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RECORD10:力の結晶

「リースさん。私、少し寄って行きたい所があるんですけど、構わないでしょうか?」

「寄りたい所?」


東棟の巡回も終えた二人は今、日が暮れた西棟をリースの部屋へと向かっていた。

「はい。リースさんと同じ西棟にいる私の知人に会おうと思いまして」

二人はそのまま階段を上り、上の階へ。

全ての階が全く同じにつくられているこの建物では、どこまで歩いても同じ景色だ。

「ああ、それなら全然構わないけど……って、俺に許可取らなくてもいいんじゃないのか?」

「リースさんにも一緒に来て欲しいからですよ」

西棟には病室が多いせいか、二人が歩く廊下には未だ多くの往来があった。

通り過ぎていく周りの人達の視線を縫うようにして、リースはフィノールについて行く。

「私の命を助けてくれて、積荷まで無事に運んできてくれた傭兵さんがいたんです、って教えてあげたら、是非一度お会いしたいって」

「そうなのか」

「はいっ。話が面白くて、とっても優しい人なんですよ」

リースの言葉に、フィノールが笑顔で返した。








「あ、ここです」

六階でも数ある病室の中の一つ、「W605」と書かれたドアの前でフィノールが立ち止まる。

Wという表記は多分西棟を意味するのだろう。


コン、コン、コン。


フィノールが軽く三回ノックすると、「どうぞ」と中から女性の声が聞こえてくる。

それを確認してから二人はゆっくりと部屋に入った。



病室の中はリースがいた部屋とは違い、複数のベッドが一つの部屋に収められていた。

六台のベッドが部屋の両側に等間隔で並べられている様は、どこにでもある普通の病室だ。

その内幾つかはどうやら空所のようで、きちんと整えられた白いシーツに、ベッドの周りには荷物の類が一つもなかった。

三つほどのベッドには仕切りのカーテンがかけられている。

「こんばんは、ケイトおばさん」

そのうちの一番手前、右側のベッドにフィノールが歩み寄る。

カーテンがかかっていないベッドだ。

リースも後について行き、部屋から持って来ていたアタッシュケースをベッドのそばに置いた。

「あら、もしかしてフィノール?」

だがそこには先客がいたようだ。

歩み寄ったベッドでは、ナース服を着た年の若い女性が、ベッドで寝ている年老いた女性の体調をチェックしていた。

歳はリースよりも上のようで、動き回る彼女に合わせてブロンドの長髪が可憐に揺れている。

忙しくてこちらを振り向く暇が無いらしく、今の返事は彼女の肩越しにかけられたものだ。

「フィノール?フィノールが来てるのかい?」

「ええ、そうみたいね」

起き上がろうとする老女の身体を支えながら、手に持ったペンのような機械の先を彼女の額に器用にかざす。

すると、ピッという短い電子音が機械から出た後、ナースの女性がそれを手にとって見つめた。

「ん。平熱よりちょい上か。問題なさそうね」

そう呟いてから手早く体温計を入れ物にしまう。

素早く慣れたその手つきは長い経験の積み重ねだろう。

「メイベルや、早くフィノールに会わせておくれ」

「はいはい。急がなくても彼女は逃げたりしませんよ」

患者との会話も手馴れた物だ。

そうこうしているうちに周りの物の片づけまで終らせる。

「よし、終わった!じゃあフィノール、私は前検査の報告に行かなくちゃならないから、代わりに彼女の話相手をおねが……」

ようやくこっちを向いた看護師の女性とリースの目が不意にかち合う。


しばらく部屋に漂う、静寂の時間。


「ど…どうも」

中々沈黙を破らない彼女に、痺れを切らしたリースが先に挨拶する。

すると、まるで見えてはいけない何かが見えてしまったかのように、ナース服の女性が自分の目をゴシゴシ擦りだした。

だが、それでも視界から消えないと判明すると、今度はフィノールの方へ視線を向ける。

「フィノール。彼は?」

「え、えっと……」

ズズイと迫る彼女にフィノールが気圧される。

「け、ケイトおばさんに連れて来て欲しい…って頼まれてた人、かな?」

言いながら、「しまった」とフィノールは後悔する。

彼女もまた、リースの噂を聞いて目当てにしていた人間の一人なのだ。

今の彼女は、まるでずっと欲しかった商品を発売前に手に入れたかのような表情でリースを見つめている。

「おやフィノール。本当に傭兵の方を連れてきてくれたのね」

「やっぱり!!」

ベッドから上半身を起こして顔をこっちに向けていたおばさんの一言で、ナース服の女性の表情が嬉々としたものに変わる。

「でかしたわフィノール!多分ここの職員で彼と話をするのはあなた以外で私が最初よ!」

両手でバンザイしながらそう言って、小躍りと共にドアの前まで行く。


カチッ


とノブから小気味良い音が立った。

「…て言うことだから、帰るのはもう少し後にする〜」

まるで十年分の好きな行事が一度に来たかのような彼女のはしゃぎっぷりに、フィノールが重いため息をついた。

「ゴメンなさい、リースさん」

「別に大丈夫さ。ご丁寧にドアに鍵までかけてくれてるから、彼女以外の人が来なくて済むし」

「彼女を甘く見ない方がいいですよ……」

「え?」

真剣な口調でいうフィノールにリースが振り返ろうとすると、目の前に先程のナース服の看護師が仁王立ちになっていた。

丁度フィノールとの間に壁を作っているように見える。

「ねね、傭兵さんっ!私としばらくお話しましょうよ〜」

ハッ、とリースが気付いた時には彼の両手が彼女にガッシリと握られていた。

それは友好の証と言うよりも、リースを逃がさないようにする手かせの意味合いが大きいようだ。

「あ、ああ」

リースがたじたじになりながらそう答える。

「良かった!そういえば傭兵さん、名前は何ていうの?」

「リースです。リース・レイナード」

「じゃ歳は?」

「今年で23になります」

「どんなアビリティを使えるの?」

「基本は属性のないものだけなんですけど、雷系統も一応は…」

「うっそ!!ランク4のAPの中でも習得した人がほとんどいないっていうあの雷撃のアビリティを!?」

そう叫ぶとリースから手を離して胸の辺りで組む。

「すっごーい……」

恍惚とした瞳でリースの事を見つめる。

「なんて人なの……適齢だし、体つきは丁度いいし、顔も悪くない…いいえ、むしろ上玉よ……そして雷撃を扱える上級APときてる。想像以上ね……」

つま先から頭の上まで舐め回すようなその視線に、リースは身体に良くない震えが走るのが分かった。

「完璧だわ……」


──彼女を甘く見ないほうがいいですよ──


目の前でなにやら思案しだす彼女を見ていると、フィノールの言う事の意味がなんとなく分かった気がした。


「ねえ、フィノール」

「な、何ですか?」

「彼と何か一つでもシた?」

「ぶっ!!」

「なっ……!!」

ボンッ!という音が聞こえそうなほどに、フィノールの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

リースも、余りの話の飛躍ぶりに思わず吹き出しそうになった。

「あらぁ、その様子じゃ全くと言っていいほど進展が無いみたいね」

「あ、あ、あ、当たり前じゃないですか!そういう感情を持って近づいたわけじゃないし、なにより知り合ってまだ三日も経ってないんですよ!?」

「何言ってるの。私ならその三日で男を落とす自信があるわよ」

そう豪語してから、ナース服の胸の辺りの膨らみをトントンと指で弾いた。

そしてリースの腕をぎゅっと抱き寄せる。

「じゃそういうことだから、彼は私が貰い受けるわね〜」

「何でそういう話になるんですか!?」

「そうですよ!それに『そういうこと』、ってどういうことですか!?」

ここが病室だという事を忘れてフィノールが大声を出す。

それでもカーテンが開かないあたり、この部屋にはベッドの上の老女以外に人はいないらしい。

「何よ、フィノール。あなた知らないの?」

リースの腕から離れた彼女がフィノールの方を向く。

「この病院の中でレイナード君の評判はとってもいいのよ?突然の不意打ちを受けて壊滅状態だった傭兵部隊のたった一人の生き残りで、戦友を失なう憂き目をみたにも拘らず、町長の帰還命令を拒否し、健気にこの町の皆を護る決意を固める孤高の戦士……」

とても芝居がかった話し方で語る彼女。

最後の方に至っては、右手を胸元に、左手をしなやかに伸ばして、まるで悲劇を演じる舞台俳優のような姿勢をとる始末だ。

「い、いや、俺は別に断ったわけじゃ……それになんでその話を──」

「ここでの噂の広がる速さと正確さを舐めちゃいけないわよ。それに、あなたは絶対に町長の依頼を断わるわ!」

否定するリースに、伸ばしていた左手を探偵顔負けにビシッと指差す。

「だって、帰る気があるなら絶対に一度目で受けたはずだもの。直接断るのが忍びなかったから時間をくれって言って誤魔化しただけでしょ?」

「う…」

痛いところを突かれてリースが黙り込む。

実際、リースにはロクヒードさんの頼みを素直に受ける気は無かった。

その理由は色々あるのだが、ここでは割愛しよう。

「フィノール。見てみなさいよ、彼のこの謙虚さを。ここの女達ったら、今言った肩書きだけでもう半分染まっちゃってるのよ?それに加えてこのプロフィール。年齢、容姿、能力、加えて性格までも全て良し。まるで文句のつけようが無いわ」

「そ、染まってるって……」

顔を引きつらせているリースを無視してナースの話は続く。

「考えても見なさいよ。今時能力が使えるからってだけでこれほどの注目は集まらないわ。ここの医者達がいい例じゃない。みんな色気の無い男にはなびかないのよ。ここに来る途中で女性陣が浴びせた目線がぜーんぶ色目の入ったものや物色していたものだったって、普通は気付くわよ?」

ま、そこに気付かない彼の純真さがまたいいんだけどねぇ、と言ってナースは笑った。

「だ・か・ら、争奪戦が激化する前に手を打とうって魂胆なわけ」

「まあまあ。メイベルや、もうその辺りでいいでしょう?」

突然聞こえたその声にリースが驚く。

声の主はさっき「おばさん」と呼ばれた女性だった。

「何言ってるのよ。これからが始まりじゃない」

「私が話をしたいと言って無理にここまで連れて来て頂いたのよ。これじゃあまともに会話が出来ないじゃない?」

皺の多い顔でメイベルと呼んだナースを見つめる。

「私も向こうへ行く前に少しでもお話がしたいのよ」

「……んー、分かったわ」

先程までの威勢はどこへいったのか、渋々聞き分けるメイベル。

あっさり横にどいてくれたので、リースは初めてベッドで寝ていた女性の前に立つことが出来た。


一見して七十くらいの歳の女性だ。

ベッドから上半身を起こし、皺のよった顔をリースの方へ向けている。

ここまでやつれていなければ、もっと若く見えるだろうとリースは思った。

「こんにちは、傭兵さん。私はケイト、ケイト・マーゴットよ」

「リース・レイナードです」

そういってリースが手を差し出し、彼女がそれに応じる。



彼女の手がリースの出した手の上の宙を大きく掻いた。



その様子に、フィノールは悲しそうに目を伏せ、メイベルは顔を背けた。

おばさんはすぐにもう一度手を出して、二度目でやっとリースの手を捉える。

リースは大きく目を見開いた。

「もしかして、目が……?」

「ええ。何故だか最近急に視力が落ちてねぇ。もうほとんど見えてないのよ」

困ったものだわ、と言って力なく笑うおばさん。

「咳も良く出るし、一度どこかを切ってしまうと中々出血が止まらないから大変」

言い終わるか終わらないかのうちに、おばさんは数度咳き込んだ。

「だから今晩、その中でも一番治る可能性のある目を治療するために、手術を受けるのよ。後一時間もしないうちに南棟へ移動するわ」

そう言って窓の外の中庭、そしてその向こうにある棟の方へ顔を向けた。

恐らくその瞳は光を捉えてないのだろう。

「だから、その前にあなた達と話をしようと思ってねぇ」

皺だらけの顔をゆったりと微笑ませる。

「でも、その前に一つ謝らないと」

リースの手をしっかりと握る。そこから測ったのか、彼女の顔はリースの目を自然な動作で捉えた。

「メイベルの事は悪く思わないで下さいね。根はとてもいい子なのよ」

「はぁ」

「彼女のほとんどは私譲りなのだけれど、悪戯好きなところが旦那に似てしまってねぇ。他人をからかうのがとても好きなのよ」

「はぁ………、は?」

微笑みと共に放たれた衝撃発言に、リースが素っ頓狂な声を上げる。

「い…今、何と?」

「あら?」

そんなリースのリアクションを不思議に思ったのか、メイベルが割って入って来た。

「私、まだ名前を言ってなかったかしら?私もマーゴットなのよ?メイベル・マーゴット」

「お、親子なんですか!?」

「ええそうよ」

涼しい顔で言うメイベルにリースが愕然とした。

フィノールの、「えーと、その…ね?」という表情を見る限り、彼女もこの二人の間柄を知っていたようだ。

「まあまあ、それよりもお話をしましょう。もう余り時間が無いのだから」

「そ、そうですね!」

おばさんの提案に、リースの目線から逃れるようにフィノールが賛同する。

「フィノールも良く来てくれたねぇ。あたしゃ嬉しいよ」

「そんな。呼んでくださればいつでもここに飛んで来たのに……」

「随分仲が良いんだな」

嬉しそうに語り合う二人にリースが正直な感想を言う。

「はい。おばさんもメイベルさんも、私の前住んでいた家の隣にいたものですから」

「馴染みの深いお隣さん、ってやつね」

「はいっ」

メイベルとフィノールが嬉しそうに笑う。

「それも随分長い付き合いよ。フィノールがやっと一人で歩けるようになった頃にはもう傍にいたし」

「そ、そんなに長かったですか?」

「ええ!だからフィノールをからかうネタなら尽きないわよ。たとえば……そうね、4歳のときの誕生日会なんてどうかしら?」

「わっ!その話は言わないで下さいよ!」

「そうねぇ。あの時は大変だったわ」

「お、おばさんまで!」

「どう、レイナード君。聞いてみない?」

「やああぁっ!!」

そんな感じの話をしながら、四人は楽しい時間を過ごした。




しかし楽しい時間と言うのはあっという間に過ぎていくもので、もう二十分足らずでおばさんが手術室に向かう時間になってしまった。

そして彼らの話を遮る要因になったのは、悲しいかな、彼女の喘息に近い咳だった。

「母さん、大丈夫?あんまり無理しちゃ駄目よ?手術も近いんだから」

「大丈…夫よ。これっ…くらい……」

「ケイトおばさん!!」

激しく咳き込むおばさんに寄り添って、フィノールが一生懸命背中をさする。

あまり容体は良くないようだ。

いや、悪化を辿るばかりだから手術を決心したのだろう。


だが、手術が成功しても体調が良くなるとはリースには思えなかった。

多分、彼女もあの工場の影響を受けているのだろう。

症状を見れば大体分かる。

そしてもしリースの想像通りなら、たとえ目は治せたとしても、弱くなった体は治療できない。


酷く苦しそうにしているおばさんを見て、リースはある決心をつけた。


「レイナード君……?」

フィノールに背中を摩られているおばさんを少しでも楽にする為、咳止めの薬を探していたメイベルが、アタッシュケースを持ち出したリースをまじまじと見つめる。

「リースさん、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと特効薬をな」

「特効薬?」

少し疑るような目でリースを見る二人をよそに、リースはアタッシュケースの四桁ロックを手際よく解いた。


ガチャッ、ガチャッ。


持ち手の両側にある留め金が外れる音と共に、三人の前にケースの中身が姿を現す。

「うわぁ……」

おばさんの背中を労わりながら、フィノールがうっとりしたような声を上げる。

メイベルも一言も発さずにケースを凝視しているあたり、フィノールと同意見らしい。



ケースの中は実に散らかっていた。

開けたケースの上下両側に物を収納できるタイプであるにも拘らず、中身は溢れんばかりに詰め込まれている。

普段のフィノールなら眉根に皺が寄るような光景のはずだが、散らばっているものが散らばっているものなだけに邪険に出来ない。


ケースの中では、綺麗な宝石がひしめき合っていた。


数十個もの色とりどりの美しい宝石達が、蛍光灯の明かりに照らされて輝かしい自己主張をしているのだ。

赤、青、黄色、緑……様々な色の宝石達。

後ろがうっすら見える透き通ったものや、文字通り石のような一色のもの。

他には、メノウみたいな模様が入ったものまでその種類は豊富だ。

だが形だけはほとんど皆一緒で、正八角柱の胴に尖った先端を持った細長い形をしている。

数学かなんかの試験に出題されそうなほど規則正しい形だ。

大きさは人差し指くらいだろうか?

そんな光景を目の当たりにして、フィノールは生まれて初めて散らかっているものが綺麗だと思った。

そして、この目も眩むような光景の中でも、フィノールは色の無い透明な石が群を抜いて多い事に気いた。

色のついた宝石が一色につき二個くらいしかないのに対して、透明なものは優に二十個以上はあるのだ。

そして、透明な石だけはその形に僅かながらバリエーションがあった。

鋭利な円錐型や、縦長の釣鐘型。まん丸な球体などだ。


「あなた………これって、エレメントでしょう?」

散らばった宝石を一つ一つ手にとって何やら吟味しているリースに、メイベルが信じられないといった口調で話す。

「こんなにたくさん、一体どこで手に入れたの?」

しゃがみ込んだメイベルが、ケースの中から透き通った黄色の石を取り出す。

光を惜しげも無くその身に通し黄色に輝く様は、フィノールにどことなく夏の向日葵を連想させた。

「ん?えー…まあ、色々な所からだけ…ど、……あった、これだ」

メイベルへの応答も程々に、リースが石の山の中から真珠を押し固めたような乳白色の石を取り出す。

「エレメント、って何なんですか?」

ベッドで自分に背を預けているおばさんに近寄るリースを見ながら、フィノールが聞いた。

「エレメントって言うのはね、アビリティの力の内一つだけを濃縮、結晶化させた物なの」

「力の結晶?」

「そう。本来アビリティっていうのはAP専用の能力で、そのAPですら、強力なものや長時間のアビリティの使用には体が耐えられないものなの。でも、エレメントは違う。純粋に能力だけを結晶化したものだから、AP以外の人にも扱う事ができるし、APも、自分が本来使うことの出来ない能力を発揮したり、既存の能力を強化、補助することができる。……ホラ」

フィノールがリースの手を見てみると、淡い乳白色の石が一瞬陽炎のように歪んで見えた後、淡く光り始めた。


「きれい……」


フィノールのその一言が、今の情景を余すとこなく表わしていた。

石から放たれるその淡い光は、蛍光灯の眩しい光には遠く及ばない、小さなもの。

しかし、蛍光灯には絶対に出せないであろう温かさが、その乳白色の石から放たれていた。

光はまるで春の太陽のように、優しく、暖かく、辺りを撫でていく。

石の光は、温かい湯にトップリと浸かったような感覚でフィノールを満たした。


「……!」


そこで、フィノールはある変化に気付く。

さっきまで苦しそうにしていたおばさんが、今や何ともなかったかのように穏やかな顔をしているのだ。

瞳を閉じたその顔には、先程までの苦痛の色は微塵もない。

「そう……これがエレメントの力。今使っているのは“治癒”の能力の結晶よ。これを使えば、量によってはたとえ死の淵にいる人間であっても束の間の延命を図ることができる…」

でも、とメイベルは続けた。

「どんな結晶であっても、無限に能力ちからを蓄えているわけじゃない。彼の石ももうすぐ力尽きるわ」

フィノールが視線を再び石に戻すと、石から放たれる光がみるみる減衰していくのが見えた。

やがて、最後の一片の光も消えてしまった時、石の表面に大きな亀裂が入っていく。


パリンッ!


光を失った石が、まるで中身が空洞でできたガラス細工のように、軽い音を立てて砕け散った。

それはまるで砂のように、下で受け止めていたリースの手のひらに降り注いでいく。

「……マーゴットさん。御体は大丈夫ですか?」

「ええ、とっても楽になったわ。どうもありがとう」

リースの質問に、元気になったおばさんが笑顔で答える。

「メイベルさんは随分とエレメントに詳しいんですね」

「まあね。最近はエレメントの事も資格試験に出るから、一時期勉強したのよ」

リースからの質問に、メイベルが思い出すのも嫌そうに答える。

「それにしても、とっても不思議な石なんですね」

フィノールがケースの石を興味深そうに見つめる。

「…そうだな」

リースは、手のひらに砕け落ちた石の欠片を見た。

「本当に……不思議な石だ」


とその時、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「マーゴットさーん。お時間になりましたのでお連れしに参りましたー」


随分間延びした声だ。

「先生の準備も既に整ってますので──」


ガチャ。



ガチャガチャ。


「あ、あの…?マーゴットさん?」

「しまった!私ったら鍵の事すっかり忘れてたわ!」

そう言って、メイベルは慌ててドアまで駆けていった。

















「へぇ、エレメントか……」


老人をストレッチャーに乗せて部屋から出て行く彼ら──取り分けケースを持った青年──を、東棟の屋上から眺める影があった。

「生き残りがいるとは思ってたけど、まさかAPだったとはねぇ〜」

どうやら彼らの話を聞いていたらしい。

「まあ、それなら生き残ったのも納得だけど」

影が見つめる一室には、既に誰も居ない。

「んー……随分メンドくさいのが残っちゃったなぁ」

言葉とは裏腹に、その口元は僅かに微笑んでいる。

「それに…」

影が視線を落とすと、U字の病棟の北端……中庭の北側で、盛大な火花が散っていた。

火花の中心には、薄汚れた機体が垣間見えている。

「あんな物まで残ってるし。アノ調子じゃ、明後日までには動きそうね」

そこで影は大きな欠伸をした。

「あーあ。相手側にこれだけ戦力を渡しちゃうなんて、ここの幹部候補セカンダリーも救いようの無い能無しだね」

そう言ってから、最後に一回だけ例の部屋を見る。

「それにしても、あの石の数……一体どうしたんだろ?自力で集めたんならすごい執念だけど。ま、ワタシ達と同類・・ならその必要も無いけどね」

空の部屋を見るのは飽きたのか、その影は屋上のコンクリートをトン、と蹴った。

すると、まるで体が羽で出来ているかのように影が宙に浮き上がる。

「どっちにしても、アノ人面白そう……。おっちゃんもたまには良い仕事くれるじゃん」



そういい残して夜の帳に去っていく影を見送るものは、誰もいなかった。




※ここからは作者の見るに耐えない駄文ですので読み飛ばして下さってもなんら問題ありません。と言うより読んだ方が時間の無駄かもしれません。


…すいません、一週間すっ飛ばしてしまいました。

自分の中で予定していた日程の突然の変更など色々あったのですが、

一番の原因は私自身の遅筆にあります。

ですので、誠に勝手ながら、以降の更新は不定期にさせていただきます。

数少ない読者の皆様、すみませんでした。

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