スキル屋店員の、天空迷宮。4
黒く光に照らされたハイヒールが床を踏む音が響く。その音はまるで、深夜の建物を一人で歩くかのようだ。ここ――天空のダンジョンにいるスキル屋店員と、優、セシファー、ミチチは、息を殺しながら歩いてくる美少女に目線を奪われる。決して、彼女が美少女だから視線を釘付けにされているわけではない。彼女の存在が、今回彼らを天空のダンジョンにまで巻き込んだ全ての根源だからだ。
優は殺していた筈の喉から言葉を漏らす。
「い、一花ちゃん! 無事だったんだな!」
餌を前にそわそわする犬のように、嬉しそうな優。再開を喜ぶ優に、一花は歩みを止めずにクスリと笑う。
「無事、とはどういう意味で言ってるんですか? 優君」
「え、いや、ホラ。一花ちゃんが変な奴に攫われてたと思ってたからさ」
「変な奴に攫われる……? 面白い冗談を言うわね」
「何言ってんだよ」
一花の言葉を耳にし、優は硬直する。彼女の笑みはいつもと違う。まるで一花は、優の事をバカにしているようにも見えた。実際一花は、優の事をバカだと思っているのだから、優の読みは正しい。
しかし、優はずっと探していた少女が、自分を殺すだなんて微塵も思っていなかった。
優の隣にいたセシファーが、禍々しい者でも見るかのような目つきで一花を睨みつける。
「お主……大地を攫って何をするつもりじゃ!」
「ん? あなた、私と初めましてですよね? なのに、なぜお兄様の名前を?」
「腐れ縁じゃ」
「さようですか」
セシファーの睨みつけと厳しい言動に対し、一花はまるでクレーマーを諭すように微笑む。誰もがクレームがどうのこうのとか、どうでもよくなってくるような可憐さだが、スキル屋は騙されない。
「あなた、大地様の何なんですか? 私達の店に来て合併だとか言い始め、大地様を誘拐するとか正気の沙汰とは思えませんわ」
「あら。お兄様ったら、私との関係についてお話していなかったのですね。いいでしょう、ここでお兄様との関係を話しましょうか」
夢でも語るかのように嬉しそうな笑みを溢す一花。ハーバンは一花を目の敵にしている。さらにその微笑みに対し、ハーバンの隣にいるフフィが明らかに不機嫌な顔を作って言葉を放つ。
「単刀直入にお願いします」
「そちらの猫耳さんは怒っていらっしゃいますのね。では、簡単に言いましょう。私とお兄様――――いえ、大地は」
一花の言葉が告げられる。
「夫婦です」
「冗談じゃないです」
今度はフフィとハーバンではなく、レイが言葉を挟む。その手にはストライク・ソードが握られていた。どうやら、レイもイライラしている様子だ。
全ての人間の言動に眉根一つ動かすことなく、一花は微笑みながら上品に笑って見せた。その仕草がミチチをさらに恐怖へと陥れる。
「な、なんで……! また、操り人形にしに来たの!」
「操り人形? 面白い事を言いますね」
「だ、だって、ミチチに変な鎧着させたじゃん!」
「ふふ。変な鎧ではありませんよ。あれは、私と大地の新婚生活を守る者に与えられる装備よ。もっと誇りに思ったらどうかしら」
何年も鍛錬された刃のような眼光を浴びせる一花。その先にいる白髪のミチチは、まるで蛇に睨まれた蛙のように、動きを止めた。
そして、一花は微笑みながら、フフィに視線を戻す。
「これは戦う前にい言っておきましょう。大地はあなた達の事を殺しに来るわよ。本気を出して、ね」
「何を言っているんですか。大地さんは私達の店長です。そんなことは絶対にしません。それに私は大地さんの恩人ですから」
「あくまで忠告を無視するというのね。例え、私を倒せたとしても、あなた達は大地に殺される運命にあるのかしら」
一花の美しい声が今は、フフィを苛立たせる言動の他なかった。そのせいか、フフィは猫耳と尻尾を立たせて、猫が威嚇するかのような目つきである。
さらに我慢できなかったのか。フフィは叫んだ。
「暁の竜騎士ッ!」
声が裏返りながら叫ぶと、フフィの身を真紅の鎧が包み、手には竜騎士として伝説を残す者の槍が握られてる。
隣にいたハーバンも、口を開く。
「私達を大地様が殺すと仰いましたね」
「もちろんよ。撤回はないわ」
「では、その逆もあり得ますのよ。大地様が目覚めたら、あなたを殺すかもしれませんわよ」
一花は手をぶらりと降ろし、ハーバンに目線をやる。
「それは100%ありませんよ。なんて言ったって大地は私の夫となるべく、現在は準備中ですから」
「ふふ、ここまで私を苛立たせた人間は、あなたが始めてです。天使降臨」
ハーバンもその身を天使のような服装に包ませ、羽が豪華に装飾された剣を握る。怒りがフフィほど感じられないが、ハーバンは静かに、しかし確実に苛立っていた。
フフィとハーバンは並んで立ち、背後にいる者達に声をかける。
「レイさん。皆さんを頼みます。私達は絶対、この人を倒してから追いかけます」
「この先にいる魔物に苦戦くるかもしれませんが、レイさんなら守り抜けると信じていますわ。あの時みたいに」
フフィとハーバンの言葉を聞き、レイは首を横に振ろうとした。だが、再び目の前にいる仲間を見ると、心臓が素手で掴まれたかのような想いが伝わってくる。彼女達は、乙女だ。好きな人を攫った張本人を前にして、二人は背中で語っていた。
――――ここは荒れ果てた戦場になる、と。
二人の本気を未だかつて見たことがない。戦闘経験が浅いといえど、伝説の装備を纏う二人を相手にするのは簡単ではない筈だ。レイは生唾を飲み込み、セシファーに視線を移す。
「僕達は早く進みましょう」
「お主、いいのか!?」
「はい。僕よりも、あの二人の方が圧倒的に強いですから。それに、これ以上ここにいるのは危険ですし」
セシファーと会話を交わしていたのだが、突然優が反応する。
「待ってくれよ! 俺は、一花ちゃんを――――」
「優君。ハッキリ言わせてもらうよ」
言葉を挟んだ優に、レイは笑顔で問う。
「死にたいのかな?」
「…………ッ!?」
凄まじい寒気を感じ、優はレイの微笑みにも似た脅しを受け止めた。女顔であるレイの笑顔は美しい。だが、現在優が受けた印象は、脅しや恐喝の類ではないのだ。まるで、自殺を図ろうとする者に対して、放たれる無慈悲な言葉。
優は俯き、黙った。
次にミチチを説得しようとしたレイだったが、一花への恐怖心が彼女の心を支配していて、とても言葉をかけられるような状況にはない。優は彼女を抱えた。
「…………」
「ミチチちゃん。後で話なら聞くから、今は逃げよう」
それだけ言うと、優とセシファー。レイとミチチは上層部に向かう。
それを見届けることなく、フフィとハーバンは武器を握り締め、目前にいる敵を睨みつけた。
「追わなくていいんですか」
「ふふ。弱者が上に進むのは正しいわ。そうしなきゃ弱肉強食のこの世界は生き残れないわ」
「なら、あなたは何故私達だけは逃がさないと目で訴えているんですか?」
フフィの言葉に、驚いたように肩を竦める一花は、軽く笑ってアブソーションを取り出す。
「バレていたのですね」
「殺気をそこまで出して、バレてないと思っているのが不思議ですわよ」
ハーバンは笑顔で言うと、一花は笑みを消した。そして、その本性を表す。
「……あなた達は何故、殺されるのだか分かっていますか? それはですね、私のお兄様であり夫の大地を盗み取ろうとしたからです。ゆえに私は――――」
一花は瞼を閉じ、ゆっくりと開く。
「怒っています」
まるで、台風が突然発生したかのような風を浴びるフフィとハーバン。だが、二人は直立姿勢のまま、風に負けなかった。一花は瞳を赤く染め、フフィとハーバンの二人を睨む。
「あなた達を大地が許しても、私は許さない。その顔を引き裂いて、髪を千切って、両の目をくり抜いて、四肢を切り裂き、胴体に私という大地の妻がいることを忘れられない身体にしてあげるわ」
「ご丁寧な目的をありがとうございます。ですが」
「フフィさんと私は負けませんわ。あなたという人間を倒して、大地様を手にするのは私です。潔く、負けてくださいね」
二人は、笑顔を放つ。だが、その笑顔を見せた後、すぐに姿を消し、フフィが身体ごと横回転させながら槍で横薙ぎを放った。
一瞬の攻撃に一花は反応し、フフィの攻撃をアブソーションから武器を取り出して防ぐ。その武器とは、黒い刀身を持つ刀だ。
フフィはすぐに攻撃を防がれ、吹き飛ばされる。だが、ハーバンが一花の背後には武器を振り上げて構えていた。
その刃が振り下ろされ、一花は再び黒い刀で防いだ。
「大地様は絶対に渡しませんわ! 【天使降臨】『神々の裁き』ッ!」
スキルを発動させたハーバンの背後に、小さな太陽が浮かび上がる。
ハーバンは一花を押し飛ばし、後方にて待ち構えている魔法を発動させた。
小さな太陽は、ハーバンと意思疎通で繋がっているのか。ハーバンが一花と距離を離すと、小さな光の集合体からはレーザーにも似た光線が音速を超えた速度で走る。
吹き飛ばされた一花は、黒い刀で光線の一つを薙ぎ払う。魔法を綺麗に断ち切った一花は、ハーバンを睨みつけた。
「まだ終わりませんわよ」
ニタリと笑ったハーバンは、着地すると屈んで床に手を置く。
「行きますわよ、おいでなさいッ!」
ハーバンの声に反応するかのように、光の集合体が床一面に多数発生する。ハーバンの狙いは、一度目の魔法はフェイク。二度目の魔法で一花を蜂の巣のように穴だらけにしようと狙っていた。
狙い通り、一花は現在足を床に着けておらず、宙で『神々の裁き』を防いだ格好となっている。このまま数撃の魔法を放たれれば、一般の人間や魔物ならば息絶えるだろう。
「面白いわ」
一花は短く呟き、床一面に散らばるハーバンの放った魔法を睨みつける。
「面白いかどうか、感じる前にお亡くなりになると思いますわよ?」
ハーバンは口元に手を当て、上品に笑う。
そして、光の集合体から、光線が走る。その標的は無防備な一花だ。
その先にいる一花に向かって光線が放たれ、一花を貫く。
一花の姿を確認することなく、光は彼女の姿を打ち消した。それはまるで、高度の熱に当てられたかのように溶けたかに思える。
爆発のような砂埃をあげ、一花の姿を確認するのが困難となった。
「やりますね。さすが、大地の認めた人なだけありますね」
だが、一花は無傷で起き上がる。何をしたかは不可能極まりない。だが、ハーバンは己の攻撃が無傷で防がれたというのに、笑っていた。その笑みは、まるで勝利を確信した女神のようだ。
「チェックメイトですわよ」
確信に満ちたハーバンは腕組みをしていた。
一花はハーバンを睨みつけ、動き出そうとした瞬間、頭上から何かが急降下してくる音を耳に入れる。
すぐに天井に視線をあげた一花は、目を見開く。そこには、槍を振りかぶる一人の竜騎士がいた。
暁の鎧を纏うフフィは、ハーバンが攻撃を繰り返している間に跳躍し、攻撃準備をしていたのだ。
フフィは槍の照準を一花に定め、叫ぶ。
「ハイウィンドォォォォォォォォッ!」
槍は超加速していき、一花は為す術もなく攻撃を直接受けた。




