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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第二章:三部・スキル屋店員の、奮闘。
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スキル屋店員の、奮闘。6

 揺れる睡眠屋を掲げる建造物。まるで、これから災厄でも起こるのかと思えるほど、その土地は震えていた。

 大地を攫い、ある計画を実行しようとしている真犯人の九星 一花は、眠る大地の額に片手を掲げ、彼の見ている夢に干渉している。彼は変哲もない前世の夢を見ているのだが、そこに自分自身を出演させ、記憶削除の準備を進めていた。いや、厳密には大地の夢の中にいる一花が、この世界での記憶を失うように手を加えているのだ。

 そして、それはもうすぐ完了しようとしていた。大きな揺れの中でも一花は眉根一つ動かさず、ひたすらに大地の記憶削除に神経を集中させている。


 ――――これが終われば、いちにぃは私の事しか知らない無垢ないちにぃ。目覚めたら、私以外の女性と喋れないようにしなくちゃ。


 長くスキルを発動していることにより、体力をかなり消耗している一花。だが、自分の愛する者の為、またはその愛する者に群がる者たちを排除する為、一花は必死に魔力を酷使し続けた。

 この揺れに対し、一花は驚きも何もない。今、発動しているのは一花の部下が、敗北しそうになった時に使えと言ったスキルだ。

 そのスキルは攻撃でもなければ、回復でも補助系でもない。むしろ、一花と大地の関係をワンステップ進ませる為には絶対になくてはならない段階だった。

 ここまでは計画通りである。


「そろそろね」


 一花の足元が更に震え始めた。大地は未だに眠ったままだが、関係ない。

 大地に手をかざしたまま、一花は瞳を閉じると、紫の光が大地と一花の周りを走り、魔法陣を描く。

 光が足を止めると、一際強く輝き、一花と大地のいる部屋を照らす。その眩い光の中、一花はひたすら掲げていた手を下ろし、大地をギュッと抱きしめた。


 ――――いちにぃ、もう逃がさないんだから。


 魔法陣は光り、大地と一花の姿を消した。




 ◆




 地震系魔法にかかったかのような地盤の揺れを感じながら、ハーバンはアルツの顕現させた刃の牢屋に囲まれたフフィやレイに視線を移す。

 その表情は、先刻のような焦った様子もなければ、慌てる様子もない。ただ、ハーバンは顔を青くさせ笑顔を保っている。しかし、いつものような宝石のような笑顔ではなく、例えるならば苦手なものを見ているかのようなソレに近かった。


「は、ハーバン!?」

「……私、本当に苦手なんですの。この揺れが……」


 瞬間、ハーバンは両膝を地面に着けて、情けなくもうなだれている。

 普段行動を共にしているレイやフフィは、何でもできて完璧な印象を抱いているハーバンの苦手な事が地震だとは思わなかった。そのせいで、二人はメロンパンを一口で食べるかのように口を大きく開いて、呆然としている。

 逆に刃の牢屋に捕まったまま、セシファーは呟きながら揺れの元凶が何なのかを考えていた。その仕草は、とても生まれて数年しか経っていない幼女とは思えない。顎に手を当て考える姿は仙人顔負けである。

 その近くにいた優だが、ある場所をただ眺めていた。その場所は、ハーバンがスキルで貫いた場所だ。大きく穿かれた穴から揺れが発生してると彼だけが気付いていたのだ。


「……お前、何をしやがったんだ」


 ふざける事の多い優は真面目――――否、誰かを脅すかのような視線をアルツに下す。だが、アルツは笑って答えた。


「そんな怖い顔をしないでおくれよ。二宮 優君」

「あ? なんで俺の名前を――――」

「当然でしょ? 君の名前はボスから聞いているよ。九星 大地の次に重要人物だってね」

「お、俺が重要人物……?」


 一瞬だけ考えそうになったが、一花が優を重要人物に指定したのかがすぐに分かった。そう考えるのならば、優は更なる謎に包まれる。一花の目的は大地だが、その次に優なのだ。一体何を考えてるのか、優が思考を繰り返すとある事が脳内に浮かぶ。


 ――――これは、物語の主人公交代!? つまり、一花ちゃんは、やっぱり俺の正規ヒロイン!?


 優の思考では、これは物語の始まりだった。その思考回路が読めたのか、考え事を終えたセシファーは深い溜息を吐く。そのまま、ジロリと睨みつけ、セシファーの何が不満なのか教えて欲しいと思っていた。


「それより、なんであなたがハーバンさんの攻撃を受けて立っていられるんですか」


 未だに消えぬ刃の牢屋から優は、厳しく問う。

 アルツは無傷というわけではない。いや、むしろその逆で身体にハーバンの放った攻撃の跡が多く見られる。焼け焦げた身体はまるでオーブンの中に一時間放置されたかのようで、彼から発せられる匂いは異臭だ。しかし、アルツは痛みに悶えることもなければ、苦しむ姿も見せない。いよいよ、ゾンビなのかとレイは思い始めている。

 ヘラヘラした様子のアルツは、レイの思考を読んだかのように、口を開いた。


「何故。そう問われれば教えてあげたくなくなるんですが、まぁ、もうすぐあなた達も死ぬ運命にあるので、教えて差し上げましょう」


 身体がボロ雑巾なのに、アルツは微笑みながら両手を広げる。


「一花様は、≪十脳の皇帝≫の一人。一の数字と九の数字を持つお方です。そのうちの能力を使ったまでです」

「なっ!? まさか、二つの数字持ちだというのか!? そんなこと、書物には記されておらんかったぞ!」


 聞かされた話にセシファーは思わず言葉を返してしまった。だが、事実過去の≪十脳の皇帝≫は数字持ちの名前、つまり一から十の名前を持つ者で、別の数字を持った者は存在しなかったのだ。それだけにセシファーは驚きを隠せなかった。

 なにせ、九星 一花という人間は、一つの能力だけでも世界の理を覆すほどの力を二つも所持している可能性があるのだから。

 いつの間にか渇いた喉を湿らし、セシファーはさらに問う。


「その女が……一体何を貴様にしたというのじゃっ!」

「何を……ですか。それは施しですよ」

「施し?」


 今度はレイが首を傾げる。


「そう! 一花様は私が死なないようにと、不死身魔法をおかけなさったのだ! こうなれば、私は無敵! だが、貴様らは生と死が付き纏う人間共! こんな戦いをしても貴様らに終わりは来ない!」

「そうですのね」


 瞬間、途轍もないほどドスの効いた声が響いた。それはレイやセシファー、フフィや優の声ではない。地震をかなり毛嫌いするハーバンの声だった。

 ドスの効いた声を吐いたハーバンは、ゆっくりと立ち上がり、背中に生えた翼を動かし宙に浮く。


「あなたに終わりはない、そう言ってらっしゃるのよね?」

「そういうことだ。まだ抵抗するのかい?」

「違いますわ。私一度やってみたかった事がありますの」


 皆が息を呑んでハーバンを見つめる。一体何をやろうとしているのか予測不可能だからだ。優やレイからしたら、ハーバンのあの攻撃は最早人間技ではなく、魔力が空っぽになるほど強力だと判断している。そのハーバンが立ち上がるということは、魔力が空っぽになりながらも戦うという疑問を抱かずにはいられない。例え、魔力がなくても戦い抜こうとするハーバンに、レイと優は少なくとも感動を覚えた。

 だが、反対にハーバンの本来の姿を知っているフフィやセシファーからしたら、ハーバンの魔力が空になることはあり得ず、きっとまたドS的な行動を取るに違いないと考えいる。

 ハーバンはゆっくりと上昇していき、やがてボロ雑巾ことアルツを見下ろす。


「では、私の実験台になってくださいまし!」


 ハーバンの表情は、途轍もない笑顔だ。つまり、フフィとセシファーの予想が当たったのだ。

 両手をアルツに向け、ハーバンは叫ぶ。


「『天使降臨』【神々の裁き】ッ!」


 瞬間、ハーバンの手元に光の球体が顕現される。その大きさはおよそ、半径一メートルほど。バランスボールくらいだ。その光の球体がおよそ十数個現れる。

 すぐに、フフィとレイは伏せる。


「レイさん? なんで伏せてるんですか!?」

「決まってるじゃないですか! あれは――――」


 不思議そうに問う優に、まるで叱りつけるようにレイは叫んだ。


「ハーバンさんが大地さんに頼んで作らせた、ダンジョンボス大量殺戮スキルの『天使降臨』の最終魔法ですよ!? もしかしたら、僕達が巻き添えを喰らう可能性だってあり得るんです!」

「え!?」


 セシファーは優とレイの話を聞いていたのか、すぐに伏せたのだがハーバンの魔法が気になる様子だ。

 先刻の【神の裁き】とは違う。これはその大型アップグレード版だ。そう感じたアルツは、目を見開き、不死身と言えど流石に死を予期して、逃げようとした。

 だが、足は焼き焦げて満足に走ることも不可能となってしまったのだ。アルツは転んで、天使の筈のハーバンを悪魔でも見るかのような目つきで見つめる。


「ちょ、ちょっと待ってくださ…………」

「いいえ。実験ですので、逃げることは許しませんわよ」


 語尾を可愛らしく言ったハーバン。彼女の表情は途轍もないほどの笑顔だ。まるで、大好物を与えられ、好きな人に褒められたかのような、至高の幸福を得たものだった。

 そして、光の球体は蠢く。


「さぁ。私と大地様の愛の結晶を、タップリと味わいなさい!」


 瞬間、光の球体から、樹木のような太さの光線が放たれる。十数個の球体から発射される光線。その全ての行き先は、一人のボロ雑巾。

 ボロ雑巾ことアルツは、表情を歪め、ハーバンから放たれた光をただ呆然と見つめた。

 完璧な敗北。それを感じたアルツは、狂ったように笑い、ハーバンの【神々の裁き】を真っ向から受けた。

 アルツと光線が接触した瞬間、アルツのボロ雑巾のような身体は、まるで熱に溶けたかのように消え始め、アルツの身体を塵と化したのだ。

 アルツを消した光は、床を貫き、さらに部屋に大きな穴が広がった。かつて睡眠屋だったこの土地は、最早営業できるような広さは皆無となったのだ。

 アルツの消滅を確認したハーバンは、ゆっくりと降下していく。


「ふぅ、つまらないですわ。全然不死身じゃないんですもの」

「ハーバン……。少しは相手の気持ちも考えないと……」

「敵に優しくしろと言うのですか? それは無理です」


 術者を倒したことにより、刃の牢屋は解放される。そこからフフィ、セシファー、優、レイは歩き、ハーバンに近寄った。

 皆がハーバンを讃えようとした瞬間、先刻よりも大きい揺れが全員を襲う。


「な、また地震ですの!?」

「ハーバンは飛べはいいんじゃないですか!?」

「ハーバンさん! フフィさん!」

「レイさん、俺も忘れないで!」

「ちょ、優はワシのところに来い!」


 五人はそれぞれ柱に縋り付き、激しい揺れから身を守ろうとする。だが、次第に揺れは強くなり、やがて床に亀裂が入り始めた。地割れが発生すると、誰もが驚きの声をあげる。


「こ、これは!?」


 その中で一人だけ、別の驚きの声をあげた者がいた。それはロリババァことセシファーだ。彼女は大きな揺れではなく、亀裂が入ったこと自体に驚いていた。


「な、何かあるんですか!?」

「これは、ダンジョンの出現じゃ!」

「だ、ダンジョン!?」


 ダンジョン。それはフフィやハーバンが身につけている伝説の装備などが眠る夢の迷宮だ。だが、一度入れば出てくることが不可能かつクリアするのには奥にいるボスを倒さなければならない。

 そのダンジョンは基本的に地下に存在する筈なのだが、今、そのダンジョンは地上に打ち上がろうとしていた。


「話に聞いた事があるのじゃ。ダンジョンの種類。地下、渦巻き、異空間、天空。恐らく、今の揺れは天空のダンジョンが出現しようとしてるのじゃ!」

「て、天空……!?」

「ああ、そしてワシらはそれに巻き込まれるぞぃ!」


 天空のダンジョン。それは難易度が地下や渦巻きよりも何倍も高く、雑魚モンスターですらも最強だと噂されている。そんなダンジョンが睡眠屋の地下に眠っていたのは偶然だと思えなかった。

 しかし、今、現実に空に打ち上がろうとダンジョンが現れようとしている。


「こ、このままじゃ……ッ!?」

「フフィさん!?」


 瞬間、フフィが風によって、ハーバンが穿いた穴に吸い込まれた。


「ハーバンさん!」

「レイさん!」


 そして、レイが吸い込まれる。


「うわぁぁぁぁぁああああ!」

「優ぅぅぅぅぅぅうううう!」


 次に優とセシファーが。

 揺れが激しくなり、徐々に何かが浮かび上がる。

 それは、青い屋根が槍のように尖り、外壁は白い煉瓦で固められていた。

 まるで、お城。それが宙に浮かび上がった。


「な、なんですの!?」


 一人だけ取り残されたハーバンは、目を見開き天空のダンジョンを見つめる。だが、呆然と眺めていると、ハーバンの足元に魔法陣が浮かび上がった。それが光り、ハーバンの姿すらも消え始める。


 ――――こ、これがダンジョン!?


 ハーバンは始めて見たダンジョンに混乱し、皆と同じように吸い込まれた。



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