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13.奪還戦の幕引き

もう少し。

あと少しで、誰より速くドミネーターに到達できる。

そう思い、脚に一層力を込めた矢先。

圧倒的な質量と熱量を備えた炎の壁が、俺の行く手を熱気で閉ざした。

あの牛怪。

即座に脊髄反射で身体が動き、横様に飛ぶ。

俺が直前までいた場所を炎の舌が舐めるように過ぎていき、地面を黒く焦がす。

吹き付けた熱気に前髪が踊り、視線は炎の魔神を探して空を彷徨う。

炎の魔神をガードに使う以上、邪魔な俺を秒殺してリーフを追いかけるというのが相手に残された最善の手段だ。

なら俺は、せいぜい邪魔を続けてやるしかない。

炎の魔神の姿は見えず、炎の壁の向こう側、あの生き物の主人の傍らにいるのだろうとしか想像できなかった。

一箇所に長く留まるのは懸命ではないという本能の警告に従って、また何メートルか移動する。

直後に俺が立っていた場所に火柱が現れ、本能があながち嘘つきではなかったことが証明された。かなり嫌な証明だが。

こうなればもう、逃げ回りつつ時々ドミネーターを狙う意志を見せるのが一番懸命だ。

幸いドミネーターから魔神へ命令が下り、魔神が命令を実行するまでのタイムラグがあるので、俺の速さをもってすれば単発で攻撃を仕掛けてくる限りは平気だろう。

合わせ技で攻められれば実戦経験の乏しい俺に勝機はないが。

自分で下した判断に従って、とにかくスピードに乗るために駆け始める。

その俺を追うように、後ろでは次々と炎が猛威をふるって地を焦がし噴き上がる。

シャレにならない。

ドラゴン革のジャケットがない今、一回でもあんなのを貰えば命はないだろう。

生きながら火葬なんて考えるのも嫌だ。

しかし相手が容赦してくれるはずもなく、炎の舌は俺を飲み込もうと前後左右あらゆる方向から俺の隙を狙ってきた。

これはもう避けるのに精一杯で、とてもではないがドミネーターに近寄ることすらできない。

なにか小ざかしい策を捻り出さない限りは。

だが、命の危険を身体全体で感じたためアドレナリン過剰分泌状態に陥った脳では、全く役にも立ってくれない。

むしろ頼りは本能のみで、脊髄反射で炎の帯を避けきり、どうにか凌いでいる状態。

逃げ回っている限り反射神経と身体能力に磨きのかかった今の俺がそうそう炎の餌食になることはなさそうだが、しかし消耗戦は避けられない。

俺かドミネーター、先に体力が尽きたほうが負けだ。

逃げるにせよ決着をつけるにせよ、何らかのきっかけは必要だった。

何度目かの炎を必死になって避けた時、その“きっかけ”は訪れた。

それも、思いもよらなかった形で。

急にドミネーターが背にした砦のほうで動きがあり、一瞬俺も奴も状況を忘れて立ち止まり、あるいは振り返ってしまった。

砦の二階、廊下部分の窓にはめ込まれた、お世辞にも高い技術によるものとは思えないが体裁だけは整っているくすんだガラスが派手に割れ、破片と共に勢いよく“きっかけ”が飛び出してきたのだ。

光を乱反射するガラス片に混じり、落ちてきた“きっかけ”は空中で器用にくるくると数回転し、四足で地面をがっちり掴むように、獣のような着地を披露してくれた。

炎のような赤い髪。

ぴんと立ったネコ科の動物の尻尾。

そして立ち上がったその手の先には太陽を反射して鋭く光る鉄の爪。

ドミネーターと俺の間に立って、こちらに背を向けていた彼――レグルスは、ゆっくりと戦場を見渡してから俺をその視野に捕らえた。

表情は変わらない。

驚いた風でもなく、笑いかけてくれるようなこともなく、淡々としたあの表情だ。

「使者はどうした」

必要最低限の、単刀直入な言葉。

運動ではなくプレッシャーで乱れた息の俺とは対照的な、涼しげな顔つきだ。

まるで、吉報を聞いても凶報を聞いても淡々とそれを受け入れそうな、そんな風情。一体何をしていたのか、別れた時と全く同じ姿だ。

あまりに普通にそこにいるので、本当に暴れて砦内の敵の気を引いてくれていたのか、若干疑問視してしまう。

「逃がした。多分――大丈夫」

乱れた息の下で、こちらは搾り出すように必要な単語だけどうにか答える。

炎の魔神から受けていた威圧感が、レグルスたった一人の存在によって打ち消されている。やっとマトモに息ができるような感覚だ。

レグルスは一度だけ身体をねじって俺の後方、ついには本格的な衝突が始まった門のほうを見た。

そしてまた、視線を当座の敵へと戻す。

ドミネーターは炎の壁を引っ込めて、苦々しい顔つきでレグルスを見ていた。

ついさっきまでは弱っちい雑魚の相手をしていたのに、なぜだか急にダンジョンの最深部にいるべきボスクラスの相手に出会った時のような顔だ。

「ダイチさん!!ご無事ですか!?」

また俺とドミネーターの視線を砦へ向けさせるように、突然現れたアルヴィンが息を切らせながら砦から走り出てきた。

そのすぐ後ろには、クレイモアを軽々と肩に担いだダリルの姿も見える。

アルヴィンとダリルはレグルスほど超人ではないらしく、あちこちに浅手を負っているのが見える。

最も、二人ともそんなものには全く頓着していないようだが。

・・・良かった。一応作戦通り暴れてくれてたんだ。

これで暢気に砦内をうろつき回ってただけだったりしたら、俺だって本気で怒らざるを得ない。こっちは慣れないことをさせられた挙句、似合わないにも程があるが命まで懸けていたのだから。

「ご無事でないです!!」

やっとの事で安堵できる顔ぶれが揃ったので、そして今やドミネーターを囲むような陣形に意図せずにではあるがなっていたので、俺にも軽口を言う余裕が戻ってきた。

冗談を真に受ける男、アルヴィンは健在で、その軽口で露骨に彼の表情が心配そうなものになる。

奇跡的にとは言え、俺の受けた傷と言えば若干の火傷くらいで済んでいる。

なので結果的に言うと俺よりもアルヴィンの方が怪我の度合いとしては重いはずだ。

「すみません、援護が遅れて!あなたの悲鳴を聞いてすぐに駆けつけようと思ったんですが、突然下等召喚生物が沢山湧いて出て、なかなか手こずらせてくれたんです・・・。それでドミネーターがいることは容易に想像がついたので、雑魚を片付けながらあなたともども砦内を探し回っていたんですが、まさかこんな事になっているなんて・・・」

心底すまなそうな顔で言うアルヴィンの横で、ダリルが肩のクレイモアを下ろして構え、「なんにせよこれで終わりだ」と低くうなるように言った。

同時に再び空気が張り詰め、戦場のそれへと戻っていく。

レグルスもすっとデヴァインをドミネーターへと向ける。

こうなれば俺のすることは一つ。

「じゃ!後は頼んだ!!」

挨拶と同時にシュタッと手を上げてレグルス、ダリル、アルヴィンの順に見回し、くるりと身体を反転。

門のほうを向いて、進撃開始。

いや、進撃と言うよりは撤退か。

走って走ってスピードに乗り、強敵のプレッシャーから解放された爽快感を身体いっぱいに味わいながら再び伸ばした棒切れを掲げ持ち、本日二度目の他所の畑の技。

俺って棒高跳びも案外イケるんじゃなかろうか・・・?とか自惚れ混じりに思ってしまうほど気持ちよく地面を蹴って、空へ舞う。

眼下に門扉の辺りに群れていた人々を眺めながら、ほんの少しの空中散歩。

門の辺りにいた誰もが、ぽかんとした間抜けな顔で俺を見上げている。

なんか気持ちいい。

軽々と閉ざされた門を飛び越えて、再びの地面への旅路では遠くにアルヴィンたちの姿も見えた。

驚きに大小はあるものの、三人のうち三人ともが俺を見て何か不思議な生き物でも見るような顔をしている。

マジで気持ちいい。

きれいに着地を決めた俺は、それではみなさんさようなら、とばかりに一度門を振り返ってリレーバトンサイズの魔導器をニ、三度振って見せ、味方が陣を敷いていると聞いていた方向へと駆け出した。

広い原っぱを猛スピードで突っ走るのも気持ちがいい。

生きている、という感じ満点だ。

俺の帰還を一番喜んでくれたのは、先に陣にたどり着いていたリーフだった。

顔面蒼白ながら砦が見える場所を動こうとしなかったらしい彼女は、原野を一直線に突っ走って来る俺の姿を一番に見つけ、他の制止を振りほどいて風を駆り迎えに来てさえくれた。

そして地面に停車跡を刻んで停まった俺の両手をがっしり持って、良かった、良かったと何度も繰り返しながらボロボロと涙を流して俺の帰還を喜んでくれた。

あのドミネーターをやっつけたんですか!?と喜び混じりの驚きで聞かれたので、いや、あからさまに無理です。と返すと彼女は不思議そうな顔をしていた。

説明を求めるような視線に笑みだけで答えて、リーフの手を取り二人で陣へ戻る。

やっと、やっと終わった。

使者の奪還作戦の幕切れだ。


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