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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第二章:零部・元社長秘書女子高生の、始まり。
30/60

プロローグ

 空から落ちる茜色の夕日。その光は優しく、しかし、ロマンチストに満ちた雰囲気を少年と少女を照らし出していた。

 星彩(せいさい)高等学校。そこは、フルダイブオンラインゲーム創始者であり、ゲーム業界を色んな意味で震撼させた九星 大地の出身校だ。

 彼が、アストロナイト株式会社本社の屋上から飛び降り、謎の失踪から一年が経過していた。

 少年、二宮(にみや) (すぐる)は高鳴る鼓動を抑えながら、目前に立つ美少女、九星(きゅうせい) 一花(いちか)を真剣な眼差しで見つめる。


「好きです! 付き合ってください!」


 男性にしては少し長めの黒髪をヘアピンで抑え、標準身長、中背中肉の優は、一花に向けて頭を下げた。その勢いと言ったら、まるで謝っているように見える。

 しかし、一花は首を縦に振らない。


「ごめんね、無理」


 その言葉を耳に入れた優は、頭を持ち上げる。だが、不思議と残念そうな表情はしていない。

 優という人間は、精神的な面では不死身なんじゃないかと一花は思い始めていた。


「まだ無理かー」

「はぁ……」


 何の残念さも見えず、まだ無理かー、と笑って言える優に一花は溜息を深く吐いた。何で、通算二十回を超えた告白をしているのに、まだ無理だと考えられるのか不思議で仕方がなかった。

 一花と優の出会いは、現在から一年前に遡る。

 当時、高校二年生であった一花は、大地の謎の失踪を知り、寝込むまではいかなくとも、授業に身が入らなく、屋上でぼーっとしている事がほとんどだった。

 その時、サボっていた優に声をかけられ、仲良くなったのだ。だが、それから一ヶ月後から毎日欠かさず、ずっと告白してきて、ウザいと感じていた。

 仲良くなったのは、優が意外にもBLゲームを熟知していたからだ。

 一花の隠れた趣味を理解し、息が合っただけの話。


 反対に優にとっては、一花は属性が多い、という理由だけで、彼女をある位置づけしていたのだ。

 優の家庭は、日本のサブカルチャーにドップリとハマった一家。そのおかげか、優の見た目はライトノベル的主人公の容姿なのだ。だが、問題は外見だけには留まらない。つまり、中身は両親に感化され、いわゆるオタクのサラブレッドなのだ。

 そうなれば必然的に彼は、自分こそが物語の主人公だと思い込み、生きるわけであって、当然ヒロインなる存在もいると勘違いしちゃってるわけだ。

 そして、一花は優が思い描いていた妄想ヒロイン像に見事マッチングしたわけである。

 流れるような黒髪に、海のような色の猫目、細い四肢。なのに、隠れ巨乳でもある。さらに、性格はツンデレ(優はデレを見たことがない)だし、優しくすれば微笑んでくれるし、料理が苦手。さらには妹属性まで付属されている。

 優にとって、一花は一目惚れの相手でもあり、彼女こそが、優にとってのチョロインだと思っていたのだ。

 だが、結果は通算二十回の告白失敗が物語っている。しかし、優はまだ物語ラブコメがスタートしていないぐらいにしか感じてないのだ。

 それこそ、九星 大地という存在がなければ、彼の人生は既に始まっていただろう。


 しかし、遂にとでも言うべきか。今までは貴重な異性の友人を失くしたくないと思って流していた一花だったが、告白されるのにウンザリし、その限界を超えていた。

 一花は本来、誰にでも優しく、誰の目から見ても、戦場に咲く一輪の花の如し可憐な少女。だが、今回ばかりは本当の自分を解放しようと決めていた。


「二宮君、もうさ、終わりにしない?」

「え、それは僕の告白を飲み込むという新手のOKサイン?」

「……回りくどいわ」


 一花は、この回りくどさが誰かに似ているな、と感じた。


「違くて、私とあなたの関係」

「それは友達じゃなくて、恋人になろうっていう新手の告白?」

「どうして、二宮君ってそこまでポジティブになれるのかしら」


 ここまできたら、一花にとっては嫌味以外の何物でもないのだが、優はそういう性格ではないので、もちろん素である。


「だって九星さんが好きだから」

「……もういいわ」


 半ばこの人間には遠回しな言い方じゃなく、ストレートに言った方が話が進むだろうと考え直した。


「私のいちにぃ……じゃなくてお兄様が、失踪したのは知ってるわよね」

「うん。だって僕達はそこから始まったんじゃないか」


 何も始まってないけれど……と思いつつも、ツッコンでは、ややこしくなるだけだと思いスルーすることにした。


「私ね、世間では死んだと思われてるけど、本当は違う世界で生きてると思うの」

「うん、それで」

「私がお兄様を好きなの、二宮君は知ってるわよね」

「うんうん」

「だから、私。お兄様がいなくなった場所から飛び降りようと思うの。そうすれば、お兄様の元にも行ける気がして」


 瞬間、優は目を見開いた。


「え、何で九星さんが、そんなことするの!?」

「……私はお兄様がいない世界なんて嫌なの。だから、同じようにお兄様が多分、最後に見た光景を私も見たいの」

「だ、だからって……」


 優は口ごもる。一花の兄好きについては、だいぶ昔から知っていた。それゆえに、彼は一花を止められずにいた。

 だが、そう考えた時点で、一つの結論が見えてきた。いや、実際にはだいぶ前から優は、大地の居場所がどこなのかを知っていた。


 異世界。オタクのサラブレッドとして育てられた優は、テレビニュースで見た時から、その可能性を感じていた。

 東京の中心街から飛び降りたにも関わらず、未だに発見されていない死体。そして、大地の最期を見た者達の言葉。


『や、奴はブラックホールのような黒い渦巻きに飲み込まれたんだ! 本当なんだ! 信じてくれ!』


 ニュースでは散々議論が飛び交い、その場所からバンジージャンプで実際に、ブラックホールのような渦巻きが現れるのかを検証した。しかし、異世界に行った者はいなかった。

 優が考えるに、本当に死のうとしてないから、渦巻きは現れなかったのだと推測している。

 そして、恐らく一花は実際に命綱なしで飛び降りようとしているのだ。異世界に行くというのなら、優も反対はできなかった。


 いや、むしろ、自分も行ってみたいという願望が彼の好奇心を突き動かす。


「わかった。なら僕も一緒に行くよ」


 優の数秒考えた答えに、思わず目を見開く一花。どうやら、優の解答には驚いているようだ。


「二宮君、何言ってるのか分かってるのかしら」

「もちろん分かってる。言ったでしょ? 僕は君が好きなんだって。だから、九星さんについていくのは当然でしょ」

「………………」


 一花は、しばらく考え込み首を縦に振った。


「……わかったわ」

「ありがと」


 優は満面の笑みだ。

 この何も考えていないような優を巻き込んだことに少々の罪悪感が生じるが、それも一つの愛の形なのかもしれないと一花は考え、優を否定するような事はしなかった。


 そして、二人の元にヘリコプターがやってくる。


「え?」


 優は呆然とする。何故、ここにヘリコプターが? という思いでいっぱいである。

徐々にヘリコプターは降下してきて、やがて一花の前で止まる。


「では行きましょ」

「え、あ、うん……」


 二人はヘリコプターに乗り込み、屋上が遠ざかって行く。

 数十分後、辿り着いたのは旧アストロナイト株式会社本部。そのヘリポートに着地すると、一花は何の躊躇いもなく、まっすぐフェンスを乗り越える。


「え、本当に行くの!? 覚悟とかないの?」


 躊躇わずに進む一花に、戸惑いを隠せない優。


「当然よ。もうすぐお兄様に会えると思ったら、覚悟も何もいらないわ。もし、何か必要だとしたら、それはお兄様への愛。それだけよ」

「はぁ!?」

「ではお先に」


 そう告げると、一花は屋上から飛び降りた。

 優はフェンス越しに一花の身体が小さくなっていくのを見守る。


 瞬間。本当にブラックホールのような渦巻きが召喚される。その小さな黒い台風は、一花を吸い込むかの如く、サイズが小さい。

 そして、渦巻きの中に一花が入ると、渦巻きは消え、一花の姿も確認が不可能となった。


「こ、これは本当に……」


 生唾を飲み込む優。

 異世界転生を前に、優は鞄から紙とペンを取り出し、黒字を次々と書き綴った。

一分くらいで紙にメモを残し、優は立ち上がる。


「よし」


 覚悟を決めた優は、一花と同じようにフェンスを乗り越え、屋上からの景色を見つめる。

 そして、その足を滑らした。

 吹き抜ける風。荒れる前髪。脳裏に焼き付くのは、走馬灯。


 そして、優は叫んだ。


「チョロインハーレムを、俺に、与えろぉぉぉぉぉおおおおッ!」


 その日。

 ヘリコプターの運転手は、ニュースにこう答えた。



「九星一花と、その同級生は謎の失踪を遂げ、屋上には『異世界へ行ってきます』という書き置きがあった」と冷静な表情で言った。



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