若き元社長の、金稼ぎ。1
「おほん、紹介が遅れてすまない、私は宿屋〈ハルバス〉を運営しております、ハルバス・ガドナーです」
白衣を着た四十代男性は、咳払いをしながら答えた。
病室だと思っていた空間は宿屋で、病院ではない。つまり、大地はずっと宿屋の有料部屋で眠り続けていただけとなる。
隣に立つハーバンに大地は耳打ちをする。
(ここが宿屋ってことは、俺の治療は君がしたのかい?)
通常の人間ならば、そのような疑問を持っても普通だろう。
両手を重ねたハーバンは頬笑みながら答えた。
(もちろん、そうです。私以外に誰が治療をするのですか)
(前々から思っていたけど、君は回復系のスキルでも持っているのかい?)
その質問にハーバンは、目を見開く。
(まぁ、知らなかったのですか? 私達カーバンクル種は基本的に回復以外できない種族ですのよ?)
カーバンクル種族は、ハーバンの言うとおり、回復系のスキルしか持たない種族だ。『魔力倍増』や『心身回復』といったスキルが主である。
黄緑の毛皮が普通の種族であり、黄色が亜種、白が希少種となる。ハーバンはそのうちの希少種に分類される。
普通種は回復しかできない。そのせいで人間に狩られる事件が多々ある。黄色は、そのカーバンクル種狩りへの対策として成長したもので、魔法攻撃系のスキルが扱えたりする。
ちなみに白は、極めて珍しいカーバンクルの王的な立ち位置であり、使えるスキルに『天空石』がある。
大地はハーバンの言葉に納得しながらも、何かされていないか不安になるのだった。
(あと、そのキャラは何なんだ。君はずっとボクとか言ってたし、オスの筈だろう)
(言ったじゃないですか、私はメスだって。あら、意識しちゃいました?)
大地は視線を逸らす。
これがハーバンじゃなければな、と思っていた。
そんな中、ハルバスが二度目の咳払いをする。
「ああ、ハルカス、と言ったか。すまないな」
「ハルカスって誰だ!? 春に出るカスみたいじゃないか!? 私はハルバスだ!」
「ん、そうか。すまないフユバス」
「……もういいわ!」
ハルバスは大きな溜息を吐き、手元にあった資料を大地の前に置いた。
その資料とやらは、請求書だ。金額は百万リー。一週間泊まったとしても、この金額は高過ぎるような気がする。
大地は、請求書が何なのか分からないフリをした。
「これは何かな」
「君が滞納した分さ。君の奥さん……じゃなくてペットさんが、君が起きたら払うと言っていたものでな」
「………………」
大地は何となく、自分が眠っている間にハーバンが大地との関係を捏造している可能性を察した。
しかし、ペットもどうなのだろうか。とも考えていた。
ハーバンは大地の方を見て口を開いた。
「大地さん、お金はありますよね?」
「ん、ない」
「……………」
ハルバスとハーバンは無言を貫く。
ないものはない。いや、前世の通貨でいいのなら、と大地は思う。
だが、大地はこの世界に来て、まだ一度も、通貨を見ていない。
「……それは困るなぁ……」
「ええ、大地様がまさか無職だったとは……」
「ん、俺はサラリーマン風無職だからね」
再び沈黙。
このままの流れだと、前世では警察行きである。しかし、この世界の場合どうなのだろう、と大地は思い、流れに身を任せることにした。
ハルバスは顎に手を当てながら、口を開く。
「えーっと、そうなった場合。城に連行して牢屋に入ってもらう事になるんだけど……」
チラッとハルバスはハーバンを見つめる。どうやら、視線はハーバンの胸にいっている。エロい事を考えているのだろう、この年頃の男は気持ち悪いな、と大地は考えていた。
そんな思考をしていると、ハーバンは自らの胸元に大地の腕を引き寄せる。
「私の身体は、御主人様だけのものです。もし、イヤラシイ考えをしているのなら、即座に御主人様があなたのメタボリックなお腹を裂きますよ?」
「い、いやいやいや、そ、そそそそそそんな事考えてないよ! し、失礼だなぁ……」
「うふふ、そうですわよね、私は御主人様にゾッコンですもの。もし、私にそういった行為をした場合。あなたは外を歩けない姿になるでしょう」
「……君は随分と楽しそうだな」
怯えるハルバスに、楽しそうに脅すハーバン。状況は一転した。
前世でも交渉の場があったが、前秘書の妹が結局全てを片付けた事もあった。
女ってのは怖いな、と大地は密かに思っていた。
「ま、まぁ、ペットさんに免じて、ここは城に連絡だけで――――」
「まぁ、返せるようになるまで無利息なんですか? なんてお優しい宿主様なんでしょうか! ねぇ、御主人様?」
「ん、少し離れて欲しいのだが」
「まぁ、つれないですわー」
ハーバンは一度大地から離れる。
そんな中、ハルバスは溜息を深く吐いていた。宿賃滞納に関してはハーバンに感謝するものの、少しやり過ぎのような気もする。
いや、恐るべきは美人的容姿の力か。
「わかったよ、お金が貯まったら、返しに来る。それでいいかい?」
「まぁ、ありがとうございます!」
「感謝するよ」
そんなわけで、宿賃滞納問題は片付いた。
ここは世界の四大陸あるうちの一つ、サファリ国土。サファリ・ラジーナの本拠地は城下町とは違う場所にあるのだが、そこにかつていたメンバーはいない。
現在、大地達がいる場所は、そのサファリ王国の城下町。基本的にどんな種族も差別を受けていない為、多くの亜人種が存在する。
なので、大地は一々徘徊する犬耳や毛皮が厚い亜人種達に視線が行ってしまう。
さっきの宿屋〈ハルバス〉を出て、近くにあった公園のベンチに座っていた。
昼間だからか、種族バラバラの子供達が走り回り、その光景を母らしき人物達が見守る。その片手間に井戸端会議をしていた。
どの世界でも、平和とは変わらないものだな。と大地は思った。
それよりも、ハーバンの人間姿が目立つのは、この際気にしない事にした。
「で、君は俺が眠っている間何をしていたんだ」
「私はサファリ・ラジーナの調査をしていました。『天空石』がサファリ西草原を吹き飛ばしたせいで、ほとんどのメンバーが行方不明らしいです」
「君が操作ミスを起こすからだろう」
「ええ、そうともいいます」
サファリ・ラジーナは壊滅状態。それに加えて、どうやら有名人のバジリーナやレイは、めっきり姿を消したらしい。
「ちなみにフフィさんは死んでません」
「……そうか」
「驚かないんですか?」
「いや、なんとなく分かってきたからな。フフィは依頼されたから殺すんじゃない、とね」
実際、フフィは死んでなかった。いや、正確に言うとあの場にいた者は誰一人死んでない。唯一可能性があったとするなら、それは大地くらいだ。
【空間爆撃】を使用したバジリーナは、ギルドメンバー全員を次元の裂け目に集め、そこから別の場所に移動したようだ。
大地が考えるに、そうまでして殺さないのには理由がある。依頼人がどうだか知らないが、彼女は殺す以外に使用用途があるのだろう。
それなりに情報が必要であると大地は考えた。
だが、その瞬間。大地のお腹の虫が、ぐーぎゅるぎゅると声を上げた。
「……ハーバンはしたないぞ」
「まぁ、私がお腹を空いてるとでも言うんですか? 私は毎日十食きちんと摂ってましたよ?」
「だから料金が異常に高かったのか」
大地はハーバンをじーっと睨むが、視線を逸らされてしまう。
なんとか白状してもらおうかと考えたが、結局は大地の腹の虫は鳴くのを止めず、ハーバンにからかわれるだけだった。
実際問題、片付けるべき問題は山積みである。
第一優先に金を稼ぐこと。
次はフフィ及びサファリ・ラジーナの面々を探しに行くことである。
フフィを探すにしても、まずは金がなければ始まらない。
大地は立ち上がる。
「ハーバン。金を稼ぐぞ」
「夫婦初の共同作業ですか?」
「君と結婚した覚えはないが」
「つれないですわ。でも、私も今日はまだ六食しか食べてないので、お腹が空きましたわ」
「その食欲はどこからくるんだ」
「大地様への愛、ですわ」
「俺への愛と語るのなら、まずは金を稼ぐ方法を考えろ」
こうして、大地とハーバンは金を稼ぐ方法を考える。しかし、このまま考えていても、ハーバンの燃料切れもあるし、大地も餓死してしまう。
とりあえず、アイデアを浮かべる為に、このサファリ城下町の市場へと足を進める。
昼間だからか、人で賑わっている市場。
新鮮な魚を取り扱っている露店もあれば、武器を売っている店もある。
この市場を見た感じ、世界に魔物がいるかいないかで売る物が大きく変わってくるものなんだな、と大地は関心していた。
一通り、ハーバンと一緒に歩いてみたところ、一番多い露店は素材屋。主に魔物の皮や爪を売っているのだが、ハーバン曰く、武器を強化する為に必要なのだという。
もちろん、大地のいた地球では魔物という存在はいないし、戦うとしても爆弾やミサイルといった高火力・広範囲の武器を使うだろう。そして、その威力は凄まじい。
この世界の『普通』に興味があった大地は、次々とウィンドゥショッピングを楽しむのだが、問題は一匹……いや、今は一人というべきか。相方がすぐに露店に食いつく。
「わぁ、これ美味しそうですよ! 大地様!」
「ん、そうかな。俺としては――――」
「こっちもありますよ! へぇー、これは、かれー、という物を作るのに必要らしいですよ!」
「おい、ハーバン」
「大地様! 大地様! これなんかも美味しそうです!」
露店。主に食物に反応するハーバン。高貴な印象を抱く見た目とは裏腹に、ハーバンは子供のように走り回っている。
頭を抱えたくなる大地だが、宿屋で毎日面倒を見てくれたのだ、お金がある程度溜まれば、ハーバンに食べさせてあげようと思い、美味しそうと言ったものを全て脳内に記憶した。
そんなこんなで歩き回っているうちに、市場は夕暮れを迎える。
結局、何のアイデアも浮かばずに市場を彷徨っていた二人は、やるべき事をできずに一日を終えた。
どうにかなると思っていたが、露店を見るのに熱中してしまった。
少し反省しながらも、今日の食事はハーバンの提案で、城下町の外にいる魔物を倒して、その肉を食べることにした。
既に夕方には、ピッグローズという真紅の豚を倒したものの、調理はどうするのかと悩んだ。
夕暮れは完全なる暗闇に染まり、城下町の外――――サファリ東草原は夜を迎える。
この日は野宿となり、大地は過去数回やったキャンプの記憶を引きずり出して、なんとか焚き火を着ける事に成功した。
「それよりも大地様、どうします?」
「んー、これは難しいな」
「でも、私お腹空きましたわ」
「俺もだ」
何とかしようと考えたところで、この大量の肉を消費することなどできない。
大地は腕組みをしながら、考えた。
「そういえば、『料理』スキルとかないんですか?」
「基本的には『料理』スキルは使えても、道具がないだろう……いや」
大地はすぐに考え直した。
包丁ならある。それも炎が出るし、なんなら水も出るし、風も出る。
四神の剣を使えば、もしかしたら『料理』スキルが使えるかもしれない。
そこまで考え、大地はアブソーションを操作して四神の剣を具現化させる。
次に、『料理』スキルを造る。
「『創造能力』。料理』」
唱えると、アブソーション内に『料理』スキルの習得一覧が表示される。
その『料理』に、スキルポイントを全て振る。
スキルはコンプリートされ、大地は四神の剣を握り、大量の肉に刃を向ける。
「大地様? 何をしようとしてるんですか?」
「ん、君に俺は何でもできる、という証明をしようと思って」
そのまま大地は四神の剣を一振りする。
宙に浮いた肉は、一瞬で炎の刃によって焼き斬られる。
味付けは、『料理』スキルの【魔法スパイス】だ。これをブラックペッパーをかける要領で、乗せる。
そして、出来上がったのは。
「う、美味そうです!」
「ん、簡単だけど、多分美味しいよ」
大地は得意気に料理を披露した。
この後も、冷しゃぶやケバブといった料理を、四神の剣で作り上げた。
大地もハーバンも食事に無我夢中であったが、多分伝説の剣を料理に使用した者など、この世界にはいないだろう。




