若き元社長の、戦い。5
ハーバンは常に宙に浮いている。それが彼のスタイルなのだ。
しかし、今は違う。
共にダンジョンを脱出したよしみか、それとも単なる気まぐれなのか。ハーバンは唯一所持している攻撃スキルの『天空石』を発動した。
つまり、ハーバンの足元には魔法陣が浮いているのだ。
大地は『天空石』と言われてわからないわけではない。
予想するに、天から隕石が落ちてくるのだろう。そうであれば、もちろん時間はかかる。だが、その威力は大地が持つどのスキルよりも派手であり華やかだ。
その間の時間を稼ぐ為、大地は自らバジリーナに特攻する。
「何も起きないじゃん、大ちゃんってもしかして嘘吐き?」
「ん、どうかな。どちらかといえば正直者だと思うけど」
「そ、でも、アタシ的には、チビッ子がどんなスキルを使って魔法を発動しようが関係ないけどね!」
「足元をすくわれないようにな」
この会話をしている間、大地はバジリーナの【空間雷鳴】を何度も避けながら、四神の剣を振るった。
しかし、どの太刀もバジリーナは軽々と避ける。
この【空間雷鳴】というのは、どうやら発動時だけ地面に片手を触れさせる必要があるらしく、発動してしまえば離れてしまってもいいようだ。
ウサギのように飛び跳ねながら、大地の剣を避けるバジリーナ。
「君は回避スキルでも持っているのかな」
「そういうわけじゃないよ! でもでもね、こういうスキルならあるよ!」
少なからず大地は驚いた。
バジリーナは姿を消した。つまり、それほどの速度を出すスキルなのだろう。
「……なるほど、『天界速度』を持っているってわけか」
「ご名答! 大ちゃんだけのものだって思ってた?」
「ん、そういうわけじゃない。けれど、君が持っているのは凄く不快だ」
大地は機嫌が悪そうな顔になり、握っていた剣で空を薙ぎ払う。
その瞬間、炎の刃が走り、雷撃が刃に絡み、刃が通った後を水が走り、その水を風が周囲へ吹き飛ばす。
雑草が豊かだった草原は一転、草が炎によって焼け焦げ、雷によって逆立ち、水によって色を取り戻す、かと思いきや風によって雑草は散る。
天変地異、という他ない現象を大地は一瞬で呼び起こす。
刃が向かった先はバジリーナが跳ねていた場所である。
バジリーナはクナイを取り出し、斬撃の刃を防いだ。
そのクナイは、まるで紙をハサミで切るかのように綺麗に裂ける。
「――――ッ!?」
バジリーナはすぐに魔法陣から【空間雷鳴】を呼び寄せ、宙を走る炎の斬撃を防いだ。
大地はポケットに片手を突っ込んだまま、笑った。
「俺のスキルが複数あることなんてどうでもいい。けれど、君はそのスキルを持っていることに過信したな。俺はそういうのが嫌いだ。俺と同じスキルを持っているからなんだ、そんなものオリジナリティもなければ、面白味もない。普遍的で退屈で、つまらないものだ」
大地の笑いは、愉快なものではなく、むしろその逆であった。
自分と同じだからなんなのか。普遍的という言葉を極端に嫌う大地にとって、同じスキルを持っているからと自慢されるのは不愉快だった。
怒りの矛先を向けられたバジリーナは、冷や汗が浮かんでいた。
スキル『道具召喚』にて、【アイテム強度倍増】を施したクナイを、紙のように切り裂かれたからだ。
こうなっては致し方ない。
バジリーナは再び、地面に片手を着けた。
「……確かに、大ちゃんと同じスキルを持ってるからって何の自慢にもならないし、使いもしないかもしれないね」
「そういうことだ」
「でもね、大ちゃんはアタシをその気にさせたんだよ」
バジリーナは大地の真面目な顔を見て、舌なめずりしながら言った。
「責任取ってよね! 【空間爆撃】!」
その魔法は、先刻大地が発動しようとして止めさせられた魔法だった。
だが、同時にこれはチャンスかもしれない。
大地はそう思った。
このタイミングでハーバンの『天空石』が発動し、【空間爆撃】を抑えられれば、多分バジリーナの魔力は全部使用したことになり、空っぽ状態となる。
そうすれば、残るのは大地とバジリーナの肉体合戦のみ。近距離戦闘ならば大地は、勝てる確率は99.8%から99.9%にまで上がると考えていた。
「ハーバン。あとどれくらい時間が必要だ」
『大地さん、ジャストです!』
「でかしたぞ、ハーバン!」
今、二人の魔法が発動する。
「『空間魔法』、【空間爆撃】!』
『『天空石』、【天空石・爆陣】!』
バジリーナの背後の景色が、次々とガラスが飛び散るかのように割れる。
天空から、サファリ西草原全域を埋め尽くすほどの巨石。
その巨石の影によって、この地にいる全人間は上空を見上げる。
バジリーナすらも、目を見開き、その巨石の大きさに唖然としてしまっている。
空間を割る【空間爆撃】と【天空石・爆陣】は接触する。
その結果は、呆気なかった。
ハーバンが唱えた魔法【天空石・爆撃】はあっという間に【空間爆撃】を消し去り、今まで解放されていたままの【空間雷鳴】の魔法陣すらも消し飛ばす。
巨石はやがて、大地・ハーバン・バジリーナ、その他サファリ・ラジーナの面々の頭上から降り注がれる。
大地は、四神の剣をアブソーションに納刀する。
ハーバンは、苦笑いして顔に「やり過ぎました」と書かれている。
大地は、満面の笑みで言った。
「君の魔法、ボツだ」
その瞬間、ハーバンが呼んだ隕石はサファリ西草原全域を吹き飛ばした。
◇
大地は目を覚ます。
身体を起こすと、スーツ姿ではなく、素肌を包帯ぐるぐる巻き状態だった。
あの後、大地は近くにいたハーバンを抱え、爆風に飲み込まれないように守った。その後は爆風に巻き込まれ、どこかで気を失ったのだ。
フフィの姿を最後見ることはなく、結局大地とハーバンは、ハーバンの魔法操作ミスで救出に失敗したのだった。
――――ハーバンとの約束はボツ、だな。
なんて考えながら、大地は近くにあったアブソーションを手に取る。
アブソーションは時間管理や日付も設定しているので、現在が何日で何時かもわかる。
ちなみに、現在の日付は暦六百年五月十四日、午後一時半過ぎである。
大地は一度、アブソーションを近くにあった台に置き、もう一度ベットに身体を預けた。
……この世界に来てから二週間、か。
ダンジョン探索に、サファリ・ラジーナとの戦闘が終わってから六日。その間、大地はずっと眠っていたことになる。
結局、恩人を救うことはできなかった、という悔いが大地の心の中を支配していた。
それにしても、ここはどこなのだろう、と考えていた。
真っ白な壁に、真っ白なカーテン。それに心地よい風。大地が知っている場所で例えるのなら、小学校の保健室。
記憶が正しければ死んでいても、おかしくない。だが、しっかりとした痛みが残っている。となれば、ここは一体どこなのか。
そんな自己思考をしている間に、二人の人物が部屋に入ってきた。
「……あと一日だよ? それ以上は料金滞納してるんだから困るよ!」
「そうとは言わずに、これも何かのご縁ですし。それに後でちゃんと料金は払いますから」
「むぅ……、絶対だぞ! 明日目を覚まさなければ、追い出すからな!」
四十代くらいの男性の声に、二十代の若々しい女性の声が響く。
どうやら、大地の事を話しているのだろう、それくらい想像に難くない。だが、アブソーションがある以上、前世の日本にいるわけではない。だとしたら、ここまで耳を透き通るような美声の知人はいない。
もとい、大地の親しい知人はフフィとハーバンだけなのだが。
……そもそも、ハーバンは知人というより知獣って言ったほうがいいのだろうか。
そうこうしている間に、四十代の男は部屋から消える。
ホットしたのもつかの間、仕切られていたカーテンが開かれる。
「…………」
大地は無言で入ってきた者を見つめる。
白い髪の毛を、一束のお下げにし、前髪を赤い宝石のヘアピンでした美女。肌は白く、四肢も細長い。
さらに着ている服が、大地の前世で開かれていたパーティなどで着るようなゴールドドレス。胸元は開いており、その膨らみもまた大きい。
可憐な小顔はまるで、一輪の花である。
言うまでもなく、大地のドストライクなタイプである。
「……お、起きたんですね!?」
「ん、怪我はしているけれど無事だ」
「良かったぁッ!」
叫びながら抱き着く美女。
胸が押し当てられている大地は、素肌で感じているせいか、顔が赤くなってしまう。
すぐにキャパオーバーを迎えた大地は、美女の華奢な肩を掴んで、ぐいっと離す。
一度深呼吸してから、大地は美女の美しく潤んだ瞳を見て言った。
「し、失礼かもしれないけど、き、君は一体誰なんだ。お、俺にはこんな知り合いなどいない筈だが!」
息を上げながら聞く大地。
やはり大地も男の子なのだろう、美女を前にすると興奮するというか、まぁ、女性にあまり見向きもしなかった大地は童貞だから仕方のないことだろう。
すると、美女は口元に手を当てて笑う。
「あ、そういえばコレでは初めてでしたね」
「……コレ?」
大地は薄々嫌な予感がしてきていた。
「私……いや、ボクです。カーバンクルのハーバンです。幻獣種は基本的に人間フォルムで過ごすスキルを持っているんですよ」
「………………」
大地は真顔になり、ベットに背中を転がす。
顔を布団で隠しながら、「これは夢だ……。何かの悪い夢だ……」などと呪われたかのように呟いている。
いつもと違う大地に、ハーバンはニヤニヤしてしまった。
「大地様、夢じゃないですよ」
大地は布団を捲られる。
近くにあるのは、ハーバン(なぜか人間の女性)の可憐な顔。
そんな近くにこられたら、思春期を迎えた男子ならば、とても理性が保つものではない。だが、ハーバンは魔物なのだ。
これがフフィとかだったら、大地は問答無用でアプローチするだろう。けれど、彼女は幼女だ。
だが、これもまた問題である。こんなにドストライクなのにハーバンと来たもんだ。
世の中、うまくはいかないものばかりである。
「ん、問題ない。君のその姿には慣れた」
「うふふ、美人は三日で飽きる、とでも言いたいんですか?」
「ん、そ、そういうことだにゃ」
「語尾がおかしいですよ」
まるで恋人のようにイチャつく二人。
その姿にイライラしたのか、四十代の男はカーテンを開けやってきた。
「君! 起きたのなら報告してくれなきゃ困るよ!」
「あら、申し訳ございません。主人が今目を覚ましたもので……」
「しゅ、主人だったのか!?」
白衣を着用した四十代男性は、飛退きながら驚く。まさにオーバーリアクション。
だが大地はすぐに答える。
「何が主人だ、俺は君の夫になったつもりはない」
「あらまぁ、私とそういう関係だと今まで思っていたのですか? てっきり私は主従関係のほうだと思っていましたわ」
「……君、の煩悩は一体どうなっているんだ」
大地は頭を抱える。
どうやら白衣を着用した者はさらに驚いたらしく、ハーバンと大地を交互に見ている。その後、顎に手を当てながら呟いた。
「ま、まさか、これほどの美人をペットに……う、うらやましい……ごくり」
「勘違いしているようだけど、大丈夫なのかハーバン」
「大丈夫ですわ。私は大地様だけの物ですから」
大地はハーバンを、じとっと見ながら言った。
「俺は君のご主人様になった覚えはない」
「まぁまぁ、熱い戦いを交わした仲じゃないですか」
「それはどういう意味で捉えろと?」
「まんま受け取ってください」
その会話を聞いた四十代男性は、またも「熱ぅい戦い……仲……ヤヴァイ」と呟いていた。




