若き元社長の、結婚式。2
飛び出すように駆け出したレイを前に、大地は四神の剣で迎撃する。
刃が赤く黒いラインを描く赤竜の永刃と、刀身を白に包み青い光がチラつく雪兎を握ったレイ。その表情は誰から見ても、本気で怒っているとわかるほどだった。鬼のような形相とは、まさにこの事を言うのだろう。
迫りくるレイに対し、四神の剣で横薙ぎを放つ。
「ッ!?」
しかし、大地の目の前からレイが消える。その瞬間に、大地の太刀は空振りに終わり、背後にレイの存在を感じ取る。
すぐに振りかえると、そこには二対の刀を降ろそうとしていたレイの姿。このままだと危険だと判断した大地は、すぐに身体をサイドに流し、レイの攻撃を回避する。
そのまま大地は、レイの刀の刃を握ろうと手を伸ばすが、また姿が消えた。
すぐにレイを探し出そうと視線を巡らせる大地だが、頭上に気配を感じ、またも後方に攻撃を避ける。
地面に刃を刺す形になったレイの隙に、四神の剣を上から叩き潰すように大地は振るった。
だが、レイの尋常ならざる反応速度によって、大地の剣は受け止められ鍔迫り合いとなる。
「……まさか、俺よりも速いとはね」
「これでも、毎日大地さんに勝てるように修行してるんですよッ!」
四神の剣に押し勝ったレイ。すぐにもう片方の雪兎を走らせた。
一度仰け反った大地に、白い刀身が迫る。
だが、大地はその刀身をギリギリで躱し、レイに四神の剣を突き刺す。
その突き刺しも、今度は赤竜の永刃によって受け流される。
埒が明かない。そう思った大地は、四神の剣の武器スキルを放つ。
「『四神の剣』【風塵】」
レイの腰を避けた刃から、四神の剣を囲むように風が生じる。大地の狙いは、レイの身体ごと吹き飛ばすことだった。その狙いを察し、レイはすぐに大きめのサイドステップをする為に床を踏み込んだ。
まるで、ウサギのように跳び退いたレイ。案の定、武器スキルが発動した位置では、風が舞い床に小さなクレーターが発生する。
一度、深呼吸をし、レイは改めて大地を見つめた。
「思い出しませんか? こうやって、僕達は何度も何度も戦ってきたんですよ」
「知らないな。俺は君と戦った事など……」
否定しようとした大地。そこに、頭痛が訪れる。まるで、目の前の誰かと何度も戦った記憶。本気で戦った事もあれば、練習として戦った事もある。
いいや違う。そう思い直して大地は首を横に振り、レイを睨みつけた。
「そうやって、俺の記憶を上書きするような魔法でも使っているんだろう。君も案外性格が悪いんだね」
「上書きされているのは今の大地さんです。僕は真実を言っているだけです」
「……そうか」
大地はふぅっと一息吐くと、四神の剣を地面に突き刺す。
「ならこうしよう。一花が来た時に、全て聞こうじゃないか」
「一花一花って、大地さんはいつからそんなに腑抜けになったんですか」
「腑抜け? 何を言っているんだ。俺は君の弁明を聞こうと交渉の場を作ってあげただけじゃないか。酷い人間だ」
「くっ……」
レイは顔を歪め、大地を睨みつける。ここまで話が通らないと、今までの大地とは随分別人に見えるなと思った。だが、ここで諦めてしまってはフフィやハーバンに申し訳が立たない。それに、レイ自身、ハーバンやフフィにはまだ大地が必要なのだ。もちろん、ハーバンを好きな一人の男性としては、大地とハーバンが仲良くするのを見ても面白くもなんともない。けれど、やっぱりスキル屋はスキル屋で、レイがハーバンを想うように、フフィもハーバンも大地を大切な人と認識しているのだ。
勝手に結婚とか言われても、はいそうですか。と言えるほどレイもお人好しじゃない。大地がしっかりと一人身でいる状態で、ハーバンを射止めなければ意味がないのだ。
気持ちを持ち直して、レイは刀を構える。
「これは、僕だけの問題じゃないんですっ! 大地さんの事を皆が待ってるんです! だから、僕は皆の為に戦うんです!」
「ですですうるさいな。そんなに俺と一花の結婚を認めたくないというのなら、意地でも俺に勝ってから言ってくれないか。もちろん、俺に勝てば何でも認める。君の言う事が正しかったと言うし、それに一花との結婚も白紙にしよう。だけど、ここから先は俺も君を殺す気で行く」
「わかりました」
今まで瞬きをするのも忘れていた優が、突然声を上げた。
「それってつまり、俺と一花ちゃんとのフラグが立ったって事? レイさん頑張って!」
「むぅ……」
「優はバカ」
セシファーとミチチが優に呆れる中、大地は眉根をピクっと動かす。どうやら、大地の中で一花をちゃん付けで呼ばれる事にそうとうな怒りを感じているようだ。そして、その矛先は全てレイに行く事に優は気付いていない。
内心で溜息を深く吐いたレイは、二対の刀を握り締める。
「大地さん、僕は負けません。何度だってあなたの太刀筋を見て来たんですから」
「そうか」
レイの頬を汗が伝う。勝つ気はある。いや、勝つ気がなければ、こんな戦いなど挑まないだろう。だが、相手は大地である。今まで練習やフフィ争奪戦の時とは少し違うのだ。出会った頃は、そこまでこの世界の事を詳しく知らなかっただけに色々と戦いで発揮されなかった力が多々あったが、今はこの世界の事、スキルの事を知り尽くし、多くのスキルを無限に造り出す事ができる。それだけでも強力なのだが、普段の大地は油断というと聞こえが悪いが、温存して戦うのをモットーとしていた。しかし、今は愛する者との結婚を、まるで彼女の父親に邪魔されるかの如く、レイに闘志をむき出しにしている。普段通りにはいかない。そう直感しながら、レイは生唾を飲み込んだ。
反対に大地は、レイの事など全く知らないのに、今は戦った記憶が徐々に回復しつつあった。その原因は多分、この世界で一番根強い出来事の渦の中心にレイがいたからである。その為、レイが自分にとって何なのか分からずにイライラし始めていた。そのメンタル面が全て四神の剣に乗り、レイを今倒そうとしているのだ。
先に動いたのは大地だった。
我慢仕切れずに、大地は刃をレイに向け走らせる。
その攻撃を雪兎で防ぐレイ。だが、大地の腕力は想像を絶するほど、驚異的な力で簡単に押されてしまう。
身体ごと押されているレイは、何とか抵抗しようと赤竜の永刃も防御にあてる。それでも、後方に進んでしまうレイの身体。
奥歯を噛み締め、大地を睨むが、その先にある表情を目に入れてレイは力が抜けそうになってしまう。
そこにあるのは、大地の数少ない真面目な顔。そんなものを目にしてしまったが為に、レイの心に余計な雑念が入る。
――――本当に、一花っていう人が好きなのか……?
不意にそう感じてしまうと、レイは一気に吹き飛ばされた。
「うわっ!?」
「油断したんだね」
レイを宙に押しだす事に成功した大地は、『天界速度』の効果を使用して消えるような速度でレイに追い打ちをかけにいく。
吹き飛ばされたレイは、体勢を整える為に着地しようとするも、すぐそこに大地の姿が現れる。
既に四神の剣を振るう動作に入っている大地に、成す術もなく斬られそうになるレイ。
このままでは斬られてしまう。そう直感したレイは、大地の腕を蹴飛ばすかのように足を置く。振られようとしている腕に乗ったレイは、両足で大地の腕を思い切り踏み飛ばす。
「なっ」
短く驚きを呟いた大地は床に落ち、レイは宙で体勢を整え、刃を大地に向ける。
物理的な対決ならば、まだレイにも勝算はある。だが、問題はその先。つまり、大地に多くのスキルや、アビリティを使われてしまえば勝つのは難しい。
レイはすぐに近接戦に持っていく為に、刃を振り降ろしながら大地に近づく。
刃を叩きつけるように振るったレイの攻撃を、大地は軽々と回避し、すぐに四神の剣をスライドさせるかのように振るう。
その太刀を受け止めるかのように、雪兎で防ぎ、レイはその隙に赤竜の永刃で縦切りを放つ。
兜割でもするかのように振られたレイの太刀を、大地は四神の剣で雪兎と鍔迫り合いになっているにも関わらず、同時に二対の刀を防いだ。そして、レイの身体ごど引かせる。
距離が一度開いたレイは、深呼吸をし、息を整えた。
「本気を出す。とか言っていたわりには随分と攻撃しないんですね」
「ん、それは君が本気を出さないから、俺は出していないだけだ。俺が本気を出したら君はすぐに死んでしまうからね」
「…………」
大地のいつでも勝てると言わんばかりの言葉に、レイは頬を引き攣らせる。
ここまで、お互いノーダメージ。さすがにフラストレーションが溜まってきたレイには、ある秘策があった。これは、ある程度自分が怒りに晒されていなければ発動する事自体不可能なスキルなのだ。
その名も、『鬼神』。
社員旅行で、フフィとハーバンだけの装備をコンプリートしたのに対し、レイは武器だけだと可哀想だと言う事で貰ったスキルなのだ。
能力は、連続剣撃。怒りに身を任せた状態になるので、できれば使いたくないスキルなのだ。いわば、意識が半分飛んでいる状態になってしまう。それだけデメリットは大きいが、メリットはそれをカバーするくらいにある。
レイは大地から視線を逸らさずに、アブソーションを片手で弄りながら口を開く。
「そこまで言うのなら、見せてあげます。なるべく使いたくはありませんでしたがね」
その言葉に反応したのは、大地ではなくセシファーだ。
「待て! お主、この男を殺すつもりか!?」
「……セシファーさん」
レイはセシファーに視線を移し、寂しげに応える。
「やっぱり、僕もスキル屋店員や、元ギルド副団長や、男の前に一人の人間なんです。気にくわない事を言われれば、怒ります」
「じゃ、じゃが……」
「逆に、そうでもしないと、このバカ大地さんは引きずってでも帰って来てくれないでしょう。そうですね、手足の一本や二本は少なくとも斬り落としていかないと」
悪魔のように微笑むレイに、セシファーと優、ミチチは苦笑いした。だが、それだけレイは怒っている。
このまるで進まない戦いだけでなく、自分の力量。天然バカ大地が他の女にうつつを抜かしている現状などなど。もう我慢の限界を突破しているのだ。
――――ハーバンさんに愛されているというのに、他の女を選ぶか!
つまり、嫉妬である。
レイは囁いた。
「……絶対に記憶を思い出させて、手足を引きちぎってやります『鬼神』」
「何か、恨みを買うような事をしたんだろうか」
大地が不満げに呟く。
だが、今までのような涼しい顔は、この後一切できなくなる。
スキル『鬼神』を発動したレイは、蒸気のような湯気を上げ、握っている武器は赤く光り、全身を怒りによる赤いオーラに包む。
まるで、赤鬼。
「やっと本気を出すのか。オカマ君」
「――――――――殺ス」
大地は目を見開く。耳に入った言葉に驚いたからではない。
レイの姿が消えたと思った瞬間、大地は床に寝ている状態だったのだ。
遅れてくる腹痛。だがダメージは風邪とかの次元ではない。まるで、フルスイングされたハンマーが腹部を叩いたかのような感じだ。
そんなダメージを受けた大地は、口から血を吐く。
「カハッ!?」
「大地!」
呼んだのはセシファーだ。
彼女は感じた。
自分の予知で大地は誰かに刺し殺される光景を見ていたのだ。
そして、それは今、この瞬間に起こると信じて疑わなかった。




