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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第一章:五部・若き元社長の、恩人救出。
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若き元社長の、恩人救出。6

 崩れ落ちるサファリ・ラジーナの第二拠点。現在、地上では大規模な災害に見舞われ、大崩壊状態だ。その影響は地下であるこの拠点にも及んでいる。

 走り抜ける廊下の天井からは砂埃や砂利がしきりに落ちてくる。その現象が、一刻も早くこの拠点から去ろうとする心を焦らせた。

 しかし、走る途中で一緒に逃げていたハーバンが足を止める。

 すぐに、ハーバンへと視線を移すレイ。彼女に立ち止まるな、と叫んで足を再び動かして貰おうと思っていたが、その考えはすぐに消える。

 

「ハーバンさん……」


 心がズキっと痛くなる症状に遭うレイ。彼の心を痛めたのは、戦闘の物理的痛みでもなければ、岩が落ちてきた事による痛みでもない。立ち止まったハーバンの表情を見て、心が痛みを訴えたのだ。

 まるで、大雨にでも濡れているかのような涙。ハーバンは泣いていたのだ。


「大地様……大地様……」

「…………………」


 立ち止まって泣いているのかと思ったが、違ったのだ。次第に涙の雫は膨れていき、今ではその一滴一滴が合わさって滝のような涙になっていた。

 何故、ハーバンが泣いているのか。想像できないレイではなかった。

 愛しい人を残してきた悔いと、別の女の為に頑張る自分の好きな人。もし、レイがハーバンと同じ立場だったなら、きっと先刻の場面――――大地がレイにハーバンを連れて行け。などと言われたら傷つくだろう、と考えた。

 悲しむハーバンを励ますように、レイは手を差し伸べようと、背後にいるハーバンに向き直った。


「ハーバンさん、今は逃げましょう。それが大地さんのお願い――――もとい僕と大地さんの約束(・・)なんです」

「……わかりました」


 差し出された手を握ったハーバンは、涙を洋服の裾で拭き取りながら背後を睨みつけるように見た。

 そして、まるで文句を投げつけるように言った。


「……もし、フフィさんと心中するような事したら、許さないんですからね!」

「はは……」


 ハーバンのツンデレ的とも言える文句に、レイは苦笑を隠せなかった。

 遥か遠くにいる大地に文句を言いきったハーバンは、レイを残すようにして前を進む。


「ハーバンさん?」

「もう大丈夫です。もし、大地様が死んだら――――」


 その時の笑顔は、レイが初めて見たハーバンの笑顔と同じものだった。


「私も死にますから」




 ◆




 先ほどまで、大地とバジリーナが死闘を繰り広げていた最深部。その中心部にあった魔力吸引型牢屋に似た、魔法拡散型牢屋から美女は出た。

 紅葉色の鮮やかなグラデーションを放つ長髪に、するりと細長い四肢。男性ならば素通りできないほど膨れ上がった胸部。紅い瞳は薔薇のように美しく、それを助長するように猫耳と尻尾がある美女が現れた。

 彼女は最深部の荒れた光景を見渡す。


 ――――これを一体誰が……。


 周囲には黒い炎に赤い炎が散っている。何かを燃やしているのだろうが、黒い炎からは禍々しい気を感じる。炎が灯っているからか、焦げ臭さはあるものの、この場所には似合わぬ匂いがあった。

 それは鮮血の匂い。誰かが殴り殺された、と言っても過言ではないほどの出血量も見える。

 そして、それが誰の血液なのか分からない美女ではなかった。

 

 ――――大地さんの……匂い!?


 彼女は焦りながら、周囲をくまなく探す。しかし、そこには誰もいないし、何なら争った相手もいない。

 なら、誰が……? そう思った矢先、彼女は脚元に誰かがいるのを感じた。

 その姿を見て、絶句した。

 血だらけの白いスーツ。殴られ続けた事により、服がボロボロだし、この暑さによって脱水症状まで起こしている。

 彼女はゆっくりと腰を降ろして、彼の頭を優しく膝に乗せる。


「大地さん?」

 

 美女――――フフィは、大地を起こすように呼びかけた。

 その声が届いたのか、大地は鬱陶しそうな顔をしながら目を薄く開く。きっと意識がハッキリとしないのだろう。

 目を開いているのだが、この暑さだ。苦しくて言葉を発する事も難しいのだ。

 大地はゆっくりとフフィの頬に手を伸ばす。そのまま、頬を撫でるように何回か触れると、大地の手は死んだように落ちた。


「大地さん!」


 フフィは死なないでと叫ぶように彼の名を呼んだ。

 だが、彼は瞳を閉じる事なく、まるであやされている子供が母親を見るかのようにフフィを見続けた。

 この大怪我や惨事を見て、フフィは全てを感じ取った。

 バジリーナと大地は戦ったのだ。その結果、この場所は燃え盛る広場と変わり果てたに違いない。


「……また無茶ばかりして……」


 フフィの視界が滲んだ。単純に彼女は泣いているのだ。

 この九星 大地という男は、どんな想いをしてバジリーナに大地の命だけは狙うなと言った気持ちが分かるのだろうか。どんな想いで大地の傍を離れたフフィの気持ちが分かるだろうか。大地の事を想ってバジリーナに攫われた気持ちが分かるだろうか。

 いいや、彼には一生分かる事はないだろう。

 だけど、フフィは牢屋にいながらずっと思っていた事があった。例え、それが自分の傲慢的な想いであっても、心の奥底では呟いてもいいのだろう、そう考えていた。

 それが実現される事の嬉しさ。フフィは嬉しさ半分悲しみ半分で涙を流していたのだ。


「……ばか」


 フフィは大地の頭を自分の胸に寄せて抱き締めた。

 瞬間、岩が天井から落ちてきた。

 この場所も、もう長くない。それは誰からでも一目瞭然である。

 大地の頭を数秒抱き締めたフフィは立ち上がり、出口を探す。

 しかし、被害が甚大な広場に出口は見受けられず、言ってしまえば出口があったと思われる場所には既に岩が埋め尽くされていた。

 つまり、出る事は不可能に近かった。


「大地さん……出口、ふさがれてますよ」

「………………」


 未だ瞳を持ち上げている大地に語りかけたフフィ。しかし、大地は口元を綻ばせて、笑ったのだ。

 その笑顔を見て、フフィも笑った。

 大地はどんな時でも諦めなかった。サファリ・ラジーナの副団長を相手にしている時も、フフィがバジリーナに攫われそうになった時も、何よりフフィを助ける事自体すらも諦めなかった。

 ここでフフィが諦めてしまって、天国に二人で行ったとしたら、それこそ大地に「それはボツだ」と言われてしまう。

 そう言わない為にも、自分を助けてくれた大地の為にも、何よりも自分が願った事を叶える為にも、フフィは大地と共に生き抜かなければならない。


 ――――恩人を助けるのは当然。


 大地がいつも言っている言葉。それを噛み締めるように、脳内で呟きながら大地の肩を担ぐ。

 自分を天才だと言っている天然ボケな大地は、フフィを恩人だと言っていた。だけど、フフィにとっても大地は恩人だ。律儀に恩人を今みたいに救い出してくれる。

 ならば、その敬意に応えるのが自然だ。

 フフィは大地と一緒に立ち上がり、天井を見上げる。


 ――――これは賭けだ。


 フフィはそう思いながら、天井を睨みつける。

 しかし、ここを壊さなければ、二人は生き抜く事は難しい。

 塞がれた出口を壊しても、逃げる途中で生き埋めになる可能性は大いにある。

 一番手っ取り早くて、一番運任せな手段をフフィは選んだ。

 少しだけ残る魔力を、全て引き出すように神経を奮い立たせるフフィ。

 そして、力強く叫ぶ。


「『七神魔法セブン・ブラック・アート』ッ!」


 フフィは願いを込めるように叫んだ。

 自分はどうなってもいい。だけど、大地だけは、大地だけは助けたい。

 だから、この天井を突破する力を貸してください、と。

 そして、その願いは通じたのか。魔法の爆発によって天井(・・)は破壊された。

 しかし、破壊した事による衝撃で、燃えた瓦礫がフフィと大地に向かって降り注ぐ。


「――――――――ッ!?」


 瞳を閉じるフフィ。

 だが、その燃えた瓦礫はフフィには落ちてこなかった。


「間に合いましたねッ!」


 そこにいたのはサファリ・ラジーナの副団長レイ・キサラギだった。彼は剣で落ちてくる瓦礫を一刀両断したのだ。

 彼の顔には疲労の色が浮かんでいる。どこからか、急いで駆けつけたのだろう。


「大地様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 瞬間、女性の声が聞こえ、天井があった場所へと視線を向ける。

 そこには真っ白いドレスを着用した美女がいた。彼女は涙を流しながら、高い位置から降りてきた。

 すぐにフフィと大地の元へと近づくと、大地の顔を胸元で抱き締める。


「大地様! しっかりしてください!」


 泣き叫ぶように言う美女。だが、大地は眠ったまま返事をしなかった。

 隣にいたレイは、大地をフフィから奪い取るようにして担ぐ。


「ハーバンさん、今はここから出る事を最優先だって言ったじゃないですか!」

「だって! 大地様がやっぱり心配で……。それにレイさんだって、結局私よりも先に駆けつけたじゃないですか!」

「……と、とりあえず! 後で言いたい事は聞きますから! 早く脱出しましょ!」


 どうやら、白いドレスの美女はハーバンのようだ。

 二人が何故一緒にいるのかは分からない。だけど、フフィはどうしても聞きたい事があった。

 胸元に手を当てたフフィは、敵だった筈のレイに恐る恐る聞く。


「大地さんは……」

「助かります。いや、必ず助けます」


 しかし、フフィの質問よりも先にレイは言葉を返す。そのまま、笑顔でレイはフフィに言った。


「それが、大地さんの心情――――恩人は必ず助ける、ようですからね」


 何があったのか分からないフフィではあったが、レイと大地の間に何かしらの絆が生まれている事が分かった。


「フフィさん、後で話をしましょう。だから、今はとりあえず――――」


 ハーバンも笑顔で言った。


「皆で帰りましょう」

「はいっ!」


 フフィは溢れ出る涙を拭おうとせずに、ただ涙を流した。

 数ヶ月前には考えられなかった。

 誰かが傍にいる事がこんなに嬉しい事だなんて知る事ができなかった。

 大地に出会えたから、皆と帰れる。

 例え、帰る家や場所がなくても、皆の中にフフィがいるのなら、どこに行ったとしても、そこは帰る場所なのだ。


 この数時間後、四人は無事、生還した。

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