スキル屋店員の、奮闘。4
二階へと上がると黒服が待機していたのだが、皆ボスが指示をして攻撃せずに道を開ける。その中を突き進むスキル屋一同とその他。ど真ん中の先頭を歩く優に、ハーバンはついに口を開いた。
「なんであなたが前を歩いてますの? 邪魔ですわ」
「何を言ってるんですか、チョロイン三号さん。俺はハーレム王ですよ? 立派なリーダーじゃないですか!」
偉そうに大事を言う優に、フフィは苦笑いをする。レイにいたっては皆よりも長くいたことにより、彼の性格を掴んでいた。なるべく優のような人間は無視するに限るとレイは学んだのだ。
しかし、ハーバンは気に入らないようで、優を睨みつけた。
「立派なリーダー? 笑わせないでください。私にとっての立派なリーダーは大地様だけですわ。あなたなんか、まだまだ毛が生えたもいいところですわ」
「ハーバン、少し口が悪くないですか」
「フフィさん、こういう人にはハッキリ言わないと分からないんです」
どうやらハーバンは怒っているようだ。先頭を歩くのが誰でも別に構わないと思っているフフィからしたら、ハーバンは随分細かいなと感じた。
だが、確かに優が自らをリーダー呼ばわりしているのは少し気に入らない。
まぁ、ハーバンに少し任せるようとフフィが思った瞬間だった。
「優さん。ハッキリ言わせてもらいますけど、私はあなたのことなんて一ミリも好きじゃありませんから」
「はは、ご冗談を。あなたは俺に惚れている」
「やめてください。正直言って気持ち悪いです」
「それは愛情の裏返し。つまりツンデレでしょ?」
「デレを見たんですか」
「いつの日か見せるって信じてるよ、ハーバン」
優が片目を閉じてウィンクをした瞬間。ハーバンは見た事がないほど、怒りを露わにした表情を見せた。
相当ムカついたのか、ハーバンは持っていた武器を優に向ける。
「ちょ、待ってください! ハーバン!」
「そうですよ! ハーバンさん!」
「いや、いっその事殺した方が楽なんじゃないかなと思いまして」
慌ててハーバンを止めるフフィとレイ。これは本当に殺しかねないと感じたのだろう。そんな危うさがハーバンにはあった。しかし、フフィもレイも些か優の勘違いっぷりには目をつぶれない。ハーレム王だか何だが知らないが、自分達のリーダーは優ではないのだ。
そこで、傍観者であったセシファーがようやく溜息を吐く。
「お主ら、少しは緊張感というものをな……」
「だって、大地様がいないのを狙ったかのようにリーダーという役職につく愚か者なんて死んでも誰も文句は言いませんよ」
「むぅ」
顎に手を当てて悩むセシファー。確かに、ハーバンやレイ、フフィの好感度は優へと向いていない。それどころかこの数時間で優の好感度はだだ下がりである。セシファーとしては嬉しい限りだが、それで殺すというのもいかがなものかと考えていた。
しかし、そこである可能性についてセシファーと優は感づいてしまったのだ。
「「ま、まさか!?」」
同時に驚いたように呟くセシファーと優。その二人に対して、スキル屋メンバーは何となく嫌な予感がしながらも、続きの言葉を待った。
「なんですか」
「……大地さんがいたら、ボツだとか言ったんでしょうけど」
「そもそも大地様がいましたら、すぐにこのゴキブリを倒してもらいますのに」
三人共半目で優とセシファーをじーっと呆れたように眺める。それから、優は口を開いた。
「や、ヤン――――――――」
多分、ヤンデレと言おうとしたのだろう。しかし、その言葉は打ち切られた。いや、打ち切らざるを得なかったのだ。その原因、それは今、二階にある扉が開いたからである。
多分、誰もが談笑しながらも、その扉が一番怪しいと感じていた筈だ。なぜなら、その扉は一際目立ち、まるで王の間でもあるかのような雰囲気を漂っていたからである。
そして、その扉から一人の黒服が現れた。全員の視線は黒服に集中し、誰もが背筋を強張らせる。
「あ、あの人……!」
冷や汗を垂らしたレイが呟き、フフィとハーバンは黙って眺めた。
昨夜見た黒服とは違う。いや、厳密には昨夜見た黒服は倒してきた者達と同じで判断するのが難しい。しかし、今現れた者は違う。
レイは初めてバジリーナに会ったとき。大地と初めて戦ったとき。そして、昨夜の女と会ったときのような迫力を黒服から感じていた。
すぐにストライク・ソードを握り、レイは誰よりも先に駆け出す。
駆け出した先にいるのは、現れたばかりの黒服。
――――この人は強いッ!
一瞬で警戒レベルを高めたレイ。ストライク・ソードは剣の形をしており、その刃には、ありとあらゆる物質の生命数値をゼロにしてしまうスキル、『零』の力が纏われていた。
剣を振りかぶり、レイは樹木を一刀両断するかのように黒服ごと横薙ぎで振り斬ろうとする。
レイの刃に触れた床・天井は、まるで紙のように斬れた。
しかし、そこに黒服を斬った手応えをレイは感じていない。
「れ、レイさんッ!」
誰かの声が響く。振り返るとそこには、斬りかかった筈の黒服がいつの間にか背後にいた。
「やぁ、初めまして。元サファリ・ラジーナの副団長。レイ・キサラギ君」
「……僕の太刀筋を読めていたんですか?」
眉間に皺を寄せ、レイは挑発をするかのように睨みつける。しかし、黒服の男は軽く笑って流す。まるで、彼は戦闘そのものを恐れていない人間のようにも見える。
「読めていたか、読めていないか。僕にはわからないかな。だって、読もうとしたわけじゃないから」
「何を言っているんですか。あなたは今避けましたよね。太刀筋を読んだわけじゃない、と言いたいんですか」
「そうだよ、本能的に動いただけ。信じられない?」
まるでレイをバカにするかのような質問。本来はこの黒服の方が異常だ。太刀筋を読まずして避けることができるのならば、誰だって苦労はしてないし、刀で殺された人間も少ないだろう。だが、この黒服は避けるという行動自体を否定しているのだ。信じられるわけがなかった。
「そっか。なら、君も同じような窮地に陥ってみればわかるかもね!」
瞬間、レイの足元から斬撃が走る。その斬撃は天井へと上昇し、レイの首を切り裂くかの如く浮かび上がった。
目の前の男が剣を振った素振りは見えない。だが、確かに斬撃は今発生している。
レイは背面跳びをするかのように、背後に宙返りしながら斬撃を避けた。
「ほら、君もできるじゃないか。読んでる、てわけじゃないでしょ」
「……一体、いつ剣を……」
そこで気がついたのだ。黒服は剣を握っていない。それどころか、自分の身を守る武器も所持していないのだ。どうやって斬撃を放ったのか。それが気になり出して仕方が無い。
得体の知れない相手には、どうやって勝つのか。
レイはサファリ・ラジーナの副団長として務めていた過去の戦いを思い出す。一つは、持久戦を覚悟して相手の能力を調べる。もう一つは『零』で無理矢理倒すか。そのどちらかだが、今置かれている状況は良いとは言えない。
何せ、先日まで戦いなど素人同然だったフフィとハーバンに、変な幼女と自称ハーレム王だ。全員を守るのは無理だし、できれば早めに終わらせたいのが本音である。
一息吐いて、レイはストライク・ソードを槍モードに変形させた。
「このまま、長引かせても良い事はなさそうですね」
「おや、どうやら勝利の方程式でもできたのかな?」
「どうだろうねッ!」
武器をグッと握ったレイは、再び駆け出そうとした。だが、その足は動かない。
「え……」
「あらら、気がつかなかった?」
黒服はようやく武器を見せた。照明を刃で反射させ、レイの双眸に光を当てる黒服。刃は鏡となり、レイは己の焦った顔が映ったのを目に入れる。
「僕のスキルは『斬撃遊戯』。ありとあらゆる場所に斬撃を発生させ、どこにでも斬撃を置くことができる、いわば戦略的スキルさ」
「斬撃、遊戯……」
そんなスキル、聞いたことがなかった。だが、すぐにレイはある人物の事を思い出す。スキル屋に突然襲いかかってきた人間。彼女は『想像能力』というスキルを扱っていた。という事は、この男は九星一花という女に直接的に絡んでいるのだと予測する。
つまり、この男を倒せばあの女と再び戦うことになるのだ。レイはクスリと笑って、黒服を見つめる。
「なるほど、あなたはボスのお気に入りですか」
「…………」
「つまり、あなたを倒せばボスと戦えるんですね」
ニヤリと笑ったレイは、挑発をするかのように男に視線を投げた。
レイの言葉を聞いたフフィ、ハーバン、優は肩を跳ね上げさせ、驚いたように目を開く。
そして、優は呟いた。
「い、一花ちゃんが……!?」
「む、誰だ。僕のボスをちゃん付けで呼ぶような奴は」
瞬間、男の目が鋭くなり優の方へと向けられる。釘の先端のように細くなった視線を浴びせられた優だが、震えるわけでもなくビビるわけでもない。優は拳を固めて、男をギロリと睨みつけた。
「おい、さっさと案内しろよ。一花ちゃんは俺の正規ヒロインなんだよ、邪魔するなよボケ」
「君、か。ボスをちゃん付けするような奴はあああああぁぁぁぁぁっ!」
目の前にいるレイを忘れ、男は狂ったように叫び、優に向かって走り出す。
レイも、すぐに動こうとするも、足元に斬撃が釘のように刺さっていて動かない。
このままだと、ハーバンやフフィがいるところへと進ませてしまう。
血の気が引き、一瞬で喉が渇きながらも、レイは叫ぶ。
「フフィさん! ハーバンさん! 逃げてくださいッ!」
ここで優を心配しないのは、レイが一度彼の力を見ているからではなく、想い人が傷つけられたくないという思いが強いからである。
優は硬直し、迫る男に目を奪われていた。まるで、走馬灯でも見ているかのような呆然とした様子に、レイは先刻の戦いを思い出す。優の持つ武器は非常に優秀だ。だけど、彼にはその武器達を扱うのに必要な技術――――もといスキルがない。故に、尋常じゃない速度で殺しに来るような人間には容易く殺される。
隣にいたセシファーも、魔法を唱えようとしているが、多分間に合わない。
「貴様ああああぁぁぁぁぁっ!」
刃は振り上げられる。瞬間、フフィ、ハーバン、セシファー、優を取り囲むように斬撃が浮かび上がった。まるで一網打尽をするかのように張られた斬撃。
男が剣を振り下ろすと、斬撃は指示を出された馬のようにフフィ達に走り出した。
「ハーバン、レイさんの過保護。どうにかなりませんかね」
「そこだけは同意しますわ。毎回毎回叫ばれては寿命が縮まりますしね」
走り出した斬撃。だが、それは一瞬で砂埃を上げ、優達の姿を眩ました。
絶望したレイだったが、それはすぐに終わる。
砂埃が立ち込めたが、それは直後に晴れた。
現れたのは無傷の皆。セシファーと優を守るように、剣と槍を振るっていたフフィとハーバン。その姿は女神の騎士と暁の竜騎士そのものだった。
呆然としていたレイではあったが、溜息を吐いて立ち上がる。
「……過保護、でしたね」
「ええ。少しは大地さんの言ったこと。守らないと減給されちゃいますよ?」
「レイさんって昔っから、私のこと弱いと勘違いしていませんか? 私は大地様の為に強くなると決めたんです。今更、あんな攻撃に驚いたりしませんわ」
「ハーバンさん……」
安堵しつつもレイは、ハーバンに対して過保護な自分を恥じた。
「あんな攻撃、だと……!?」
だが、黒服は挑発させられている。ハーバンの言葉は誰にでも棘があり、かつどうしても好戦的だ。当然、黒服の怒りは沸点に到達し、ハーバンをギロっと睨む。
だが、ハーバンは驚く様子もなければ、怖がりもしない。むしろ、胸に手を当てて妖艶に微笑む。
「あら、刺激が足りないモノを、あんな呼ばわりしてはいけませんの? 私の知っているお方ならば、ボツだと仰るわよ?」
「ハーバン……」
呆れたフフィは額に手を当てた。どうやらハーバンの挑発にはウンザリしているようだ。
だが、予想通りというべきか。黒服は挑発に乗った。
「ふ、ふふふ…………。僕の攻撃がゴミ? バカな! そう言える方は、この世でボスだけの筈だ!」
「あら、何を言っているのかしら。私の旦那様はあなたの攻撃なんてゴミどころか、街に転がるカスより下に見ると思うわよ」
「う…………」
顔を俯かせた黒服。ハーバンの言葉に遂に心が折れたようだ。だが、瞳は死んでいなかった。
「そうか。ならば、君の身体を刻ませてくれよ。僕の剣で」
「ふふ。それができればいいですわね」
黒服は剣を一振りし、レイやフフィ、優やセシファーに斬撃の牢屋を発動させ、身動きが取れなくなる。
「こ、これは……」
「ハーバンとの、一対一……」
「あんの野郎!」
「お主、少し落ち着け」
黒服の男は、ハーバンとの一対一勝負を仕掛けた。よほどハーバンが気に食わなかったのだろう。
そして、男は口を開いた。
「睡眠屋、フィールド・ナイン。サファリ城下町支店社員、アルツ・フレン。参ります!」
剣を構え、ハーバンに向かって走り出すアルツ。その顔は、怒りだけではない。 それに気がつきながらも、ハーバンは剣を構えた。
――――怒りではない、何の感情があるのかしら。
ハーバンはそんな事をら思いながらも、叫んだ。
「スキル屋ナイン・スター副店長。ハーバン。愛する夫の為に戦いますわ!」
その言葉にアルツ以外の誰もが溜息を深く吐いた。




