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若き元社長の、創造能力。  作者: 大岸 みのる
第一章:三部・若き元社長の、戦い。
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若き元社長の、戦い。4


 日が照りつける草原。

 そこには異常な光景が広がっている。

 数分前は二百人もいた第二位ギルドのメンバー。だが、現在はその半分の百人。

 半分を片付けた大地は、カーバンクル族のハーバンと共に、フフィを取り戻すべく、一人と一匹で大規模暗殺有名ギルドに挑んでいた。


「人間じゃないって、どういう意味だ」


 大地はハーバンに問いかける。

 ハーバンは、大地の近くを浮遊している。


『そのまんまの意味です。大地さんは気付いてるだろうけど、この世界じゃフフィさんのような亜人種も、人間の部類に入る。けれど、あの人は違うんです』

「ん、それは人間を超越している、そういう事なのかな」

『いいえ、大地さんには話すタイミングがなかったんですけど、ボクのような魔物をなんて言うか知ってますか?』


 ハーバンは真剣だ。

 大地にとって、ハーバンがどんな種族であるか、分からないわけではない。いや、既に気付いていたのだが、聞くタイミングがなかっただけである。

 柔軟な頭を持つ大地は、ハーバンが本当はこの世界で何に分類されるのか、知っていた。


「幻獣種。魔物よりも数倍強い力を持ち、人知の上をいく者達の名前だ。君はその幻獣種なのだろう」

『さすが大地さん、ですね。じゃあ、あの人が人間じゃないって言った意味、わかりますよね?』


 ハーバンが何故、この状況で自分の話をしたのか。さらに何故、バジリーナが『空間魔法(スペリィシア・アート)』を扱えたのか。想像するのに難しくはなかった。

 つまるところ、バジリーナは幻獣種なのだ。何故、人間の姿をしているのかは謎である。しかし、それなりに理由があるのだろう。


「魔物と数分見つめ合うなんて、随分余裕なんですね」


 その声はレイのものだ。

 大地が振り返ると、いつの間にか戦闘準備が整っていたようだ。

 反対にはバジリーナ。挟み撃ちである。

 第二位ギルドの団長と副団長に、挟まれた大地。常人ならば発狂するだろう。

 けれど、大地は静かだった。さらに内心は穏やかではないが、勝利のイメージをしっかりと脳裏に焼き付けている。

 大地は四神の剣を、肩に乗せる。


「君とは何回も戦う運命にありそうだね」

「最も、今回は負けませんがね。僕だけじゃなく、団長もいますから」

「大ちゃん、これ以上抵抗するなら、あの娘の願いを叶えてあげられなくなっちゃうよ」


 バジリーナはフフィをチラリと見た。

 フフィは団員に抑え付けられ、動くことができなかった。

 レイとバジリーナが武器を構える中、大地はフフィに視線を向ける。


「フフィ。俺は必ず君を助ける。君が何を約束したのかは知らない。けど、関係ない。恩人をこんな目に遭わせた連中を許すわけにはいかない」


 大地は剣を振り下ろす。

 その姿にフフィは俯いた。


「大地さんの……ばか」


 視線を背後にいるレイに向ける大地。

 そのまま、大地は宙に浮くハーバンに話しかけた。


「ハーバン。君はバジリーナを頼む」

『ええ!?』

「俺は副団長とやらを倒す。終わったらすぐにバジリーナを倒す。だから、少しの間、戦っててくれないか」

『ぼ、ボクは戦闘向きの幻獣じゃ……』

「よし、じゃあご褒美に要求してきた事を二回してやろう。それなら文句はないだろ」

『是非、やらせてもらいます』


 ハーバンはすぐに大地の要件を呑んだ。

 一体どんな約束をしたのだろうか、とフフィは気になっていた。


「じゃあ頼むよ」

『はい!』


 バジリーナをハーバンに任せた大地は、レイに視線を預ける。


「僕が相手で良かったんですか? 言っておきますけど、僕は彼女の約束を守ろうとなんてしませんよ」

「何を約束したか知らないけど、俺は君に絶対に負けないよ」


 絶対の自信。大地から見えたその余裕にレイは、怒りを露わにする。

 ここまでバカにされれば、意地でも勝ちたくなる。レイもまた、負けず嫌いなのだ。

 二人が立ち尽くす中、サファリ・ラジーナの面々は黙って、この戦いの行く末を見守る。

 ギルドのナンバー1とナンバー2。その二人がこれから一人の少女を巡り戦うのだ。観戦側の人間であっても、この戦いは生と死が付き纏う。

 片やギルドのトップで時空を歪ませる『空間魔法』の使い手。もう一人は一撃必殺スキル『零』の使い手だ。

 ギルドのメンバーは皆、スーツを着た男や獣に負けるわけがない、そう信じて疑わなかった。

 レイは揺れる前髪を掻き分けて、大地を睨みつける。


「では、行きますッ!」


 地面を蹴飛ばすレイ。駆け出しただけなのに、周囲には衝撃波という名の突風が生じる。

 レイが大地に向かって猛スピードで突っ込むだけで、小石は上空を舞う。

 雑草達は無残に踏まれ、二度と起き上がることはない。

 剣にモードチェンジしたレイの武器が、大地の首元を狙う。


「『(ゼロ)』ッ!【絶対即死攻撃アブソリュート・ロスト・ストライク】!」


 発動したのは、斬りつけるだけで相手の生命力を完全に絶つ技。

 一度、スキルをコンプリートした大地は、その能力を知っている。

 だが、擦り傷だけでも食らったら死ぬというのに、大地は動かない。

 やがて、レイの刃が大地の首元と距離が数センチとなる。

 すんなり行き過ぎる展開に、レイは本気を出し過ぎてしまったかな、と心の片隅で思う。

 しかし、大地はレイの振るう剣を、まるで小蝿を潰すかのように片手で受け止めた。

 瞬間、『零』の効果が消える。


「なっ!?」

「君には悪いけど、俺は長い間戦闘をするつもりはないんだ」

「……なんだと?」


 レイは眉根を上げ、大地を更に強く睨みつけた。

 しかし、大地の顔を見て、レイは少なからず驚いた。

 かつて、『零』を扱った戦いにて、こんな顔をした者はいなかった。

 それはまるで、弱者を哀れむような顔。

 大地の顔は、戦いでするような表情ではなかった。

 まるで、捨てられた子猫を見つめるような瞳。

 レイの憤りは、爆発する。


「ぼ、僕をそんな目で見るなァァァアアアッ!」


 剣を握る力を強め、大地の手元から刃を無理矢理離させる。

 そのまま、一回転し、レイは横薙ぎを放つ。しかし。


「あっ……」


 レイの剣はまたも大地の身体には届かない。

 大地はレイの刃を人差し指と親指だけで、受け止めたのだ。

 大きな溜息を吐く大地。


「ぼ、僕は……」


 自分の努力が否定されたかのようだった。

 姿が見えないほど速い相手と戦ったことはある。だが、剣を素手で止められた事は一度もなかった。

 なのに、この男。九星 大地はスキルを使わずに、レイの剣を受け止めてしまったのだ。しかも二本の指のみで。

 ショックが大きく、レイは唖然としてしまった。

 そんな中、大地が口を開いた。


「……君は現状に満足している。世界的に有名なギルドで、その副団長――――つまり二番目に強いとギルド内では認められている。しかし、何のギルドにも所属しておらず、スーツという極めて丸腰に近い状態の一般人に負ける。強さとは何か、考えるといい」


 大地はレイの剣から、人差し指と親指を離す。

 その瞬間、まるでレイの心のように、彼の剣が陶器を割ったかのように弾ける。

 その破片は雪のように散り、消えていく。

 レイは両膝を着き、まるで心が奪われた人形のように馬立ちになる。

 大地は踵を返し、レイに背中を見せる。


「君の敗因。それは、君が今の地位に甘んじ、努力をしてこなかったからだ。その代償として、武器が壊れたんだ。文句は言うなよ」


 サファリ・ラジーナのメンバーから見ても、誰の目から見ても呆気ない終わりだった。



 ◆



 空が裂け、緑の地面すらもひび割れる。

 ハーバンは宙に浮きながら、次々と触手のように迫る次元の裂け目から逃げ惑う。

 次元を裂く者は、バジリーナ。人間を超越した力を持ち、魔力の総量も人間や魔物を超えた者。

 ハーバンは回避を続け、隙ができた時に攻撃を繰り出そうと考えていた。

 しかし、延々と魔力消費の高い『空間魔法』を使い続けるバジリーナに隙という隙はなく、ハーバンは防戦一方となってしまった。

 同じ幻獣種同士の戦いは、基本的に魔力切れという結果では決着しない。どちらかがより強い魔法――――すなわちスキルを持っているかで決まる。

 元々、ハーバンのようなカーバンクル種は戦闘向きではない。それは白の毛皮を持つ希少種であっても基本的には変わらない。

 それに、ハーバンは攻撃スキルを一つしか所持していない。しかし、そのスキルは威力はもしかしたら『空間魔法』を凌ぐほどかもしれない。だが、発動時間が長く消費魔力も尋常ではない。

 基本的に、幻獣種が持つようなスキルは人間の魔力総量の何十倍も上をいくものばかりだ。


「どうしたのかな? さすがにビビっちゃった?」


 バジリーナが含み笑いで問う。

 ハーバンは何がビビっちゃった、だよと思いながら反撃のチャンスを待つ。

 ハーバンがどういう種族か知っているのか、それとも自分の方が強いと盲信しているのか、バジリーナは攻撃を止めない。

 しかし、避け続けながら分かった事もある。

『空間魔法』を扱う幻獣種は主に、バハムートやティアマットと、どちらかと上位幻獣種で竜型の者たちだ。

 当初はバジリーナをその竜型かとも思えたが、よくよく考えれば竜型の幻獣種に女性はいない。

 そう考えると、ハーバンは大体バジリーナがどういった種族であり、これほどのスキル・魔力を持つのかが判明していた。


「キュキュキュッ!」 (んなわけないです!)


 カーバンクル種の言葉が分かるのは、同じ幻獣種か、額の紅い宝石を触れさせた者のみ。だが、バジリーナは言葉が分からないようだ。


「逃げてばかりだと、殺しちゃうよ?」


 まるで、誰かを弄ぶように追い詰めるバジリーナ。その手は地面に押さえつけられ、何か魔法を放とうとしている。

 バジリーナの手から迸る魔法陣。その魔法陣は次第に面積を広げていく。


「『空間魔法』、【空間雷鳴スペリィシア・サンダー】』


 魔法陣の面積拡大は一時停止し、そこから上空に向かって、雷の如き次元の裂け目が発生する。

 その射程距離はギルドメンバーがいる場所にまで及んでいる。

 このギルド団長は、小さな幻獣種を倒す為にギルドメンバーをも見境なく殺すつもりのようだ。

 ハーバンは一気に背筋を凍らせる。


 ――――この人、何を考えているんだ!?


 しかし、ハーバンに【空間雷鳴】に対する処置を用意することは不可能だ。

 可能性としたら、唯一の攻撃スキルを使えばまだ皆を救えるかもしれない。

 だが、その間にバジリーナはスキル『空間魔法』の中にある別の魔法を使うだろう。

 そうなると、隙が生まれて怪我を負わされるのはハーバンの方だ。

 だが、時間は待ってくれない。

【空間雷鳴】はその名の通り、実際の落雷を空間を割ることで実現した魔法だ。

 つまり、このままだと、多くの空間が割れ、ほとんどの人間が次元の旅人とと化すだろう。

 迷っているハーバン。

 だが、その背中は押される。


「ありがとう、ハーバン。君には感謝している」

『だ、大地さん!?』


 突如現れた大地。先刻、サファリ・ラジーナの副団長ことレイ・キサラギの武器を壊した事で戦いは終幕を迎えたのだ。

 大地の目前には、魔法陣を広げるバジリーナ。

 彼ほどの知力なら、彼女が今、何をしようとしているのか推測をするのは造作もない。

 それに加え、ハーバンが軽くパニック状態に陥っている事から、状況は芳しくない。

 大地は考えるのを止め、ポケットに片手を突っ込んだまま、四神の剣を握る。刃は地面に向いている。


「およその状況は理解できた。彼女を少しだけ足止めすれば、君はアレを止められるんだな」


 大地のいうアレとは、バジリーナの【空間雷鳴】である。


『は、はい。確証はないですけど……』

「ならやるしかない。少なくとも、今の俺にアレを止めるのはキツそうだしな」

『それって……』


 大地は既に倍以上あった魔力を使い果たしていた。まだ『天界速度』を使ったにしても残っていても良い筈である。

 ダンジョン内では、スキルを惜しみなく使い続けていたのに対し、もう魔力が空になるのは異常である。

 スキル以外に魔力を使うとしたら……。

 ハーバンは大地の顔を見て聞く。


『も、もしかして、大地さん。あなた……』

「ん、その事については後で話す。とりあえず、バジリーナを倒す方が先決だ」


 大地はバジリーナに視線を送る。


「君の部下は大した事ないな、もっと修練させた方がいい」

「大ちゃんに言われたらキツイよ。それに、修練が足らないのは大ちゃんもかもしれないよ?」


 バジリーナは笑うと、足元に展開している魔法陣から時空が割れはじめる。

 裂け目は大地に走る。


「おっと」


 しかし、大地は汚い物を避けるかのように時空の裂け目を躱す。


「俺は修練なんて必要ないよ、だって人間を超えたスーパー人間だもん」

「……」

『……』


 何の冗談でもなく本気で大地は言っているのであろう。なおタチが悪い。

 その声を聞いて、遠くで動きを制限されているフフィも、ハーバンも溜息を深く吐いた。


「だから負けない、俺は負けたくても負けないし、勝ちたくなくても勝つ」

「今回はそうとも限らないかもしれないじゃん?」

「どうかな、もしかしたら、俺単体でなら負けてたかもしれないし、勝てなかったかもしれない。けれど、俺には頼れる相棒のハーバン君がいる」

『……』

「だから負けない。君には勝つし、フフィは連れて行かせない」


 笑顔で言った大地は、地面を蹴り飛ばす。

 その衝撃で顔をしかめそうになるハーバン。だが、バジリーナに近接戦闘を挑むということは、きっとハーバンに時間を与えてくれたのだろう。

 ハーバンは大地の後ろ姿を目に焼き付けながら、叫んだ。


『『天空石(メテオ)』ッ!』


 しかし、サファリ西砂漠にいる者にはハーバンが「キュキュキューッ!」と叫んだようにしか聞こえなかった。

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