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RECORD4:襲撃、そして救済

少女は息を潜めてその時が来るのをずっと待っていた。

…いや、正確には『恐れていた』と言った方が良いだろう。

年の頃は19くらいだろうか?イスに座って、本来は研ぎ澄まされたサファイアのような露草色の瞳を閉じ、華奢きゃしゃな腕をテーブルの上に乗せて両手を組み、祈るような格好をしている。彼女の腰まで届く黒を織り交ぜたような栗色の髪が微かに震え、彼女の今の心境をつぶさに語っていた。


少女の名前はフィノール・レセル。


彼女は何も無い部屋の中にいた。まるで引越しした後か、そうでなければ引越しした直後の様な有り様。あるといえば比較的大型の必要最低限の家具しかない。

この家にあった荷物は昨日までに全て他の所に移していた。この家とは……多分今日でお別れだから。

まるでその部屋だけが時間の歩みを止めているようで、壁にかけてある丸い時計だけがカチ、カチ、と静かに時を刻んでいる。

できることなら来て欲しくなかった……いや、いまでも来て欲しくないと思っている。

部屋の窓から見える町並みには誰もいない。

山岳地帯にあるため元々小さく坂道がとても多い町だが、それでも数百人の町民が明るく平穏な毎日を送っていた。


だがそれも昨日までの話。

町から見渡せる森の一角に、深緑に紛れて装甲車が群れをなしてやってくるのを見張りの人が見つけるまでの事だ。

少女は青い瞳を開け、テーブルの上においてある写真立てを見つめた。

その古ぼけた写真立ての中には3人分の笑顔が納められている。

柔和な微笑みを浮かべる美人の女性に、満面の笑顔を振りまく小さな女の子。そしてその女の子を抱きかかえて女性の横に立ち、快活そうな笑顔を見せている男性。

思えばこれが少女にとって最初で最後の家族写真だった。

母はこの写真を撮った次の年に病気で死んだ。元々病弱な母だったからある程度覚悟しなければいけなかったのに、葬儀の時にはまだ幼かった事もあって一晩中泣き続けていたのを覚えている。

そんな少女を一生懸命支えてくれたのが父だった。でも、その父も2年前に癌を患って死んでしまった。

だから今、彼女は父ととても仲の良かったおじさんの家に居候させてもらっている。


フィノールの父は先月閉鎖された町外れの大きな工場で働いていた。

町の外に工場があることは彼女も知っていたが、何をつくっているのかはそこで働く上層部の人以外には秘密にされていた。何でも、前町長の時に取引先がお金にものをいわせて建てた物だそうで、余程まずい物を作っているのか、詳しいことを知らない警備の職員にすら緘口令かんこうれいが敷かれている程だ。そしてそこで働いている人から次々と病人を出しているいわく付きの場所でもあり、作業員のほとんどが気味悪がりながらも賃金の為に嫌々働いているきらいがあった。何の工場なのか上層部に勤めていた父に尋ねてみた事もあったが、ただ首を横に振るばかりで他の人に聞いても皆同じようなものだった。

それでも少女は、日に日にやつれてゆく父に見兼ねて一度激しく問い詰めたことがあった。その時にも彼は、「決して人に話して誇れる物では無いんだ」とだけ答えて、それ以上は頑なに口を閉ざした。

今思えば、あの工場が全ての始まり──

少女は組んでいた手を解き、イスから立ち上がって壁に掛けてあった上着を羽織り、家の外に出た。


春の山は都会から見ればまるで真冬のように寒い。上着無しでは間違いなく風邪を引いてしまうだろう。

少女は一度身震いしてから、今日で別れる事になるこの通りを見渡した。

町は朝からシンと静まり返っている。

耳が痛くなるほどの静けさに冷たい風が身を切るように吹き付け、昨日降った雨の名残りが石畳の坂をキラキラと濡らしている。

そして、耳をすませば何十もの低いエンジン音が聞こえてくる事からして、もうここに居られる時間はほとんど無いようだ。

「フィンちゃーん!!」

自分の愛称を呼ぶ声に振り向くと、坂の上から一人の男が走り寄って来る。男の背丈は175センチくらいで、首にかかるくらいの黒髪に細長い銀縁の眼鏡をかけている──近所の喫茶店で働いているお兄さんだ。

「フィンちゃん…ハァ…やっぱりここに、フゥ……いたのか…」

両手を膝に乗せ肩で息をしながら、彼は安堵の息を吐いた。

「どうしてお兄さんが?アーサーおじさんが来るはずじゃ……?」

そう言うフィノールを制して、彼は彼女の腕を掴む。

「君のおじさんはこんな状況だから、仕事が忙しくなってこっちに来れなくなったんだ。代わりに僕が頼まれた。急ごう、奴らがすぐそこまで来てる!」

「え、あ、はい!」

そのまま彼女を引っ張って石畳の町並みを疾走して行く。

途中に、街路に向けて張り出した小さなカフェテラスのある店舗を横切る。自分も何回か行ったことがあって、キャラメルマキアートがとっても美味しいと女の子の間で評判になっていた喫茶店だ。

「全く、あの店もやっと8年目に入ったっていうのに」

そして、隣を走りながら毒づく彼の経営する店でもある。

(あそこには父さんと母さんと一緒によく行ったっけ…)

家から近いこともあって休日には家族と何度も通っていた、とても思い出深い場所。

「……あ!写真!!」

次はいつあのお店に行けるんだろうと考えていた時に、両親の形見を部屋のテーブルに置き忘れていたことに気付く。

「写真?……え、おいフィンちゃん、何処に行くんだ!」

失礼だとは思いつつも、彼の腕を振りほどき、フィノールは今来た道を戻って行った。

「忘れ物を取って来るだけですから、お兄さんは先に行っててください!」

振り返りそう言いながら、転がるように雨で湿った坂道を下っていく。さっきの喫茶店を通り過ぎ、見慣れた町並みを走りぬけ、やっとのことで自分の家に着いた。

中に入ってテーブルの上の写真を上着のポケットに仕舞い込み、急いで家を飛び出す。さっきよりも幾分か大きくなった軍勢の迫る音を背に、再び坂道を駆け上った。

しかし、別段鍛えているわけでもない少女の身体では、この坂道をもう一度登るのはとても無理な事だった。再びカフェテラスの前まで来た所で、疲れのあまり立ち止まってしまう。

「ハァ…ハァ…、あと…もう少し、だから……」

自分にそう言い聞かせながら、疲労が溜まる体に鞭打ち再び走り出す。

お兄さんと別れたところまで戻ってくると、既に彼の姿はなかった。恐らく彼女を信用して先に出発したのだろう。

フィノールも後を追おうとそこを通り過ぎようとした、その時。


ブロロロロロロロロロッッッ!!


「!!」

突然近づいてくる車の音に、彼女が咄嗟とっさに建物の陰に身を隠す。


「この町の人間を探せ!!一人でいい、奴等の居所を何としても聞きだすんだ!!」


恐る恐る覗いてみると、薄汚れた迷彩服を着た白髪交じりの初老の男が、十台ほどあるジープを率いて拡声器で後続車に命令を出しているのが見えた。そして彼女が隠れている物陰の前をジープが次々と通り過ぎ、その先にある十字路でみな散り散りに走っていった。

(どうしよう……)

皆がいるところまではまだかなりの距離があるのに──

写真を取りに戻ったことを若干後悔したが、今となっては後の祭りだ。

(でも……行かないと)

こんな所に隠れていても状況が好転する訳ではないし、見つかるのは時間の問題。それなら、見つかるのを覚悟で走ろう──

そう思い当たって、上着からあの写真を取り出し、笑顔の両親をしばらく見つめる。

「……」

両親に願掛けをした後写真を上着に入れて、路地から見える通りに誰もいないことを確認してから、少女は勇気を振り絞って再び走り始めた。



「ハァ、ハァッ…!」

「いたぞー!!町の外れに女がいる!!」

後方のジープから声高に叫ばれる報告が、彼女に見つかってしまったという事実を叩きつける。

町中では上手く切り抜けられた。小さい町は隅々まで知り尽くしていて自分の庭のようなものだったから、徘徊する敵の狭間を縫うように進むことができた。それでも、周りに身を隠せる場所が無い郊外の草原となれば話は変わる。

高い所でも膝にすら届かない程度の雑草しか生えていないこの平坦な土地では、土地勘云々以前にまず敵の目に触れることとなった。

「絶対に傷つけるな!無傷で捕まえて残りの居場所を吐かせるんだ!」

後ろから響くその言葉に全身に鳥肌が立つ。その一言で、自分が走るのを止めた時一体どんな目に遭うのかが容易に想像できた。もはや逃げ切れないという思いが頭の中を支配する中、それでも自分の本能が警鐘を鳴らす間はその足を止めようとはしなかった。しかし現実は非情なもので、追ってくる3台のジープは瞬く間に彼女との距離を縮めて行く。


町から出る途中、彼女は自分の故郷を救ってくれるかもしれない最後の望みを絶たれていた。



(聞いたか?ここの奴らが呼び寄せた用心棒、全滅したらしいぞ)



身を潜める自分の前を通り過ぎていく二人の男の会話に、彼女は自分の耳を疑った。

(不意打ちかけたらあっという間に粉々だったらしいぜ)

(だけど一機だけは墜落したのを確認してないんだろ?)

(ろくな装備も積んでない輸送機如きが逃げ切れると思うか?今頃そいつも川の底さ)

その二人の会話は彼女に……いや、町の人全てに向けての死刑宣告そのものだった。


工場の閉鎖は、誰でもない町長自身の独断で決められた。

しかし、町長に与えられたのは批判でも中傷でもなく、最高級の栄誉だった。労働者から次々と病死者を出す工場との───この町と奴ら・・との───忌々しい繋がりを断つ為に、既に町民の決心は一つに固まっていたのだ。

契約は一方的に断ち切られ、向こうが黙っているはずがないと踏んだ町長は、奴らと戦う為に自らの貯えを削ってまで傭兵をかき集めたのだ。

そして、町の人達がここまで一致団結出来ているのは、確かに町長の手腕とカリスマ性の賜物でもあるが、何より自分達に心強い味方が付くという気持ちがあったからこそだった。

その唯一の頼みの綱が切れたとなれば、戦う力が無いに等しい町の人達に残された道は『死』しか無い。

(今頃そいつも川の底さ──)


それでも……それでも……!!


再び頭の中に響く声を振りほどき、彼女は走り続ける。

たとえそれが無駄なことだとしても、今の自分にはそうすることしか出来ないから。どんな時でも決して諦めるなと、父から教わったから。

だから──少女は走る。止め処なく溢れる涙を振り払い、己の力の限り。

その時、辺りの地面が激しく抉れ、土の塊をあちこちに撒き散らしていく。後ろからは激しい銃声が絶え間なく響き、自分を追ってくるジープとの距離はもう50メートルと離れていない。


ドスッ!!


刹那、そこら中で聞こえていた低音がすぐ足元で響く。と共に大きく開いた穴に足をとられ、視界が揺らぐ。長い髪が宙を舞い、そのまま前のめりに倒れてしまった。

「いっ!!」

身体をかばう為に突き出した右腕に鋭い痛みが走り、苦痛に顔を歪める。もう起き上がる体力も残っていない。自分に迫ってくる死の音が確実に大きくなる。

(もう駄目……)

悔しさに雫を溜めた瞳を閉じ、彼女がそう思ったとき──


「キィィィィィィィィンッッッ!!」


不意に空に響く、耳を引き裂かんばかりの高い、鋭い音。

それが地上を走る車のエンジン音でも、辺りに硝煙の匂いを撒き散らす銃声でもない事は、うつ伏せに倒れている自分にもはっきりと理解できた。頭を上げて後ろを向いたときに見えたのは、紅蓮の炎に焼かれる三台の鉄屑ジープと、その上を滑空しながらあたりに熱風を巻き起こす一機の輸送機だった。

流線型など微塵も念頭に入れていない無骨な作りの機体。シルバーに統一されながらも所々剥げ落ちている塗装。就役してから100年以上経つにも関わらず未だ現役であり続けられる、繊細で、それでいてタフな設計。そして、機体の側面に描かれている、大きな『SC』の文字。

見間違うはずが無かった。

それは、この町の皆が待ち焦がれていた一筋の光。そして、町で『消えた』と自分が聞かされていたもの。

草原に突如現れた一機のMHは目の前で彼女に迫る追っ手を瞬く間に灰に帰していく。しかし、全滅したはずの部隊がどうしてここにいるのかはともかく、その機体がまともな状態で無いことだけは一瞬で理解できた。

自分を助けてくれたMHはその後ろ半分、特に尾翼の所が酷く傷ついていて、それが影響しているのかさっきからバランスを保つのがやっとの状態で飛んでいる。片方のエンジンからは異様な音と共に黒い煙が絶えず噴き出していて、自分が見ている間にもどんどん高度を下げていく。

「そんな、ダメ!!」

無傷だった左手を伸ばして必死に叫ぶが、その声が届くはずも無く、少女の命を助けたMHはその少女の目の前で森の中に墜落していった。

「──ンちゃーん!フィンちゃーん!!」

今ならまだ間に合うと、ボロボロになった身体を立ち上げ森の方へ向けようとしたとき、町中で聞いたのと同じ声で再び自分の愛称を呼ばれる。振り向くと、町のほうからあの喫茶店のお兄さんが血相を変えて走って来るのが見えた。

「フィンちゃん!良かった、無事だったんだ……って、フィンちゃん、大丈夫かい!?」

近くまで来てやっとフィノールが怪我をしていることが分かり、慌てて彼女に肩を貸す。

「私は…大丈夫です。それよりも、あの人が……あの人が……」

「あの人?森に誰かいるのかい?それにこの有り様は──?」

フラフラになりながら尚森に向かって歩こうとするフィノールをなんとかなだめ、彼は事情を尋ねた。



「──本当にすまない。あの時君の事をずっと待ってたんだけど、途中でジープの奴らが来てしまって隠れるしかなかったんだ。いなくなるのを待ってから戻ったんだけど、フィンちゃんが来る気配は無いし…。もしかしたら先に行ったのかと思って町を出たら、大きな爆発音が聞こえたんで急いで駆けつけてみたんだけど……」

森の奥に向かって歩きながら、もう一度自分の肩に腕をかける傷だらけのフィノールを見、遥か後ろで小さく燻ぶっている元ジープを遠目に見た。

「だけどフィンちゃん、本当に──?」

立ち止まりフィノールを支えながら、男は情と悲しみの混じった目で彼女を見る。すると少女は沈んだ顔で男を見て静かに頷いた。

「そうか、傭兵達は全滅したのか……」

彼はそれだけ呟いて、再び歩みを進めはじめた。

話は大体彼女から聞いた。装甲車の部隊が自分達が雇った傭兵達を攻撃して、それによって部隊が全滅したという話を漏れ聞いたこと。ジープに追われたときに、全滅したはずのMHに助けてもらったこと。そして、自分の命を救ったMHが目の前で墜落したこと──。

二人はゆっくりとした足取りながら、森の中をまるで自分の家の庭のように苦も無く進んで行った。二人ともこの森については詳しいし、何より木の間から見える高く立ち上る煙のおかげで目標を見失うことは無かった。

「だけど、全滅したはずなのにどうして一機だけ残ってたんだろう?もう僕達には増援を雇うお金は無かったはずなのに……」

「私が町で聞いた話では、不意打ちをかけて攻撃したけれど、一機だけは墜落したのを確認していないとも言っていました。たぶん、その一機が逃げ切ってくれたんだと思います」

男の頭に最後まで残っていた疑問に、フィノールが自分の推測を繋げた。

「お、もしかしてあれじゃないのか?」

頭を上げて彼が指差した方を見ると、地面に横たわって辺りに煙を撒く巨大な影が見えた。その影に木漏れ日が当たり、シルバーの機体に擦れた『SC』の文字を浮かび上がらせている。

「昨日雨が降ってたのが幸いしたようだね」

墜ちた機体を詳しく調べながら、彼は辺りの地面を指差した。見てみると、自分達が立っている場所は酷いぬかるみの上だった。それがクッションになったようで、墜落したにも拘らず機体はほぼ無傷の状態を保っていたのだ。

……余談だが、その雨を降らせた雲のせいで彼らがこんな目にあったという事実を二人が知ることは、後にも先にも無かった様だ。

「確かに、これは僕らが傭兵を雇った会社の輸送機みたいだ」

機体を調べてぬかるみに埋まったカーゴルーム以外からの入り口を探しながら、彼が確信したように言う。

「損傷が少なくて良かった。この一機だけでもエンジンを交換したり修理すればまだ動きそうだし、もしかしたら中には搬送されるはずだった武器もあるかもしれない──」

「お兄さん!!」

機体側面にあったパイロット用のハッチのロックをいじりながらそんなことを言う彼に、普段は滅多に怒ることがないフィノールが痛みを堪えて声を張り上げる。

「不謹慎です!!中にはまだ人が取り残されてるんですよ!?」

「あ…」

それを聞いて彼はバツの悪そうな顔をする。

「……すまない。確かに君の言う通り、ちょっと軽率だったみたいだ…」

「分かってくれたなら、ここから最初に連れて行くのは武器や弾薬じゃなくて人間にしてあげて下さい」

彼は再び優しい声に戻った彼女に「分かった、そうしよう」と答えて、再びハッチと対峙した。すると、一分と経たずに『ガチャリ』という音を立ててハッチが機内に引っ込んだ後、横にスライドして中に続く狭い通路を露呈ろていさせた。

「よし、これで中に入れる」

「コクピットはこっちですよね?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ!」

オレンジの非常灯が明滅する薄暗い通路を歩き始めたフィノールを彼が慌てて制する。

「まずはこの機体の状態を確認しないと。……違う、そういう意味じゃなくて!これがすぐに爆発しないとも限らないだろう?ここが本当に安全かどうかの確認をするだけだから!」

一瞬自分の発言に眉を吊り上げた彼女にたじろいだが、両手を振って弁解する。

「でも、それを確認するのにもコクピットに行くのが最も適切だと思うんですけど?」

「僕もそう思う。だから僕が最初に中に入ろうと思うんだ。君は僕が安全を確認するまで出口のそばで待っててくれ」

力説する彼にフィノールが渋々了承すると、彼は僅かに表情を曇らせた。

「それに、フィンちゃんも分かってると思うけど、この先にいるのは怪我人じゃなくて死体かもしれないんだ。それにもしかしたら会社が同じってだけで僕等が雇った傭兵かどうかも分からない。もしもの時に君だけでも逃げ出せるように、僕が呼ぶまで出口の所にいて欲しい。それからもし、10分経っても僕が何も言わなかったら、君一人だけで皆の所まで行くんだ。いいね?」

最後にもう一度同意を促して、彼はコクピットに続く通路の先に消えていった。




「フィンちゃん来てくれ!大丈夫だ、パイロットも生きてる!」

彼女が待ち望んでいたその言葉をかけられたのは、彼が去ってから4分が経った時だった。声が聞こえるとすぐに、オレンジ色に染まった通路を、痛む体が耐えられる限りの速さでコクピットに続くスライドドアまで走る。そのまま狭いコクピットに入ると、彼がシートに寄り添ってパイロットの様子を診ていた。

「どうやら気絶しているだけのようだね。息もしてるし、脈もある」

そこは思いのほか綺麗だった。

縦に長い複座のコクピットは機体と同じにほぼ無傷のままで、全面に張られている強化ガラスのような物も一枚も割れていなかった。

ただ、消えた照明、頻繁に計器から飛ぶスパーク、ディスプレイに表示されている「SYSTEMシステム ALERTアラート」の文字、そして気絶しているパイロットが、この輸送機が確かに墜落した事を物語っている。

そこでフィノールは初めて命の恩人の姿を見た。

シートに身体を預けて静かに息をする様は、恐らくこの状況を知らない人が見れば休憩していると勘違いしただろう。

恐らく年は20代前半くらい。少し癖っ毛のある黒い短髪に、バランスのよく取れた体つき。瞳の色は分からないが、その整った顔はモデルとしても通用しそうな程だ。左耳には通信用のヘッドギアを着けていて、細いマイクが口元まで伸びている。

そして、お兄さんが彼を背負った時に身長が高いことも判明した。

「な、何だ?こりゃまた随分と軽いな、彼は」

まるで全然重くないリュックでも背負っているかのように、彼はその場で何度か跳ねて見せた。

「さ、フィンちゃん」

そしてフィノールに手を差し伸べたが、彼女は首を横に振った。

「私はもう大丈夫です。それに、お兄さんも二人は大変でしょう?」

左手で力こぶを作りながら微笑みかけると、案の定、彼は苦笑いして目線をそらした。

「い、いやあ、助かるよ。さすがフィンちゃんは鋭いなぁ。確かに、いくら君らが軽くても二人運ぶのはちょっと骨が折れるかなぁと思ってたんだ」

そう言って背中の男をあごで指す。

「でさ、助かるついでに一つお願いがあるんだけど、いいかい?」

「何ですか?」

聞き入れる体勢をとると、彼はシートの横から二つのアタッシュケースを出してきた。そのうち一つは何処にでもある普通の大きさのケースだが、もう一つのケースは中にバイオリンか何かが入ってるんじゃないかと思うくらいに長かった。

「これ、彼の個人的な所持品みたいなんだけどね、次にここに来るのがいつになるか分からないから持って行ってあげようと思うんだ。もしかしたらとても大事なものか、役に立つものが入ってるのかもしれないしね」

フィノールが頷いて左手を出すと、彼は小さい方のケースを彼女に手渡し、自分は長いケースを手に取った。

「よし、早いとこ彼を診てもらわないといけないし、そろそろ皆の所に行こうか。ここからなら30分とかからないだろうし」

「そうですね」


唯一の生存者であり、少女の命の恩人でもある男を伴って、二人は『目的地』を目指し歩き始めた。




※ここからは作者の見るに耐えない駄文ですので読み飛ばして下さってもなんら問題ありません。と言うより読んだ方が時間の無駄かもしれません。


皆さん再びこんにちは。懲りずに続編の投稿を続けるacruxです。

今回の話は御覧のとおり「RECORD3」の別視点バージョンです。この一話で前回の話の疑問部分を補完していただければ幸いです。

次回からはちゃんと進行しますので、定期購読されたい方は以後も本作を観察してやってください。


といったところで、次回に続きます。

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