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RECORD3:白い雲

ミレース近郊に広がる壮大な森林地帯。

上空のオゾン層が破壊されていない自然のままのその森はまさに絶景そのもので、野生動物にとっては数少ない大切な生活場所の一つとなっている。一年を通して木々の実りが絶えることが無く、数多の根によって浄化された新鮮な水が、全ての生き物に注がれる──

そんな大森林の上空を、三機のMHが高速で通過していく。

「なあリース。後どのくらいで着きそうだ?」

……かれこれ二時間ほど。


「あともう少しだ」

そう言い放つと、隣りを飛ぶMHとリンクするイヤホンから舌打ちが一発。

「もう少しもう少しってなぁ、その答えを一体何回聞いたと思ってるんだ?」

「なら同じ質問を何度もするなよ!」

森に入って一時間が経ったあたりからウィルはずっとこの調子だ。

周りを見渡しても見えるのは一面の緑だけ。

最初はその美しい風景が癒しに一役買っていたが、さすがに延々と同じ景色が続くといい加減飽きてくる。

まだ操縦するという仕事がある俺とは違い、カーゴルームでただ座っているだけのウィルがいち早く痺れを切らしたのだ。

「だけどな、飛んでも飛んでも森・森・森だぜ?緑意外に何か芸は無いのかよ?」

「全く──」

なまじ同じ気持ちな為に、あえて声に出して聞かされると段々イライラしてくる。

うっそうと茂るこの森はその広さゆえに変化に乏しく、景色が変わるといえば川に崖、丘に差し掛かった時ぐらいしか無い。さらにヘリより速いMHのスピードではほんの数瞬で過ぎ去ってしまうのだ。

「一つ質問するがな、その愚痴を俺が何回聞いたと思ってるんだ?」

口元の小さなマイクに向かってイラつき気味に言葉を投げかける。

「先程の発言を含めて9回目になります」

「…え?」

聞こえてくる予想外の返事に思考が一瞬フリーズする。数秒経ってから、その返事の主がウィルではない事に気付く。

「…いやクレア。ただの雑談だから真面目に答えなくてもいいんだ」

『質問』に対しいち早く答えを弾き出した彼女にため息をつく。どうやらこのAIは雑談でもお構い無しのようだ。

(っていうか、こんな雑談さえ記録に残るのか?)

MHには何度も乗ったことがあるが、そんなことは今まで一度も考えた事が無かった。

頭の中に一瞬嫌な予感がよぎるが、かぶりを振って意識の外に追い出す。

「それにこんなに長い時間座ってたら体がなまっちまうよ」

言葉と同時にウィルが伸びをしているであろう音がイヤホンから聞こえてくる。

「とにかく、後一時間で着くはずだからもう少しだけ辛抱しろ」

「へいへい、りょーかいしましたよ」

ウィルがぶっきらぼうにそう言ったのを最後に、俺達は通信を切った。




「──マズイな」

無線で話していた三十分ほど前とはうってかわって、今の自分の声には一切余裕が無いのが分かる。

原因は目の前の雲だ。

山全体を覆わんばかりの大きな雲が、見事に三機の進行方向を塞いでいる。

MHの搭載しているエンジンは出力の高さも長所の一つだが戦闘機ほどの高出力ではない。まして元々低空での輸送や航空支援が主目的の機体では、いくら高出力とはいえ目の前に重く垂れ込む雲の上を越えていくのはかなり無理がある。

「山の天気が変わりやすいとはよく言ったもんだな」

前進を止めて空中静止した機内でぼやく。こうして話しているうちにも雲はなくなる気配を一向に見せない。

「どうします?あと2〜30分の距離にありますが、このまま突っ込みますか?」

隣で緩やかに上下するリーマー1から再び無線が繋がれる。が、今度はパイロットのダグラスからのものだ。

「迂回するという手もありますが、それでは一時間ほど余計に掛かることになります」

「ん〜、直進するのが最善の方法だとは思うんだがな」

「何か問題でも…?」

歯切れの悪い言い方にダグラスが理由を尋ねる。

「ちょっと気になることがあってな」

口元に手を当てて少しの間考え込む。

──確かに、この雲を直進すれば30分と経たずにミレースに着く。それをもし迂回するような事になれば、時間がかかる上に間違いなく予定に支障が出る。

しかし……


『武装集団は発見されて無いだけで現時点では偵察すらなされていない──』

『上空を通過するに際し万が一対空砲火を受けることがあったとしても、被害を最小限に抑えることができると司令部が判断した──』


任務説明の時のハインケルの言葉が気になる。

(まるでこの辺りに何かいるのを知っているような話し方だった…)

あの時の彼の、何かを思い出すような少し物憂げな表情を俺の頭は鮮明に記憶していた。

「任務説明の時のハインケルの話なんだけどな」

「…途中に武装勢力が出るかもしれない、っていうあの話ですか?」

どうやらダグラスもあの話を覚えていたようだ。

「ですが、もう予定航路のほとんどを飛んでいるのに今の今まで一度もそんな物騒な物には遭遇してませんよ?」

──そう、その通りだ。

これだけの距離を移動しているのに武装勢力らしきものは全く見当たらない。普段の自分なら気にも留めず雲を通るはずなのに……


はずなのに……なんだろう、この胸騒ぎは?


何か良くないことがこの白い塊の向こうで起こりそうな気がする。

そんな漠然とした不安がドロドロと身体の中を這い回っていた。

「やっぱり──」

「私はダグラスに賛成するね」

『最後まで油断はできない』と言おうとしたのを遮って、後ろのリーマー3から通信が入る。

「彼の言う通りだ。既に予定の9割以上を飛んでいるのに、我々は武装兵は愚か、人一人発見していないではないか。目と鼻の先に目的地があるというのに、いるかも分からない敵に怯えて迂回路を取るのは時間の無駄だと私は思うのだが?」

少々高慢で刺々しい口調だが、言ってる事は的を射ていた。というより、胸騒ぎがすることを除けば自分も全く同意見だった。

(そうだ…)

敵はいるのかすらも分かっていない。それならさっさと用事を済ませて帰った方が良いに決まってる。

(どうせ何も出ないさ…)

そう自分に言い聞かせ納得させる。

「…これで決まりだな」

口元から手を離して再び操縦桿を握る。二対一、それも「ただ不安だから」なんて理由では、もはや自分に選択の余地が無いことは明らかだった。

「そいじゃ、雲の中を行きますか」

ほんの少しの不安と共に、再び前進を開始した三機が山に架かる雲の中を突き進んでいった。



「幸い、雷雨を伴う雲ではなかったようですね」

白い視界の中、目視が出来ない為レーダーを頼りに機体を進める一行にダグラスがわずかな励ましを掛ける。雲に撹乱されて長距離のスキャンができない中、三機の進むスピードはとてもノロノロとした物である。

「クレア」

「はい」

目の前で勝手に動く操縦桿を眺めながら、第二のパイロットへ声を掛ける。

出発前には「操縦は俺に任せろ」なんて言っていたが、さすがにこの視界では自分の技量で安全に操縦することはできない。

だから俺は早々とAIに操縦を任せた。プライド?生憎命の方が大事なんでね。

「さっきの迂回路の話について君の意見を聞かせてくれないか?色んなデータや計算なんかをもとにして」

まだ頭の中でくすぶっていた事を、手近な話し相手に聞いてみる。

「了解しました」

クレアが言い終わるか終わらないかのうちに、離陸前のように再び目の前のディスプレイに目まぐるしく文字やグラフが流れていく。そしてAI用のオレンジの小さな表示灯も点滅を始めた。

「…データの統合が完了しました」

終るまでに一分もかからなかった。

レーダーを頼りに機体を操縦しながらの早業に、AIと分かっていながらも感心してしまう。

「あらゆる方面からのデータを収集し計算した結果、ダグラス操縦士とハイネマン操縦士の提案は正しいものであると判断しました」

ある程度覚悟していた答えだが、いざ言われるとなるとやっぱり気が滅入る。

「そうか…」

小さく返事をしてから、目を閉じてシートに少し身体を沈める。少々粗い作りだが、座り心地は悪くない。

……不安はまだ消えないが、内心この答えで良かったと思う。

高度な演算をもってしても危険が無いことが証明されたのだ。多少時間は食ったが、これならきっと予定通りに到着して、イルの待つ夕刻までには帰れるだろう。

「ですが…」

そんなことを考えていた俺に、クレアが更に言葉を続ける。

「ですが、あらゆる可能性について考慮することも時には大切です」

予想外の言葉に閉じていた目を見開く。

「その点では、他の二人の操縦士よりもレイナード操縦士の方がより現実的だというのが私のもう一つの意見です」

静かに締めくくる。

その後しばらく静寂がコクピット内を包んだ。聞こえるのは背後でエンジンの駆動する音と目の前で細やかに揺れる操縦桿の音だけ。

AIがお世辞を?そんな考えが自分の頭の中をよぎる。思いのほか柔軟に設計されている彼女に俺は再度感心した。

「……ありがとう」

「いいえ、計算結果を報告したまでです」

そんな言葉を交わした後、俺は再び瞳を閉じた。


それからしばらくは誰も話さなかった。というよりも、六時間の飛行に疲れてとても話す気にはなれなかった。皆雲に入ったときからとっくにオートパイロットに切り替えているし、あと数十分で着くという安心感も相まって、皆シートに身体を埋めてうつらうつらとしている。

俺以外は。

「リース、まだ雲を出ないのか?」

「お前はまだ黙らないのか?」

あれから再び通信を繋げてきたウィルに、休むに休めずずっと起こされたままだ。

帰りは全部クレアに任せよう。俺はそう決心した。

「全く。窓を見れば今度は白一色と来たもんだ。塗りつぶす意外に能がないのか?」

「何の能だよ、何の」

「大体、何で雲なんかに入ったんだよ?」

他の傭兵達は静かに眠ったり音楽を聴いたりしているのにコイツだけは黙ることを知らない。「口から生まれる」という言葉は奴のために存在すると言っても過言ではないだろう。

ちなみに雲に入る前の相談はパイロット以外には聞かれていない。余計な不安を煽ることになるからだ。

「雲を出るぞ。目的地はすぐそこだ、全員起きろ!」

ハイネマンの声がとどろき、それと同時に辺りの風景が今度は白から茶に彩られる。三機は再び山の中を飛んでいた。が、今度は両側が切り立った高い崖というかなり狭い場所を移動していた。所々鋭く突き出した岩を見る限り、多分クレアが操縦していなければ今ここに自分はいなかっただろう。それくらい幅の狭い場所だった。そして水の浸食作用によって削られたのであろう、眼下には流れの速い川が見える。

「お、やっと目的地に到着か!」

ウィルの心底嬉しそうな声が聞こえてくる。恐らくイヤホンの向こうではガッツポーズを決め込んでいることだろう。

「もうこんな景色は見飽きたからな。大体風景っつうのはだな──」


しかし結局、「風景」というものがどんなものなのかウィルの口から聞くことは無かった。


なんとなく川の方に目をやった時、奇妙な物体が視界に入る。

最初は白い点、そして段々と筋のように白い糸を引いて真っ直ぐに昇ってくるそれ。

その白い筋が白煙と気付き、先端に円柱型の人工物を認めたのと、コクピットのアラームがけたたましく鳴り響いたのはほぼ同時だった。

「警告、接近する物体を感知、地対空ミサイルと思われます」

命令によってレーダーを最大限使用していたクレアがいの一番に危険を知らせる。

が、警告を受けても回避するのは不可能だった。

理由は、雲の中を移動していた為に非常に低速度だった事と、両脇を断崖絶壁に挟まれていて身動きがとれなかったこと。

そしてなにより不意打ちだったのが運の尽きだった。

だから、高速で昇り詰めたその白い直線がすぐ背後を飛んでいた機体を貫いても、俺達には何もすることは出来なかった。


予想していた不安が、最悪の形で現実の物となる。


轟音と共に機体が炎に包まれ、爆発の衝撃波でコクピットを覆っている厚さ十センチはあろうかという防弾ガラスがビリビリと振動する。

「リーマー3との通信途絶。交信が不能になりました」

ミサイルが命中したのはハイネマンの機体だった。

外部情報を映す小さなモニターには、ゆっくりと機首を垂れて墜ちていく護衛機が映っている。かろうじてコクピットは無傷のようだったが、もはや垂直に落下する機体からの脱出のチャンスは無いに等しかった。

そして、空中で再度の爆発。

仲間と自身を守る為に着けられた無数の兵器が仇となり、爆発に拍車を掛ける。もはやコクピットからも赤い炎が巻き上がり、機体はほとんど原形を留めていなかった。

「そんな、護衛機が!!ハイネマン!!」

無線からダグラスの悲痛な声が聞こえる。そして間髪を入れずに濁流に衝突した、もはや巨大な鉄の塊と化した物体が三度爆発、霧散する。

「リーマー3からの各種信号が消滅しました。パイロットの生死は不明。ですが、非常に高い確率で死亡したものと思われます」

死体を見ていないため、クレアは「死亡」とは確定しなかったが、激しい川の流れに飲まれてゆく護衛機の残骸を見ればパイロットの生死は誰の目にも明らかだった。

「クソ!スロットル全開、この場を離脱するぞ!」

「りょ、了解!」

嘆き哀しむ時間は無い。今はとにかくこの場を離れることが先決だ。

二機になったMHがフルスロットルで崖の間を突き進んでいく。

「クレア!操縦をマニュアルに、それと何か護身できる物が装備されてないかチェックしてくれ!」

「了解、マニュアル操作に切り替えます」

先程まで機敏に動いていた操縦桿がピタリと止まり、同時にしっかりとそれを握り締める。本来自動操縦の方が狭い地形では安全だが、敵からの攻撃に対して柔軟な対応が取れなくなってしまうからだ。

「機体装備の再チェック開始」

ディスプレイに機体の上方、前方、横方向から見た簡易図が表示され、部位ごとにチェックが始まる。

そこでまたアラーム音が鳴り響く。

「警告、後方から更にミサイル接近。形勢は極めて不利です」

「あぁ、わかってるさ」

今までこれほどまでに狭い地形をこんな高速で飛んだことは一度も無い。そのせいか、操縦する手が僅かに震えている。ついさっき墜落するMHをとらえていたモニターに、今度は胡粉ごふん色の煙を出しながら真っ直ぐ追ってくるミサイルが映される。

「レイナードさん!この先で川が二股に分かれてます。それを使いましょう!」

ダグラスの言葉を聞いて前をよく見ると、一キロほど先で濁流がY字に分かれ流れている。

「よし、二手に分かれてミサイルを撹乱するぞ!」

「了解!」

追ってくるミサイルは一発。二手に分かれれば片方は助かる可能性が高くなる。

「ミレースでまた会いましょう!」

「ああ!」

『どちらにミサイルが付いても恨みあいは一切無し』

そう暗黙の約束を交わし、俺が右に、ダグラスが左に操縦桿を傾ける。

並走する二機が、同時に二股に分かれる川を左右に飛んで行く。そして二機を追えないミサイルは標的を一機に絞り、そして……右に旋回した。

「チッ!今日はツイてないな」

「同感です」

毒づく俺にクレアが賛同する。

ギリギリの幅しかないゴツゴツとした崖の間をMHとミサイルが疾走してゆく。

「機体の装備のチェックを行った結果、現在の状態で有効な防衛策がとれる装備は搭載されていませんでした」

「そりゃマズイな」

本日二回目のセリフを吐く。

上昇して崖を抜ければもう少し派手に動けるかもしれないが、ミサイルの方が遥かに高速なために間違いなく途中でドカンだ。だからといってこのまま飛んでも追いつかれるのは時間の問題だ。

(何か、何か手は無いか……?)

脳みそを普段無いほどに絞り助かる方法を考える。

そして不意に浮かぶ一つの手段。

「そうか……そうだ」

どうしてこんな簡単なことに今まで気付かなかったんだろうか?自分にはあのミサイルを止めることができるじゃないか。

「クレア、操縦頼む!」

ベルトを千切るように外しシートから立ち上がり、コクピットを離れる。さして広くない通路を走り抜けカーゴルームのドアを開けると、依頼主に納入される予定の武器が鋼鉄製の棚の中で整然と並べられているのが視界に入る。パスワードが無ければ開かないその棚の脇を通り過ぎ、荷物運搬用のハッチの前に立つ。

「クレア!カーゴルームのハッチを開けてくれ!」

「了解しました」

天井の隅にぶら下がるスピーカーからクレアの声が響き、機体の後ろに向かってハッチがその口を開けていく。風が辺りを駆ける中目を見開くと、ハッチの向こうに真っ直ぐこちらを捉え追ってくるミサイルが見える。

「目にものを見せてやろうじゃないか」

ハッチが開くと共に伸びてゆく支柱を左手で掴み、右手を標的に向ける。その間にもミサイルはぐんぐん近づき、あと数十メートルという所まで接近している。

その時、自分の手を何本もの眩い光の線が包む。バチバチと音を立てながら光が腕の周りを舐めるように這うその姿は、さながら雷を腕に巻きつけているようである。

「またな、デカ物」

そう言い放ち腕に精神を集中させると、腕の辺りを漂っていたいかずちが標的めがけ一斉に放たれる。そしてそれらはミサイルを喰うかのごとく包んでいき、その内部の電子回路を破壊していく。

標的を追う能力を失ったミサイルは突如空中で爆散した。

「よっし!」

左手はそのままに右手だけでカッツポーズを決める。

しかし詰めが甘かった。今までミサイルに追われた事など無かった自分に、ミサイルの爆発力を知る由など無い。だから、その爆風と破片が間近に迫ってやっと「あの距離での爆発じゃ無事ではすまない」事を理解する。

「クレア!!今すぐハッチを閉めてくれ!!」

「了解しました」

スピーカーからの声と共にハッチがゆっくり閉じられていく。しかし、とても迫り来る破片に間に合うスピードではなかった。

「うわっ!」

納入品の棚の後ろに飛んだのと同時に、金属片がカーゴルーム内に吹きつける。機体が揺れ、辺りに摩擦で火花が散ったが、数秒で静寂が戻った。

「痛つっ」

飛び込んだ拍子にしこたま打ち付けた頭をさすりながら起き上がる。

ハッチが閉じきった部屋の中は薄暗く、微かに鉄と炸薬の香りが鼻を抜けていく。天井に付いた電灯の明かりだけが辺りを照らしているが、それすらも突き刺さった破片で消えていたり明滅していたりして、何とも不気味な雰囲気をかもし出していた。

「……戻るか」

ポンポンと身体の埃を払い、ポツリと呟いて一人カーゴルームを出る。


「何とか助かったみたいだな」

コクピットに戻りベルトを着けながら束の間の勝利に浸る。

「レイナード操縦士」

「…ん?」

「二つ……大事な報告があります」

不意に名前を呼ばれる。AIにそんなことができるのかは知らないが、心なしか声が沈んでいるような気がした。

「言ってみてくれ」

促すと、彼女は語り始めた。



「──以上の二つです」

「……」

クレアが報告を終え、機内を再び静寂が包む。

ただ少し違うのは、後ろのエンジン音が少し大きくなっていることと、自分の気持ちがどうしようもなく沈んでいるということ。


本当に、束の間の勝利だった。


クレアが報告した二つの事。それは良い知らせではなかった。

一つ目は、ミサイルの爆発で機体と機能の一部が破損したということ。

しかしこれは許容範囲内だ。無線装置が吹っ飛び、エンジンが少し焼けてしまったが、無理な飛行をしなければミレースまでは十分飛べる程度の物だそうだ。

そして二つ目。

まだハッキリとは分からないが、俺がカーゴルームへ行っている間にリーマー1が撃墜されたらしいということ。

聞いたときは一瞬耳を疑った。

あの機体には41人の傭兵が乗っていたのだ。それにダグラスとは「またミレースで会おう」と固く約束した。

そして何より、あの機体には自分の親友が乗っていたのだ。

まるでナイフで心臓を抉られたような気分だった。

クレアが言うには、墜落したのを確認したのではなく、機体からの信号がキャッチできなくなったから、それも爆発とほぼ同じだったので機器の故障かもしれない、という事だが、この状況では余り説得力が無かった。

「とにかく、まず目的地に向かいましょう。このままではいつこの機が再び攻撃を受けるか分かりません」

「……そうだな」

励ましなのか、嫌気がさしたのか……いや、そもそもそんな感情がAIにあるのかすら分からないが、少し強めの口調で急かすクレアに渋々従う。

「クレア、確かこのMHには射出できるタイプのフライトレコーダーが積んであるよな。それもGPS発信機付きの?」

「はい、緊急時用に一基積まれています」

「それにリーマー1の情報と現在の状態、それと後続の部隊を要請するように追加で書き込んでくれ」

「了解しました」

モニターに図や文字が流れ、オレンジの表示灯が点滅する。

「完了しました」

「よし。それじゃ、発見しやすそうな場所を探そう」

30秒もかからずに書き込みが終わる。

MHは既に崖の間を抜け出して、再び森の中を目的地に向けて進んでいた。

その途中に小さな平地を見つけ、ゆっくりと上空を通過する。

「やってくれ」

「了解、フライトレコーダー射出」

一度バンという破裂音がコクピットの後ろで聞こえた後、機体の中央付近から少量の燃料を積んだ小さな箱が打ち上げられる。


シュウウウウウ……バフッ!


燃料に点火してしばらく上昇した後、箱の上からパラシュートが展開され、ゆっくりと平地に落ちていく。

「射出完了」

「…行こう」

箱が無事に平地に落ちたのを確認してから、俺達は目的地に向かった。




「……今日は本当にツイてないな」

「同感です」

あれからミレースまで10分とかからなかった。今俺達はミレースの上空を飛んでいる。

……誰もいない、静寂に包まれた町の上を。

町はまるで小さな紛争の後のようだった。

元々余り大きくない町のようで、高い建物と言っても十階くらいのビルがせいぜいだったし、どの建物も余り新しい物ではなかった。それがあちこち壊され、崩れている家もあれば公道で炎上する車もあり、何より人っ子一人居ないゴーストタウンの様なこの有り様はかなり不気味だった。

「一体何があったんだ……?」

「恐らく戦闘の類のものが起きた様ですが、死体すらないのは不自然です」

「そうだよな…」

もはや基地に帰れるだけの燃料も残っていない。どこかで補給を受けなければ自分達の命も危うい。

「もう少し見てみよう」

「了解」

そのまま町の外周を飛んでみると、何かの工場が目に入る。

この町には不釣合なほどにその工場は大きかった。広い敷地には建物がいくつかのブロックに分かれて建ち、何かの貯蔵タンクのような巨大な円柱形の塔もある。どうやら今は稼動していないようで、数本突き出た高い煙突からは煙が出ていなかった。

「警告、工場の中央部から微量の放射線を感知」

「放射線?」

突然の警告に首を傾げる。この工場では一体何が作られていたのだろう?

結局、それ以上接近できないためにそこでの収穫は何も無く、人も居ない上に疑問がまた一つ増えてしまった。

「分からないことだらけだな…」

そう呟いて操縦桿を傾け、もう少しだけ町の外側に向かって飛ぶ。ここまで来ると建物といえば家がまばらに立っている程度だった。

「この辺りは平原地帯で人口の施設はほとんどありません」

「みたいだ…な……?」

クレアの言う通り、町の外れにあったのはなだらかな平原だった。

そこだけは木の変わりに踵にすら届かないような丈の短い草が生い茂っている。

そして、そこには4つの影が動いていた。

「やっと人に会えたな」

「ですが、あまり穏やかな雰囲気ではないようです」

「ああ」

そこには4つの影があった。が、正確には人一人を3台のジープが追い回していた。

追いかけられていたのはどうやら女性のようだ。遠目ではっきりとは分からないが、走る背中で髪が波打っているのと、手の振り方が女性の物だった。

「どうしますか?」

「助けるしかないだろう!」

そう言って一気にジープに近づく。

なんとなくだが、町をあんな状態にしたのはあのジープの奴らの様な気がしてならなかった。

「ですが、この機体には攻撃の為の装備は……」

「無けりゃ作ればいい!」

ある程度接近するとジープ側も気付いたのか、後部座席の銃座から一斉に発砲する。しかし、自分達が危険な状況にあるにも関わらず、銃口の先はこちらではなく走る女性の方に向けられる。余程逃したくない相手なのだろうか。そして足元を撃たれて女性が転倒する。

「一撃で行くぞ!」

もはや一刻の猶予も無かった。機体を操作して垂直着陸モードに切り替え、エンジンをフルスロットルに上げそのままジープの上を通過する。

「警告、エンジンに過負荷がかかっています。停止の危険あり」

「あともう少しだけ耐えてくれ!」

コクピットに響く警告に無意味に怒鳴り返す。

『彼女を助けなければ』

その想いだけが今の頭を占領していた。

あの女性は町に何があったのか知っているかもしれない。もしかしたら、彼女があの町の人なのかもしれない。

聞かなければ。絶対にあの町の、依頼主の情報を手に入れなければ。そうしなければ消えていった奴らが……ウィルが……浮かばれない。

今まで後方に噴射していたジェット排気が真下に向けられ、数千度の熱風が三台のジープを直撃する。そして熱に耐え切れなくなった三台のジープは見る見るうちに炎上し、爆発していった。

「彼女はどうなった!?」

旋回して女性の安否を確認しようとする。が、操縦桿がいうことを聞かない。

「動力部と各種配線が破損しました。操縦不能です」

「な…」

気付けば背後のエンジン音がありえないほどに大きいものになっていて、時折ゴンゴンと不規則な機械音を出している。

アラーム音が鳴り響き、点滅する警告灯によってコクピット内が血の色に塗り替えられた。

少しだけ右に傾きながら、平原近くの森に向かって真っ直ぐに突っ込んでいく機体。

「クソ!ここまで来て…!!」

自分の声が空しくコクピットに響く。


そしてなす術も無く機体は木々に衝突し、俺の意識は闇に呑まれていった……





※ここからは作者の見るに耐えない駄文ですので読み飛ばして下さってもなんら問題ありません。と言うより読んだ方が時間の無駄かもしれません。


今週もなんとかアップできました。

最近本当に時間がありません。平日には書ける時間がほとんどないし、休日は他の趣味に没頭してしまいます。

十日で一話、トイチの更新になるのは時間の問題のようです。

小説の方も少しずつ軌道に乗って……きたんだろうか。

こんな物でも読んで下さる方が僅かながらいらっしゃるようで嬉しい限りです。


さあさあ、次回に続きますよ。

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