若き元社長の、恩人救出。1
早朝のサファリ城下町。
連なる民間人の住宅の屋根に立つ者が一人いた。
サファリ・ラジーナ副団長。レイ・キサラギ。彼は、魔物が街に侵入しているというのに、表情は静かだった。
大地は目を見開き、すぐにスーツのジャケットを羽織ろうとする。しかし、そこにジャケットはない。
「大地様っ!」
突然、ハーバンが何かを投げた。
それはユラユラと揺れながら大地に握られる。
「これは……」
「大地様、いつも同じスーツですよね。私、昨日は大地様の目を盗んで買ってきたんです」
記憶を遡ると、確かにハーバンは大地の周囲をうろちょろしたかと思えば、戻ってきたりと、落ち着きがなかった。
新しいスーツを作ってくれていたのだとしたら、確かに落ち着きがなかったのにも納得がいく。多分、サイズを計っていたのだろう。
大地は白色のスーツを羽織る。
「大地様……」
「ありがとう、ハーバン。感謝するよ」
大地は、けど、と付け足す。
「君は少し自分を大切にした方が良い。風邪でもひいたら大変だぞ」
「大地様こそ、私に頬ずりしながら寝てましたよ。甘えん坊さんですね」
「かもな。じゃあ、ハーバン。俺は行くぞ」
「はい!」
大地は白スーツ姿で宿屋ハルバスの窓を開く。そこから身を乗り出し、レイを見つめる。
「おはよう、副団長」
「ッ!?」
レイは大地の姿を発見し、その身体を硬直させる。驚いたのだろう、それくらいは大地にでも予想がつく。
しかし、驚くべきはそこじゃない。
大地は呟く。
「『創造能力』『跳躍』」
大地は全身を窓から覗かせる。
そして、跳ねる。
高く飛び跳ねた大地は、レイの前に立つ。
その手には四神の剣が握られている。
大地は、レイを捕まえて拷問するつもりだ。
刃を向ける大地。それに応えるように、レイも刃を大地に向ける。
「久しぶりですね、大地さん」
「そうだね。俺は君達を探していたんだけど」
「そうですか。でも、僕達はある計画を必ず実行する為に隠れていたんです。悪いですけど、大地さんには邪魔させません」
「望むところだ。俺だって恩人を見殺しにできるほど、性格が悪いわけじゃない。君には必ずフフィの居場所を吐いてもらう」
両者が睨みあい、その眼光が火花を散らす。
静かに武器を構えた二人は、そのまま時を待つ。
そして、一瞬強い風が吹くと、両者の足は屋根を飛び跳ねる。
大地は飛び跳ねながら、レイに縦斬りを放つ。それを防ぐかのように、レイは大地の太刀筋に対して、横薙ぎで応戦する。
刃と刃が衝突し、小さな火花が散る。
一度距離を取る二人。
レイはスキルを発動させる。
「『火焔魔法』【火炎砲】!」
掌に炎が集まり、徐々に収縮する。その掌を大地に向かって掲げると、炎は意志を与えられたかのように素早く動く。
その炎を相手に、大地は四神の剣で対応する。
まるで、剣道で面打ちをするかのように、炎を縦に一刀両断する。
しかし、炎によって一瞬視界を遮られただけで、レイの姿を見失う。
大地は周囲に視線を送るが、彼の姿はない。
と思ったそのとき。
「ここですッ!」
上空から隕石の如く、刃を大地に向けて降下してきたレイ。
回避したとしても、一つ家が壊れ、尚且つダメージを負う可能性があると、察した大地は避けずに、四神の剣を振るった。
再び重なる刃。
しかし、上空からの急降下により、威力を数倍増したレイの攻撃は思った以上に重く、大地は吹き飛ばされる。
軽く三メートルほど飛ばされたが、大地はすぐに起き上がる。
攻撃をヒットさせるまでいかなくても、ダメージを軽く負わせたレイは、すぐに大地に向かって走る。
「これでチェックメイトですッ!」
「随分と甘く見られたな」
レイの剣は光を帯びている。しかし、それは一撃必殺の『零』ではない。だとすると、新たなスキルを所持していることが明らかである。
大地は突進するレイの剣を見つめ、何かしら危険なスキルであると予期した 。
ここ数日、四神の剣を使う回数が多かった大地は、能力を大方分かっていた。
この剣は一振りで四属性の斬撃を発動する事ができる。
大地はレイの足元に向かって、斬撃を走らせる。
「はっ!」
レイは短く、気合を込めたかのように飛び、斬撃を避ける。
飛びながらも、レイの刃は大地を殺す為に、振り上げられている。
一際、レイの握る剣が光を増す。その輝きは太陽と遜色ない。
あまりの眩しさに顔をしかめそうになる大地。
瞳を閉じた大地は、空を斬り、火、水、雷、風の斬撃を呼び起こす。
天変地異にも見える四神の剣一振りに、レイは構わずに突っ込む。
四属性の斬撃ごと斬るように、レイは剣を振るう。
「『光剣』【巨光】!」
レイは新たなスキルを手にしていた。さらに武器も新しい。それは多分、大地に負け、自分の弱さを自覚したので、ダンジョンに潜ったのだろう。だが、相変わらず、剣か槍なのか分からない。
レイが叫ぶと、まるで巨大なレーザーの如く、四属性斬撃という壁を穿つ光。
その奥にいた筈の大地は、存在していなかった。
「甘いよ」
すぐ背後から漏れる声。
レイが振り返ると、そこには大地が剣を振りかぶりながら迫っていた。
反射運動を利用して武器を横向きに構え、防御体制を取るレイ。
しかし、そこに大地はあえて、刃を叩きつけた。
大地の剣は、予想以上に重く、レイが今度は吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
屋根の瓦礫ごと吹き飛ぶレイ。
大地が三メートル吹き飛んだのに対して、レイは百メートルほどは飛ばされていた。
一軒家に背中から突っ込んだレイは、大地の強さ、地力、能力、武器の全てを改めて恐れた。
だが、すぐに立ち上がり、レイは再び武器を構える。
レイにも、必ず成し遂げたい事があるのだ。それは恩人バジリーナの計画を成功させること。そして、その計画は自分の利害とも一致しているので、なんとか功績を上げたい。
その為には、白スーツの男。九星大地を倒す、または動きを制限するしかない。
大地は、計画に必要なクリティリィム族の女の子を恩人とし、彼女を助ける為に必死なのだ。
お互い、負けられないのだ。
大地はすぐにレイの近くにやってくる。
「これで、お互い様かな。最初に攻撃を食らったのは俺だけど」
「ええ、ここまではお互い様です。ですが、ここから先は僕の独壇場です!」
レイは武器を槍モードに変形させる。
その刃には『零』の光が纏われている。
この戦いをレイは、早々と片付けるつもりだ。彼には、王国騎士と≪聖剣騎士≫の両方の組織をサファリ城下町から引き出す仕事があるのだ。
その為には、魔物を操らなければいけない。
モタモタしている場合ではない。
「君はせっかちだね、長生きできないよ」
「僕は長生きしてもしなくても、どちらでもいい。ただ、僕の復讐を果たせれば、それだけでいいんです」
「ん、復讐、ね」
大地は復讐という言葉に何か言いたそうにしていた。
復讐は復讐しか生まない。
誰かが殺されたから、そいつを殺す。
そいつを殺されたから、その誰かを殺す。
誰かを殺されたから、その誰かを殺した奴を殺す。
大地は負の連鎖だな、と思った。
レイは一応、剣を交え、命の奪い合いをしている相手であるが、大地は彼の事を嫌いじゃない。
その理由としては、一晩世話になったからだ。大地にとって恩を受けた相手は、どんな小さい事も、大きい事も、恩は恩だと感じている。
復讐に囚われたレイを、ただ倒すだけではダメだと感じる。
「君は、誰に何をされたから復讐するんだ」
レイは驚いたように目を見開き、呟いた。
「……僕は、この世界に来て親が盗賊に殺されたんだ」
「ん、なら盗賊を殺すのが妥当な判断だと思うけど」
「違うんです、僕はスラムの生まれで、両親は僕が生まれるまでは普通の国民だったんです。ですが、国王が変わってから税金が異常に高く跳ね上がって……スラムの住人になったんです」
「なるほど」
大地は話の流れで、レイの復讐相手が誰なのか確信した。
つまり、スラムの住人になっていなければ、親は殺されていなかったと。そう言いたいのだ。
だが、その結論に至るのには、少々考えが足りない気もする。
レイには申し訳ないが、盗賊を全滅させることの方が先だろ、と大地は考えた。
いや、もしかしたら盗賊は既に殺したのかもしれない。
「それでその計画とやらで、国を滅ぼす、と」
「はい、その為に大地さん、あなたを倒させてもらいます!」
駆け出すレイ。
過去の話をしたレイに、さっきまでの迫力はない。昔話をしてしまったことにより、少しだけ力が抜けたようだった。
大地は瞳を閉じた。
恩人と恩人。どちらを選ぶだなんて大地にはできない。助けてもらった人に優劣なんて関係ない。
だが、どちらか一人しか助けられないとなったら。
大地は迷わず――――。
「どちらも助ける。俺は恩義には厚い男なんだ」
屋根に手を触れる大地。
駆け出すレイは武器を構えながら、大地に槍を突き刺そうとしている。
だが、全てを吹き飛ばすように大地は叫んだ。
「『空間魔法』【空間雷鳴】」
「その技は!?」
時空が割れる。
大地は時空を割り、レイは走る足を止める事ができず、そのまま時空に飛び込む。
大地も、時空の裂け目に入る。
時空が引き裂かれ、出た先はコロシアムの舞台。地面は砂であり、周囲には多くの人間が観戦している。
闘技場。レイ達、サファリ・ラジーナが第二位ギルドにまで力づくで戦い抜いた場所である。
懐かしき匂いを感じながら、レイは大型モニターに映る、主役を見た。
名前は極炎ケルベロスと、機甲ドラゴン。どちらも、討伐ランクが高い魔物である。
レイは視線を魔物の檻を見つめる。
そこから出てくるのは、極炎ケルベロスでもなく、機甲ドラゴンでもない。
白いスーツ姿の男――――大地である。
「君には恩義を返さなければ、ならない。その為には、大きいステージの方がいいと思ってね」
「わざわざ、こんな所でやらなくても、僕は逃げませんよ」
「逃げるとは思ってない。けど、君にはちゃんとした復讐について教えないといけないんだ。救われた身としてはね。恩人にはしっかりと正しい道を歩んでもらいたい。それが現在の俺の心境さ」
レイは少しだけ笑った。
この九星 大地というのは、よほどお人好しと見える。小さな恩でも、受ければ恩人とみなし、その人の為に力を尽くす。
例えば、ギルドランク二位のサファリ・ラジーナに連れ去られた少女を助けようと奮闘したり、寝泊まりさせてあげただけの人に説教じみた戦いを挑んだり。
心の中にあった迷い――――城下町一帯を巻き込んだ計画に疑問を感じていたレイ。だが、今は一人の戦士として、大地の前に立ちはだかる。
「わかりました、僕は今から、正義の為、あなたの敵としてではなく、己の意志で戦います。それが口うるさいあなたを、救ってしまった僕の責任です」
「いい顔になったね」
大地はポケットから両手を取り出す。
武器は移動最中にアブソーションに納刀したようだ。
『まもなく、本日のメインイベント、極炎ケルベロス対機甲ドラゴンのバトルを行います』
闘技場のアナウンスが鳴り響く。
戸惑う観戦客。
大地とレイが場内に侵入したのだが、どうやら闘技場での戦いは普通に実行されるらしい。
魔物の檻が開く。
大地とレイはお互いを強く睨み合う。だが、そこに悪意はない。
大地の左側から現れるのは、サイボーグのドラゴン。全身を覆っているのは、鉄。
レイの左側から現れるのは、全身を炎に包んだ、三つの顔がある大型の狼。
そして、コングは鳴り響く。
走り出す両魔物。その先にいるのは、大地やレイ。
だが、二人はお互いから視線を逸らさずに、横からやってくる魔物に見向きもしない。
やがて、観戦客が人間の死を間近に叫びをあげる。
観戦客の誰もが、彼らは魔物の餌となると思っているだろう。
だが、二人は餌になるどころか。
「邪魔だ」
「邪魔です」
大地に迫った機甲ドラゴンは、スキル『零』を纏った拳に触れ、一撃で倒れる。
レイに迫った極炎ケルベロスも、スキル『零』を纏った槍に穿かれ、一撃で倒れる。
その様子を見た者たちは、一瞬静寂する。
そして、強い風が吹かれ、二人は拳と剣を交えた。




