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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第一章:二部・若き元社長の、迷宮。
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若き元社長の、迷宮。2

 渦巻きに入ると、身体が砂に巻きつかれているような違和感はなく、むしろ異次元的なゲートに潜っているように感じていた。

 大地は渦巻きに呑み込まれながら、考えていた。

 サファリ・ラジーナがどういうギルドなのか。

 こういった渦巻きに挑むのは、最奥にあるスキルや武器が欲しい為だろう。

 しかし、そのギルドの仕事によってはスキルもいらなければ、武器も必要ない筈だ。

 ダンジョンに入った時、改めてレイに話を聞いてみようと決心した。


 ◇


 七色の鎧を纏った剣士。別名≪黒髪の死神≫。

 それは世界的にも有名なギルド、サファリ・ラジーナの副団長の二つ名である。

 彼のスキルは凄まじいもので、相手がどんな魔法防御を纏っていようと、どのようなスキルを扱っていようと、攻撃されれば命を落とす程の技を持つ。


 その名は、『(ゼロ)』。


 ギルドにはランキング戦が存在し、サファリ・ラジーナと対戦した者達は口を揃える。

『彼のような非道な人間はいない』と。

『零』の能力は未知数ではあるものの、彼と対戦した者の武器は必ず、砂と化す。まるで元々存在していなかったかのように。

 現在、サファリ・ラジーナのギルドランクは世界第二位。その理由は誰もが、己の武器を壊されたくないが為に、戦いを棄権しているからである。


 ◇


 サファリ西草原の渦巻き。

 その内部は、幾億年も人間が立ち入っていないジャングルのように、苔や木の枝に支配された空間であった。

 ダンジョンの中は、比較的明るい。その理由は部屋の隅に生えている光る苔が照らしてくれているせいかもしれない。

 埃が舞う秘境である。

 その中に入った者は合計で二人の筈だった。

 一人は黒いスーツに身を包んだ青年、大地。

 もう一人は世界的に有名な七色の鎧を纏った≪黒髪の死神≫。

 だが、そこには、もう一人の人物がいた。


「何で君が」


 スーツの男、大地が呟いた。

 昨日まで世話になっていた幼女(年齢的には幼女でない事を大地は忘れている)が目の前に現れたのだ。

 隣に立つレイは、幼女を眺め無言を貫いていた。

 彼女――フフィは目を腫らして涙がとめどなく流れるのを抑えようとしていた。だが、よほど怖い目に遭ったのか、フフィは号泣を止められずにいた。

 大地は屈んで、スーツの内ポケットに忍ばせていたハンカチを渡す。


「とりあえず、泣くのをやめなよ」

「う、うぅ……大地さん……」


 鼻水と涙を流しながらも、ハンカチを受け取るフフィ。

 その周囲を確認すると、先ほどバジリーナが投げた袋が開いていた。

 状況を確認すると、多分フフィは袋詰めにされていたのだ。そして、そのままバジリーナにダンジョンへと無理矢理放り込まれたのだろう。

 大地は立ち上がって、レイに話しかけた。


「バジリーナさんは、小さい子供をダンジョンに放り込むのが趣味なのかな」

「どうでしょうね」


 冷静に話しかける大地。

 だが、レイも冷静であった。いや、この場合冷酷とでも言った方がいいのだろうか。

 彼の瞳は、真っ直ぐにフフィへと向けられている。今にでも、武器を抜きそうな危うさすらある。

 レイは一度、溜息を吐いて大地に視線を移した。


「そういえば僕達のギルド、サファリ・ラジーナの仕事内容を話していませんでしたね」

「ん、俺もそれを聞こうと思っていたんだよ」


 大地は笑顔だ。さらにレイも笑顔だ。


「僕達の仕事は暗殺。つまり依頼人に金さえ積まれれば、誰でも殺すお仕事なんです」

「へぇ。じゃあ、すぐにその剣を抜いたらどうだい」


 大地は笑顔を崩し始める。彼は気付いていた、フフィがこの場所にいる時点で、バジリーナが何者かに依頼されて、フフィの抹殺をお願いする。簡単な推測だ。

 強いて言うのなら、昨夜、フフィと喧嘩した時点で、その依頼人とやらのもくろみに気が付くべきであった。

 レイはアブソーションを取り出し、叫ぶ。


「じゃあ、そうさせてもらいます。『暗黒剣術ダーク・ソウル・ブレイカー』」


 槍なのか、剣なのか判断に難しい武器を片手に持ち、レイは空いた手でアブソーションを操作する。

 同時に武器を真っ黒なオーラが包み込む。

 フフィはレイの姿を見て、身を硬直させた。


「あなたは可哀想だ。悪の仕事に身を染めてしまったのですから」


 レイは囁いた。

 しかし、大地は不思議に思った。

 悪の仕事に身を染めたのは、どちらかと言えばレイの方である。それにフフィは悪い仕事をしていたわけではなく、むしろ泥まみれになりながらも、薬草を採取し続けた善人と称した方が、いいような気もする。

 フフィはレイの剣を見て、華奢な身体を硬直させる。まるで、蛇に睨まれた蛙。

 大地は瞼を閉じた。

 これは仕事なのだ。お金を払い、それを実行するレイやサファリ・ラジーナは悪くない。


 ――そう、悪くないんだ。悪いのは騙されたフフィの方だ。


 躊躇せずに振られる刃。

 空を斬り、その音が大地の耳に響く。

 フフィは固まったまま動かない。多分、走馬灯中なのだろう。

 そして、レイの握る武器は地面に突き刺さった。


「……何をしてるんですか」

「何、ときたか。見たら分かるだろ」


 瞳を細くして睨みつけるレイ。彼の握る武器の刃は確かに地面を刺していた。

 だが、このダンジョン内には何かを斬ったような音も、赤い鮮血すら流れていない。

 レイは大地を睨みつける。

 大地はフフィの姿を自分の背後に隠し、レイの剣から遠ざかっていた。

 死んだ、と思っていた筈のフフィは、目前に立つ大地を、ただ呆然と眺めている。


「俺は恩人を守っているだけだ」

「恩人? その子供が、ですか? 中々良いジョークですね」

「ジョークじゃない。そういう受け取り方をする君の性格は嫌いじゃないけどね」

「どちらにしろ、邪魔をするのなら、あなたごと斬りますよ」


 剣を構え直し、刃を大地に向けるレイ。その瞳は真っ直ぐ標的を殺すハンターのような色を放つ。

 しかし、大地とて恩人を無様に殺されるわけにはいかない。恩を仇で返す、というのは大地が嫌う行為でもある。

 だが、大地の相手はギルドランク二位の副団長。簡単に勝てるわけでもなく、むしろ、今の剣筋からフフィを救出した方が、一般人からしたら驚きである。


「だ、大地さん……。やめてください、私は大丈夫ですから!」


 腫れた目で、大地の裾を握るフフィ。

 大地は目線をフフィに預けることなく、口だけを動かした。


「大丈夫、とは君が死ぬ事がかい」

「うぅ……」


 猫耳をヘタっとしならせるフフィ。


「俺は恩人が殺されるところを見ていられるほど、冷酷な人間じゃない。ましてやフフィ、君はまだ幼い。世界は広いんだ。君のした事がなんなのか、詳しくは知らないが、許されないことでは、ない筈だ」

「大地さん……」

「安心してくれ。君には黙っていたが、俺には秘策がある」


 大地は一歩前に出る。

 フフィは大地のスーツから手を離し、その姿を見守る。


 大地の秘策。

 彼は、フフィと薬草探しをしている間に、とあるスキルを育てていた。

 そのスキルを上げると、スキルポイントが上限値にまで膨れ上がった。

 さらに、そのスキルを使うと、大地は別のスキルも生み出した。

 この世界に来たときに、彼のスキルは『人界魔法』、『素手』、『採取』以外に、もう一つあったのだ。


 そのスキルの名前は『創造能力スキル・クリエイティブ』。


 能力は至ってシンプルだ。

 欲しいと思ったスキルを造り出す事ができるスキル。

 本来なら一週間かかる、採取スキルのコンプリートも、造り出したスキルでコンプリートさせたのだ。

 造ったスキルは、スキルポイントを振るだけで百倍になって帰ってくるスキル『百倍返し(ウルトラ・ボーナス)』を使用した為でもある。


 つまり大地は、スキルを造るスキルの持ち主。彼の頭脳と『創造能力』があれば、最早彼に勝てる者はいない。


 大地はレイの前に立つ。


「俺ごと斬るんだろ」

「ええ、ハッタリだと思っているのなら、すぐにそこから逃げた方が良いですよ」

「ふむ、俺はハッタリだとは思っていないよ。君は俺ごと本当に斬りにかかると信じているよ」


 満面の笑みを見せる大地。

 その微笑みを目に入れたレイは、面白くなかったのか怒ったのか、握り締める剣を、振り上げる。

 刃の先にいるのは大地。彼はポケットに両手を突っ込んだまま、まるで刃が降りてくるのを待っているかのようにも見えた。


「いいでしょう。あなたも悪人に手を貸した罪で、僕が制裁を加えてあげましょう」


 振り下ろされる刃。

 フフィは自分を助けたばかりに殺される大地を見ていられなかった。その為、瞳を両手で隠し、さらに猫耳まで折りたたんでいた。

 刃と大地の顔が接触する。

 そして、呟いた。


「『天界速度(ゴッド・スピード)』」


 レイの剣が完全に振り下ろされる。

 だが、大地ごとフフィを斬り刻もうとした剣は、生体を斬る事なく、地面へと再び突き刺さる。

 瞳を大きく開き、何が起こったのか分からないレイ。彼の耳には大地の呟いた言葉など入っていなかった。

 スキル名を聞いていたら、まだ驚かなかったかもしれない。しかし、スキル名も聞いていなかったのなら、ただ消えたようにしか見えない。

 そう、レイの目前から大地は消えていた。それもフフィごと。

 しばらく、剣を地面に突き刺したまま、レイは耳を澄ませた。

 すると、コツコツと大地の高級革靴が地面を踏む音が響いた。


「いやいや、中々の太刀筋だと思うよ」

「そう言うあなたは、僕の剣から軽やかに逃げますね」

「避けなければ死んでしまうだろう?」


 剣を地面から抜き、レイは振り返る。

 そこには、フフィをまるで犬のように片手で抱え、歩く大地の姿。

 彼は剣を振るう目前も今も、同じように笑顔を保っている。

 この世界に来てから十九年。

 己の速度を上げるスキルを育ててきたレイにとって、目に見えないほどの移動速度を持つ者は、これで三人目である。

 大地は呑気に、フフィを降ろしてから、スーツに付着した埃を払っている。


「……僕の剣を二度も避けるなんて、あなた、本当は何者なんですか」

「俺かい? 俺は前世では社長だったけど、今はしがないサラリーマン風の無職さ」


 着崩れたスーツをびしっと整え、大地は内ポケットに入っているアブソーションを手に取る。


「さぁどうする。俺はこれでも君に恩を感じているんだ。昨日ギルド本部に寝泊まりさせてもらったし、ここで殺してしまうのは恩を仇で返すようで、そんな事はしたくないんだ」

「随分と余裕ですね。ですが、別に僕は気にしませんよ、あなたがどこの誰であろうが、仕事の邪魔をするのなら排除するだけです」

「そうかい。ならば恩を今のうちに売っておくか」

 

 大地はアブソーションを片手で操作する。


「『創造能力スキル・クリエイティブ』。『迷宮帰路ダンジョン・リスタート』」


 大地の声に応答し、アブソーションが光る。

 その光と同じく、レイの身体も淡く光り出す。


「な、これは……!?」

「簡単なスキルさ、俺は君にここから御退出願っただけだよ」

「勝手ですね」

「おっと、その意見はボツだ。ここには、どうやら武器を守る番人とやらがいるらしいから、ソイツから逃がしてあげるっていう恩返し、さ」


 上から目線の大地に、不満を覚えるレイ。

 けれど、このダンジョンに限った事ではなく、ボスは異常に強い。

 レイはここで、大地を殺さずともボスと対決して死ぬだろう、と考えた。


「君には恩を返したんだ。これ以上、フフィを襲うっていうのなら――――」


 大地はアブソーションを内ポケットに納め、真顔を作った。


「君でも容赦なく殺す」


 その言葉と同時に、レイは光に呑み込まれるように消えた。

 この時の大地の顔は、まるで般若のように凄みがあった。

 だが、レイは笑っていた。

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