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RECORD8:精製場の一件

ミレースの町外れにある、閉鎖された工場。

その一角にある部屋に、一人の男が入っていった。

部屋には、計器や施設の映像が映し出されたモニターが壁中に取り付けられていて、首にスコープのような物をぶら下げた、黒いコンバットスーツに身を包んだ数人の男達が、キャスター付きの椅子に座ってモニターの下のコンソールを忙しそうに操作していた。

結構な大きさのその部屋は、機器も相まって多分制御室だろう。

「隊長。状況報告に参りました」

部屋に入った男はそのまま前進し、他の軍人には目もくれずに、部屋の中央に立っている軍服の後姿に敬礼した。

その声に反応してその姿が反転する。

声をかけられたのは白髪混じりの初老の男で、少しシワのよった顔に細めの瞳をしており、顎には短い白鬚を蓄えていた。

振り向いたその口元には煙草を咥えていて、少し汚れた軍服に包まれたガッチリとした体つきは年齢よりも彼を若々しく見せている。

「何だ、言ってみろ」

「は、はい」

煙草の煙と共に発せられた言葉に、敬礼をした男が少したじろぐ。

どうやら余りこういった経験がないようだ。

「ミレースのほぼ全域を我々の軍勢が掌握しました。現在町民を捜索中ですが、到着前にどこかへ逃避したようで、逃げられた少女一名を除き、町民を全く発見できない状態です」

「逃げただと?」

「はっ!見張りの兵の通信で判明しました。ジープ三台、計七人で追跡しましたが、どうやら振り切られたようで…」

言い辛い報告をする兵士の言葉が段々と尻すぼみになっていく。

そしてそれに反比例するように、隊長と呼ばれた男の目つきが鋭くなっていく。

「兵隊七人がかりで小娘一人捕らえられんのか?」

自分の事ではなくただ報告に来ただけなのだが、ジロリと睨まれた兵士の額に汗が滲む。

「そいつらは今どこにいる?」

「それが……」

さらに言いにくい事を脅すような目で聞かれて、兵士は額にさらに流れる汗を感じながら口ごもった。

「つ、追跡したジープは正体不明の攻撃に見舞われ全滅……七名全員が死亡しました」

「何だと!?」

制御室に響き渡る声で怒鳴られ、伝令の兵士がビクッと身体を震わせる。

しかし、そんな二人のやり取りや男の怒鳴り声にも、機器を操作している黒服の男達は全く無頓着にそれぞれの作業を続けている。

「待ち伏せでもされていたのか」

歯をむき出しにした隊長が口の煙草をギリ、と噛みしめる。

それを見て伝令の兵士は自分の役目を少し呪った。

「分かりません。別の兵士が発見した時は既に……」

早くここを抜け出したいという気持ちでいっぱいだが、伝える事は伝えなければならない。


今の隊長はたいそう機嫌が悪い。

元々「組織」の仕事が忙しくただでさえ神経をすり減らしていたのに、先月に突然担当していたこの町の工場を閉鎖されて、出兵を余儀なくされたのだ。

それに加えて、この状況。

部隊の一割はこの町に来る前にある通信施設を妨害するのに消費しているし、細いでこぼこした道が山肌を這うように通っているこの土地では部隊の移動がどうしても鈍くなってしまうので、予定時間より大幅に遅れをとってしまった。

だから、この町に到着した時には既にもぬけの殻。

頭にきた隊長が「捜索」と銘打って町の一部を砲弾で打ち抜く始末だ。

おまけにどうした訳か、これほど切羽詰った状況なのに工場の深部の探索には兵士を数名しか使おうとしない。

余程危険な物でも作っているのだろうか?

元々良い噂の無い人だが、今回の出来事で更に悪名が高くなりそうだ。


そんな事を考えていた伝令の兵士を現実に引き戻したのは、隊長の唸り声だった。

「どうして俺だけがこんな扱いを受けねばならんのだ!」

罵声と共に短くなった煙草を吐き捨て、新たな一本を口に含む。

そして伝令の兵士に背を向けるように中央のモニターを見た。

モニターでは一ヶ月放置されたこの工場が確実に目覚め始めていた。

だが、まだ点灯していない機器や反応を示さない計器が映し出されている辺り、完全に動き出すのはまだ先のようだ。

「俺は組織の中でも幹部候補セカンダリーなのだぞ!?それをこんな偏狭の森なぞへ飛ばしやがって!」

噛み付くように言って、そばにいたコンソールを弄る黒服に歩み寄る。

その口元にはいつ点けたのか、ゆらゆらと立ち上る煙があった。

「おい!施設の再始動はいつ出来るんだ?」

尋ねられた黒服の男が作業を中断し、静かに椅子を反転させる。

そのおかげで、伝令の兵にもその容姿を見ることが出来た。

男はかなり若いようだ。この隊のほとんどが経験を積んだ40代を越える兵で構成されているのに、彼は見た目だけで判断すればまだ20代の前半に見える。

着ている服よりも更に深い漆黒の髪は長すぎず短すぎずの長さで、目の上辺りをさらさらと揺れている。

瞳の色も同じ位に黒い色をしていて、全身黒ずくめのようなその様は幻影的であり少し不気味でもあった。

「只今、全9エリア中5エリアの機能が回復しています。目下、全力で作業に当たっておりますが、残り4エリア中3エリアは全てLv.4区域に位置していますので、調査隊の報告を待たなければ作業を続行できません」

「本当だろうな?」

淡々と言葉を紡ぐ男に隊長は顔を近づけはったと睨みつけた。

「貴様、俺の直属の部下ではないことをいい事に手を抜いたりしてないだろうな?」

顔が張り付きそうになるくらいに近づけて、まるで威嚇する犬のように唸る。

「貴様も今は俺の部下だ。もしそんな事をしてみろ。お前の細切れ死体をここの燃料棒に混ぜ込んでやるからな!」

ゾッとするような権力の濫用話を聞かされても、黒服の男は身じろぎ一つしなかった。

無表情に近い目を間近でくすぶる煙草の先に迷惑そうに一瞬向けて、すぐに隊長の怒りが詰まった瞳に合わせる。

「ボテイン隊長のご命令とあれば、この命を無駄な危険に晒す事にも全く異論はありませんが、現在の貴方の部隊にはこの施設の構造を理解し、制御できる人員が我々しかいないということをお忘れなく。私を処分してもすぐに変わりの者が配備されるだけですが、その間に作業が大幅に遅れをとることと、私達の本来のリーダーである幹部プライマリの方々からの風当たりが強くなることをよく念頭に入れられてから私共の処遇をお決め下さい」

「クソッ!」

抑揚のほとんど無いその声が小馬鹿にしたような口調に聞こえて、隊長は手近の機器を一度蹴り飛ばした。

その後でコンソールを弄っている黒服全員を見渡しながら、心を満たす煙を胸一杯に吸い込んだ。

「まあいい……工場ここがちゃんと動くようになれば貴様ら全員をLv.4で働かせてやる。何も知らない新兵達とせいぜい苦しむがいい」

そう言って不気味に笑い、恐らく身体の中の不快なものが幾多も詰まっているであろう煙を鼻と口から豪快に排煙する。

それでもイライラが収まらないのか、相変わらず噛みつかんばかりに歯をむき出しにしている。


その様子を見て、これ以上厄介事に巻き込まれたくないと思い当たった伝令の兵士がゆっくりと出口へ遠ざかる。

途中で幾つか自分の身分では聞いてはいけない事を聞いてしまった気がしたからだ。

Lv.4区域とやらの話や、そこへ何か大切な事を知らせていない新兵を送り込むという事。ここで作られるのは「燃料棒」と呼ばれるものだという事。

だが、数歩進むか進まないかの内に、自分が入ってきたドアが向こう側から開かれた。

外から入ってきたのは、煙草をくゆらす男が長らく待ち望んでいた存在。

「隊長!Lv.4区域の安全、及び諸機能の確保が完了しました!」

振り向いた隊長の前に五人の人物が横に並び、最初に部屋に入った男が先の伝令の兵と同じように敬礼した。

それに合わせて残りの四人も一斉に敬礼する。

そして、伝令の兵士は自分が部屋を出ようとしていたことも忘れて、大きく目を見開いて彼らの姿を凝視していた。

その瞬間、伝令の兵はこの工場産み出すであろう燃料棒というものが、とんでもない物ということをすぐさま理解した。

隊長に敬礼をしている、五人の「兵と思しき」人物。


彼らは皆、自分のような迷彩柄の薄汚れた軍服ではなく、不気味なほどに白く染められた物々しい防護服を身にまとっていた。


つま先から頭頂部まで彼らを完全に覆っているその衣服は、明らかに通常任務では着用するはずの無い物だ。

痩せて見えるほどに手足と胴体に密着した部分とは対照的に、頭の部分が不釣合いなほどに大きい。

視界を確保するために180度見渡せるように取り付けられている少し曇ったアクリル板が、辺りの景色を不気味に映し出していた。


「よし!よくやった!」

防護服に包まれた五人を見ながら、自分の部下の功績に隊長は嬉しそうに彼らに歩み寄った。

そして、どうだと言わんばかりに黒服の男の背に一べつを投げかける。

「それで、詳細は?」

早く言えとばかりに敬礼をした男を見つめる。

すると、言われた男は後ろから小型のパソコンを手早く取り出し、ディスプレイを隊長の方へ向けた───








「ハッ、ハッ」

時折点滅する蛍光灯の薄明かりの中、一人の男が細い連絡通路を急ぎ足で駆け抜ける。

上も下も迷彩柄の服を着ているその姿はどうやら兵士のようだ。

額には汗が滲み、息は切れかかっている。相当急いでいるようだ。

ブーツが一歩踏み出すたびに、汚れた鉄板を敷き詰めただけの通路がガタガタと軋み、天井には主のいないクモの巣が張り巡らされていた。

男は途中で分厚いドアに足止めを食らってしまう。

白字で「Lv.1」と大きく書かれた背丈より少し高めの隔壁に、男は額の汗を拭いながら、煩わしそうに横に立てかけられている端末をいじりだした。



この巨大な工場は、最も危険な状態になり得る最深部の区域をLv.4とし、そこから同心円状にLv.1までの区域指定をしている。

そこで精製される物の作業工程で分けると全9エリアとなり、全く危険の無いLv.1エリアに工場全てを監督、操作できる制御室がある。

しかしどういうわけか、工場の入り口が全て「特殊な装備の着用は不要だが、作業に多少の危険が伴う」Lv.2区域に取り付けられているので、何か制御室に用があれば必然的にこのLv.1隔壁を通過する事になるのだ。

この隔壁を非常時の砦にでもするつもりなのかは知らないが、はた迷惑な話である。


「……コード認証。Lv.1隔壁ロック解除」

十秒ほどで、エコーの少しきいた機械音と共に分厚い隔壁が左にスライドしていく。

重い鉄のかたまりを引きずるようなゴゴゴという音がしばらくの間鳴り響き、やがて厚さ50センチはあろうかという隔壁が完全に開くと、男は隊長のいる制御室へ急ぎの用を伝えるべく疾走し始めた。







「──という調査結果から、精製に必要な高濃度結晶や機器、設備の全てがすぐにでも稼動できる状態です。汚染状況につきましては、我々の被爆量は総じて防曝服の耐久限度の0.1%でしたので、もし防曝服を身に着けていないとしても、施設が稼動するまでは貯蔵室に入らない限りどこを移動しても無害です。我々が試験稼動した時はLv.3〜4区域で少量の放射線が発生しましたので、我々のものと同じ防曝服が人数分必要になります。ですが……」

「何だ?」

「はい、実はこの工場は危険な設備を全てLv.4区域に集中していますので、放射線が検出されるのは本来ならLv.4区域だけのはずなのです……それが機器に異常も無いのにLv.3区域にも検出されたとなると、この工場には設計段階で不手際があったことになります」

不可解な点を挙げる防曝服の隊員に、隊長の口元が僅かに持ち上がったのを伝令の兵は見逃さなかった。

「どちらにしろ、この二区域で働く人数分の服が臨時で必要になります──」

「いらん」

一瞬、制御室が静かになった。

これにはさすがの黒服の男達も、作業の手を一瞬止めて不敵に笑う隊長のほうを見るしか無かった。

「な……今、何と?」

「だから、防曝服は一着も必要ないと言ったのだ」

唖然とする部下を尻目に、隊長は不気味な薄ら笑いを浮かべたままだ。

そのまま再び短くなった煙草を床に落とし、踏みにじる。

「そんなものは必要ない。第一、あそこで働かせる奴らは皆この町の人間と新兵だ。どいつもこいつもここで何を作っているかなんて微塵も知らないからな」

ハハハと高笑いした後、「ああ、貴様達もだな」と言って黒服の彼らを見て更に笑う。

「で、では今まで一度も防曝服を使用した事は……?」

「そんなことあるわけないだろう?工場に総動員しても余りある町民の数だ。変わりはいくらでもいる。それにそれだけの数の服を買うとなれば金が勿体無いだろう?」

嬉々として語る男に、あの黒髪の青年が嫌悪感をあらわにした目で隊長を見ていたが、当の本人は後ろからのその殺気に全く気付く様子は無い。

「それでは、俺がどうやってこれだけの大部隊を揃える事ができたと思う?」

「い、いえ……分かりません」

「金だよ、金」

制御室ではもはや隊長以外誰も声を出そうとするものはいなかった。

隊長は両腕を方の高さに広げて、辺りを見渡すようにゆっくりと一回転した。

「今の世の中は便利なものでな、金さえ払えばいくらでも兵隊アリを雇える。そして8年前、俺にはが有り余るほどあった」

「ま…まさか……」


「工場を建てるのには膨大な金がかかるのを君は知っているかな?」


その一言で十分だった。

彼がどうやって大金を手にして大部隊を雇ったのか、どうして工場の一部で予想外の放射線漏れがあったのか。その全てが彼の一言で説明がついた。

「ボテイン隊長。その事を上層部の方々はご存知なのですか?」

「いいや。奴らは一切このことには噛んでないし、知る必要も無い。そして知ることも無い」

隊長の顔は狂気に染まっていた。

「隊長。それは『組織』に対する重大な反逆、背任行為です。工場建設の必要経費を横領して私用に使うなど、幹部候補セカンダリーにあってはならない事です。そんなことをすれば幹部達プライマリが黙っていませんよ」

そう進言したのは黒髪の青年だ。

声こそ抑揚は無いが、眉を吊り上げてあからさまに怒りを露にしている。

「黙れ!!知られなければ良いだけの事だ!こいつらは俺の忠実な部下だから決して口外することはない。そして貴様らはこの工場で朽ちるのだ!俺は気が変わりやすいからな、やはりお前達には貯蔵庫の中で管理をしてもらおう!」

3日持てば奇跡だな、と言い隊長は下品な笑い声を出した。

「この一件が収まれば俺は晴れて幹部プライマリに昇格だ。そうなれば誰も俺に反逆者などと呼べなくなるわ!」

声高にそう叫んだ時、三度制御室のドアが開かれる。

そこから蹴破るようにして入ってきたのは、通信施設の妨害に出ていた兵だ。

顔を真っ赤にして、珠のような汗をかいて息を切らしている。

「隊長!大変です!!」

それだけ言って大きく深呼吸する。

呼吸を整える間に五人の白い後姿をチラと見たが、それを気にも留めずにまたすぐに話し出す。


「たった今…無線を受信しまして……プライマリ・アリエティスがこちらに向かっておられるそうです!!」


「何だと!?」

そう言って振り返った隊長の目には、驚きよりも恐怖の色が濃く映っていた。

広げていた腕もすぐに元に戻す。

「明日の夕刻には工場に到着するそうで、閣下曰く『そろそろかわいい部下を返してもらう』とのことで……」

「ええい!強欲な奴め!!この作戦中くらいは俺に貸せんのか!?」

自分の事を棚に上げて、黒服たちを見て歯軋りする。

「アリエティスの属格……ハマルの奴か!!」

そんな悔しそうな隊長の様子を見て、黒髪の男が僅かに笑ったのを伝令の兵士は見た。

だがそれも一瞬だけで、今はコンソールを無表情で操作している。


「マズイ……このままでは工場の事がバレてしまう」

何とかせねば、と隊長が一人で思案を重ねだす。

既に彼の頭の中では絶対に黒服の男たちを生かしておく気は無いようだ。

制御室をうろうろしながら、どうやって彼らを始末するかというとんでもないことを考え始める。

工場の事を知られないようにするためには、この黒服たちをプライマリに会わせないことが最善手だ。

そうするには必然的に口封じをしなければならない。

だが、下手に殺せば必ず怪しまれる。

上官であるハマルが来る前に、どうやったら怪しまれずに秘密を知った彼らを消す事ができるか?

考察に考察を重ねた一人の男の狂気は、やがて一つの終点にたどり着く。

「……おいお前。ハマルの到着は明日の夜だったな?」

「は、はい。確かにそうだとお聞きしました」

上官の名前を平気で呼び捨てにする隊長に、呼ばれた兵が一瞬たじろぐ。

「よし、今すぐにここから通信施設に戻って、全軍を集めろ。いいな?」

「し、施設を放棄なさるのですか?」

「質問に質問で返すな。今日の夕刻までに兵を一人残らずここに掻き集めろ。いいな!?」

「は、はい!!」

鬼の形相で睨まれて、男は息を切らしてもう一度走り出した。

再び静かになった部屋で、隊長は次の命令を出すべく防曝服に身を包んだ五人に向き直った。

「お前達は、通信施設が空になったのを確認してから施設を破壊しろ。今の装備から爆薬を好きなだけ持って行って構わん」

「で……ですが、そんなことをすれば隊長の責任問題になりかねません」

「そんなことはどうでもいい!!この事が表に出れば責任問題だけでは済まないのだ!」

部下の気遣いも空しく、隊長のヒステリックな声に押しつぶされる。

「すこしでも無線封鎖をして時間を稼ぐ!そのためにはお前達が頼りだ。すぐに準備しろ!」

「はっ!」

五人は敬礼の後すぐに部屋を出た。

残されたのは隊長に睨まれた黒服の男達と、伝令の兵士一人だけ。

隊長はしばらくブツブツ呟いた後、振り向いて通信用の受話器を手に取ろうとした。

その時、必然的に伝令の男と目線が合う事となる。

「何だ、まだいたのか」

胡散臭そうに男を見つめた後、例の黒髪の男を呼び出す。

伝令の兵士の前で耳元に何かささやいた後、突然名前を呼んだ。

「伝令!」

「ハ、ハイッ!」

いわれの無い恐怖に声が裏返る。

「お前にはもう命令する事は残っていない。ここから消えろ」

男は一瞬立ちすくんだが、すぐに頷いてドアの方へと駆け寄る。

だが、この隊長が様々な事を漏れ聞いた人間をただ逃がすわけが無かった。

「おっと待った。一人で帰るのは心細いだろう?エイリエス。彼をお見送り・・・・しろ」

「……了解しました」

エイリエスと呼ばれた黒髪の男が伝令の兵へと近づく。

立ち上がった彼の身長は思った以上に高かった。

そして右のホルスターに黒光りする鉄塊を見つけて、男は底知れぬ恐怖におののく。

「では、行こうか」

伝令の男より頭半分ほど背が高いエイリエスに背を押され、恐怖で逃げる事も出来ずにゆっくりと出口へ向かう。

部屋を出るときに伝令の男が最後に見たものは、相変わらず無表情で作業を続ける黒服たちと、受話器に向かって何かを語りかけている隊長の姿であった。

そして完全に外に出た後、扉がバタンと閉められる。

伝令の男にとって、それはまるで絞首台の床が抜けるような音に聞こえた。

人気の無い連絡通路にいるのは、死神のような黒ずくめの男に、今から訪れる恐怖に震える伝令の兵士だけ。

そして、それは唐突に起こった。

「おい、伝令」



男が反応する前に、一発の銃声が響いた。



硝煙の臭いに、鉄板の床を軽い金属音と共に転がる空薬莢。

「……悪いが、俺は無駄な殺生が好きじゃない」

瞳を開けた伝令の男が見たのは、銃を真っ直ぐこちらに向けている黒髪の男と、自分の耳元で僅かな煙を立ち上らせている弾丸だった。

目にも留まらぬ速さで撃ち出されたそれは、古ぼけた壁を深く抉っていた。

「早く行け。あの能無しは全ての兵の顔を覚える余裕は無い。今行けば助かる」

手に持つ拳銃のセーフティーをかけながら、エイリエスは通路の向こうに目をやった。

「ただし、この事は誰にも言うな。この事が広がれば兵士の士気が下がり、部隊としての能力が削がれる」

セーフティーをかけ終った銃をホルスターにしまって、震える男の肩を叩く。

「聞こえなかったか?ここにいても何も無いぞ」

そこまで言われて男はやっと自我を取り戻した。

エイリエスの言葉に何度も頷き、よろけるように通路の向こうへ走り去っていった。

「ハマル様……」

誰もいなくなった虚空に向かってその名を呟いた後、エイリエスは黒髪をなびかせて部屋へと戻った。









その頃、一機の輸送機が海上を飛行していた。

見た目はMHのようなフォルムをしているが、中はかなり改修されているようで、座り心地のいいシートが旅客機のように並べられている。

その一席で、窓際に肘を突いて外に広がる広大な海を眺めながら、大きな欠伸をしている一人の人間がいた。

そこに近寄って来る、一つの人影。

「ハマル様。水をお持ちしました」

やってきたのは女性だった。手にはコップに入った水を持っていて、それを窓際の人影に差し出す。

ハマルと呼ばれた人影はそれを受け取り、女性に手を振って感謝の意を示した。

それから、女性に向かって何やら話し出す。

「斥候、ですか?ああ、アルレイシャのことですね?彼女なら無事に向こうに着いてます……もちろん、ボテイン隊長には気付かれてませんよ?」

ハマルからの更なる問いかけに、女性がクスクス笑いと共に答える。

そして、ハマルが再び女性に話しかける。

話し終わると、女性の顔が僅かに驚きの表情になった。

「そんな事を?………了解しました」

女性は承諾すると、ハマルに一礼してから向こうへと消えた。

それを見送った後、ハマルは再び海へと目線をやる。

紅の夕陽に染まった海は美しく、なんとも幻想的だった。

日が当たる場所は紅く、日の当たらない場所は漆黒に。

「エイリエス……」

徐々に漆黒へと染まり行く海を見ながら、ハマルは手に持ったコップを硬く握り締める。


手にした空のコップからは、濛々と湯気が立ち昇っていた。






※ここからは作者の見るに耐えない駄文ですので読み飛ばして下さってもなんら問題ありません。と言うより読んだ方が時間の無駄かもしれません。


やっと日曜に更新を戻せました。acruxです。

しかしながら再びズレる可能性大です。

今回の話は敵さんにスポットを当ててみました。

敵の中でも色んな人がいます


まだまだ、次回に続きますよ

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