言葉を吐き出す。

「でもあと二人の枠があるならさ、行けんじゃねェの?ダメなの?」

同じ質問を繰り返すと、ダリルは言葉にする労を惜しむように首を横に振った。

「シンラ殿や・・・それにお前が居る。」

「ぁあ!?俺っ!!?お、おかしいおかしい!シンラって奴のことは知らないけど、俺がそこに入るのはちょっと・・・あ、あれ?俺って簒奪に参加するために来たっけ?なんかそのへんの設定が曖昧だってことにして、とりあえず俺の枠をナシにするって方向で・・・あれ?ホントに俺一大決心で来たんだよな?苦っ!苦いなぁ青春って!」

とっさに言い募ったのは別にダリルに同情したからとか、そういう事ではない。

俺の耳はさっき確かに、アルヴィンがこう言ったのを聞いていた。

―――第一部隊が全滅した時の保険。欠員が出た時の補充。

――――全滅。

―――――欠員。

危ない響きだ。

非常に。

とっさに自分の身を案じて、自分を庇う発言をするのも、至極当然の成り行きというヤツだ。

「そ、それにさ、さっきアルヴィンが言ったみたいに投票で選ぶなら、俺に票なんか集まるわけないだろ?ほら、使者奪還戦の時だって、俺が有権者に見せた勇姿って言ったら気持ちよく突っ走って逃げてきたとこだけだぜ?絶対無理だって!もっと凄いヤツいるんだろ?だから大丈夫!魔導器だって棒だし!俺はお留守番向きだって!」

我ながら言い訳じみているなと思いつつも、わが身可愛さにさらに保身。

と言うか、人類が発展する遥か昔のサルだった時代よりまだ前の、とにかく細胞がイキモノ的に進化したあたりから脈々と受け継がれてきた生存本能というのの成せる技なので俺は悪くない。

生存本能がないと何も始まらないのだから、俺は悪くない。

二回も言ってしまったが、とにかく悪くないのだ。

しかしアルヴィンは不利な契約条件を提示された会社のブレーンのような、それは承諾しかねるという表情で軽く左右に首を振った。

「もう遅いですよ。あなたは文官と武官に離間の計とやらを仕掛けて、しかも両者が完全に対立しあう前に巧く双方を和解に至らせているし、使者奪還戦についても、あなたの存在を周りに認めさせるために、あなたが居たからこそ解決の糸口が見つかったと大々的に宣伝してしまいましたからね。今更手遅れというヤツです。」

「し、死刑宣告!!?ちょっ・・・!待て!話し合おう!冷静に!!」

アルヴィンの、雪のように澄んだ双眸が、可哀想な子を見る目で俺を見つめている。

そして、わずかに開いた唇からはため息。

「お前は、変わった奴だな。」

割り込んできた落ち着いたトーンの声。

声の主は勿論ダリルだ。

半分泣きそうな顔で彼のほうを見ると、彼は何か、複雑な感情を込めた微笑を浮かべていた。

それは俺が今まで見た彼の笑みの中で一番優しい表情だったが、それだけではないものも感じられた。

「な、何が?って言うか、変わってないやつがいるなら見てみたいけど・・・世の中イロモノばっかだろ?」

「確かにお前の言う通り。“色物”ばかりだ。誰一人として同じ色を纏ってる奴はいない。でも、お前は特にそうだと言っている。」

ダリルの声は相変わらず落ち着いていて、俺はふとここでは自分だけが“黒”の所有者であることに思い至った。

確かにイロモノとは言い得て妙で、こっちでは人の数だけ色があるのだ。

同じ色でも濃淡があったり、組み合わせがあったり、一人ひとりが自分だけの色を持っているといっても過言ではない。

色が個人の性質を現しているのだから、それは当然だ。

俺たちの世界だって、ただ色としてはっきり見えないだけで、一人として同じ人はいないのだから。

「・・・一見すると軟弱で、いつも自分の安全ばかりを考えている。危なくなれば逃げ出すし、そもそも危なくなりそうなところには極力近寄ろうとしない。」

内容とは裏腹な穏やかなダリルの声に、俺は色の思考から引き戻され、しかし腹を立てることも恥じ入ることもなかった。

ダリルが俺を馬鹿にして言っているのではないことは、彼の相変わらずな微笑と落ち着いた口調が証明している。

「だが・・・それでもお前は、退いてはいけない一線に来ると絶対に退かない。ギリギリまで妥協はするが、ある一点からは絶対に折れない。フラフラしているように見えて、その実お前の魔導器のような鋼の棒を身のうちに携えている。」

そこで言葉を止めたダリルは、唇を笑みに譲ってそれきりしゃべらない。

「・・・魂に宿した一振りの刃、か。」

いつかのアルヴィンの言葉をつぶやいた俺の声音は、自分でも意外なほど穏やかだった。

空気がシンとする。

嫌な沈黙ではない。

まるで、言葉以外の何か、たとえばニューロンとシナプスのように感覚が繋がって、互いに一つの感情を、それでいて各々がそれぞれ抱えた別の感情を共有するような、穏やかで心地よく、そして深い沈黙だ。

こんな夜をあと何度、過ごせるのだろうか。

ダリルが言ったように、退けない一線はすぐそこに来ている。

そろそろ、最後の覚悟を決める時だろう。

視線を落とした俺の掌の中で、カップに残ったお茶は冷え、わずかに体温のような温度を残しているのみだった―――



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ