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14.王都凱旋

都へ帰ると、凱旋の報告があらかじめ行っていたらしくお祭り騒ぎだった。

もちろんアルヴィンたちが戻ってきてから、全軍での凱旋だ。

ドミネーターは残念ながら取り逃がしたと言っていた。

捕まえた他の誘拐犯どもは連れて帰って城の地下牢に放り込んである。

だが、どうやら誘拐犯の誰もがどんな政治的思想も持たずに今回の使者誘拐事件を起こしたらしい。

要するに金と権力。

突き詰めればそこだ。

たったそれだけのために、彼らは国境を越えてこのセレーナにやって来て、本来公正でなければならないはずの簒奪に波乱を呼び込んだのだ。

また、一人ひとり別々に尋問して、詳しいことをしゃべれば恩赦もあるかもしれないという若干の譲歩をチラつかせたが、ほとんど何も知らなかった。

しかも出身国が一定していない。

そして出身国と現在主に居住地にしている国とが違っている者がほとんどだった。

アルヴィンに聞いたが、漂泊の民というそうだ。

あるいは、犯罪を犯して祖国にいられなくなった者。

あるいは、それ以外の理由で祖国に居場所がなくなった者。

またあるいは、好んでアウトローになり、より大きな自由と引き換えに各地を転々と流れ続ける者。

今回の使者誘拐犯たちは、そういう根無し草の集団だった。

彼らの話を総合すると、ある時――場所は場末の酒場だったり、夜道だったり人により様々だ――黒いフードを目深に被った黒マントの男・・・声で男と分かったらしい・・・に声をかけられ、ある国へ行って、羽に蒼い模様の入った有翼人を一定期間どこかに監禁して欲しいといわれたという。

監禁場所はもちろんのこと、他国への侵入経路から必要な経費や物など全てその黒フードの男が用意してくれるということで、しかも仕事が成功すれば巨万の富と望むものには地位まで用意されるという報酬までついていたそうだ。

そして、彼らのヘッドだったのがあのドミネーターだったという。

分かったことと言えば、その程度のものだ。

つまり、計画の全貌を詳しく知っており、黒幕と唯一繋がっていたと思われるドミネーターを取り逃がしてしまった時点で、もはや何の手がかりもないのと同じだった。

ただ、俺はこの使者誘拐の話を聞いた時から、ちょっと考えていたことがあった。

気がかりと言うほどではなかったが、いずれアルヴィンも気づくかなと思って放置するうちに、事件が解決してしまったという感じだ。

しかし、ちょっと気になっていたその事は、事件が解決しても未決のまま残されていた。

無事に使者が戻ってお祭りムードなのは城下だけではなく、もちろん城内も帰還以来すごい賑わいよう。

一昨日帰って来たのだが、帰った日は夜半になっておりそのままベッドで撃沈。

翌日の昨日は事後処理に忙殺された。

つまり、誘拐犯の尋問やら使者リーフの事情聴取やら。

そして夕方には宴会に突入。

なんで!?と思うが、とにかくリーフを囲んで無礼講だとかで武人の一団が陽気に騒ぎまわっていた。

文人の方はイマイチなノリだったが、彼らがデスクワークを生業としている以上、戦場から軍が戻ってからが仕事なのだから仕方ない。

俺たちも今回の立役者だとかで、夕方に一度部屋に戻って寝てやろうと廊下を歩いているところを不覚にもダリルに捕まり、そのまま朝まで宴会モード。

それはもう大変な体験だった。

飲め飲め言われるし、未成年だと主張すると、15になってればこの国じゃ問題ないと切り返される。

アルコールは身体の成長がほぼ止まる20歳以前にたくさん摂取すると成長に影響を及ぼすから嫌!と科学的に清く正しく反駁するも、理屈はいいからとにかく飲めとタチの悪い親戚か上司みたいな勢いで迫ってくる。

逃げてやろうかと思ったが、彼らが真剣に楽しそうで嬉しそうなので水をさすこともできず、それはもう盛大に困らされた。

最終的には酔っ払ったオッサンどもの目につかないように俺のグラスだけ水に変えて、飲んでるふりをしたりした。

酔っ払いの相手は心底大変だ。

途中で一回酔っ払いダリルに水すり替え作戦を見破られ、絡まれたが酔っ払っていたので論争を吹っかけて煙に巻いてやった。

酔っ払いは関心ごとが他所に移ると、最初に自分が何を考えていたのかキレイに忘れてくれる。それを使うより他に、大虎になってないヤツがその状態を維持することは難しい。

そんなこんなで昨日は宴会、その延長で今日は大寝坊。

起きると、それでも皆きちんと普段どおり起きていたらしく、顔色は最悪ながらヨロヨロと仕事をお勤めあそばされていた。

昨日一番強い酒を一番速いペースで空けていたレグルスなど、どんなアセトアルデヒト脱水素酵素を備えているのか、全く何事もなく普段どおりで不気味だった。

きっとスーパーアセトアルデヒト超脱水素酵素・改αとか、そんなのを標準装備しているのだろう。

でなければ、普通の肝臓とは別口でアルコール分解専門の肝臓があるかだ。

レグルスには強制的に一口彼のグラスから飲まされたが、一瞬魂が身体から離れてどこかへ行きかけるほど強烈なアルコール濃度で、後はもう喉が焼けてファイアドラゴン顔負けに火でも吹くかと思ったほどだ。

アルヴィンも途中で残務処理に区切りをつけて宴会に参加していたが、生っ白い外見から想像できる範囲を超えて結構飲んでいた。

この国は酒豪が多い。俺の肝臓よ、どうかあっちへ帰るまで清らかなままでいてくれ!!



宴会開けの2日目。

前日少々飲まされた酒の影響で、頭はガンガンするわ気分は悪いわでとりあえず最悪と最低が手に手をとって踊り狂っているような状態だった。

生まれてこの方初体験な気分の悪さだ。

多分これが二日酔いというやつなのだろう。

ああ、俺の健全な身体はついにアルコールの侵食を受けて陥落したか・・・

昼までは客分の特権で寝ていたが、これではまずいと思って起きだし、朝飯と昼飯を一食で済ませてトレーニングにでも出るかと中庭の方を目指していると、うまい具合に道に迷って、なぜだか正門にたどり着いた。

門衛の若い兄ちゃんが二人いて、俺に挨拶をしてきたのでこちらも返し、なんとなく二人が何か話したがっているように感じたので、わざとあくびなどしてみせ、なんか面白い事ってないか?と聞いてやった。

最初かなり微妙だった俺の立場も、使者奪還に一枚噛んだ・・・それもかなり重要で致命的な一枚だ・・・ので、今では公然と認められているようだ。

帰って来て以来一度も嫌味なんて言われたことないし、好奇の目で見られることは多々あれど、少なくとも悪い感情がこもった視線ではない。

なんと言えばいいのか・・・そう、留学生かなんかが来て、同じクラスにしばらく滞在することになった時のような、そんな感じだ。

俺に対して興味と好感を抱いてくれているのが雰囲気で分かる。

そして、二人の若い門衛にせよ、俺を見るだけで話しかけてこない他の城内の奴らにせよ、留学生のたとえで言うところの“話しかけたいけど、どうやって話しかけたらいいか分からないし、何を話していいか分からない”という気持ちでいるらしい。

だからこちらから気さくな感じで壁を作らず話しかけると、向こうは飛びついてくる。

もちろんこの場合もそうで、俺が退屈だと知るやいなや、二人の兵士は最初は遠慮がちに、だが次第に親しみを込めて街で祭りをやっている事を教えてくれた。

一応使者誘拐は部外秘だったし、公然とした発表はなされていないが、軍が出て行って使者を連れて帰ってきたら何があったかなんとなく分かるというものだ。

通常、使者は出迎えを受けいれないのだから。

祭りについて結構詳しく教えてくれたこの門衛、俺よりも一つと二つ年上の兄弟なのだという。

なんにせよ、祭りの話など聞いてしまってはいくら体調最悪でも行かねばなるまい。

現に街の方からはいつも以上に賑やかで華やかな雰囲気が漂ってきている。

仕事がある門衛の二人には悪いが、俺は行く気満々で一度部屋に戻る旨を告げ、二人に礼を言ってきた道を戻った。

はずだが迷った。

お城なんて嫌いだ。


メイドさんに案内してもらってどうにか部屋に戻り、再び外出の準備をしかけてふと、昨日アルヴィンに言おうと思って忘れていたことを思い出した。

状況が状況なだけに、後回しにできない問題だ。

そう、それは俺がずっと気になっていたことなのだ。

思い出してしまったので、記憶の彼方にしまい直すわけにもいかず、外出準備は一旦中止でアルヴィン探索。

祭りが終わってたら呪ってやる。

居る可能性は限りなく低いと知りつつ、俺は唯一迷わずに行けるすぐ近くのアルヴィンの部屋を訪ねた。

ノックをすると、意外にも中から返事が帰ってくる。

ドアを開けると、アルヴィンはちょうど何かの本を棚から取り出しているところだった。

「どうなさいました?まだ仕事が結構あるので、城下の案内はできかねますけど・・・」

俺が何か言うより早く、彼は祭りの案内をさらりと断ってくる。

「いや、別に案内とかしてもらおうなんて思わないから。行くにしても勝手に行くし、帰ってこられなかったら俺の事は忘れて。・・・じゃなくて。」

「簒奪の本番はこれからですよ?道に迷って帰ってらっしゃらなかったら、城中総出でお探ししますから。」

アルヴィンからピントのズレた返事が返って来て、俺は苦笑した。

「いや、ちょっとした疑問なんだけどな。もう手は打ったか?他の国の事…」

やっと本題を切り出すと、アルヴィンは本棚をいじる手を止めて俺のほうを見た。

「ええ。それはもう済ませました。使者を奪還しに行く前に。」

最後まで説明せずとも、やはりアルヴィンは理解しており、どころか対策を施すのもすでに終わっているようだ。

「そっか。ならいいんだけど。それがちょっと気になっただけだから。って蛇足だったな。やっぱり大賢者殿は違うねぇ」

茶化すように言うと、アルヴィンは苦笑した。

「この問題を解く鍵を与えてくださったあなたにそう言っていただければ、大賢者という称号も返上せずに済みそうですね。・・・まぁ、少し考えれば容易に想像がつくことなんでしょうけどね。」

俺たちが何を話しているのかと言えば、アルヴィンの言ったとおり、少し考えれば容易に想像できることだった。

つまり、使者誘拐が起きたのはこの国だけではあるはずがない、という事。

この国の使者だけを誘拐したところで、他の国の使者が健在であればあまり意味はない。

ただの嫌がらせとしてはかなりの意味を持つが、どうせリスクを背負うなら嫌がらせよりも実利がなければならない。

自分の国以外の全部の使者を同じように誘拐してしまえば、それが一番いいというものだ。

対抗者がゼロの状態で簒奪を始められるのだから。

「使者奪還に出発する前に、ドグラシオル以外の各国に、あなたの推論を密書として送っておきました。信じる信じないは向こうの勝手ですけど、藁にもすがりたいような状況でしょうから、まず間違いなく私たちと同じ方法で使者誘拐犯を探し当てたことでしょう。とりあえずウェルストからは感謝に溢れた返書が来ていましたよ。で、ドグラシオルには明日同様の内容の公文書を送るつもりです。」

「ふーん・・・。一番最後に時間を空けて、か。お前がやったんだろ?知ってんだぞ?って言ってるのと同じだな。」

「まぁそうですけど・・・送らなければ送らなかったでまた色々問題がありますからね。」

「現時点ではドグラシオルが使者誘拐犯だという確固たる証拠はないもんな。それなのに他の国には入電して、ドグラだけに知らせをやらなければ、後で被害者面されたときに手に負えない。」

同意するように、アルヴィンが一度顎を引く。

それからまた本棚から一冊本を取り出して、それをテーブルに運ぶと、そばのソファに腰掛けた。

視線で正面の椅子を勧められたが、疑問が解決した今、祭りが俺を呼んでいる。

「いや、俺の用事はそれだけだから、気兼ねなく仕事に戻ってくれ。じゃ。知っての通り、これからちょっと急ぎで出かけなきゃならないからな。」

言うだけ言って、何か言いかけたアルヴィンを遮り、俺はさっさと室外に出た。部屋に入って最初のアルヴィンのセリフから考えるに、彼は俺が祭りに行くことなどお見通しだ。

なら何も遠慮などいらない。

夏休みを満喫すればいいということだ。

廊下に出て、一旦部屋に戻る。

目にコンタクトを入れて、カツラの用意も怠らない。

鏡でこちらの世界にそぐわない部分がないかどうかチェックしてから、再び部屋を出る。

出口を探してウロウロしていると、なぜか王の執務室の前を通りかかった。

自分が現在城のどのへんに居るのかすら分からない。

王も忙しいだろうと思ってあえて素通りしようとしたら、中から扉が開いて女騎士が顔を出した。

そして彼女、リズリアは俺を見つけるとちょうど良かったと笑みをこぼした。

「お時間があるなら、少し寄って行かれませんか。」

一目で変装が見破られたのは残念だが、彼女のあでやかな笑みにつられ、俺は促されるままに王の執務室へと足を踏み入れた。

相変わらず派手なところがなく、落ち着いた雰囲気の執務室は、しかし少しばかりいつもと趣が違っていた。

床にあまり大きくない絨毯が一枚敷かれ、その上に小さくてカラフルな紙片が沢山散らばっているのだ。

そして、真剣な表情でその紙片とにらめっこする子供が一人。

王は手にしたパズルのピースを手に、困った顔を俺に向けた。

「ダイチ!お前が持ってきてくれた、この“ぱずる”というのは少し難しい!」

王の表情がかわいらしかったので思わず苦笑し、それから国家権力のカタマリの前でカツラとは言えかぶりものは失礼だろうと思ってカツラを取ってから、彼がぺたんと座った絨毯の端にお邪魔した。

見ると、絨毯の上のパズルのピースはかなりの量。

どうやらいきなり最難関の1000ピース級に挑戦しているらしい。

「あー、そりゃマズイな。とりあえず、それの事は忘れたほうがいい。」

近くに箱があったので、その中にピースを漏らさず片付けながら言うと、王は眉間に皺を寄せた。

「だめか?私は早く、ダイチの言っていたイルカという動物を見てみたいんだ!」

その子供らしい答えように、再び苦笑を誘われる。

向こうの世界から王のために何か持ってこようと思い、あれこれ悩んだ挙句、結局はパズルにしたのだ。

これならアナログなので文明にも影響しないだろうし、何より自分で作る楽しみと、完成したとき予想外の図柄が出来上がるので、それを見る楽しみもある。

俺にとっては当たり前というか、普通に理解できるパズルの絵柄も、こちらにないものが沢山描かれているので、作り甲斐があるというものだ。

もちろんパズルを見るのも触るのも始めての王のために、種類は豊富に取り揃えてきた。

子供用の10ピースほどの単純なヤツから、だんだんとレベルが上がっていく方式だ。

箱に完成図が印刷されているのが普通なので、最もレベルが高い1000ピース級のパズルの箱には、あらかじめ紙を当てて完成図が見えないようにもしておいた。

10ピースほどの単純極まりないヤツは、俺と一緒にやり方を説明しながら最初に完成させている。

犬の写真のパズルだった。

それは今、大事にガラスのケース(!!)に入れて保管されている。

次は50ほどのピースのパズルを用意していたのだが、なぜかいきなり1000ピースに挑戦しているようだった。

「物には順序ってのがあるだろ?確かに、この1000ピースのパズルはイルカとか魚とか、かなりきれいな絵が完成するヤツだけどさ、まずはこっちの50からだ。こっちのは自動車だぞ?」

1000ピースの箱を片付け、変わりに小ぶりな50ピースほどのパズルの箱を取り出す。

その中味を絨毯の上にあけても、王はまだ未練深げに1000ピースの箱を見つめていた。

どうやら、俺がイルカの話などしたのが悪かったらしい。

海に生きる哺乳動物だ〜なんて無駄なウンチクを披露したせいで、王はイルカが気になって仕方がなくなってしまったのだろう。

もしかしたら、人魚とかそんな風な生き物を想像しているのかもしれない。

「こっちの自動車ってのはな、馬がいなくても動く不思議な馬車の事だ。金属でできてて、ものすごーく速く走れるんだ。俺の国ではほとんどの人がこれを持ってて、遠くへ行く時に使ってる。」

自動車の説明をしてやると、最初は1000ピースのパズルの箱から外れなかった王の視線が、俺の持つ50の空箱へと戻ってくる。

そして50の紙片を丁寧に絨毯の上に広げ始めた。

「まずは四つの角っこのピースを探したら、あとが楽だぞ。外堀から埋めて行くんだ。」

俺のアドバイスに従って、王の小さな手が角のついたピースを選り出し始めた。

それを確認すると、俺はちょっと気になったことをそっと傍らの女騎士に聞いた。

「仕事ってさ、ちゃんとやってるか?」

王に聞こえないような小声だが、リズリアの耳にはしっかりと届き、彼女は苦笑と共に頷いた。

そして、同じく小さな声で返してくる。

「朝からずっと働きづめで、いつもよりも速く沢山こなしていらっしゃいました。終わってもこの有様ですから・・・いつお休みになられるのか・・・」

「・・・まずったかな、俺。なんか余計なもん持ってきちゃったみたいで・・・」

「いえ、ダイチさんには感謝してます。王がこんなに年齢相応に見えたのは初めてですから」

そう言ってリズリアは優しい笑みを浮かべ、パズルに熱中する王を見つめた。

流石に王という身分では、祭りなどに気軽に出かけることすらままならないのだろう。

しかし現実問題祭りの空気は城内にも漂っており、だからあえて王はこうやって一人で異界の産物とにらめっこして、自分が参加できない祭りの空気を締め出しているのかもしれない。

単なる俺の憶測なので、必ずしも正解とは言えないが。

純粋にパズルを気に入ってくれているというのは確信できるが、それでもやはり、賑やかな城下を訪れたいと思わないわけがない。

それを口にしないのは、わがままを言って家臣を困らせない王としての配慮だろうか。

俺は外出する気丸出しの格好で来たことを心底悔やんだ。

祭りに遊びに行くのが一目瞭然だ。

王はこうして執務室にこもったままなのに、俺はフラフラ遊び歩きに行くのだ。

何か少し・・・いや、かなり申し訳ない。

帰ってきたら、またここに来て小さな王様に俺の世界の話を沢山してやろう。俺にできることで、彼が喜びそうなことはその程度のものだ。

なんなら、花火でも一緒にしようか。

うん、そうしよう。

ふとしたその思いつきに、俺は一人笑って頷いた。

リズリアが不思議そうな顔で見てきたので、彼女にも意味深に笑みを見せておいた。

「お引止めして申し訳ありません。城下へ行かれるのでしょう?」

俺の笑みを計りかねたリズリアが、どこか気後れしたように小声で囁きかける。

「うん。外へ出ようと思ったら、道に迷ってなぜかここへ・・・。帰ったらまた来るよ。王の仕事は終わってるんだろ?」

「ええ。今日の分と明日の半分はもう終わっています。儀式が始まるのは使者の清めが終わってからですから、まだ少し間がありますし。でも、2〜3日中には執り行われる予定です。」

それからリズリアは丁寧に正面玄関までの道を教えてくれ、王の意識を攫わないように注意しながらそっと執務室の外まで見送りに来てくれた。

何か土産を買ってくることを約束し、俺は執務室を後にした。

リズリアに丁寧に道順を教えてもらったので、今度はどうにかこうにか少し迷っただけで無事に出口へたどり着いた。

歩いて前庭を進み、正面の門までたどり着くと、相変わらず不動の姿勢で二人の門番が門の出入りを見張っていた。

普通に出て行こうとした俺だが、二人の門番がそれを許してはくれなかった。

呼び止められた俺が振り返ると、何とはなしに不審を含んだ二組の双眸が俺を見据えていたので、俺はわずかに笑って帽子を上げて挨拶するようにカツラをひょいと上げてみせた。

途端に二人の表情が和らいだものになり、打って変わって「お気をつけて」と見送りの言葉までかけてもらった。

どうやらこの二人は相当優秀な門番のようだ。

普通、門番の仕事と言えば外部から不審者が城内に侵入しないように見張ることだ。

それはもちろんのこと、この二人はさらに、自分たちが入城をチェックしていない不審な人物が城を出ようとするのを止めたのだ。

不審な人物とは変装した俺。

最初から城内に居たわけだし、城門を出る時は変装しているからぱっと見で俺と見分けるのは難しい。

適切に不審者だと判断して声をかけてきたのだから、彼らの優秀さが知れるというもの。

顔かたちは変わらずとも、やはり色の印象は強いのだ。

帰ったらこのことも王に報告しといてやろう。

ちょっとくらいボーナスとか有給休暇とかつけてやってくれるだろう。

門番の二人に見送られ、俺は気分よく街へ続く道を降りていった。

何か不思議な模様が入った赤や青の旗のようなものが、各家の窓から外へ垂れ下がっている。

俺の世界で言うところの万国旗や提灯のような、祭りの飾りなのだろう。

街の辻や広場からは陽気な音楽が聞こえ、石畳を進む俺の足も自然速くなる。

行き交う人々も皆楽しげで、手に手に色々なものを持って互いに談笑しながら祭りを楽しんでいた。

音楽を頼りに住宅地を進んでいくと、突然開けた場所に出た。

これまで通ってきた小さな広場とは比べ物にならない、相当大きな広場だ。

しかしその必要十分に大きいと思われる広場も、今は人々が溢れてウキウキとした空気に満ち、広いとは感じられなかった。

広場は円形になっており、中央にこれまた巨大な噴水がある。

噴水の中央には大理石か何かでできた像が立っていた。

獅子を従えた精悍な顔つきの王様か何かの像と、王に沿うように控えめに立つ乙女の像だ。

よく見ると、女性の方の像には翼がある。

そして、その翼にはリーフの翼の紋様と同じ模様が入っていた。

遠目では簡単なことしか分からないので、俺は苦心して浮かれ騒ぐ人々を掻き分けて、かなり時間をかけて広場中央の噴水の傍へとたどり着いた。

広場自体が巨大なので、横断するのに時間がかかる上、本日は大勢がスシ詰め・・・とまではいかなくとも、一人当たりが占められる容積がかなり低い状態で存在している。

その間を縫って進むのだから、その苦労推して知るべし。

とにかくどうにか噴水へとたどり着いたので、周りの繁華な雰囲気から切り離されたように静かにたたずむその石像を見ていると、どうやらかなり出来上がってしまったらしいオジサンが声をかけてきた。

右手にお酒の入ったジョッキ、左手は俺の肩をやたらとバシバシ叩くという、どこからどう見ても酔っ払いスタイルの赤ら顔のオジサンだ。

「そりゃあ前のファリアの像よォ、青年」

ジョッキから一口やりながら、完全におのぼりさんに地元自慢する口調でオジサンが説明を開始する。

特に頼んでいなかったが、酔っ払いには逆らうなという鉄則は今や俺の中に刻み込まれていたので、愛想笑いで誤魔化した。

すると、次から次へとじゃんじゃん情報があふれ出す。

酔っ払いというのは口が軽くなり、つるんつるん滑るものらしい。・・・個人差はもちろんあるだろうが。

おじさんの長くて要領を得ない話を要約すると、石像の男性はセレーナから立った前のファリアで、レンツ王と言うらしい。

そしてもう一人の女性のほうはやはりその時の使者で、ラースびとのアルテア・リアノ・ラースというそうだ。

像を見つめていると、おじさんの興味はいつの間にか他所に移ったようで、次に意識を戻した時には見当たらなかったが、そんなことはどうでもいい。

前のファリアは、静謐な石の横顔でもうどれくらいここに立って人々の暮らしを見守ってきたのだろう。

簒奪が100年に一度のイベントなのだとしたら、ほとんど王が変わるたびにやってくることになる。

もちろん、あのなんとかいう寿命の長い種族の王がファリアになればそんなこともないのだろうが、単純に数学的解釈をすればそれも6回に1回の話だ。

ここにレンツ王の石像が立ってから、一体どれくらいの歳月が流れたのだろう。

石像は定期的に町の人の手によってキレイにされているようで、古いものだというくらいしか俺には分からなかった。

静かなかつての王の横顔を見ていると、祭りの浮ついた空気から切り離され、静謐が心を満たしていく。

同時に、サンダツヘの思いも、より現実味を帯びてくる。

俺たちの仕事は、ここにあの小さな王の石像を立てることなのだ。


しばらくの間、かつての王と使者の横で、彼らの見ている風景を一緒に眺めていたが、やはり祭りは参加してナンボだ。

見ているだけではつまらないということで、かつての世界の王と使者に目礼し、俺は再び人ごみに挑んだ。

屋台と言うか出店と言うか、一階部分が店舗になっている建物の店舗部分が祭り仕様にされており、俺にとっては珍しいものが沢山並べられている。

そんな店先を見学しながら歩いていると、なにか独特なお菓子を売っている店舗を発見。

城であれこれご馳走になっているので、見た事があるものも結構あったが、下町の子供たちがオヤツにするようなお菓子ははじめて見たので全会一致で買い食い決定。

財布をポケットから出して、店のおばちゃんに声をかける直前、俺は決定的な事実に思い当たった。

確かに、財布の中には幾許かの現金が入っている。

恒常的にあまり裕福とは言えない俺の財布にしては、まずまずふくよかな状態だ。

だが。

非常に残念なことに、俺の世界では頼もしくも嬉しいそのふくよかさも、ここではまるで意味がない。

そう、財布の中身は確かにあるが、俺の世界の通貨だった。

よく考えれば、こちらの世界の通貨など一銭も持っていない。

誰一人俺にそんなもんはくれなかった。

無銭で祭り見物なんて、生殺しもいいところだ。

これは早急になんとかしなければ。

俺は心中で目の前の珍しい品々に再会を固く約して、大急ぎで来た道を戻りかかった。

人ごみから脱出を図っていると、ふと大きな財布が目の前を横切っていくのに気がついた。

「おい!!ちょっと待ってくれ!」

人に埋もれつつ制止の声をかけると、大きな財布・・・ダリルは足を止めて人ごみの中に俺を探した。

だが幻聴だと思ったらしく、また歩き始める。

逃がしてたまるか!

「ちょっと待ってって!!ここだから!ここにいるから!!今そっち行くから、そこでストップ!」

もう一度声を張り上げると、今度もダリルは止まって、やはり俺を探してあたりを見回した。

その隙に、どうにか人の壁を抜けて彼の傍までたどり着く。

途中で俺に気づいた彼は、必死になって人を掻き分けて進む俺を見て、やはり呆れたような何か言いたそうな顔をしていた。

大方この大変な時にこんなところで暢気に遊んでる場合かとでも思っているだろうが、俺にとっては暢気に遊んでいる場合なので無視。

「よし!お兄さん!珍しい異世界のお金だよ!ほら!真ん中に穴があいてるんだよ!こんなの他所ではなかなかないよー!今ならこの珍しい異世界のお金を、お兄さんの財布の半分と交換してあげよう!・・・おっと!!他の人にはくれぐれも内密に!お兄さんだけ特別だからねー!」

財布から5円玉を取り出しながら言うと、ダリルの表情に占める呆れの割合が一段と高くなる。

「むむ!こんなコイン一枚に財布の中身の半分は暴利だと思ってるね?じゃあ一ついい事を教えてあげようか。異世界からの頼もしい助っ人が帰った後、城の物好きな大賢者のところへ行って、こっちの世界に唯一ある異世界のコインだって言ってご覧。きっと5倍の値段がつくからね!しかもしかも!向こうの世界でも真ん中に穴の開いたコインを使っている国はほとんどないからね。これは貴重だ!もう一つオマケに言うと、このコイン、5円玉って言うんだけど、5円と御縁をひっかけて、非常に縁起のいいラッキーコインなんだよ!さぁどうする!?この5円に先行投資してあとで儲けるか、それともビジネスチャンスをみすみす逃すのか!?」

胡散臭い実演販売風の俺の熱弁は、しかしため息で返事を返されてしまった。

ちぇ。ノリの悪い奴。

「・・・お前。こんなところで遊んでいていいのか?」

ため息の次は説教だ。

しかも5円のくだりはまるで無視。

まぁ、国の一大事なのだから仕方ないっちゃ仕方ないのだろう。

でも、もう少し遊びゴコロというのは必要なのではなかろうか?

俺は手にした5円玉を財布に戻しつつ、同じようにテンションを落としてため息を返してやった。

「あーぁ、一度しかない高2の夏が、どっかの誰かの陰謀で国同士の戦争に巻き込まれちゃってただただシリアスに終わっちゃうのかー・・・。そりゃまぁ大事だけどね、国の事。俺ここの人じゃないけど頑張るって決めたし、ここ俺の国じゃないけどなんか好きだし、世界の中心になればいいなって思うし、できることはしとかなきゃとかも思うし、でもできることってあんま無いんだよなー。・・・はいはい、城帰って部屋で大人しくしてますよー。逃げないし邪魔しないし居るんだか居ないんだか分からないくらい大人しくしてますよー。異文化交流とか、こっちのこともっと知りたいとか、色んな人と仲良くなりたいとか、そしたらもっとここが好きになるのになーとか、そんなこと言ってる場合じゃないもんなー。あー、簒奪サンダツ。別にできることとかないけど、部屋帰って気配を殺すのに忙しいから帰ろ。」

投げやりに言ってダリルに背を向けて城の方へ歩き始めようとすると、狙い通り後ろから彼の声が追ってきた。

作戦成功。

「ま、待て待て!分かった!お前の機嫌を下手に損ねたら、どこからどんな攻撃がくるか分からないからな・・・。少しくらいなら付き合う。」

振り返ると、どことなく頭痛をこらえるような表情になったダリルが白旗をあげていた。

どうやら例の離間の計で文官たちから被った精神的ダメージはきっちりとトラウマとして残ったらしい。よし、これは使える。


彼の尺度で言う“少し”がどれくらいか知らないが、それから夕方までみっちりと祭り見物につき合わせ、彼にたかってあれこれ味見をして、あちこち見物もして、城の部屋で一日気配を殺して過ごすのとは比べ物にならないくらい満足な時間を過ごした。

俺の元気に正確に比例してダリルの元気が無くなっていったが、それはもう視界に入らないことにして問題ナシ。

空を見上げると、ついさっきまで中天で頑張っていたはずの太陽はいつの間にか地平に傾いている。どおりで疲れるはずだ。

流石に半日フル回転で遊んだので、城に帰る前にカフェで一休みすることにして、適当な店に入って窓際の席に陣取る。

窓からは王城が丘の上に見えて、夕日を受けて白い城壁が紅く染まり、とてもキレイだった。

さすがに夕方になったので、祭りの空気もひと段落と言った感じ。

だが、あちこち見物しつつ集めた情報では夜は夜でまた盛り上がるらしい。そのためのちょっとした休憩程度の静けさだ。

今日一日引きずりまわして、奢らせまくったダリルは、俺の正面の席で言葉も無く黄昏ている。

あまり高給取りには見えない彼に散々奢らせたのだから、黄昏たくもなるだろう。

「元気出せって!いいことあるさ!明日があるさ!て言うか本日の俺関係の出費は全部経費で落としてやるから。」

彼の奢りのお茶が入ったカップを片手に慰めの言葉をかけたが、ダリルからの反応は皆無。

自分の前のカップにも手をつけず、冷めるに任せている。

もしかしたら給料日前の一番キツイ時なのかも知れない。

俺もどちらかと言うと恒常的に金欠病を患っているので、彼の気持ちはよく分かる。

だが、先ほど言った言葉通り本日の出費は100%経費で落とすつもりなので、もう一度慰めの言葉を口にした。

「いや、ほんとに経費で落とすから。アルヴィンが何か言っても無駄。ちょちょっと丸め込んでやれば楽々取れるよ。で、俺いくら使ったっけ?」

つとめて気楽な口調で聞くと、ダリルから地獄の底のような声で返事が返ってきた。

「気休めならいい・・・領収書もないのに5000リュートもおりるわけがない」

「領収書・・・って。・・・祭りなのにケチくさいこと言うなよ。」

スケールの小さい内容に思わず言葉を返したが、ダリルの纏う諦念を含んだ暗めの空気は払拭されない。

「国庫から金が出る以上、領収書は必要だ。国民の血税だぞ・・・?そう易々と経費で落ちてたまるか・・・。」

「・・・変なとこリアルだな。異世界のくせに・・・。ってかさ、あんたが一番俺の口の巧さって言うか、悪さっていうか・・・そういう事実感してるんじゃないのか?その俺が落ちるっつってるんだから落ちるんだよ。不渡りじゃないから安心していいぜ。」

「どうせ無理だ。野良犬に噛まれたと思って諦める。」

言ってダリルはため息をつく。そして、目の前のカップを持ち上げて、興味なさそうにニ、三度揺らし、すでに冷めたお茶に口をつけずにまたテーブルに戻した。

そしてふと下向きだった視線を上げて、俺の目を見てきた。

「そういえば、きちんと言っていなかったな。」

不意の真面目な空気に、俺は内心ドキリとする。

もしかして、使者奪還戦でたいして役に立たなかったから、解雇にでもなるのだろうか?

確かに実戦経験はないし魔導器は棒だし、この先サンダツの本番で役に立てる見込みは無いに等しい。

なら城で留守番とかになるのも妥当だ。

いや、それはそれで俺としてはありがたいような・・・でもちょっと困るような・・・。

だが、ダリルが次に口にした言葉は、俺の予想の中にはないものだった。



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