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これも一つのハッピーエンド

作者: リック

「好きです付き合ってください!」


 相手はこの高校一のイケメンで超優秀と名高い千代田功(ちよだたくみ)くん。対して私はごく普通の一般人。強いて言うなら小さい時に両親を事故で亡くして祖父が父代わり、兄がいわゆる母代わりだったことかな。家庭は少し後ろ暗いところがあるかもしれない。

 だからこそ、将来有望な男を掴まえたい! 小さい時に苦労した分、大人になったら楽したい!


「僕と? ……ありがとう。えっと、名前は?」

「はい、水沢千歳(みずさわちとせ)です!」


 人気の少ない学校の裏庭に呼び出されていきなり告白された彼だけど、とりあえず名前も知らない相手とは無理ってタイプじゃなくてよかった。何しろ彼、つい最近彼女に振られたばかりと聞く。そんな話を友人の結衣ちゃんに聞いてから先を越される前に告った。傷心に時に優しくされると人は弱いっていうし。さて、結局OKかNGなのか。


「千歳さん……あの、僕でよければ。これからよろしく」


 心の中でガッツポーズ。絶対このイケメンをものにして、今は亡きお祖父ちゃんとお兄ちゃんを安心させなくちゃ!


◇◇◇


「千歳。お前ももう十六。そろそろ男女交際などを考える年齢だと思う。数年前に祖父も亡くなったし、俺がその分色々見てやる義務がある」


 お兄ちゃんは年の離れた兄で、両親を亡くしてからずっと私の面倒を見てきて、私のオムツを代えたこともある人だ。そのせいか凄いシスコンだ。


「交際って、早い子は小学校で付き合ってるよお兄ちゃん。あと交際に義務も何も……」

「そこで俺はお前の目に適うような男を選んできた」

「お兄ちゃんって人の話を聞かないよね」


 世間では良いお兄さんで通ってるらしいけど、この暴走癖を人が知ったらどう思うことだろう。


「まず竹下……竹下だ。俺と同じ会社で働いていて、名前以外はオールマイティな男だ。最近結婚したのが玉に瑕だが」

「お兄ちゃんせめて独身紹介して独身」

「次に越野。社長の息子で、完璧超人って言っていいほど出来る男だ。ただ、元カノを忘れられないのが欠点か。高校の時からずっとと聞くから……」

「やめてお兄ちゃん。そんな相手は手に負えない」

「次に川堀。……職業ホストで重度のシスコンなのが難点だが……」

「お兄ちゃん分かったから。お兄ちゃんに人を見る目ないのは分かったから。私自分で選ぶから何もしないで!」


 いわゆるお年頃の年齢に突入してからというもの、お兄ちゃんは男女交際にやたらうるさくなった。それでいて実になるようなことは一つもない。お祖父ちゃんも病気で亡くなって家に二人しかいないからとにかくうるさい。家で静かに過ごすためにも、私は一刻も早く男を捕まえる必要があった。


◇◇◇


 告白成功の翌日、私は巧くんをお昼に誘った。女子力アピールのためである。


「巧くん、これ、私が作ったの」

「これ、手作りのお弁当? 凄い、千歳さんって、家庭的なんだね」


 家事は兄に叩き込まれた。他の子は遊んでいるのにと恨んだこともあったけど、今は感謝している。男心はまず胃でつかまなきゃね! 今人気のキャラクターで飾ったお弁当でいいお嫁さんになれそうアピールしてみる。中々の好感触。


「うちでは本職の料理人が用意するから、こういうのは初めてだ」


 彼は両親が企業家みたいで、結構稼いでいるとらしいとは結衣ちゃんから聞いたが、まさかそこまでとは。ちらりと彼のお弁当を見ると、重箱……。キャラ弁、庶民臭いと思われなければいいが。そんな心配をよそに、彼はもくもく食べてくれた。


「……美味しい。千歳さんは料理上手なんだね。女の人の作る料理なんて、家庭科以外で初めて食べた」

「あれ、お母さんは忙しいの? 共働き?」

「……僕、誕生日が母の命日だから……」


 うっかり地雷を踏んだようだ。だがしかし、私は踏んでも許される!


「そうなんだ……私も、小さい時に両親が事故で」

「本当に? 僕達、似てるね」


 ふふふ。似た環境の人って親近感わくでしょ。


「母は体の弱い人でね。妊娠後期には医師に母体か胎児が選べと言われて、『子供を助けて』 と言ったらしい。父がよく言っていた。それで、その通りにして……」

「……」

「ごめん、食事中にこんな話」


 いえいえ。昔の話は気を許している証拠ですから。よしよし、心身ともにいい感じ。


「巧くん。なんなら、私でよかったら巧くんのお母さんになるよ?」


 包容力アピールである。

 そういえば、巧くんは結衣ちゃんの話によるともう彼女は私で五人目らしい。彼に何か問題があるんじゃないかって結衣ちゃんは言ってたけど、そんなのどうせ、彼のお坊ちゃまムードと垣間見えるマザコンっぷりに耐えられなかっただけでしょ。甘やかされた一人っ子はこれだから。兄がいて家事をこなして定年過ぎても働く祖父に気を遣って生きてきた私にはこれくらい何でもないわ!


「本当? じゃ、じゃああのさ。千歳さん、ママって呼んでもいい?」




 なるほど、本当の地獄は付き合ってからだった。



◇◇◇


 彼の豪邸に呼ばれて、部屋でくつろいでいる時の会話。


「千歳さん、膝枕してほしいな」

「いいよ~」

「……気持ちいいな。このまま眠りそう……」

「眠るんだったら、ベッドに行かなきゃ。風邪ひいちゃうよ?」

「はーい、ママ」

「……」


 ちょ、ちょっと甘えてるだけだ。幼い頃に母を亡くし、それでいて厳しく躾けられてちょっとだけ歪んでるだけなんだ。でもここまで恋人に母親を求めるのってどうなんだろう……? 気になって一回聞いてみた。


「好きなタイプってあるよね。容姿、人格、能力、地位、あるいはフェチでパーツが好きとか。色々な理由で人は人を好きになるんだ。だったら異性に父性や母性を求めて好きになるのも可笑しくないだろう?」


 そう言われてみればそんな気もしてきた。まあ、世の中色んな趣味の人がいる。危ない趣味の人よりはずっとマシ、なはずだ。


 またある日、ファーストフードの店で食べていた時。


「巧くん、頬っぺたにケチャップついてる」

「え、どこ?」

「そこじゃない、もっと左」

「ね、ママが取って」

「……うん」


 気を許してる証拠だ。男は愛人の前では気取っていても、本命の前では子供になるという……とか本で読んだ気がする。だから名誉なことなんだ、多分。


 またある日の高校。教室移動ですれ違う時、不意に彼が抱きついてきた。付き合ってるのは周知の事実だから良いのだけれど。


「巧くん、どうしたの?」

「んー……今日はやる気ない」

「チャイム鳴っちゃうよ。ほら」

「じゃあ、お母さんみたいに諭して?」

「……こら、しっかりしなさい? あんまり心配させないの」

「はーい」


 バカップルだなあ、なんて声を尻目に、私はついに何かが切れた。下校途中、一人楽しそうな巧くんをよそに不意にピタッと止まる。


「もう限界! 私は恋人になったんであって、お母さんになった覚えはない! こんな気持ち悪い関係もうたくさんよ!!」


 ほとんどヒステリーみたいになった私に、巧くんは別れたくない、と言っていたが、「とにかく距離置かせて!!」 で押しきった。そして私の楽しい独り身ライフが再開された。


 このまま自然消滅を狙うかな……。結局私にも、見る目なかったのかも。そんな私を、友人の結衣ちゃんは心配そうに見ていた。


◇◇◇


 久しぶりに友達と帰った日、下校途中で本屋に寄った。結衣ちゃんいわく欲しい本の発売日だそうだ。私もついでにぶらぶらと見る。何となく足が料理の本コーナーに向き、何となく手がキャラ弁特集の本を手に取る。巧くん、意外と流行りに詳しいからなあ……。気がつくと、後ろでじーっと結衣ちゃんが私を見ていた。


「うわ、何?」

「……それ、彼の好きそうなものだね」

「え? うん。でももう関係ないから!」


 慌てて本を元に戻してその店を出る。駅まで行く途中に、最近出来たスイーツ店があった。

 巧くんて、小さい頃はそれほどリッチでもなかったから、チープな味のが美味しく感じるって言ってたな……。


「買っていったら喜ぶかな」

「そうだよね、買って行こうかなって、結衣ちゃん!?」

「顔に書いてあった。千歳ちゃん、大丈夫? 何かお祖父ちゃんお祖母ちゃんが孫を見る目か、独身の女性が甥姪を見る目に似てたよ」

「何それ!」

「端的に言うと、調教済みなの?」

「違うから! もう別れたから!」


 言い争っているうちに、空から水がポツポツ落ちてきた。! 巧くん、中学生までは送迎だったから、傘を持ってくる習慣なかったっけ。それでいてお母さん譲りで風邪引きやすい身体だったから……。慌てて近くのコンビニに走って安いビニール傘を買う私を見て、結衣ちゃんは溜息をついて言った。


「バカップルはね、バカが一人だけじゃ成り立たないんだよ。バカが二人いるから成り立つんだよ。……行ってらっしゃい」


 深いのか深くないのかよく分からない台詞で、結衣ちゃんは私を送り出してくれた。


◇◇◇


 高校に戻ると、巧くんは一人教室で雨がやむのを待っていた。携帯電話もあるくせに、それを使わないのは……。

 教室の入り口でどう声をかけていいか迷っていると、巧くんは不意に鞄を漁って電話を取り出した。視力2.0の私はその待ち受け画面が分かってしまった。私の写真……。見ているのがつらいのか、すぐに鞄に戻した。本当にバカだなあ。


「巧くん」


 声をかけると、彼は一瞬驚いた顔をして、それから抱きついてきた。言葉もなく、すんすん泣いている。……これを女々しいとかキモイとかでなく、可愛いとか私が何とかしなきゃと思う辺り私も大概だったのだろう。


◇◇◇


「はい、あーん」

「あーん」


 結局私達はよりを戻して、日々いちゃいちゃしている。


「美味しい?」

「うん。ね、もう一口、ママ」

「しょうがないんだから」


 ……初めてこのやり取りを見るクラスメートはぎょっとするけど、すぐに察して目を逸らしてくれる。お上品なクラスメートを持って私は幸せです。

 なんだかんだ言って、甘えっこな彼とそれをほっとけない私はお似合い、なのかもしれない。悪い意味で。

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