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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第二章:三部・スキル屋店員の、奮闘。
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スキル屋店員の、奮闘。2

 正面玄関へと進む。

 そこは普通の店にしては広過ぎる玄関。下駄箱といった類はなく、あるのは銅像やカウンターだ。

 レイは銅像を眺め、誰かに似ているな。と思った。先ほどの黒服達を倒した優だったが、焦った様子で二階へと登る階段を探している。どうやら、探している物か人がいるようだ。

 焦る優に、冷静なレイ。

 その時、虫の息ほど小さい音ではあったが、レイはとある音を聞き逃さなかった。それは木製の床が軋む音。


「一花ちゃん! どこにいるんだ!」


 遠くにいる人を呼ぶように叫ぶ優。だが返ってくる言葉はない。

 懸命に優が一花という人を探している間、レイは数人の呼吸音を聞き逃さなかった。


 ――――複数、十人くらいか。


 レイは目を細め、物陰の位置を確認する。

 不自然に積まれたダンボール。カウンターの奥。閉め忘れた扉。そのどれもに視線を移動させる。


「レイさんも一緒に一花ちゃんを探してくれませんか?」


 冷静なレイとは対象的に、周りが見えなくなるほど人を探すのに必死になっている優。一花という人がどういう人か知らないが、今、解決するべき問題は別にあると感じた。

 レイは優の口を片手で閉ざし、鋭い眼光をカウンターの奥に向ける。そこに、荒い呼吸が聞こえるのだ。

 荒い呼吸をするのは、体躯が偉丈夫な男だと相場が決まっている。それか大量殺人犯。どちらにしろ、そういった人物が隠れている者達のボスであることに変わりはない。


「そろそろ出てきたらどうですか?」


 声を発したレイはカウンターを見つめる視線を鋭くさせる。その言葉を聞いた優は目を見開く。やはり、敵が複数いることに気付いていなかったのだろう。

 それを批難するようなレイではない。だが、冷静さは保っておいて欲しいものだ。

 すると、一段と木が軋む音を放つと、図体がレイの二倍はあるかもしれない男がカウンターの奥から現れる。

 黒いスーツ姿、ではあるが脂肪なのか筋肉なのか定かではないが、その膨らみが着心地を邪魔しているようでもある。身長も高く、今の今までカウンターの奥に隠れていたとは思ってもいなかった。

 サングラスをかけ、スキンヘッドの頭が特徴的だ。しかし、昨日レイが負けた相手とは違う。

 ストライク・ソードを槍状態にして待ち構えるレイ。そんな攻撃体制のレイに向け、男は口を開いた。


「そんなに焦ったっていい事ないぜ?」


 男は両手を上げ、攻撃する意志がないものと見える。しかし、それは違う。男自身が強いという証明の他なかった。敵を前にして、このように立ち回れる奴は大概が、強い者かバカか戦い好きな者である。

 槍の刃を男に向け、レイは言い放った。


「いい事あるかないかは僕が決めることです。それにそんなに油断してていいんですか?」

「油断、そうお前さんには見えるのか?」


 少しだけ笑った男。だが、その微笑みはハーバンのような母性本能の塊ではなく、フフィのような慈愛に満ちた笑みでも、大地のような好奇心から溢れる笑みでもない。

 例えるのなら、子供が虫を殺す前にする不敵な笑顔だ。邪悪なオーラがレイにはハッキリと見えた。その顔を見ると背筋が凍りついたような錯覚を覚える。

 咄嗟に後退りそうになったレイ。だが、そこからが始まりだった。


「そう見えた時点で、お前さんの負けだ!」


 瞬間、レイが警戒していたダンボールや物陰から立ち上がり、拳銃を構え発射する。

 レイは目を見開き、反射的にストライク・ソードの槍を振り回す。

 だが、銃弾を槍で防ぐのは限りなく難しい。

 懸命に振り回すも、腕や腰を、回転しながら飛んでくる銃弾が掠る。

 微量の血液と痛みに、両肩を震わせる。

 全員の集中発砲を食らったレイは、致命的なダメージはなかったものの、動きを制限されるのには充分過ぎた攻撃だった。

 一瞬にして傷だらけとなったレイを視界に入れ、優は息を殺す。


「お、お前らァァァ!」

「待ってください、優君!」


 レイを、自分のチョロインを傷つけられたと勘違いした優は殴りかかろうとする。多分、不意打ちにも似た攻撃がただ単純に許せなかったのだろう。

 しかし、無謀に突っ込んでも彼に勝てる見込みはない。きっと、あの男は銃弾で獲物を鳥籠にする作戦自体を望んでいない。むしろ、彼のようなタイプは肉体合戦の方が好みだろう。

 呼吸を整え、痛覚を遮断するように身を落ち着けたレイは、優を見つめ口を開いた。


「優君。僕はあのボスを倒す。君は周りにいる連中を倒してくれないか?」

「俺が? レイさん、自分の状態わかってます?」

「分かってます。けど、ここで共倒れは好ましくない。それに安心して。僕にも勝算はある」


 笑顔で赤子を安心させるように微笑むレイは、槍を振り回しながらスキンヘッドの男を睨みつける。

 その眼差しに応えるように男は気味の悪い笑みを浮かべ、拳銃を投げ捨てる。


「いい瞳だ。一応、冥土の土産に俺の名を教えといてやる。俺はドレイク・ピースのボス、ドン・シュラルケだ」

「冥土の土産ですか。なら自分の名前より、僕の名前を覚えていた方が賢明ですよ」


 シュラルケは腹を抱えて笑う。その豪快な笑い方を視界に入れ、一瞬バジリーナが脳裏に過るレイ。

 だが、相手は知ってか知らずか。レイの姿を見ても、驚きも怖気づきもしない。この三ヶ月の間にレイの知名度は低くなったのか。それとも、気づいてないのか。

どちらにしろ、メイド服だから分からないのだろう、とレイは考えた。

 樹木のような腕でファイティンポーズをとるシュラルケ。ここから先はお互い拳で戦おうと行動で示してくる。

 だが、レイは武器持ちである。格闘がどこまで刃物に通用するのかは謎だ。いや、大地以外では格闘という攻撃手段は無謀とも言える。


「おいオメェラ! オメェラは青臭いガキの方をやっちまえ!」


 シュラルケの叫びが部屋全体に反響する。声が響き渡ると、物陰からおよそ十数人もの黒服の男達が立ち上がり、拳銃を構え、銃口を優に向ける。

 多勢の人間が現れ、優は集中砲火を食らう。

 銃弾が放たれる音が鼓膜を突き破るほどのボリュームを上げる。

 だが、レイはシュラルケから視線を逸らさない。


「おいおい、お前さんのボーイフレンドが撃たれてんのに平気なのかよ」


 呆れにも似た溜息を吐くシュラルケは、レイの事を少なくとも失望したのだろう。仲間を見捨てる奴は、クズだとシュラルケは思うタイプ。いいボスだ。

 しかし、レイは息を吐きながら笑った。


「ボーイフレンド? 違いますよ。彼は僕の仲間です」

「そうかい、ま、お前さんも仲間が殺されるのに非情な人間だってことだな」

「非情、ですか」


 レイはニヤリと笑う。

 銃弾が放たれた位置――――優がいた場所は砂埃で彼の安否は分からない。だが、優は死なない。

 煙が晴れる。


「いきなりったぁ、非常識というか、ま、俺への宣戦布告ってことでいんだよなぁ?」


 砂埃の中、現れたのは紅い盾を構えた少年。

 死んだと思っていたシュラルケとその配下達は目を見開き、少年の姿を瞳に入れる。

 少年は無傷だ。しかし、それだけで驚いたわけじゃない。

 優は、絶対の盾を顕現し、雨のように降り注いだ銃弾を防いで見せたのだ。


「な、なんだ! この男は!?」

「イージスの盾!?」

「く、で、デマだぁ!」


 幽霊でも見たかのように狼狽し、黒服達は再び発砲する。

 先刻のように一斉に射撃するわけではなく、皆、混乱しながら銃弾を放つ。

 しかし、銃を撃たれているのに優は「おっと」と言いながら銃弾を防ぐ。

 そちらはきっと優がなんとかしてくれると思い、レイは改めてシュラルケに刃を向ける。


「僕の仲間の無事も確認したことだし、始めましょうか」

「お前、分かってて……」

「仲間を信頼するのは、仲間として当然の事です。彼はあなた達が思ってるほど簡単には倒せませんよ。きっと」


 しかし、シュラルケは鼻息をフンっと吹くと、地面を蹴飛ばす。その勢いは見た目のわりには速い。

 レイの顔ほどありそうな拳を、走らせてくる。

 彼の中では不意打ちの部類に入るのだろう。だが、レイにとって、いや第二位ギルド元副団長にとっては亀のようにノロい動きだ。

 走り来る拳に、レイは槍を振るわない。

 ただ、片手だけを、まるでキャッチボールをするかのように広げる。


「んぐっ!?」


 シュラルケの自慢の攻撃。拳を受け止めるレイ。

 受け止めた瞬間に、シュラルケの拳の勢いが風となって吹き荒れる。

 シュラルケは、レイの頬を殴り飛ばすつもりであった。だが、受け止められた。受け止めらるとは思っていなかったし、レイの片手くらい楽に吹き飛ばせるとすら思っていたのだ。

 しかし、現実は酷だ。

 女(厳密には女装)のレイに、自慢の攻撃が片手で止められるという始末。これはギルドのボスとして人に言えるような話ではない。

 奥歯を噛み締めたシュラルケは、一度飛び退き、息を整える。


「お、お前ッ!?」

「さぁ、僕はただスキルを発動して止めただけですよ」

「ふざけるなぁっ! んなスキル――――」


 冷静なレイに対して言い返そうとしたシュラルケは、そこで口ごもる。

 威力、どころか武器を殺す人間を思い出した。少々気付くのが遅過ぎるが、だが、気が付くことがようやくできたのだ。

 過去、ギルドのランキング戦において、一人で全勝した男を。

 黒く腰まである髪。女性かと思えるほど美しい顔。低身長。そして、剣と槍に変型する武器。

 彼は、黒髪の死神。レイ・キサラギなのだと、今更判明した。


「お、お前は……」


 ガタガタと肩、足、瞳を揺らすシュラルケは、腰を抜かす。

 レイはようやく、楽に事が運ぶな、と溜息を吐き、槍モードのストライク・ソードの刃をシュラルケに向ける。


「気が付くの、遅過ぎますよ」


 ニコっと笑ったレイの笑顔は、乙女顔負けだった。

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