若き元社長の、恩人救出。2
サファリ城下町地下。
この施設はサファリ・ラジーナの第二のギルド本部として使用されていた。
地下室は盗賊が作ったからか、牢屋なども多数存在していた。
薄暗い一室。明かりは壁にかけられている炎を灯す蝋燭が小さく光る。
手錠を枷られた少女、フフィは牢屋で最期の時を待つのみである。
そこに一人の人間がやってくる。
「さて、準備は整ったことだし。始めようか」
「………………」
始めようか、と言われても返すこともできない。フフィは分かっているのだ。これから始まるのが自分自身の処刑であると。
最早、走馬灯など終わらせたし、涙もここに来る途中には枯れてしまった。
大地が生きてるのならば、それでいい。そう願った筈が、彼は渦巻きのダンジョンから出て来た時に、軽い戦闘をして、謎の隕石に巻き込まれた。
死んだ、とは思っていない。だが、無事であるとも思っていなかった。
「………………」
牢屋の鉄柵が開かれ、フフィは立ち上がり、そのまま目前の人間、バジリーナの後を追う。
まるで、奴隷のように歩かされるフフィ。
この歩行の仕方も随分と慣れてしまったな、と思った。
歩くこと数分。誰にも遭わずに辿り着いた場所。
それを見て、フフィは目を見開いた。
魔力吸引型牢屋。
魔力を最期の最期まで吸い取られながら、命が尽きるのを待つ処刑道具である。
酸素カプセルのような半透明な牢屋である。
「さ、入って」
フフィは何も言わず、ただ黙って足を進める。
半透明な牢屋に入ったフフィは、バジリーナに視線を移す。
「……大地さんは無事、なんですか」
心の中を絶望が支配している。だが、その中にも微かな光があった。
それは大地だ。彼の為に、サファリ・ラジーナに処刑されてもいい。という要件を伝え、ここに連れ去られたのだ。
フフィは最期の最期まで、大地が気になって仕方がない。
その質問にバジリーナは俯き、口を開いた。
「……死んだと思うよ」
「死んだ!?」
フフィは目を見開き、バジリーナを睨みつける。
その時、フフィは約束したのに! という負の感情が徐々に沸いてくる。
大地は傷つけない、という約束を破った。
その想いが次第に強くなる。
だが、バジリーナは冷静になって返す。
「しょうがないじゃん。大ちゃんが襲いかかってくるんだもん。それにあの隕石に衝突したら、誰だって死ぬよ」
「で、でも、あなたは約束をしてくれたじゃないですか! 大地さんは傷つけないって!」
激昂したフフィ。
だが、バジリーナは何も言わずに踵を返す。
「じゃあ、何かできたの? アタシには無理だったな。だって大ちゃんを助けるなんて約束、アタシはしてないもん」
「………………」
フフィはカプセルから出ようと必死に柵を叩く。しかし、カプセルは尋常じゃないほどの強度を誇り、まるで壊れる気配がない。
そんなフフィにバジリーナは言った。
「ならアタシを殺してみれば? どうせ死ぬ命なんでしょ? あ、でもクリティリィム族には無理かぁ。だって攻撃系スキルなんてないもんねぇ」
挑発。バジリーナの笑顔はフフィの怒りを更に掻き立てる。
「そもそも、攻撃系スキルを持ってたって、幼女と変わらないあなたには、無理な話だよね」
フフィはやがて、カプセルの中から脱出をしようと叩くのをやめる。
「なんだっけ、クリティリィム族って成長するのに、条件が必要なんだよね。馬鹿馬鹿しい一族だよね」
フフィは遂に怒りが頂点に達した。
紅い瞳が光り、猫耳と尻尾がピンっと立つ。
そして、叫んだ。
「『七神魔法』ッ! 【七神・爆炎】ッ!!」
クリティリィム族唯一の攻撃魔法。
そのスキル名を叫ぶと、今まで幼女の姿だったフフィの身長が急激に伸び、胸元は成長し、手足は伸び、誰もが見惚れる美少女に変わった。
だが、それを見る者はバジリーナしかいない。
それに、フフィの魔法はバジリーナには届いていないどころか、発動すらしていない、ように見える。
これが魔力吸引型牢屋だからか、いや、それ以前に魔力は吸引されていなかった。
それどころか――――。
「あははは! あなたはただそこで魔法を発動し続ければいいだけよ!」
「ぐっ! あなたなんか木っ端微塵にします!」
フフィは魔法を発動し続けた。
◆
『零』を発動した者同士の戦いは、【武器能力・零】や【物質的生命数値・零】を使っても、武器が壊れることはない。
力は相殺され、通常の刃の撃ち合いとなる。
槍を突き刺すレイ。
その槍を素手で威力を殺しながら躱す大地。
二人の戦いは、一見地味に見えるものの、別目的で闘技場に来ていた客達を魅了していた。
「ハァァァアアアアッ!」
レイの槍が一際強い光を放つ。スキル『光剣』を発動する。そのうちの技を放つレイの武器は、突き刺す動作中に、槍から剣へと変形し、その刃は大地の心臓へと伸びる。
速度が光の如く速いスキル技。
大地はアブソーションを、尋常ならざる速度で弄り、四神の剣を具現化させる。
光の刃を四神の剣で受け止める。
だが、高威力かつ、スキル『零』とスキル『光剣』を合わせた技は凄まじく、大地の『絶対防御』『零』を纏わせている四神の剣でも防ぐことは容易ではなかった。
その証に、大地は剣で防御しながら、闘技場の壁まで押される。
奥歯を噛み締めながら、抗う。だが、攻撃を防ごうと、力を込めるたびに剣は軋む音をあげる。
フィールドに、大地が踏ん張った跡を残しながら、遂に壁に激突する。
「やるね」
大地は壁に背中を衝突させ、呟いた。
観戦客のうち、レイを応援している者達は歓喜の声をあげた。
しかし、大地はレイを讃える歓声の中、剣に付着した砂埃を振り払い、レイを睨みつける。だが、口元は笑っている。
「何が楽しいんですか」
レイは分からなかった。
スキルを造るスキルを持ち、どんなスキルをも打ち砕ける能力を持っている大地。もし、レイが大地なら、相手に押されれば笑っていることはおろか、焦るであろう。
何故、押されているのに笑っていられるのか。大地に対しての謎は深まるばかりである。
「楽しいか、楽しくないか。俺は断然前者だね。俺は俺と同等か、それ以上の存在を待ちわびていた。前の世界には、俺と同等の存在などいないと言われて、凹んだ時期もあった。けど、君という相手を見つけ、本気で戦えるのが何よりも幸せだよ」
大地は本当に嬉しそうだ。
レイを粛清するとか言ってたのが嘘みたいである。
「でも、あなたが負ければ、僕の方が強いことになる。それでもいいんですか」
「関係ない、俺を楽しませてくれるんだ。勝ちも負けもあってないようなものさ。恩人に対する感謝を行動で表すとしよう」
大地は掌を天に掲げる。
その遥か上空が、まるで竜巻を起こすかのように台風の目が現れる。
「そろそろ、飽きてきたところだろう。終わりにしようか」
「『七神魔法』なら、さっき防いだばかりですよ。僕なら何度でも耐えられますけど」
「確かに耐えられるかもしれないね、肉体的には」
大地は笑う。
「あなた、一体何をしようと……」
「俺は今、君がやろうとしている事と同じ事をしようとしてるんだ。つまり、この闘技場を覆うほどの雷を落とす」
「な!?」
レイは目を見開き、大地を信じられないものを見るかのような瞳で見つめる。
全域を巻き込むだなんて、正気の沙汰とは思えない。
だが、既に魔法は発動していて、上空には雷を落とす為の積乱雲が出現している。
極めて危険な行為をしようとしている大地。
しかし、同じような事をしようとしているレイは、何も言えずに固まる。
「どうしたんだい。君は平気なのだろう。同じ事をこれからしようとしてるんだから」
「ぼ、僕は…………」
「君は自由だな、眩しいくらい。自分は良くて、相手はダメ。自己中心的というか、救いようがないというか」
「で、でも!」
大地はレイを睨みつける。
「でも、やり過ぎだ、とでも言うのかい。さっきも言ったように、これは君と同じ事をやろうとしているだけだ」
「そ、それでも……」
「俺は恩人には正しい道を歩いてもらいたい。そう言ったね。じゃあ、俺の今の行為は君の目にどう写る? 正しい道を歩いてる人間の行為かな」
「そ、そんなこと……ッ!」
レイは苦悩する。
現在のレイの心を映したかのような、光景だった。バジリーナの計画、すなわち王国全域を滅ぼす事に加担するレイ。だが、そこまでしなくても、国王だけ滅ぼせばいい。という考えのレイ。
どちらも選べない。
復讐は大事だ。だが、だからといって他人を巻き添えにしては、ならない。
握るストライク・ソードが震える。
大地は溜息を吐いて、レイに言った。
「時間切れだ」
「ま、待っ――――」
大地は本気で、闘技場全域を巻き込もうだなんて思っていなかった。だが、少しでも計画の危険性を知ってもらいたかっただけだった。
だが、それは突然起きた。
上空の積乱雲を解放しようとした瞬間、爆撃音が響く。
大地は目を見開き、視線を彷徨わせる。
「え……」
「爆発か」
レイは唖然とする。
「ま、まさか……計画は明日からの筈じゃ……」
「どういうことだ」
レイの視線は城にいっている。その城の一部から火の手が上がり、煙が発生している。
火事、ではなさそうだ。
だが、第三者が城に何かしらの行為を働いたのは確かである。
だが、すぐに爆発音は耳に届く。
城下町、一帯からランダムに爆発音が響く。
スラム街、市場、住宅地、その全てが爆発に巻き込まれる。
「……始まったんです、バシリーナさんのサファリ王国壊滅計画が」
レイは生唾を飲み込んだ。




