スキル屋店員の、奮闘。3
息を上げながら、次々と迫る階段を駆け上がる三人。二人は伝説の鎧を纏い、先ほど倒した男から得た情報を元に急いで向かう。
猫耳を揺らしながら、フフィは叫んだ。
「ハーバン!」
「わかっていますわ! 急ぎたいのはフフィさんだけじゃないんですのよ!?」
「お主ら! 少しは気を沈めんか!」
目の前に現れたセキュリティコードを解くハーバンとそれを見守るフフィは口を揃えて行った。
「「焦らずにいられるもんですか!」」
「む、むぅ…………」
呆れの溜息を吐いたセシファーは先刻の事を思い出す。
大地の真似をして、ハーバンは黒服の一人を脅し、情報を得ることに成功していた。情報といってもボスの名前くらいしか得ることはできなかったが、三人には充分過ぎたのだ。
フフィは目を見開いて、呟いた。
「きゅ、九星って……」
猫耳と尻尾も立てたフフィは驚きを隠せなかった。大地を連れ去ったのは、大地と同じ名前なのだ。
隣にいるハーバンも同じように驚いてはいるが、少し様子が違っていた。顎に手をあて、考え込むハーバン。その様は探偵顔負けである。
考えを中断したハーバンは、さらなる情報を得ようとして、黒服の首に少しだけ刺さっている刃を動かそうとする。
「本当にそれだけしか知らないんですか?」
黒服の男は眉根を上げ、悪魔でも見るかのようにハーバンを見上げる。彼の冷や汗は、まるでバケツいっぱいの水を被ったかのようだ。
「し、知りません!」
「本当ですの?」
「か、神に誓って!」
はぁ……と溜息を吐いたハーバン。どうやら、ここで拷問は終了なのだろうとフフィとセシファーは思っていた。大地も魔物相手にこういった拷問行為はするが、結局殺すが魔物ではないので、ハーバンも殺しはしないだろうと信じて疑わなかった。
だが、ハーバンは見たこともないような笑顔を溢す。その笑顔はハーバンの大好物である肉がテーブル一面に並んだ時と同じだ。
「神に誓ってですのよね? なら、まだ嘘を吐いてるということになりますわね!」
「ちょ、ハーバン!?」
「ひぃ!?」
黒服の男の首元に刺さっている刃が徐々に進み出す。最早、ハーバンの中で拷問は最高の快楽に形を変えているようにも思えた。
男はもうすぐ恐怖によって意識を失うだろう。自らの首から垂れる血液を見て、男は白目を向きそうになっている。
そして、ハーバンは言った。
「神に誓ってなどと誰が言えと言ったのでしょう。世の中、神様よりも大地様ではありませんか?」
「ひ、ひぃ…………」
「さぁ、言いなさい? 神様よりも大地様の方が偉いのだと」
「あ、あぁぁぁあ……」
洗脳や宗教じゃないが、ハーバンの拷問はそれの勧誘に近い。信じる神を変えろとか、普通の拷問では言わないし、普通じゃない。セシファーとフフィは、ハーバンの肩を叩いた。
「お主、やりすぎじゃ」
「ハーバン、それ以上やりますと晩御飯をこれから野菜だけにしますよ?」
キョトンとした顔でハーバンは振り返り、次の瞬間には顔が青ざめていた。
「そ、それだけは許してください!」
「じゃあ今すぐ、その剣を抜きなさい」
「はい!」
フフィに叱られたハーバンは、黒服の男の首から剣を抜いた。やっと恐怖が消え去った安堵感により、男は深く長い溜息を吐いた。
さすがに可哀想だと思ったフフィは、男に向かって手を差し伸べる。
「ごめんなさいね。少しやり過ぎましたね」
「い、いえ……」
しかし、男は手を握らずにフフィを見上げる。
自らの死を取り除いてくれた美女。猫耳で尻尾の彼女はとても美しく、天女のように優しそうであり、また天使とも形容できそうなほど雰囲気も美しい。
彼女を女神と呼ばなくて、誰が女神なのだろうか。男はそう考えてしまった。
「一生ついていきます!」
「は、はい?」
「あなた様に一生ついていきます! いや、あなた様が死んでも、私はあなたを信仰する宗教を作ります! だから、私にお導きを――――」
死の境目に追いやられて頭がおかしくなったのか。セシファーとハーバンはそう考えながら、フフィと男のやりとりを見守る。
困ったことに、単純な善意がここまで効果があると思っていなかったフフィは、混乱してあたふたする。
そして、男はフフィの華奢な手を両手で握る。
「お導きをっ!」
「い、いやです!」
「そうおっしゃらずに!」
どうしようかと思い悩んでる間に、フフィはつい心の奥底にある本心を言ってしまった。
「大地さん以外の男性に、手は握られたくないんです!」
「…………え」
「だから離してください!」
「あ、はい」
男は驚くほど、キョトン顔で手を離す。
ハーバンとセシファーは、そんなフフィを見つめ、今度は逆に男が可哀想だと感じた。
とりあえず、この男を殺すのも可哀想だと判断したフフィは置いて行くことにした。
「神様! 行かれるのですか!?」
「え、ええ……」
行こうとするフフィを呼び止める男。神を見つめるような視線をフフィに送る男にハーバンは苛立ち、先に進もうとする。
セシファーもなんだかなぁ、という感じで先を進む。
「最後に、神様に伝えたい事があるのです」
「はい?」
その言葉にハーバンとセシファーは足を止め、踵を返す。まだ情報を持っているのだろう。
ハーバンは刃を男の首元に向ける。
「ちょ、ハーバン!?」
「知っている事があるのなら、全て吐きなさい。でなければ、斬りますわよ」
「…………ボスは目的があるようなんです」
「素直に吐きましたね。で、その目的は何ですの?」
男はハーバンの向ける殺意に怯えない。多分、フフィという名の神が守ってくれると考えているに違いはなかった。
静かに情報を漏らす男は、ボスの目的について話し始める。
「ボスは、この世界――――いや、この世で一番大好きな存在がいるのだと語られていました」
「一番好きな人、ですか」
「はい」
フフィは思わず、脳裏に大地が過るが、すぐに頭を横に振って掻き消す。
「その……九星一花は、最終的な事を言うと、攫った九星 大地さんと結婚するのが真の目的のようなんです」
その言葉を聞いて、ハーバンとフフィは息を詰めた。九星 大地と一花が結婚するのが真の目的。その為だけに、黒服は戦っていたのだ。
だが、二人の美女が驚いたのは黒服達がボスの為に戦っているという事実ではない。
自分の好きな人が他の女が盗ろうとしているのだ。驚かずにはいられないし、何より急がなければ、フフィとハーバンにとって取り返しのつかない事になりかねない。
最悪の場合、やっとのことで大地の所に辿り着いた時には既に事が終了している事だ。フフィとハーバンはお互いの視線を交差させ、すぐに動き出す。
その足取りは軽やかだが、二人の表情はまるで誰かが死んでしまうのを防ごうとするソレに近い。
置いていかれたセシファーは呼び止める。
「ちょ、お主ら! 待たんか!」
「待てません! 大地さんが…………誰かと結婚しちゃうんですよ!?」
「もし、大地様が結婚したら、こんな世界破壊してやります」
二人の美女ならぬ中身は乙女なフフィとハーバンは暴走していた。頭の中でどのようなシナリオが組まれているのかは謎だが、セシファーも二人についていかないと置いて行かれると感じ、走り出す。
だが、ふと疑問が浮かぶ。フフィとハーバンは先に上へと進んだようだ。
「お主、最後に聞いてもよいか?」
「は、はい」
ロリババァが珍しいのか、男は見た目が若いのに言葉使いが老けているセシファーを見つめる。
「お主らのボス、九星 一花は、愛する者を殺せるのか?」
男は、疑問に応える事ができなかった。
セシファーは走りながら、九星 一花が極めて危険な人物だと判断している。それも当然で、部下が何も応えなかったのだ。沈黙は金なり。つまり、黙り込んだのが何よりもの証拠。セシファー自身も急いでフフィとハーバンの後を追っていた。
大地はセシファーにとって他人に近い、というより他人である。しかし、知り合いではあるのだ。さすがに殺されてはセシファー自身目覚めが悪い。フフィやハーバンほどではないが、大地は救わなければならないと感じていた。
階段を駆け上がると、そこには驚きの光景が広がっていた。
「こ、これは……」
ハーバンが呟き、フフィは固まる。何が起こったのか理解できなかった。
総勢十数人の黒服の男達が土下座。その先にいる幹部と思われる男性は頭を地面に擦りつけている。ある意味、異様な光景だ。
そして、そんな黒服達の前にいるのは、メイド服の美青年。レイ・キサラギと二宮 優だった。
「す、優…………」
セシファーは数十分離れていた寂しさにより、涙を流す。だが、反対に優の方はおぞましい者でも見るかのように、顔をひきつらせる。
「い、生てやがった……」
「優ぅ! 会いたかったぞぉぉぉ!」
優の元へと走り寄るセシファー。しかし、セシファーの頬に、優は拳を振るった。
「ふんぎゃぁ!?」
「近づくな! 俺はなぁ、お前をハーレム要員に入れた覚えはねぇんだよ!」
「そ、そんなこと言うんじゃない!」
「バカ野郎ぉぉぉ! 俺はフフィさんとハーバンさんとハグしたいんだよ! お前だけは願い下げだボケぇぇぇっ!」
「んじゃと? 第四次世界大戦開始じゃボケ!」
再開したセシファーと優の喧嘩を尻目に、フフィとハーバンは、レイに近づく。
「これは、何があったんですか?」
「いや、まぁ…………」
「レイさんも中々やるじゃありませんか」
「ハーバンさんに言われると照れるなぁ……」
黒服達は依然土下座を保っている。
しかし、仲良く話している時間はない。
「レイさん! 急がないと大地さんが……」
「わかってます。今、シュラルケさんに全部話を聞きましたから」
レイは静かに頷き、二階の部屋に視線を移す。
シュラルケはレイが元サファリ・ラジーナの副団長だと分かると土下座して、全てを教えてくれた。
シュラルケは本来、何でも屋のボスだったのだが、九星 一花に殺されかけて下僕になったのだ。それから、今回の作戦に参戦させられ、フフィとハーバンを食い止めるように言われていたらしい。
そんでもって、最終的には九星 一花は大地と結婚するつもりのようだとも聞いていた。そのやり方は、随分と練られたもので大地を誘拐して悪夢を見せることによって、結婚を承諾してもらい、フフィやハーバンといった女性陣を排除しようとしてるのだ。
レイは話を簡単に纏めて、フフィとハーバンに話すと、二人はキッと視線を鋭くさせ、二階を睨みつける。
「……全ては大地さんと結婚する為に…………許せません」
「大地様と結婚するのは私ですわ。他の誰かに譲るつもりはありません。フフィさん、ここは一度休戦ですね」
「はい」
フフィとハーバンは結託した。二人の握手は硬く握られ、とにかく熱い何かを感じる。乙女は怒らせると怖いなぁ、とレイは考えていた。
しかし、レイにも昨日の借りがある。昨晩店を訪れた女性こそ九星 一花だろうし、何よりもハーバンの敵なのだ。リベンジの意味合いも含めて、二人だけに活かせるわけにもいかない。
「僕も行きます」
「はい、店長の貞操がかかってますからね!」
「……フフィさん、その言い方はどうなんでしょうか……」
少しズレてるフフィを半目で見ながら、レイは溜息を吐いた。
それから優の方へと視線を移し、声をかける。
「優君、どうする?」
「もちろん、俺も行きます。……一花ちゃんを止めないといけませんから」
お互いの頬を引っ張るセシファーと優。優は喧嘩一時中断し、レイを見つめていた。
「ワシも行くぞ。優を一人で行かせるわけなやはいかんし、それに九星 大地が気にならんでもない」
セシファーも頷いたので、どうやら、ここにいる者達は全員大地を救出する為に動くようだ。その連帯感の良さにレイは顔を綻ばせる。
だが、ホッとしたのもつかの間。急がなければ、大地は一花という女と結婚してしまう。
フフィ、ハーバン、レイ、優、セシファーは二階へと進む。




