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死んだ話

俺達が死んだ話

作者: 浅木翠仙

「僕が死んだ話」の続きの作品です。

先に「僕が死んだ話」を読むことを推奨します。

一応これから読んでも問題ないはずです。たぶん……。


俺達が死ぬ話をしよう。


ん? 俺"達"とはって?


それは話を聞いてのお楽しみに決まっているだろう。


そうだな、不思議な話だ。


俺もまさか死ぬ前にあんな体験することになるとは夢にも思っていなかった。


あえて先に言っておくか。


俺が死ぬのは、"後"だ。


      #     #      


俺はある日、大学の頃から親しいとある後輩に電話を掛けたんだ。


ところが、家の電話にも、携帯にも出ない。


それが1日だけならまだしも、もう10日以上過ぎている。

何度電話しても出ない。かけ返してくる気配もない。


珍しい、の一言ではちょっと片付けられない気がして、直接家を訪ねることにしたんだ。


結婚してないあいつは独り暮らし。

結婚してれば奥さんとかにも電話かけてたんだろうな。


チャイムを鳴らす。


出ない。


もう一度だけ。


出ない。


家を間違えたかとちょっと心配になるが、間違えてない。


出掛けてるのだろうか?


あまり外出はしない奴だと思っていたが、少しは良い方に変わったのだろうか。


あいつの携帯に電話してみる。

外出が明らかな今、出るかもしれない。

まあ、出れない可能性も高いが。

美術館なら間違いなく出ないだろうし。


分かっていた事な気もするが、やはり出なかった。


何となくあいつの家にも電話してみる。

玄関の向こうから電話が鳴る音が聞こえてくる。

どうやら電話番号を間違えていた、ということも無さそうだ。


仕方無い。帰るか。


ここに居たって意味はないだろう。

もしかしたら海外旅行に目覚めたのかもしれない。

そうだとすると、電話に出ないことも納得できる。普通のメールも届かないに決まっている。


恐ろしい金額の請求書を貰わないためにもデータ通信は切っているはずだ。

とするとWi-FiでできるネットメールやLINEなどしか通信手段として使えない。


おお、これなら全ての説明ができる。


しかし、何となく腑に落ちない。


そんなことを考えていると、見知らぬおばさんが声をかけてきた。

おばさんというより、話好きのおばちゃんと表現する方がイメージに合う気もする。


そのイメージそのままに、そのおばちゃんは俺に喋り倒した。

若者である俺がドン引きする勢いで、だ。


マシンガントーク、そんな言葉が頭に浮かんだよ。

いや、トークと言えるだろうか。

俺が一方的に被弾してる。


だが、俺だけでは知り得なかった情報を、彼女は話してくれた。

もちろん、話した内容のほとんどはそれとは関係ないことだったが。


どうやら、彼―――つまりは連絡のつかなくなっていた後輩―――は、交通事故で、入院しているらしい。


もう半年以上も目覚めていないらしい。

状況は絶望的だと言う。


予想すらしていない話だった。


衝撃の事実を前に呆然としていると、いつの間にか彼女の話はこの近くに住むお爺さんの話に変わっていた。

最近目に見えて元気がなくて近所の人みんな心配しているとか。

知らねぇよ。


とりあえず事情を知った俺は、2つの事をすることにした。

彼のお見舞いと、彼が目覚めたときに職場復帰できるよう頼み込むことだった。


彼が真面目に働いていたことと、会社の人も、もし目覚めた場合の"その後"が心配だったこともあって比較的スムーズに復帰の話はついた。


彼の上司だと言う部長が上と掛け合ってくれたことも大きかったかもしれない。


そして俺が病室を訪れると彼は、穏やかに眠っていた。


もう目覚めないんじゃないか? という思いが浮かんできたが、頭から打ち消した。


そんな心配も杞憂だったらしく、彼は事故からちょうど一年ほど過ぎた火曜日に目覚めた。


リハビリは順調らしい。

だが、問題が1つあった。


彼が一年も眠っていたという事実を認めようとしないのだ。

事故のショックでか、事故当日の日付は大体しか覚えていなかった。


しかし、月曜日であったことは覚えていた。


それも相まって、彼は一週間しか眠っていないと勘違いしたのだ。

いや、勘違いと表現して良いものなのかは分からないが。


病は気からと言ったり、偽薬プラシーボ効果というものがあったりするが、彼の回復は恐ろしく速かった。


彼は一週間しか寝ていないつもりなのだ。

本当は生死の境をさ迷い続けたというのに。


一年も眠り続けたというのに、彼は一週間で退院してしまった。


しかも1日休んだだけで職場に復帰したという。本当に掛け合ってよかったと思う。

1年の眠りの説明に使えるものが減ってしまったが。


しかし、1年の間に転勤とかで人事異動があった筈である。

彼はどうやってそれを理解するのか。

うん、1年の眠りを納得させる材料になりそうだ。


もちろん彼の職場の人間には、彼の勘違いも説明してある。

だが、1年の眠りからの奇跡的な回復には驚いていることだろう。

俺も驚いている。


さて、ところでここまで話したがこの時点で重要であることを1つ話していない。

本来なら彼の退院の話くらいのところに入れるべき内容だ。


そう、それくらいの時に、俺は事故に遭った。


そして今は、幽体離脱の状態にある。


いや、嘘ではない。

何故ならば俺は上の方から彼を眺めているからである。


足元は、ずっと下にある。


つまりは浮いている。


だが、それが災いするなんて思いもよらなかったよ。


どうやら動物というのは俺のような存在に敏感らしく、ベランダの手すりの近くでふてぶてしく丸まっていた猫が、吃驚して走って逃げてしまった。


いや、それだけなら良かった。


だが、猫が走った先に植木鉢があった。

そしてそれは……彼に向かって落ちていった。


無我夢中だ。


実体がないくせに彼に体当たりしてしまった。

だが、それのお陰だろうか、彼は少しよろけて、鉢が頭に直撃することは免れた。


地面に落ちた衝撃で割れた破片で足を切ったようだが、別に命に関わるようなことではない。


だが……いや、これは話すまい。

彼に直接話そう。


そしてそんなことをしていた俺の身体は、その後目覚めることなく日曜日に息を引き取った。


そう、死んだのだ。俺は。


天国というのは本当にあるようだった。


死んだ人がたくさんいた。


その中には前におばちゃんが話していた老人の特徴によく似たお爺さんがいた。

そうか、死んでたんだ。


そして死んだ俺は、彼の前にたつ。

俺の後に目覚めた彼に、皮肉を込めて言ってやった。



「ようやくお目覚めかい、先輩?」

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