若き元社長の、迷宮。3
サファリ・ラジーナ本部。
そこには、多くのギルドメンバーが集められていた。
巨大なテント内は、東京ドーム三個分の敷地面積を誇るが、内部は街灯のような機械的設備はなく、『人界魔法』の【魔力供給】によって使用できるランプが、部屋の隅にこれでもかと言うほど配置されていた。
即席で配置されたテーブルには、幹部六名ほどと、ギルドマスターのバジリーナが席の一番奥に、腰をかけていた。
基本的に夜行性ならぬ夜間行動型のサファリ・ラジーナの面々が、昼に集まるのは、非常に珍しい事であった。
「ではでは、幹部も全員集まった事だし、緊急会議を始めたいと思います!」
バジリーナの陽気な声が、テントに響き渡る。
テント内にて武器を磨く下っ端要員達も、バジリーナの響き渡る声に反応し、つい会議をしている方へと視線を集めてしまう。
開会の言葉に、幹部一同は頭を下げるだけ。
それを終えると、幹部の一人であるレイ・キサラギが席を立った。
「今回、皆様に集まってもらったのは他でもありません、我がギルドの仕事内容を邪魔する者が現れました」
レイの凛とした声に、幹部は座りながらも眉根を上げた。
「レイ副団長、それは悪人を抹殺する行為を妨げる輩が現れた、そういう事ですかな? それとも、我々のギルドに逆恨みを起こした、とかですか」
声を発したのは第三席の幹部。
白髪をオールバックにし、右眼に怪我を負った褐色肌の偉丈夫な男だ。
彼の声を耳にした幹部が、それぞれ瞳を細くする。
血の気が荒い、そう思いながらレイは溜息を吐いた。
「いえ、後者の目的はないと思われます。ギルド立ち上げ当時は、そういった逆恨みもありましたが、大体は団体で襲ってきましたからね」
「うぅむ……」
第三席の男は、レイの言葉を聞き、腰を降ろした。
「今回の相手は二人です。そのうち一人はご存知の方もいるでしょうが、クリティリィム族の女の子です」
レイの報告を耳に入れた幹部一同は、細くしていた瞳を大きく開いた。その顔はまるで魔王の復活を聞いたかのような驚きであった。
何故、彼らが驚いたのか。
それはクリティリィム族の能力にもある。
彼らはスキルポイントの上昇率が高い。多分、それはこの世界に住む、どの人種をも上回っていることであろう。
それが原因で、クリティリィム族は奴隷にされた、という過去を世界中の人が知っているだろう。
しかし、クリティリィム族はただスキルポイントの上昇率が高い、だけではなかった。
彼らのスキルポイントの上昇率が高いのは、一族全員が所持しているスキルにある。
彼らの持つスキル『七神魔法』。
このスキルは、どの魔法スキルをも上回るほどの威力を持ち、時に災厄をも引き起こす、恐ろしいことこの上ないスキルなのだ。
もちろん、それを一族全員が最初から所持しているわけではなく、何かの拍子で習得するようだ。
その事実を発見した学者は、クリティリィム族を奴隷として雇用している大名に報告すると、一斉に皆解放されたのだった。
だが、解放とは名ばかりで、解放されたクリティリィム族は監視され、時には暗殺されている。
いつ、スキルを覚醒させ、世界を滅ぼす存在になるか不明な今。彼らを奴隷として扱っていた者達は、暗殺ギルドにクリティリィム族個体の監視を依頼し、齢二十歳に到達する頃に処分をお願いしている。
そして、現在。
二十歳に到達したフフィではあったが、健気に薬草集めをしているせいもあってか、彼女は『七神魔法』を習得することなく生活していたので、半ば野放し状態になっていた。
彼ら――――サファリ・ラジーナの幹部達は、フフィの存在を全員知っていた。その理由としては、彼女が最後のクリティリィム族だからである。
クリティリィム族を監視する仕事も最後だと思った矢先、彼女はギルドに楯突く存在となってしまったのだ。
「皆様、その顔を見せていただければ、どういう状況なのか分かりますよね」
「……ああ。彼女が逃げ出した場所にもよるが、覚醒はまだなのだろう?」
「ええ、恐らく覚醒はまだしていません。ですが、現在はダンジョンに潜っています。もしかしたら、その内部にて覚醒をしてしまう恐れがあります」
「恐れどころではない! 今まで戦いなど知らなかった少女が魔物と出会い、力を覚醒させる可能性など充分過ぎるほどある!」
レイの言葉に第三席の男は机を叩いた。
第三席の男は、天災の力を呼び起こしてしまえば、ギルドに多大な損失を与える場合があり、尚且つ、暗殺をしようとしたサファリ・ラジーナを襲うかもしれない。
現在の第三席の顔は、誰の目から見ても焦っていた事だろう。
呑気に報告するレイに、皆苛立ちを感じる中、バジリーナが遂に席を立った。
「そう怒るな、草りん。そんなに怒ったら血圧上がるよ?」
「だから、ワシを草りんなどと可愛い名前で呼ぶんじゃない!」
「まぁまぁ! それはそれとして、何も知らないクリティリィム族は今、ダンジョンにいるんだよ」
バジリーナは第三席の男の怒りを鎮めるように話始める。
「ダンジョンにいるって事は、魔物に食われるかもしれない。そう思って安心する者達もいるよね?」
団長自らの言葉に、肩を跳ね上げさせる者が数名。
それを目に入れ、バジリーナは彼らの危機感を煽るように口を開いた。
「でもね、そのクリティリィム族の隣には奇妙な人間がいるんだよ」
「奇妙な人間、ですか」
第五席の産毛がゴリラのように分厚い、亜人種が首を傾げる。
「そう、レイちゃんの報告によると、彼は『創造能力』とやらを扱うらしいんだよね。で、その能力っていうのがさ――――」
バジリーナは真面目な顔をして、言った。
「スキルを造るスキルみたいなんだよね」
その話を耳に入れた幹部達は、一斉に身を凍らせた。
スキルを造るスキルなんて、夢のまた夢のようなスキルである。
多くの人間は、強力なスキルを求め、渦巻きのようなダンジョンに潜るのだ。だが、宝には簡単に辿り着けないように、そこには無数の最強モンスターが眠っている。
つまり生死の境目を潜る事でしか、強力なスキルを入手する事は不可能なのに対し、クリティリィム族と共にいる人間は、それをいとも容易く造る人間なのだ。
焦りもあるが、彼らは嫉妬心も覚える。
「スキルを造るスキル、ですか」
第三席の草りんこと、クサカベは呟いた。
この世界において、スキルを強奪する事は困難を極める。
その方法は幾つかあるが、代表的な方法としては。
その人物を殺し、その人物が所持していたアブソーションを手に入れる事である。
通常、生者が使っているアブソーションからは、スキルの強奪は不可能である。しかし、殺害してしまえば、そのスキルは自動的に落し物扱いされ、第三者が扱う事が可能なのだ。
つまるところ、そのスキルを造るスキルを持つ者を殺してしまえば、夢のようなスキルは自分の所有物になる。
幹部達は、生唾を飲み込みながらも、顔をだらしなく歪めていた。
その顔を見て、レイは溜息を吐きながらも、口を開いた。
「それでは、皆様の意見をお聞かせください」
「ん、これはもう満場一致なんじゃないかな、レイちゃん!」
バジリーナの笑顔に、レイは再び溜息を深く吐いた。
◆
ダンジョン内部。
無数の苔やカビが生えている空間には、青年と猫耳を生やした少女二人がいた。
青年は好奇心を膨らませ、物珍しいキノコやら植物に瞳を輝かせている。
その行動を気持ち悪い、とは思わないものの、フフィは先ほどから現れる猛獣に心底疲れていた。
「あのー……、まだ出口じゃないんですか」
「ん、そりゃもちろん、出口には向かってないからね」
「ひぇ!? 早く出ましょうよ! こんなところ!」
「その意見はボツだ。俺はこの珍しい空間に惹かれているんだ。こんなに神秘的な場所は見たことがない。いっその事、ここで暮らしてもいいんじゃないかなと思い始めている」
「……どうしたら、そういう思考になるんですか。狂暴な魔物も出るんですよ!? 怖くないんですか?」
「ん、全然。俺はどうやら最強みたいだしね」
大地は光るキノコを間近で見ながら、採取できないだろうか、などと呟いている。
フフィは半ば呆れていた。
サファリ・ラジーナの幹部、レイ・キサラギと少々の一悶着があってから数時間。大地は出口を、『完全踏破』を使用して知っていた。
のだが、出口に向かう気配はさらさらなく、今も物珍しいダンジョンに生息する植物に夢中である。
フフィが何度目かも分からない溜息を吐こうと試みたところ、何者かの足音が聞こえる。
「ひぃ!?」
猫耳をピンッと立たせるフフィ。
その様子を大地は見て、立ち上がる。
「今度はどんな魔物かな」
「……嬉しそうな顔をしてますね」
「ん、そんな事はない。魔物なんて人に危害を加える災厄以外の何者でもないしね、今度はどういう姿形をして、面白い魔法を使う魔物か、だなんて微塵も思っていない」
「じゃあ、その笑顔をどうにかしてください」
「おっと、これは俺のデフォルメの表情なんだ。あまり悪く言わないでくれ」
会話をしている二人の元に、忍び寄る足音。
フフィが振り返ると、そこには全長五メートルほどの大きな蛇がいた。
色はこのダンジョンと同色の黄緑。
先ほど出会ったので、フフィは驚かずにいられた。
しかし、大地は明らかに落胆の溜息を吐いていた。
初見の際、大地は「大きな蛇だなぁ!」なんて嬉しそうに呟き、蛇が全力で攻撃するのを見て「こんな攻撃もするのかぁ!」と避け続けていた。
最後の方は蛇も魔法や技を使い過ぎて疲れたのか、まるで殺してくださいと言わんばかりに、弱点の頭を地面に擦り付けた。
可哀想な蛇さん、とフフィはその時思っていた。
「……また同じ奴か」
「またって、もう殆どこのダンジョンに生息する魔物は倒したと思いますけど」
「でも、レアモンスターとかいるかもしれない」
「もう何時間もいるので、いるとしたら、とっくに見つけていると思いますけど」
「どうだろうか、レアは稀少な存在だからレアなんだ。どこかに潜んでいるかもしれない」
「そうですか」
もうフフィは大地に付き合うのに疲れていた。
ここで存在を忘れられていた蛇が怒ったのか、ガララララッキシャァッ! と叫びを上げた。
「とりあえず、片付けるか」
そう言うと、大地は拳を固めて蛇の顔面を躊躇わずに殴った。
殴ると、蛇はそのままガラスが割れたかのように、光の破片になって消えていく。
フフィにはこの光景も見慣れていた。
あまりにも恐怖を味わい過ぎた為か、フフィは新たなスキルを習得していた。
再度、同じ魔物に出会ったら、使おうかどうか迷っていた。