若き元社長の、妹。1
サファリ王国城下町。そこは多くの種族が歩き、様々な露店がある市場に足を運ぶ。皆、求めるものは十人十色だが、売り上げが良いと思われるのは、工具部類を販売している店だ。
その中を、掻き分けるように歩く男が一人いた。白馬の王子のような白いスーツを着用し、流れる黒髪は美しく輝く色男。彼は街に出向けば、多くの女性から視線を集めるので、最早気にしていなかった。
――――どこにいても、何故か目立つのは一緒だな。
黄色い声援にも慣れた、男性の敵のような男は無表情で人の群れを進む。
彼は、三ヶ月前に、超有名ギルドのサファリ・ラジーナの団長を倒し、スキルを売るという奇妙な店を立ち上げた有名人、九星 大地である。
本来、日中は店で働いている時間。しかし、現在市場にいるのには、従業員に少しは休めと言われ、無理矢理外に追い出されたのだ。
仕事をするのは、大地にしかできないのだが、従業員に、お客さんには欲しいスキルと名前を書いておき、後日料金とスキルを交換すればいいので、通常通りに業務はできる。と言われた。しかし、結局お客さんには後日足を運んでもらい、スキルを売買するので仕事が溜まるだけなのだ。
行き場もない大地は、ある人物に話を聞くために市場を彷徨っていた。
基本的に市場はずっと混んでいることで有名な場所だが、一箇所だけ人集りができていない所を発見し、そちらに足を運ぶ。
「やぁ」
「ん、お主……」
突然話しかけられた老人は、首を傾げる。
「どこかで見た顔と思えば、女を殴る最低な男じゃないか」
「ん、少し語弊があるんじゃないかな」
「まぁ、城が全壊しなかったから良しとするかのぅ」
この老婆は、以前大地が露店でスキル屋を立ち上げた際に、暇を店員に出され、今日と同じように彷徨っていたときに会った者だ。
「で、占ってもらいに来たわけでもあるまいのじゃろう?」
「よくわかってるね」
「まぁよい。どうせ客も来ないじゃろうし、お主が今日ここに来ることも分かっておったわ」
「なら話は早い。俺がここに来たのも分かるだろ?」
標準表情の笑顔を大地は見せると、老婆は溜息を吐いた。
「お主が聞きに来たのは、アビリティと≪十能の皇帝≫についてじゃろう。言わんでも、お主とバジリーナの戦いは見ておったわ」
「ん、ならアビリティについてから教えてもらいたい」
老婆は咳払いをしてから、大地に話を始める。
「アビリティじゃが、お主は既に目覚めていると言ったじゃろう。その意味がわかったじゃろう」
「ああ。だけど、あれはスキルとどう違うんだ?」
「アビリティは、スキルとは性質が違い、人によってじゃが、魔力もスキルより多く消費するのじゃ。さらに、自身の能力を高めるものがほとんどじゃ」
首を傾げる大地。
「だとするならば、俺のはちょっと変じゃないか。だって使ってみたところ、何かを壊すものだろ」
「いんや、それもアビリティ一つに違いはない。お主の掌が、一定時間の間、触れたものを破壊するように、できているだけじゃ」
「ん、普通。というわけか」
「まぁの。ただアビリティを使う際は気をつけておくのじゃ。お主の場合、持っている魔力を全て消費するようじゃからなぁ」
「ん、注意しておくよ」
大地のアビリティは触れたもの、全てを壊すものだ。その能力のリスクか、大地は全ての魔力を消費するハメになったことが過去に一度だけあった。
「アビリティについては分かった。だが、≪十能の皇帝≫とはどういう意味があるんだ」
「十能の皇帝か……。ワシも詳しくは知らんが、昔、魔竜という魔物が世界を滅ぼそうとした時があってのぅ……」
老婆は何かを思い出しながら、口を開く。
「魔竜の力は凄まじく、幾千もの命を奪っておったのじゃ」
「ん、それは今はいないのかな」
好奇心旺盛かつ珍しいものを見るのが好きな大地は、興味津々だ。
「いんや、その魔竜を倒すために、この世界――――リーファウスに現れた十人の勇気ある者がいたのじゃ」
「それが、≪十能の皇帝≫、っていうことかい」
「そうなのじゃが、そのうちの十人は皆、名前に数字がついておったのじゃ。個々の力は凄まじく、今まで歯が立たなかった魔竜が、簡単に滅んだのじゃ。それ以来、≪十能の皇帝≫は姿を消したのじゃ。それが由来となってお主のような異世界から来た者で、かつ数つきの者は≪十能の皇帝≫と呼ばれるのじゃ」
「じゃあ俺は、その≪十能の皇帝≫とやらと勘違いされている、と言いたいのか」
老婆は首を横に振った。
「いんや、お主は九の数字を持つ者。スキルを造るスキルを持つ、かつての≪十能の皇帝≫の一人とと同じじゃ。多少違う部分もあるがな」
「ん、それじゃ、俺は同じ血を持っている、と」
「厳密には違うかもしれんのじゃが、多分、魔竜が再び現れようとしている前兆なのかもしれんのぉ」
「ん、そっか」
大地はそれで話は終わりと言わんばかりに、踵を返そうとした。
「待て。お主、情報ほど高くつくものはないというじゃろう?」
「……金を払え、と?」
「それが商売というものじゃ」
「がめつい婆さんだ」
不満を全開に出しながら、大地は二つの情報量として二千リーを支払った。色々と追加オプションがどうのこうのと話されたが、これ以上たかられても困るので、大地は早々に去ろうとした。
だが、老婆はもう一度大地を呼び止めた。
「あと、お主。これはサービスで教えといてやる」
「まだ何かあるのか」
老婆は瞳を、まるで鋭利な刃物のように鋭くしながら、口を開いた。
「お主、このままだと死ぬぞ」
その言葉に大地は、一瞬動きを止めるが、すぐにいつもの笑顔を溢した。
「その警告はボツだ」
◆
「大地さんがいなくても、頑張れるっていうのを分からせてあげましょう!」
元気よく活気のある声が響く。聞いているだけで、きっと男性諸君ならば自然と元気になれるような良質な声だ。
猫耳と尻尾をピンっと立てた美少女、フフィが従業員に呼びかける。紅葉のグラデーションを放つ長い髪の毛が揺れ、可憐な小顔の中にあるルビーのような瞳が二人の従業員を、元気付けるように、目を見開く。
「そうですね。たまには大地さんにも楽をさせてあげないと、僕達がいる意味がないですからね」
メイド服を着た、長い黒髪の青年が頷いた。彼は以前、元第二位ギルドのサファリ・ラジーナで副団長をしていたレイ・キサラギ。店長の大地と死闘を繰り返すも、所属していたギルドが解体され、行く宛もなかったレイは、大地に誘われて従業員となった。
本当は男なのだが、大地に強制的にメイド服を着せられている。最初は嫌がってたのだが、今では、まんざらでもないようだ。
お客さんからも評判で、女顔のレイを男だと見抜いた客は今のところいない。
「私も休んでいいですかね? 大地様がいないとなると、やる気も何も上がりませんわ」
「ハーバン……そんなこと言うと、晩御飯の量減らしますよ」
「なら大地様と一緒に、外で食事しますけど何か」
「ふーん。今日は皆で焼肉を食べに行こうって言ってましたけど、ハーバンは行きたくないんですね。ねぇ、レイさん?」
突然話を振られたレイは、首を傾げる。
「そんなこと言ってましたっ――――痛っ!? ちょ、フフィさん!?」
「ちょっとは空気読んでください」
「は、はい……」
フフィに腹部を殴られたレイは、恐ろしい笑みを溢すフフィに文句を言うことが許されなかった。
「……フフィさんがいるのは嫌ですけど……大地様と焼肉……。でも今すぐにでも会いに行きたい……。フフィさん、あなたもやりますねぇ」
「そりゃあ、もう三ヶ月も一緒に働いてるんですから!」
ハーバンは結局要件を呑み込んだ。
彼女は、カーバンクル種の希少種。元々幻獣という伝説的な存在なのだが、基本スキルで人型に常時変身している。その姿は、誰もが振り返るような美女だ。紅い宝石のヘアピンに、雪のように白い髪に、豊満な胸でありながら、四肢は刀のように鋭く美しい。
店長の大地に想いを寄せているフフィとしては、ラスボス級の大敵である。
大地のいないスキル屋、ナインスターはオープンした。
その日の業務は、フフィがスキルの売り買い名簿を作成し、受付などを済ませる。
レイはアドバイスや、どのようなスキルが欲しいかを提案する、企画者。ハーバンは雑用をしながらも、店のシステムやスキルについて分からない箇所を教える役割である。
基本的に雑用をこなすフフィが、今日は大地の代わりとなって働く。
三ヶ月経った今も、スキル屋は忙しく、多くの客が名簿に名前を書いて行った。ほとんどが能力向上系スキル目的だ。
空は闇に染まり、大地は未だに帰ってきていなかった。少し心配しながらも、三人は一生懸命働いた。
そして、三人だけで店を回し、やっとのこと閉店の時間を迎えた。
「疲れましたね……」
「はい、フフィさん。どうですか? 大地さんの代わりっていうのは……」
「疲れますよ……」
床にへばるレイとフフィ。いつもは大地が皆のサポートをしているからか、一人で一つの仕事をこなすという事が、こんなにも疲れるのかと二人は実感していた。
そんな中、ハーバンは締め作業を一人でしていた。店の外にある看板を店内に閉まっている。
「あら、二人ともお疲れとは随分体力ないんですね」
人間じゃないハーバンは疲れていないのか、二人を見下している。その視線を浴びると闘争本能で意地でも立ち上がりたくなるが、フフィにはそんな体力は残っていなかった。
よってフフィはハーバンを睨みつけるだけである。
そんな中、店の扉が開いた。
「あ、すいません、もう閉店なので、スキルをお求めでしたら、また明日来てもらえますか?」
店内に入ってきた者に告げるフフィ。
その人というのも、相手は大地と同じように黒いスーツを着用し、黒のサングラスを装備したスキンヘッドの偉丈夫な男である。
その人物は、フフィに視線を移すと口を開いた。
「店長を出せ」
「今日は休みなので、ここにはいません」
いきなり喧嘩腰で男はフフィに言うのだが、いつの間にか立ち上がっていたレイが応答していた。
「なんだお前」
「僕は従業員です。文句があるのなら、僕が聞きます」
男はしばらくレイを睨むが、やがて大笑いしだした。
「おいおい、ふざけるのも大概にしろよ! 女のクセに僕とか言ってんじゃねぇよ!」
笑ったかと思えば、男はレイの頬めがけて拳を走らせた。
そのとき、音が響いた。それは頬に拳が炸裂するような乾いた音ではなく、ゴキッという鈍い音だ。
男は一瞬何が起きたのか、わからず困惑している。
「用があるなら、僕が聞くと言っているだろ」
「な、俺の指が……」
男の指は本来の形とはかけ離れた折れ方をしている。つまり、レイによって骨折させられていた。
呻き声をあげる男は、レイから離れる。
「く、くそ! なんなんだ! お前は!」
「僕ですか? 僕はしがないアルバイトです」
フフィとハーバンは、レイが大地に感化されているなと感じた。
「ふ、ふはははは!」
と思ったら、男はいきなり笑い始めた。酔っ払っているのだろうかと思ったが違う。気味の悪い笑みを見せた後、再び扉が開いた。
そちらに視線を移す従業員の三人。
入ってきたのは、女性ものの黒いスーツを着用し、黒のハイヒールを履く美少女。流れる黒髪はレイと違って、宇宙のような煌めきがあり、フフィやハーバンと同じような四肢に、まるで人形のような整った顔立ち。
彼女はサングラスを外して、フフィを見つめた。
「あ、あなたは……」
「お久しぶり。フフィ・クリティリィムさん」
「え、フフィさん知り合いなんですか?」
レイの疑問に、首を縦に振るフフィ。
「まぁ、野蛮なお知り合いをお持ちなんですね、フフィさん」
ハーバンが辛口でフフィを遠回しに貶す。
その女性は、以前、フフィが休みの日に訪れた店の店長だ。
「な、なんであなたが……」
「なんで、と聞かれると言いたくなくなるのは真の心理ね」
フフィに近づく女性。
彼女はカウンターに一枚の用紙を置いた。
そこに視線を向けるフフィ。
「……合併提案書……」
「そうよ。今日は別に喧嘩をしにきたわけじゃないわ。いちにぃ……じゃなくて九星 大地さんに、会社合併の話を持ち込みに来たの」
「あ……はい……」
おのずと、返事をしてしまったフフィ。
「それで、今、あなたこの人を傷つけたわよね」
「ええ。人をバカにするような奴は、最低ですからね」
レイは女性を睨みつける。
「そう、でも手を先に出したのは、あなたよね?」
「はぁ? 僕は正当防衛を――――」
「じゃあ、なんであなたは無傷なのかしら」
「そんなの僕が防御に成功したからに決まってるじやないですか!」
必死に弁解するレイ。だが、女性はスキンヘッドの男が傷つけられたのが気に食わない様子だ。
腕組みをしながら、レイを見下す。
「正当防衛ね。口では誤魔化しがいくらでも効くわ」
「な、何を言って――――」
険悪なムードが広がる中、女性はパンっと手を叩いた。どうやら何か閃いたようだ。
「わかったわ。とりあえず、後日店長を呼んでもらえるかしら」
「なんで、店長を?」
ハーバンが首を傾げる。
「なんでもそうだけど、お店で起こったことは長同士が話さないと解決しないこともあるの。で、お話がしたいから、店長さんを私の店まで来てもらえるように伝えてくれますか?」
「嫌です」
キッパリとハーバンは断って見せた。
瞬間、さっきまで指が折れて痛いと言っていたスキンヘッドの男が、ハーバンの首に手刀を向ける。
「何をしてるんですか!」
「やめてください!」
レイとフフィが一斉に叫ぶ。
しかし、二人の目にはスキンヘッドの男が消えたように見えていた。
女性は鼻で笑い、フフィに視線を向けた。
「わかりましたか? もし、店長さんに伝達されなかった場合と、ここで逆らった場合。あなた達を今ここで殺してもいいのよ」
女性な瞳が怪しく光る。その色はまるで、何かを狩る者の目だ。その眼光を浴びたフフィは身体が強張る。
しかし、従業員の中に、一人だけ立ち向かおうとしていた者がいた。
「やれるものならやってみてくださいよ!」
メイド服のまま、ポケットからアブソーションを取り出して、『納刀』スキルを使用して、剣にも槍にもなる武器ストライク・ソードを顕現させ、レイは女性に向かって走る。
刃を女性に向け、振り下ろす。
しかし、レイの剣は女性には刺さらずに、進行を止めていた。この感覚に、レイは覚えがあった。
それは三ヶ月前、大地と戦ったときの感覚。得体の知れない何かを相手にしている、そんなざわめきを感じたのだ。
だが、そこに驚いてはいない。別のことで、レイ及びフフィとハーバンは驚いていた。
女性はスキルを発動していた。
「『想像能力』『攻撃拒否』」
女性は腕組みをしながら、攻撃を防いでみせたのだ。
さらに言うのならば、彼女は大地と同じように、スキルを造るスキルの持ち主かもしれなかった。




