若き元社長の、金稼ぎ。3
「いらっしゃいませ」
天候は今日も良く、テントが貼られていない大地達の出店にとっては好天気となった。
人で賑わう市場。しかし、大地の出す店には、誰も寄り付かない。原因はスキルを売っているからか、それとも大地の顔が怖いからなのか。多分後者だろう。
だが前者の可能性も捨てきれない。
スキルを入手するのに、必要なのは渦巻きダンジョンのクリア。または死んだ者のアブソーションを操作して自分の物にするか。あるいは派生させるか、である。
もちろん、スキルを売ることも買うことも本来は不可能だと知られている。なので、市場を歩く者達からは、悪徳商法だと思われていた。
道行く人々に、挨拶をしてみても誰も寄ってこない。
大地の顔は基本的にイケメンの部類に入る。だが、昨日遅くまで作業した挙句、ハーバンは先に寝てしまったので、ハーバンが襲われないように徹夜で起きていたのだ。
そんな中、一人で店番をしているのだが、まだ誰もスキルを買いに来ない。
これでは赤字経営だな、と大地は思っていた。
そんな中、ハーバンが戻ってくる。
「あら、ここの店員さんは中々男前ですね。でも眠そうですね」
「誰のせいだと思ってるんだ」
「私は頼んでませんよ」
ふふっと高貴に笑うハーバン。
だが、情報収集をしていた筈なのに、髪の毛が濡れている。
一体何をしてたんだろうか。
「君は俺が徹夜で働いてる中、何をやっているんだ」
「私ですか? 軽くお風呂に入ってきました。美女たるもの、汚いのはダメですからね」
「ん、金はどうした」
「ハルカスさんが無料で入れてくれました」
「それなら料金をタダにしてもいい筈なのだが」
正確にはハルバスが名前である。大地はわりと素で名前を覚えていない。
大地が眠っている間、ハーバンは宿屋の女将さんと仲良くなっていたのだ。
「それよりも売れました?」
「いや、何も」
ハーバンは結果が見えていたのか。嬉しそうに、やっぱり、と笑っていた。
バカにされた気分になった、大地は少しムッとした。
だが、ハーバンは大地の座っている席の隣に来る、
「大地様、少し変わってくれませんか」
「いや、意地でも俺が」
「私はもう充分休憩したので、大丈夫です」
「君の役目は情報収集だった筈だが」
表情を曇らせた大地は席を外すと、ハーバンが代わりに店の席に座る。
「では大地様、私が十件は売りますので任せてください!」
「ん、できなかったら?」
「では、私の身体を好きにする、というのはどうでしょうか」
「冗談じゃない、罰ゲームだろ」
「あら、まんざらでもなさそうですね」
大地は顔を赤くして、店を後にした。
◆
レイはサファリ城下町を探索していた。
大地がこの地にいるのか、どうかは知らないが王国騎士がこの土地にて、どういう動きをしているのか調べても損はないだろうと思っていた。
実際、税金を高く取るくせに、王国の騎士は仕事をしているわけではない。むしろ、市場にて買い物をしている者もいる。
牛乳を買ってこいと言われれば、買って来る騎士。どの世界でも妻が強い家庭は多くあるのだろう。
そんな中、市場に人集りができていた。場所自体は変哲もない地なのだが、男性客が多いことから、美人な店員でもいるのだろう、とレイは予測していた。
中には騎士までいる事に、レイは憎悪が湧いてきた。
偵察も含め、その店にどんな店員が働いてるのだろうとレイは近づく。やはり、年頃の男子なのだろう。
その店は名前などなく、しかし、スキル屋などと変な幟を掲げた店だった。
――――スキルを売り買いなんて、本来できない筈なんだが……。
そこまで考えて、レイは過去を思い出した。
スラムでバジリーナに力を与える、と言われダンジョンに潜り、結果的にはスキル『零』を手に入れた。
つまり、この店はダンジョンをチーム編成で攻略しようとしている人間を集める、いわば、ギルド掲示板のような役割をしているのかと考えた。
悪くはない、と考えたレイは、ダンジョン攻略の日付によっては参加してもいいなと思った。
人の列を裂くように、スキル屋を覗こうとするレイ。
「え……」
レイは驚いた。
身長は高く、四肢も身長に合わせたかのように細長く美しい。
胸も中々あり、着ているゴールドドレスも綺麗なのだが、それが着られているようだ。
髪の毛は白く、赤い宝石のヘアピンをしている。
顔はこの世の女性が欲しいと思う部品を、全て詰め込んだかのように可憐だ。
上品な仕草を見せる、美女はまるで一輪の花である。
「あら、いらっしゃいませ」
「あ、え、えーっと……」
レイは後頭部の髪の毛を弄りながら、返答に困る。
下手に名前を聞いて、引かれても嫌だし、かといってスキルが欲しいと通常の買い物をするかのように接することができない。
顔を真っ赤にしたレイは、対応に困る。
すると、美女は頬笑みながら首を傾げた。
「どうしましたか?」
「いえ、そ、その……す、スキル屋って、どうやってスキルを売るんですか!?」
思い出したように、不可能と思われるスキルの売買方法について聞く。
しかし、美女は顔を曇らせてしまう。
「私はただの店番ですので、御主人が全てを知っています」
「そ、そうですか……」
残念そうに俯くレイ。
どうやら店長とやらは、ここにはいないらしく、その人物がスキル屋の全貌を知っているらしい。
レイはまた後で来るか、と思いスキル屋を後にする。
◇
大地は情報収集をする方法も分からず、とりあえず城下町の西にある酒場に来ていた。無論、酒を飲む金があるわけでもなく、水だけ飲んで話を聞こうとだけ考えていた。
だが、どこの酒場も夜からの営業で、閉まっているところばかりである。
とりあえず、店番をハーバンに任せていることだし、一度戻ろうと考えたとき。
「おお! 明日、この国は滅ぶゥゥゥッ!」
路上で奇妙な叫びをあげる老婆。
深い紫色のローブを着用したオバサンがいた。
大地は何と無く気になり、オバサンの元へと近づく。
「明日何かあるのか」
「おお! そなたは……」
「ん、サラリーマン風無職の人間だ」
「……本当に無職なんじゃな」
「ん、何でわかる」
オバサンは両手を空に向けて言った。
「ワシは予言者だからじゃ!」
「予言者、また大層な職業だな。儲からないだろ」
「うぅむ……よく分かるのぉ」
「職業柄な」
大地はそんなことよりも、気になる事があった。
予言するにしても、しないにしても、オバサンはスキルを使っていなかった。大体の場合、魔法や技を扱う際にはスキルが魔力を消費する為、魔力の流出が見られる。
だが、オバサンからは魔力を使っている素振りは見られなかった。
一体何をしたのか気になっていた。
「それよりも君は詐欺師なのかな。スキルも使ってないのに、どうやって予言するというんだ」
「む、お主。アビリティの存在を知らぬのか」
「知らないも何も、この世界じゃスキルが物を言うんじゃないのか?」
「違うぞい。スキルは数多の者達を便利に暮らさせる小道具に過ぎない。従って、強力なものもあるし、大した事がないのもある」
スキルはそんな感じの認識なんだな、と大地は一つ学んだ。
「スキルは強力ではあるが、覚醒することで目覚めるものもあるぞい」
「それが君の場合、予知だったと」
「むぅ、そういうことになる」
オバサンは唸りながら、大地の事をじーっと見つめる。
「ふむ、お主、中々良い素質を持っておるな。時に世界を救うじゃろうが、破滅へと導く可能性もあるのぉ……」
「俺の、そのアビリティとやらがわかるのかい」
「うむ、特別に見てやろう」
首を縦に振ると、オバサンは両手を大地の胸元に触れ、念じる。
「むぅぅぅ…………」
「………………」
「むぅぅぅん…………」
「………………」
「むむむぅぅぅん……………」
「……何をしているんだ」
「見てわからぬか? アビリティへ魔力を送っているのじゃよ」
「わからないな」
大地は首を傾げる。
そして、オバサンは瞳を閉じる。
で、開いた。
「なんじゃ、お主もう目覚めているではないか」
「目覚めている? どういう事だ」
「お主は一人一つのアビリティを既に所持しておる」
「そうなのか……」
大地は残念な顔になりながらも、なんとなくアビリティというのがどういうものか気付いていた。
――――造る事ができるならば、壊すこともできる。そういう事なのか。
期待を裏切られた気分になった大地は、オバサンから踵を返す。
「待て」
「予言を変えてくれ、とか言うならお断りだぞ。俺は世界の救世主になる興味はないよ」
顔だけ振り返ると、オバサンは含み笑いをしながら、大地の顔を眩しげに見つめる。
「お主はきっと、世界を救う事になる。それを望んでいなくても、な」
「そうか」
大地はそれだけ言って、その場から姿を消した。
◇
「なんなんだ、この騒ぎは」
「あ、大地様! おかえりなさい!」
笑顔で手を振るハーバン。
その周りには、多くの男性客が集まっている。
途中帰る際に、謎の行列ができていたので、帰るのに時間がかかっていた。
おかげで、空は茜色に染まっている。
一体、ハーバンは何をしたのか気になった。
近くに寄ってきたハーバンは、耳打ちをする。
(なんだか、お客さんが沢山来ちゃったんですけど、大地様の戻りが遅くて……)
(俺のせいか。こっちは君が客を集め過ぎたせいで、帰るのに何時間かかったと思っているんだ)
「ハーバンさん! スキルを売ってください!」
「こっちもこっちも! ハーバンさんになら、何でも貰います!」
「握手してください! というか、今夜空いてますか?」
執拗に迫る男性客。
これだけ、男性客が多ければ疲れるのだろうが、ハーバンに疲労困憊の色は見られない。
多分、ハーバンは男性に、美人だと持ち上げられるのが好きなのだろう。
一度、教育し直す必要性を感じながらも、大地は男性客の前に立つ。
「なんだお前」
鎧を着用した男が、大地を睨む。
「ここの店長だ。料金は前払いで一万リーだ。物によっては値段を上げる」
「ふん、スキルを売るとか無理なくせに」
大地が現れ、明らかに対応を変える鎧の男。
だが、ハーバンが大地の背中で、瞳をうるうると涙目になる。
それを目に入れた鎧の男は、財布から一万リーを大地に投げつけるように渡した。
「て、テメェが明らかに詐欺だってのは分かるけどよ、その人だけは幸せにしろよ!」
「ん、何を言ってるか分からないが、善処はしよう。何のスキルが欲しい」
「……何でもいい」
「そうか」
本当にハーバン目当てだったのだろう。スキルを売り買いできる話を信じていなかった様子だ。
大地は鎧を着ている男に、手をかざす。
「『創造能力』『能力売却』『速度重複』」
大地は、想像能力で、『能力売却』を作成する。
『能力売却』はスキルを渡すスキルだ。そのスキルを使い、次は『創造能力』で造った『速度重複』を鎧の男に与える。
見た感じ、大地の手から光が鎧の男に入るようにしか見えない。
光が鎧の男に入り、作業が終わる。
「完了だ。アブソーションを見てみろ」
「お、おう……」
鎧の男は信じていなかったのだが、アブソーションを開くと目を見開いた。
「こ、これは……!?」
「君がどういう仕事をしているのか不明だから、とりあえず、あっても困らないようなスキルにしておいた。どうだ」
「さ、最高だよ! これさえあれば、出世できるよ!」
「喜んでくれて何よりだ」
こうして、一人目の客を喜ばせると、次々と他の客もスキルを買う。
皆、基本的には身体能力向上系のスキルを買う。
そして、そうこうしているウチに、行列は解消し、夜を迎える。
結局最後の客にスキルを売り終わったのが、夜の二十二時。まだ、この日の食事を摂っていない大地は腹を空かしていた。
ちなみに、ハーバンは大地が稼いだお金で、市場を回っては帰ってきたりと、屋台で好き勝手食べていた。
もちろん、これは大地なりのハーバンへの褒美である為、別に嫌な顔をしたりしなかった。
「疲れたな」
「ええ、大地様。食事はどうしますか?」
「んー、そうだ。酒場に行かないか?」
「酒場、ですか」
「ん、昼は結局情報収集できなかったからな」
「へぇ」
ハーバンは突然、へぇ、と呟く。
様子が変だと思い、ハーバンの顔を見ると、今まで見た中で一番不機嫌な顔をしていた。
気になりつつも、ハーバンはお腹が空いたんだろうな、と思い足を進める。
「ちょっと大地様?」
「ん、何か質問?」
「違います。私は怒ってるんですよ!」
「そうなのか、じゃあ尚更急がないと」
「何を言ってるんですか!」
「だってお腹空いてるんだろ? 沢山食べてもいいか――――」
大地はハーバンに頭を叩かれた。
「痛いな。君は誰のペットなのか忘れたのか?」
「忘れてません。ですが、何で怒ってるのか分かりますよね?」
大地は腕組みをして考えるも、心当たりは腹を空かしている以外にない。
いくら待っても、大地から言葉がないので、ハーバンは答えた。
「……何で私以外に触られてるんですか」
「ん、それは確か……占ってもらったからかな」
「ダメです」
ハーバンは睨みつけながら、大地の胸倉を掴む。
どうして、ここまで怒っているのか大地には、全く分からなかった。
「いや、でも、触れないとできないこともあるだろ」
「ダメです」
「フフィは平気だったしゃないか」
「今度からダメです」
「理不尽だな」
「当たり前です」
結局、ハーバンの機嫌が悪かった理由は、他の女子に触られたからである。
ちなみに、ハーバンは鼻が良いから分かったのだろう。犬並みである。
大地は、この理不尽さに、オバサンでもダメなのか。と考えていた。




