若き元社長の、結婚式。1
ボスを倒したレイは、いっきに疲れが肩にのしかかる。これほどまでに気力を使った時はなかったなと感じていた。大地との対戦も、今思えばまだ良かったものだ。絶対防御があるからと言っても、大地はあの手この手で戦況を変えられる。黒龍の場合は、絶対防御があるとわかってから、それに効果時間があるとは思わなかったし、それがまだ短かったのが救いだった。
レイは床に倒れるように座り込む。まるで、その姿は多くの重いモノを運び終えたかのようだった。ミチチはそんなレイに走りながら飛びつく。
「レイ――――っ!」
「うわっ!?」
「れ、レイが殺されちゃったかと思っだぁぁぁぁぁ!」
「え、いや……」
鼻水を垂らしながら泣くミチチを、あやすかのように撫でるレイ。その様子を見ながら、セシファーと優も歩み寄る。
「お主、中々運がいいのぉ」
「いや、ミチチのおかげですよ。ミチチがいなければ僕達は助からなかったかもしれないですし」
「謙遜じゃ。お主自身の力量もある。……お主が弱者などと言ってしまい、すまなかった」
「いえ、僕自身まだまだですから」
レイは笑顔でセシファーに返す。
そんな中、優がすんごく怖い顔をしながら近づいてくる。優はレイをずっと女の子だと思い、接して来たのだが、それが勘違いだと気付いてしまったのだ。これは怒ってるなぁとレイは感じながらも、笑顔を崩さずに優を見つめた。
「レイさん、男の娘だったんですか」
「え、あのニュアンスがちょっと違うような……」
「男の娘だったですか」
「いや、僕は列記とした男ですよ」
「……なるほど。これは可愛く見える男。つまり、チョロイン!」
「いや、待って。話についていけないんですけど」
優は新たな格付けをレイに渡したようだ。なんだか、優は無敵だなと思った瞬間だった。そんな安息を経て、レイ達は改めて武器を引き抜こうとする。
コンクリートに埋められたかのような武器の柄。それを握り締めると、ずっしりとした重みはなく、むしろすんなりと引き抜けそうだった。レイは皆から、ダンジョンの報酬を引き抜く権利を認められたのだ。というのも、ダンジョンボスを倒したのはレイだからだし、ミチチもセシファーも優も武器に対して興味が薄いからである。
レイが武器を引き抜くと、その刀身を露わにした。真っ白な雪のような刃。赤竜の永刃と同じような形をした刀であり、長さも同じ。だが、完全な白ではない。刃に光をあてると、どこか青く光るのだ。
その刀の名は、雪鋭。それを握ると、レイは不思議な声が耳に入った。
『汝、ダンジョン踏破の証として、スキルと武器を託そう』
声の響きが終わると同時に、レイはアブソーションを操作する。そこにはあるスキルが入っていた。応用も効き、まるで今のレイに最善のスキルを作ったかのようでもある。
「どうだったの?」
「え、あ、まぁいいスキルでしたよ」
「ふむ。お主にとっていいスキルじゃったのじゃろう」
「な、なんで分かるんですか!?」
「顔に出ておるぞ」
どうやら嬉しさのあまり、顔に出ていたようだ。レイは顔が赤くなり、プルプルと横に振る。
「それは君が、俺達夫婦を殺す為のスキルなのかな」
声が響く。レイはその声に聞き覚えがあった。この数ヶ月間、幾度となく耳に入れてきた声。ふてぶてしく、どこか天然で、でも優しくて、そんな男の声にレイは思わず振り返った。
そこにいたのは、優よりも長めの黒髪に、整った顔、白いスーツを着こなし、ズボンのポケットに片手を突っ込んだ恩人。
九星 大地がそこに立っていたのだ。
レイだけでなく、優もセシファーも大地の存在に驚き、動けずにいた。優にとって、大地は天敵中の天敵。いわばラスボスのようなものだ。大地がいなければ、一花は優のチョロインだったのだと考えている。そのため、優は犬のように威嚇しながら大地を睨む。
反対に予め予知していたセシファーにとって、今ここで大地と出会うことは見えていた。だが、セシファーの見た未来と同じく、このタイミングで大地と出会うのは最悪とも言える。今のまま未来を迎えると、大地は誰かに殺されるのだ。それを阻止すべくセシファーは動いていたのだが、ここまで来て最悪のルートを歩いているなどとは気付きもしなかった。歯痒い思いをしつつも、セシファーは大地がどうでるのか睨んでいた。
この中でミチチだけが、何も分からずに首を傾げているようだ。
「君達に質問がある」
大地は至極真面目な顔をしながら、レイやセシファーに問う。
「猫耳の女と白い髪の女性を知らないか? 俺は前世、彼女達に嫁と子供を殺されてるんだ。何か知ってるのなら、是非教えて欲しい」
質問をされた一同は、思わず首を傾げそうになった。特にレイなんかは、大地を知っているから余計違和感を覚える。何せ、大地は優やセシファーだけならまだしも、レイの事を覚えていないのだ。いや、正確に言うのなら、大地はレイの事を忘れていると言ったほうがいいだろう。
さらに、今の質問はわけがわからない。猫耳の女は多分フフィのことで、白い髪の女性は、ハーバンのことだ。ミチチも髪は白いが、大地とは初対面の筈である。
フフィとハーバンの二人が、大地の嫁と子供を殺す。そんな事、絶対にあり得ない。そもそも大地と誰かの間に子供ができる前に、ハーバンなら行動するだろう。
とにかく、今の大地は色々な事を忘れて、ありもしない記憶を埋められているかのようであった。
セシファーは深い溜息を吐いて、呟く。
「……なるほど、手遅れじゃったか……」
「どういう事ですか?」
「お主には話しておらんかったのじゃが、奴はお主達の事を完全に忘れておるのじゃ。記憶操作をしたのは他でもない。一花とかいうあの女じゃ」
「そんな……」
辛そうな顔をしたセシファーの言葉を聞き、レイは少なからずショックを覚えた。なにしろ、大地との思い出は少なくないのに、それを全て忘れているのだ。だが、フフィやハーバンはもっと傷つくだろう。今の大地を見せるのは辛いな、とレイは感じた。
「君達、俺の嫁を知っているのか」
「嫁? んなもん知らねーよ」
「ん、君はずっと黙ってたわりには、随分と俺の事を嫌っているようだね」
「当たり前じゃねーか。お前は俺の正規ヒロインの一花ちゃんを奪った張本人なんだからな!」
優が大地に吠える。その光景を見て、優は大地のことが嫌いなのだろうと皆がわかるような風景だった。
そんな中、大地は何かを呟き、アブソーションを取り出す。
「そうか。君の正規ヒロイン、ね」
「ああ! 俺の一花ちゃんを返せ! お前さえいなければ――――」
瞬間、大地は全員の視界から消える。
視線を全員が彷徨わせると、静かにカチャッという剣の音が鼓膜を突く。音のした方へと視線を向けると、優の首元に剣――――四神の剣を向けている大地の姿があった。
優の表情は、突然の出来事に驚いている様子だ。
「君の正規ヒロインということはない。なぜなら、一花は俺の嫁だ。誰かのではない。俺と生涯、いや、魂の伴侶としてずっと一緒にい続ける愛しい子だ。それを君は自分の正規ヒロインだと抜かすのかい?」
大地の目は本気だった。これは役でヤンデレを演じているのではない。本気で一花を大切に思っているのだ。本気の刃を乗せた四神の剣が優の首元を斬る為に、刃が徐々に食い込む。まだ血は出ていない。
「おい、何勝手な事言ってんだよ。一花ちゃんは俺の正規ヒロインだ!」
「そんなに死にたいのか」
大地は半ば諦めるように呟き、躊躇せずに首元に向けていた刃に力を込めた。
「俺の一花を奪うというのなら、死んでもらお――――」
優を殺そうとした大地。その光景にセシファーとミチチは息を殺しながら見入る。しかし、優の首元に刃は滑らなかった。
四神の剣は回転しながら宙を舞い、そのまま地面に突き刺さる。
「……大地さん。何も覚えてないんですか」
「ん、覚えているさ。一花を殺したフフィとハーバンという女ならな。俺はあの女達を殺さなければならないんだ」
「いい加減にしてくださいッ!」
大地の剣を、雪兎で吹き飛ばしたレイは叫ぶ。
「皆、大地さんが心配で、こんなところまで来たんです! フフィさんもハーバンさんも、優君もセシファーさんも、皆大地さんが一花さんに攫われて駆けつけたんです! だから、思い出してください……」
「………………」
大地は黙り込み、額に手を当てる。レイの必死な叫びが通じたのか、大地は黙って空を見上げた。
「……そうか。フフィもハーバンも……」
「大地さん!」
大地はまるで思い出したかのように呟く。記憶が戻ったのかと思ったレイだったが、レイに向けて拳が走った。
慌てて後方に回避したレイは、信じられないモノを見るかのような目で見つめる。
「そ、そんな……大地さん?」
「わかったよ、君はフフィやハーバンの差し金だろ。だから、俺を混乱させるようなことばかり言うんだろ」
「ち、違――――」
「大丈夫。ちゃんと君も殺すから」
笑顔で言った大地は『天界速度』と呟く。その瞬間、また消えて剣を拾いレイの首元に刃を滑らせる。
だが、レイはその攻撃を完璧に防ぐ。
「なっ」
「大地さん。あなたと一番剣を交わしたのは僕です。だから、癖も何もかも僕はあなたを知っているんです」
「そうか。なら、これはどうかな」
大地は姿を眩ませ、何度も何度も連続で刃を走らせた。高速連続攻撃を繰り出す大地。しかし、レイはその全てを刀で防いで見せる。
一度距離を取り、大地はレイを睨む。
「そうか。君は俺を徹底的に調べているんだね」
「違います、僕はあなたを知っているだけです! 目を覚ましてください!」
「ん、その意見はボツ、だ」
剣を持っている手とは逆の手を掲げ、大地は微笑む。
「例え、君のような悪人に何を言われても、俺は一花の敵は倒す。それが夫である俺の役目だから『七神魔法』【炎神乱心】」
掲げた掌から迸る炎。迫力は家を十棟焼き尽くすほど。まるで炎の竜巻に対峙するレイは、雪兎を両手で握り構える。
迫る炎に対し、レイは刃を振るう。
「【生命数値・零】!」
炎は真っ二つに斬られると、まるで雪のように消えた。炎の先にいる大地に向けて、レイは雪兎の刃を滑らせる。
「いい加減にしてくださいッ! 大地さんには、性格の悪いあんな女よりも、もっと似合う人がいますッ!」
レイの振るった太刀を、大地は炎を放った素手で受け止めた。
そのまま、レイを睨みつけるのだが、見たことがないほど怖い顔をする。
「誰にモノを言ってるんだ君は。性格の悪い女? あまり、俺を怒らせるなよ」
脅しにも似た表情に、レイは思わず引いてしまった。気がつけば、レイの額・頬には冷や汗がべっとりとついている。これが本気の大地なのかとレイは生唾を飲み込む。
だが、逆に今は引いて正解と言えるだろう。大地にはアビリティ『能力破壊』がある。せっかく手にした武器が破壊される危険性があったわけだ。
本気の大地は未知数。そう内心で呟き、レイはアブソーションから新たに剣を出現させた。右手には雪兎を、左手には赤竜の永刃を。そして、新たなスキルを発動した。
「大地さん、あなたが本当に結婚をするのなら、悲しむ人がいるんです。それを分かって、こうして僕と戦っているんですか」
「分かっているも何も、俺には一花しかいない。君とは初対面だし、そんな事を言われる筋合いはない」
「そうですか。なら、僕は全力であなたを、今日こそ倒してみせます」
レイは肩の力を抜き、瞳を閉じる。すると、レイの身体から溢れでんばかりの赤いオーラが現れた。そして、レイは呟く。
「『二刀流・赤炎』」
呟いた瞬間、レイの握る二対の刀から、ゆらりと赤黒い――――それこそバハムートの魔力のようなオーラが現れる。
ゆっくりと瞼をレイが上げると、その場にいた全員の背筋を凍らせた。
「これが最後の警告です。目を覚ましてください」
「その意見は、ボツだ」
「……この――――」
レイは力強く床を踏み、大地に向かって走り出しす。
「バカヤロォォォォっ!」




