RECORD6:二つの頼みごと
「な、な……!!」
「そんなに驚かんでもよかろう」
あの後リース達は朝食を済ませ、同じ病室で色々と情報交換をし合っていた。
部屋では、ベッドで上半身だけを起こしているリースを三人が囲むように座っている。
時間はそろそろ午前も終わろうかと言うところで、水差しの置いていた小棚には空のトレイが置いてあり、半分ほど水の入ったコップは昼の日の光にキラキラ光っていた。
結局ほとんど朝昼兼用の食事になってしまったのだが、ロクヒードの言った通りに、きちんと栄養管理された食事は薄味ながらもどれも美味しく、ハムエッグは確かに美味しかったとリースは感じていた。
この話し合いで、リースは様々な事を三人から(主にロクヒードからだが)話してもらった。
今教えてもらったのはこの町の近年の状況で、リースは今回の傭兵派遣に至るまでの大体の話を聞かせてもらった。
今回のことの発端は8年前の工場建設の話から始まる。
当時、今より一代前の町長がある人から多額の寄付金を受け取って、その代わりにとある工場建設の許可を出した。
その工場はとても奇妙な所で、ろくな仕事も無いのに賃金がやけにいいことと、下っ端の作業員にまできつい緘口令が出されていたことが町では噂になっていた。
皆どんな工場かは知らなかったが、実りのいい話に乗せられて多くの人間がそこへ働きに行くことになる。
いつしかその工場の噂は町の外にまで広がって、どこからかやって来たたくさんの出稼ぎ達で一時期ここはとても賑やかになった。
この病院も、その時町外れの森の広い土地に建てられたものだそうだ。
だが盛者必衰の理に漏れず、いつしかこの町の運命もゆっくりと傾き始める。
突如、謎の病で次々と倒れていく作業員達。
症状は皆同じで、最初は胸焼け、悪心、身体の倦怠感があり、次に身体の節々が痛み出す。症状が酷ければ嘔吐や下痢、身体のあちこちに紅斑ができ、最後は死に至る。
医者達は必死になって原因を調べたが、彼らには一切の外傷はなく、病原菌も見つからない。
懸命な努力も空しく、冬場は症状の発生率が低いということ以外は何も掴むことはできなかった。
そんな原因不明の病気を恐れて、我先にと出稼ぎたちは町を離れ、再び町は廃れていった。
残った者達も働くことを拒もうとはしたが、小遣い稼ぎに来ていた出稼ぎ達とは違い、この職で毎日の食事を賄っていた者も少なくなく、とてもじゃないが辞めることなどできなかった。
そして先月、この町は大きな転換期を迎える。
10年に一度の町長を決める選挙が行われたのだ。
それに当選した現町長こそが、わずか一ヶ月で強制的に工場を閉鎖し、新しい職場をたて、リース達傭兵を呼んだ張本人であり、驚いて声も出ないリースの目の前に座っているロクヒードその人であった。
「あ、あなたが町長?」
「左様。その通りだ」
リースの反応に満足したのかロクヒードはとても嬉しそうだ。
「そういえば、契約書類にそんな名前が書いてあったような…」
「大事な書類にはしっかり目を通さんとのう」
ロクヒードは両手の親指をクルクル回しながら、驚いているリースの顔を子供のような無邪気な目で見た。
「いやぁ、これでいつも通りに呼べるよ。ねえ町長?」
隣にいた眼鏡の男が安堵のため息をついた。リースが見てみると、フィノールも似たり寄ったりのホッとしたという顔で胸をなでおろしていた。
「今朝になって急に『部屋ではワシの事は名前で呼んでくれ』なんて言い出すもんだから、正直随分と焦ったよ。この人、他人を驚かすのには手段を選ばないからね」
眼鏡を指で押し上げながら彼はやれやれと肩をすくめてみせた。
「だがの、無理矢理つけられた肩書きよりも、慣れ親しんだ呼び方の方がワシは好きなのだ」
「無理矢理?」
「おじさんは本当は町長になりたくなかったんです」
少し不機嫌になっているロクヒードを宥めるような目で見ながらフィノールが説明する。
「元々誰かに命令したり、人の上に立つのが好きじゃない人だから。それでも、周りの人からの信頼はとても厚いんですよ。だから今回の選挙ではみんなからの推薦がものすごくて…」
「まあ、このゴタゴタが一段落すればすぐに辞任できるように手筈は打っておるから、それまでの辛抱だ」
ロクヒードはフンと鼻を鳴らした。
だが、すぐに真面目な顔に戻ってリースを見た。
「時にレイナード君。折り入って君に頼みたい事がある」
「俺にですか?」
「そうだ」
ロクヒードの漆黒の瞳は真っ直ぐにリースを見据えている。何もかも見透かすようなその黒に、リースは黙って次の言葉を待った。
「この病院はの、さっき話したように、町の全盛期に郊外のこの森に建てられたものだ。町に近いほうが良かったのだがな、立派な病院を建てるにはここが丁度いい土地だったのだ。平坦な広い地盤に、周りは美しい森。患者の快復には最適だ」
そこでロクヒードは一度窓の外を見た。昼の光に照らされて、森の緑が美しく映えている。
「あまりに広いもんでの、今は町の皆の隠れ家に使わせてもらっとる。それにここの場所はあまり土地勘のない奴らには見つけにくいのでな。だが、それも時間の問題だ」
ロクヒードの言葉にフィノールたちが悲しそうに目を伏せた。
彼は再び窓からリースに視線を移し、言葉を続ける。
「ここが見つかるのは明日か明後日か、ともすれば、もう見つかってるやも知れん。しかし、ワシらには戦う意思がある。残念ながら戦力は万全ではないがの」
そしてロクヒードはすぐに「君を責めとるわけではないぞ」と継ぎ足した。
「あれは不可抗力だ、君に落ち度は無い。むしろワシらは君に感謝しとる。この老いぼれにも戦う事のできる矛を、ここまで届けてくれたのでな」
ロクヒードは自虐的とも取れる寂しげな笑みをリースに見せた。
彼の言葉に合わせて、フィノール達も賛同の意をこめて頷く。
「君のおかげで随分と有力な情報も手に入ったしね」
「そうです。レイナードさんは十分に尽力してくれています」
三人の力強い言葉に、リースは言うべき言葉も見つからなかった。
そこでロクヒードがパンと両手を叩く。
「それでだ。君に幾つか頼みたい事があるのだ」
「頼みですか?」
ロクヒードが頷く。
「言いたい事は二つあってのう。一つは、この病院にいる患者の事なんだがな。不甲斐ないことに、未だに病の正体が掴めとらん。工場にはろくに立ち入れんかったし、今となっては最早工場の中を調べるのは無理なこと。おまけに、検査では虫や妙な生物も見つからなければウイルス一匹たりとも発見できん始末だ」
ロクヒードは悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「奴ら、ワシらを捕まえたら間違いなく殺さずにもう一度働かせるに決まっとる。なんせ徹底抗戦を決めたときに奴ら、一度降伏勧告をしよったからな。万が一、ワシらが苦渋の敗北を喫することがあったとしても、病にかからぬ対抗策があればこれ以上犠牲者を出さずに済む。甚だ違算だとは思うがの、今は君くらいしか頼れる者がおらんのだ」
ロクヒードはすがるような目でリースを見つめた。
「何か、この病について少しでも知ってはおらんか?」
リースは今までよりも強い視線を感じていた。
もちろん、三人が静まり返った部屋でリースの言葉を待っているからなのだが、フィノールの視線が他の二人とは異質な事に気付くのに大して時間は要さなかった。
他の二人のものとは違い、フィノールの瞳は複雑な感情を映していた。
たとえるなら、試験や検査の結果を待つような、期待と不安が入り混じった目だ。
聞かなければいけないのに、心のどこかでは聞きたくないと思っている──リースにはそんな目に見えた。
だからこそ、リースは迷っていた。
自分には心当たりがある。しかしあまりに確証が無かった。与えられた情報だけでは推測する事しか出来ないからだ。
自分が生半可な憶測を言っても、彼らをぬか喜びさせるだけではないのだろうか?無駄な期待を煽るだけではないだろうか?
だから、リースは躊躇っていた。
「レイナードさん」
そして、そんなリースにフィノールが声を掛ける。
少し身を乗り出して発した声は少し強いものだった。
「お願いです。少しでも知っていることがあるなら、包み隠さず教えてください。どんな些細な事でもいいんです。どんなに確証が持てないことでも構いません。たった一握りの手がかりでも欲しいんです。私達にはもう…もうあなたしか居ないんです」
余程思いつめていた事なのだろう。リースはフィノールと知り合ってまだ数時間しか経っていなかったが、彼女の真剣な露草色の目と、今までで一番語気を強めて言ったその言葉にそう思わずには居られなかった。
「フィノール……」
それからフィノールは身体を元の位置に戻して、すぐに謝った。
「ごめんなさい。急にこんなことを言って……」
「いや。謝るのはこっちの方だ」
彼女の心からの訴えかけに、リースの決心はついた。
「分かりました」
リースは真剣な目で真っ直ぐ三人を見た。
「これは俺の知識の一つに過ぎませんが、知り得る限りの事をお話します」
そう言って棚に置いてあったコップの水を飲み干し、手元に置いた。
「ロクヒードさん。話す前に二つ、三つ、聞きたい事があります」
「ああ、何でも言ってくれ」
もう一度椅子に座りなおしたロクヒードが軽く頷いて構えた。
「病気の症状が出始めたのは工場で働いてからどのくらいですか?」
「大体…1年から2年くらいだ」
ロクヒードが目を閉じて思い出しながら答える。
「では次の質問ですが、病気にかかった人の中で、失明か、或いは視力が弱くなった人はいませんでしたか?」
「あー……、おお、そうだ!確かに何人かが目が見え辛くなったと言っておったぞ」
知らないはずの事を的確に言い当てたリースに、ロクヒードの表情が驚きと期待の色に染まる。
「やはり…何か心当たりがあるのだな?」
「はい。ですが……」
「どうした?」
言葉を濁すリースにロクヒードが気遣わしげに聞く。
「この時代にはあるはずのない物です。それに、工場で製造する意味もほとんど無い。矛盾する点が多すぎます」
「一体、それは何なのだ?」
構わんから言ってくれ、と急かすロクヒードに、リースは重い口を開いた。
「強力な放射性物質──多分、ウランかプルトニウムの類です」
リースの言葉に、数秒間病室の空気が止まったように静まり返った。
当たり前だ。この30世紀では『まず聞くことがない』単語なのだから。
「ウラン?ウランって、あのウラニウムのことかい?」
最初に沈黙を破ったのは眼鏡の男だった。目は見開かれ、その声は驚きに満ちている。
それにリースが無言で頷く。
「本当なのかい?だってそれは──」
「400年以上前にこの地球上から無くなったはずの物質、です」
彼の言葉をリースが取り繋いだ。
「地球上でのウラニウムの採掘可能年数はとっくの昔に過ぎてます。事実、ここ数百年ウラニウムは一切採られていない。それにプルトニウムは精製にウラニウムを原料とするから、生産できる量はウラニウムの採掘量に深く依存しています」
「……それなら私も、歴史の本で見たような気がします」
フィノールが口元に手をやって思慮深げに言った。
「とても強力なエネルギーを抽出できるけど、需要が多くてすぐに掘り尽くされてしまったって」
「通りで医者も発見できないわけだ」
眼鏡の男が腕組みして険しい顔で言った。部屋の周りを先ほどからゆっくり歩き回っている。
「大昔に無くなった物の影響かもしれないなんて考えもしなかっただろうし、特別な機器が無いと検知も出来ない」
「……ち、ちょっと待ってくれ!」
勝手に進みだす三人の会話に、一人だけついていけなかったロクヒードが「降参だ」と言わんばかりに諸手を挙げてブレーキをかける。
「もし、もし奴らがそのウル……分かっとる!もし奴らがウラニウムを作っていたとしてだな、その用途は一体何なのだ?」
途中、フィノールに単語の手直しを受けながらロクヒードが質問する。どうやら彼はこの分野はあまり得意ではないようだ。
「多分、核燃料です」
手元で器用にコップを転がしながら、リースが答えた。
「昔はそれで原子炉というものを動かして、一時期は船や飛行機、果ては宇宙ステーションの動力源にも使われてたんです。非常に燃費が良いし、取り出せるエネルギーも膨大だから」
ただ、とても危険な物なんです、とリースが続ける。
「原子炉自体、不安定な物質が安定した別の物質に変化する時のエネルギーを取り出す機関なので、取り扱いがとても難しいんです。事実、原子炉ができて間もない頃は施設の崩壊事故が幾つか起きて、そのたびに十何万の人が放射線の被害に遭いました」
「では、その放射線が病の元凶なのだな?」
「そうすれば話が合うんです。少量なら数年経たないと自覚症状が出ないし、冬場に症状の発露が少なかったのも、多分厚着をしていて放射線を受ける量が減ったからでしょう。それに目の中にある水晶体は身体の中でも特に放射線の影響を受けやすい。失明もそれから来るものです」
そこまで言うと、ロクヒードは深いため息をついた。両手を顔にあててしばらく下を向く。
今までの会話の内容を整理しているようだ。
そんなロクヒードを横目に見ながらリースが口を開く。
「でも、そうなると矛盾点が色々出てくるんです。まず第一に、最初に言った通り、ウラニウムはもうこの時代では採り尽くされてるはずです」
「それは、まだどこかに鉱脈があったとすれば何とか説明がいくね」
ようやく歩く事を止めた眼鏡の男が耳元のフレームを弄りながら言った。
「第二に、無くなったウランの代替エネルギーとして、27世紀の産業革命の時にバルジウムが発明されています。こっちは人体には無害だし、ウランなんかよりも出力できるエネルギーは高い。コストも製造法もバルジウムの方が安易なのに、どうしてわざわざウランなんかを作るのか分かりません」
そう、この時代のエネルギーの主流は新物質のバルジウムである。
安価で、安易に製造でき、ほぼ無尽蔵に精製できるこの理想のエネルギーは27世紀に発明され、今では使われている全エネルギーの8割強を占めている。
悲しい現実だが兵器にももちろん使われていて、リースが乗っていたMHはもとより、中に積んであった小銃やランチャーのバッテリーにも使われているほどだ。
「……何か、バルジウムでは至らない点があったのでしょうか?」
フィノールも知恵を絞っているが、いい答えは出ないようだ。
「そして最後に、どうして精製する工場を放射線が洩れるほどに脆い作りにしたのか。これが一番の謎です」
「単に技術が無かっただけではないのか?」
頭の中の整理を諦めたのか、ロクヒードが再び会話に加わる。
そんな彼にリースは首を横に振った。
「それは違うと思います。大昔のウランの製造法を知っているのに、それを覆う工場の設備が作れないはずがありません。それに、工場で働いている者に被害が出れば、秘密裏に製造していたものを怪しまれるし、何より必要としていた労働力が減ります。これでは向こうにはデメリットしかない。それに放射線に曝されるのは向こうの人間も同じなんです」
「うむ、確かに……」
再び部屋を静寂が包んだが、しばらくすると眼鏡の男がそれを破った。
「……だけどレイナード君、どうしてそんなに昔の物に詳しいんだい?」
唐突に出された彼の問いに、リースは言いにくそうに少しだけ顔を逸らした。
「俺の趣味なんです。昔の物を集めたり、起こった出来事を調べたりするのが好きで…」
「そうだったのか。いや、僕も昔歴史を齧った事はあったけど、君ほど詳しくはなれなかったよ」
彼の言葉にリースはそれ程じゃないです、と謙った。
そして、質問の答えを出すべくロクヒードの方に向き直った。
「ロクヒードさん。もし予想が当たったとして、患者の治療と症状の予防ですが」
「どんな事をすればいいかね?」
期待をこめたロクヒードの意に反し、リースは表情を曇らせた。
「……残念ながら、今のところ効果的な治療法は見つかってません。というのも、病人がいない今、治療法の研究自体が止まっている状態だからです」
「そうか……」
「一番の治療、予防法としては、その物質が置いてある場所、つまり工場に近寄らない事です」
「分かった。貴重な情報、色々と助かったぞ」
急に深々と頭を下げたロクヒードをリースは両手を振って慌てて制した。
「いいえ!今はこれくらいしか役に立てませんから」
「だが、これで尚更負けるわけにはいかなくなったな」
再び頭を上げたロクヒードの顔には、新たな決意が滲み出ていた。
この戦いに負けるという事は、同時に更なる犠牲者を出すことを意味する。
「はい」
「これ以上無意味な被害を出せないからね」
「町の皆で力を合わせればきっと大丈夫です」
三人がロクヒードの言葉に続く。
ロクヒードはそれに耳を傾けた後、リースの蒼い瞳を静かにジッと見据えた。
「ところでレイナード君。君に頼みたい二つ目の事だがの……」
「何ですか?」
何を言われても期待に沿おうと意気込んでいるリースに、ロクヒードは一瞬だけ窓の外に目をやり、すぐにリースの目に視線を合わせてから、朝からずっと言おうとしていた事を告げた。
「輸送機が直り次第、君にはここから離れてほしいのだ」
その後の病室は、とても静かだった。
※ここからは作者の見るに耐えない駄文ですので読み飛ばして下さってもなんら問題ありません。と言うより読んだ方が時間の無駄かもしれません。
とうとう一日オーバーしてしまいました。
楽しみにしてくださっていた方、すみません。
不甲斐ないことに日曜のほとんどを寝過ごしてしまい、徹夜で仕上げようとしたら途中でウトウト。
目が覚めたら日にちが変わってました。
次は頑張って日曜中に仕上げたいと思います。
それでは、また次回。