若き元社長の、戦い。3
朝日がサファリ西草原を照らす。
今、一人の男が宙に浮き、太陽を背面にして二百人の人間を相手に牙をむく。
飛び跳ねたかと思えば、すぐに視界から消える。
その光景を見たレイは、弓や魔法使いに命じる。
「今すぐに、あの人を撃ってください!」
レイ副団長の命令を受けた、杖を持つ魔法使いと弓を持つメンバーは、一斉に攻撃を始める。
目標の姿が見えない以上、適格に相手を捉える事は難しい。
大地は、スキル『天界速度』を使用し、目にも止まらぬ速さで草原を駆け抜ける。
狙いを定められない遠距離攻撃のサファリ・ラジーナメンバーは、先刻まで大地がいた場所に魔法と矢を放つ。
そのほとんどが外れではあるのだが、少なからず大地に当たりそうなモノもある。
大地は、迫る数本の矢を片手で薙ぎ払い、魔法を避ける。
連射するサファリ・ラジーナのメンバー。
だが、そのうちの一人が突然呻き声を上げる。
「うがぁっ!」
弓矢を装備していた男が吹き飛ばされる。
さらに、次から次へと魔法使いの者達も、まるで大型の魔物、オーガに投げ飛ばされるかの如く吹き飛ぶ。
レイは冷静に大地が現在、どこにいるのかを思考した。
すぐにでも、バジリーナ団長を襲いそうなものではあるが、実際は下っ端を次々と薙ぎ払うだけ。
一番最初にバジリーナ団長を狙わないあたり、大地は冷静に行動しているのだろう。
「副団長! 敵が見えません!」
「わかってる、皆一度攻撃を止め!」
一人のギルドメンバーの文句めいた報告に、レイは一度攻撃を停止させる。
事実、この時点で大地は二百人中、五十人を遠くへと投げ飛ばしていた。
移動速度は目に見えないほどだし、何のスキルを使っているか謎ではあるが、人を投げ続けるのは尋常とは思えない。
これ以上、メンバーが削られるのは避けたい。
レイはアブソーションを操作して、槍と剣を備えた武器を顕現させる。
「僕も参加する」
今も、メンバーが消えるように投げ飛ばされている。
好き勝手にはさせない、と内心で叫び、レイは走り出す。
「バジリーナ団長! ここは僕に任せてください!」
「んー、それは無理かな」
レイはバジリーナに視線を向けると、そこには目に見えない筈の天敵、大地が立っていた。
その様子はいつもと随分違っていた。
余裕がある、と言わんばかりにポケットにしまっている筈の手が抜かれていて、常時笑顔なのだが、現在は怒りが溢れ出んばかりの真剣な表情だ。
不覚なことに、大地をバジリーナ団長の前にまで食い止める事はできなかった。
「バジリーナさん、フフィを返してもらえませんか」
至極真剣に声をかける大地。
その先にいるのは、ビキニを着ているバジリーナとフフィ。
バジリーナも大地に負けず、真剣な顔をしており、フフィは今にも泣きそうな顔をしていた。
フフィとの距離を遮るかのように、前に出るバジリーナ。
その手には、クナイが握られている。
「……これで、やっと夢が叶うんだ。邪魔はしないでもらいたいんだけど」
「夢? それは人の命を奪い続ける事か? それとも貴い命を消す事か? 所詮、君はそれだけしかできない人間なのだろ、バジリーナさん」
「言うねぇ。でも、何と言われようが、アタシの夢は譲らない」
バジリーナは両手にクナイを握り、その矛先を大地に向ける。
「アタシは誰にも負けない強い組織のトップになる。そうすれば、誰もがアタシを崇め、尊敬し、憧れるようになる」
大地はアブソーションを取り出し、バジリーナを睨み付ける。
「その為だったら、誰であろうと、殺す。そう言っているのか。そんな意見はボツだ」
大地のアブソーションが光りを上げると、その手には四つの宝石のような物が埋め込まれた剣が現れる。
レイも、バジリーナも、その仲間達は、その剣を見て動きを止めた。
「ふ、四神の剣……!?」
誰かが言った。
その剣は、世界を炎の海に変えると。
その剣は、世界を深海に沈めると。
その剣は、世界に雷鳴の嵐を起こすと。
その剣は、世界を竜巻で包むと。
全ての力を備えた剣、四神の剣である。
伝説中の伝説であり、多くの冒険者はその剣を求める。
サファリ・ラジーナのメンバーもとい幹部達は、大地が伝説の剣を握っているのを目に入れて、畏怖する。
「ば、バカな……!? スキルを造るスキルを持ち、果ては伝説の剣まで!? あの男……どんな強運――いや天運を持って生まれたというのだ!!」
驚きのあまり、幹部の一人が叫ぶ。
驚いた者の中には当然、レイも存在する。
しかし、一人だけ平然としている者がいた。
「……それを持ってるって事は蒼炎ミノタウロスを倒した、って事でいいんだよね」
「ああ、中々良い奴だったがな」
大地は剣に付着した埃を振り払うように、振り回す。
相手はバジリーナ。だが、バジリーナはクナイを舌で舐めながら、大地を睨み付ける。
一発触発の雰囲気に、フフィが割り込む。
「ば、バジリーナさん! 私との約束は!」
「うん、もちろん叶えるつもりだよ」
「約束? 大丈夫だフフィ。君は必ず助ける」
そう言うと、大地は剣を一薙ぎする。
誰もが目を見開いた。
一振りの斬撃が、炎の円刃となって周囲にいた者達を薙ぎ払った。
「……どうやら、相手に不足はないみたいだね」
しかし、バジリーナはフフィを守りながら、クナイだけで防いだようだ。
大地としては、レイ以上の実力を秘めているので、全力を出さなければ殺される、と感じていた。
これは真剣勝負。
先に動いたのは大地だ。
『天界速度』を使用しているからか、その移動速度は常人の目には止まらない。
だが相手は全ギルドランクを統合したうちの第二位のボス。
常人である筈がない。
大地は宙に浮き、兜割りを放つように、剣を振り下ろす。
しかし、バジリーナは攻撃を受けるわけではなく、上手く躱す。
地面に剣を突き刺した大地は、すぐにバジリーナへと攻撃を当てる為に、横薙ぎを放つ。
だが、それも、バジリーナは宙返りしながら避けてしまう。
刃の射程距離から逃げたと思った大地だが、着地をしたバジリーナはクナイを投げつけてくる。
その一つを弾く。
再び、バジリーナに向かって走ると、バジリーナは尻ポケットからアブソーションを取り出し、叫んだ。
「『道具召喚』!」
スキルを発動したバジリーナ。
そのスキルは、派手な属性攻撃系ではなく、ただのアイテムを召喚するものだ。
召喚されたアイテムは、まきびし。
大地の視界には現在、まきびしが大量に映る。
咄嗟に宙へと跳び、まきびしの山を超える。
しかし、バジリーナは同時に十本ものクナイを召喚していた。
その全てを、大地に投げつける。
だが、大地は全てを薙ぎ払い、バジリーナに刃を向ける。
しかし、その刃もバジリーナは避ける。
大地は着地し、再び刃を走らせる。
バジリーナはその刃を躱し、上体を逸らしながら回避する。
一定の距離が空いた大地とバジリーナ。
「……レイよりも上だと聞いて、どんな戦い方をするか気になってみれば、案外普通だな」
「そっちこそ、スキルも使わなければ、四神の剣本来の力も、あまり使わないじゃない」
軽いジャブの打ち合いが終わり、二人の眼光が交差する。
しかし、この軽いジャブの打ち合いにおいて、大地の方が多少負けてたかもしれない。
バジリーナはフフィを抱えながら、全てを躱し続けていたのだ。
やはり、第二位ギルドの団長というのは伊達ではないようだ。
大地は生唾呑み込み、ここからは本気でいかないと負ける、と直感した。
近くにいた団員に、フフィを任せるとバジリーナは口を開く。
「んじゃ、お望みに応えようか。アタシの本気を見せてあげる『空間魔法』」
「ッ!?」
大地は驚く事が少ない人間である。
しかし、今、バジリーナの発動したスキルには目を見張るほど、驚愕した。
空間が歪んでいるのだ。
大地の持つスキルは、まだ世界にとってイレギュラーなものではない。
つまり、神の世界に行ったり、前世に戻ったりと、そういう次元的に違う事はできない。
けれど、空間を歪ませるというのは、人間の技でも神の技でもない。
そういう意味では、バジリーナは人間を超越した存在と言えるだろう。
「ま、これを見せたのは、大ちゃんで二回目なんだけどね」
「それは光栄だな」
「でもね、この能力を見た敵は、みーんな」
バジリーナは笑う。
「死んじゃうんだよ」
その瞬間、空間のひび割れが大地の元にまで伸びる。
空間が切り裂かれる。まるでガラスにヒビが入るかのような現象が、今、現実世界に起きている。
バジリーナは人間を超越しているのか!? 不意にそう感じた大地。
これは攻撃などと呼べる代物ではない、一つの災厄だ。
大地はひび割れる空間に呑み込まれないように、『天界速度』を維持する。
しかし、どこに行っても追ってくるのは空間のひび割れ。
「あはははは! 大ちゃんが、いくらスキルを造るスキルの持ち主でも、これは無理でしょ!」
大笑いするバジリーナに、大地は少なからず苛立ちを感じる。
恩には恩を。
剣には剣を。
そして、空間には空間を。
大地は立ち止まり、叫んだ。
「『創造能力』、『空間魔法』!」
叫んだ瞬間、大地の背後も空間が割れる。
大地はすぐにアブソーションを取り出し、スキルポイントを『空間魔法』にふる。
そして、大地は地面に手を当て叫ぶ。
「バジリーナ。君の野望もここまでだ。見たところ、君のそのスキルは完成していないね」
「ん、よく知ってるね」
「なら、俺の勝ちだ」
大地はある魔法を発動させようとしていた。
スキル『空間魔法』にコンプリートする事によって習得できる魔法だ。名前は【空間爆撃】。だが、やはり、というべきか、その魔法の消費魔力は現在の大地が持つ魔力量である。
だが、魔力を確認する術を持たない大地は、発動しようとする。
「【空間爆――――」
『ダメです! 大地さん!!』
しかし、ずっと上から見ていたハーバンが上空から降りてくる。
顔にのしかかるハーバン。
「……何で邪魔をするんだ」
『大地さん、その魔法を使えば魔力を失いますよ!?』
「意味が分からない、だって現に彼女は『空間魔法』を使っても平然としているじゃないか」
『違うんです、大地さん、あの人は人間じゃないんです』
「……は?」
突然現れたハーバンに、空気を濁される。
大地はハーバンを退かして、視線を前に向ける。そこには余裕の笑みを浮かべながら、腕組をしている。
――――人間じゃない?
大地は『空間魔法』を解除した。




