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POSTAL HEART  作者: KKN
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extra-3 It's a wish in snow-1/3

「うわ何コレ美味しい!」


 思わず声をあげると、ナルは誇らしげに微笑んだ。

「特別なお茶ですー。美味しいでしょー?」

 ナルの背後でカップを傾けるジークがちょっと眉をしかめている。あたしと目が合うと、声を出さずに唇を動かした。


 ア マ ッ タ ル イ


 とか言われたって、今日のはけっこうあたし好みなんだな。ごめん、味方はしてやれん。

 ホント、これ、美味しい。


 あたしは意地悪くわからないふりをしてジークに肩をすくめ、ゆったりとカップを傾けた。


 ナルのいれるコーヒーは絶品。そんじょそこらのカフェではまず勝てない――まあ、スピリーツェみたいな田舎にそうたくさんカフェがあるわけじゃないけど。

 だからというかなんというか、午後の業務も終盤に近付いて配達隊が帰ってくる頃、コーヒーをいれるのはナルの仕事。

 誰が決めたわけでもないし、本人も趣味の延長として楽しんでいるみたいだしあたしたちは、素直に美味しいコーヒー片手にちょっとだけ一休みするのを楽しみに午後の仕事を頑張ってるというわけ。

 最近はお茶もレパートリーに加えたのか――というより、最近ナルの世界ではお茶が流行最先端なのか、香ばしい琥珀の液体はなりをひそめてかわりにお茶ばっかり出てくる。しかも、フレーバーティーっていうの、なんか突飛な香りや味がついたやつ。当たりハズレが激しいんだよね、こういうの。あたしなんかは割と大丈夫だけど、ジークみたいに感覚が老化の一途をたどりはじめたおっさんにはちょっとキツいみたいだ。「なんじゃこりゃ香水か」と呟いているの、聞いたことがある。


 ちなみに、何が出てくるのかはナルの気分次第なので想像もつかない。

 酸味のあるフルーティーな気分でも、頭痛がするような花の香りに包まれることも少なくない。


 まあ、結局のところ、そうでなくても寒いこの季節なのだからあたたかければなんでも嬉しいのが本音かもしれない。なんかいろいろ考えていれてくれてるナルには悪いけど。


「俺、コレ苦手ー。何コレ」

 遠慮も何もなくジンが問う。ナルは、そんな彼を怒ることもなくにこやかに答えた。おお、大人の反応。

「ふふー、当ててみてくださいねぇ」

「えー、なんだろ、ちょっと甘い感じだよね」

 あたし、まじまじと自分のカップを見つめる。水色にそんなに特徴があるわけがなくて、普通の紅茶と大差ないつやつやの赤茶色があたしを見返してくる。匂いはこんなに甘いんだけど見た目はいたってフツー。

 真剣に考え込んでいたら、ゴツンと頭頂部が音をたてた。


「貴女は考えないでよろしい。今日必着の書類があと4通残っていることをお忘れなく」


「……はいはい」

 あーでもないこーでもないと話している他の面々はとても楽しそう。やかんまでもがストーブの上でしゅんしゅん言いながら会話に参加しているみたいで、あたしは唇を尖らせた。

 ひどいや。みんなしてあたしを仲間はずれにして。

 やかんの湯気であたしの机とみんなの間が白くけぶって、仲間はずれ感がいっそう強まっている。


 あたしはため息をつくと、ペンを握った。さっきまで握っていたはずのそれはもう芯まで冷えていて、今年の冬の厳しさを感じさせる。さすがに雪までは降っていないけれど、この調子だと来年のお茶が心配だ。

 もう一度カップを傾けてから、ペンを滑らせる作業に取りかかる。寒くても、仲間はずれでも、とりあえず今日は書類あと4通。きっちり、終わらせてお見せいたしましょう。

 こう見えて、管理者家業も次のお茶摘みの頃には3年目に入るのだから。甘えていられる時間なんて、とっくに過ぎてしまったのだ。


 


* * *


 


「で? 結局正解は?」

「さぁ? ナルはそのうち教えてくれるってさ」

「ふぅん?」


 顔を上げると、冷め切ったお茶が小指の先程度の高さだけ残ったカップをディアンがしげしげと覗き込んだり匂いを嗅いだりしていた。

 視界の隅に映ったのは、やかんの湯気でうっすら曇った窓。向こう側は、真っ黒。

 この季節、世界にはいつもより早く夜がやってくる。それはお茶の栽培に適した日照時間を誇るスピリーツェでも同じことで、局員全員が帰る頃にはもう真っ暗になってしまう。

 真っ暗な中局に女の子一人きりだとちょっと無用心だよね俺が番人してあげるとうそぶいて、いつからかディアンは早くから局に居座るようになっていた。

 彼の出勤時間は世間が夕飯を食べ終わるくらいの時間のはずだけど、何かと理由をつけていつもみんなが帰る頃ふらりとやって来る。仕事の邪魔だとまでは言わないけれど、人が必死こいて働いてるのにのんびりソファに座ってお菓子をつまんだりぼんやり考え事をしているシルエットを見るとたまに蹴り飛ばしてやりたくなるのも確かな話。

 それに、労働時間より多く職場にいるというのは雇用の関係上あまりよろしくない。もちろん仕事をしているわけではないので手当てはつかず、なのに職場へ拘束している時間が多いことにはなるし――組合になんか言われそうでぶっちゃけ迷惑だ。

 私が遠回しにそう言ったってディアンは笑って聞き流して、全然相手にしてくれないけど。


 気のせいだろうか。創村祭以来、こいつはどこか態度がでかい。


「ちょっと飲んでいい?」

「どうぞ。つーか冷めてるよ」

 あまり気にしてない様子で、ディアンはカップを傾けている。形の良い眉をきゅっと寄せて、目を閉じて――なんだかただならぬ様子に、あたしはペンを止めた。そういやこいつは金持ちだ、あたしら貧乏人よりも舌が肥えていてもおかしくない。


「んー……」


 目を開けてもう一度カップを覗き込み、ディアンは真剣な眼差しでお茶を見つめている。でも、見ているだけ。もしかして、「つめたいなー」とか考えているんじゃなかろうか。

 少しだけ、イラッとする。人が仕事の手を止めているというのに、なんとのんきな。

 肩をすくめ、あたしは書類に向き直った。この書類を終えれば、とりあえず今日のノルマはクリアだ。

 壁の時計が、内蔵のベルを鳴らして時を告げる。ああ、もう浴場はしまってしまった。寒いから、たまにはあたたかいお湯に浸かりたかったのに。なんだってこう、あたしは仕事に時間がかかってしまうんだろう。


 局長になってもう随分経つのに、未だに手際の悪い自分が嫌になる。そうでなくとも年末は何かと忙しい。あたしら郵便局にとって最繁忙期だから、書類仕事ばかりやっているわけにも行かないのに、毎日毎日書類仕事と地域の仕事でギリギリだ。あー、もう一対腕があればなぁ。


 自己嫌悪で字が少し乱れ始めたとたん、唐突にディアンが「そうだ」と声をあげた。


「これ、ケーキじゃない?」


 何を言っているんだコイツは。この液体がどこをどうしたら焼き菓子なのだ。

 あたしは眉根を寄せて言い返した。

「はぁ?お茶よ」


「じゃなくて。このお茶の味、ケーキっぽい」


 もう一度カップを傾け、ディアンが一人頷く。

 ああ、もう、集中できない。

 彼からカップを奪って、あたしはスプーン一杯分くらいだけ残っていた最後のお茶を飲み干した。


 口の中に、独特の香りが広がる。

 ふんわり広がる、甘い匂い。その中にある、どこか爽やかな甘酸っぱさ。冷えてしまっているけれど、あたたかいときと変わらずお菓子を口に放り込んだような香り。


 お菓子――そうか、もしかして、バニラとイチゴ?


「そっか、いちごのケーキ!」

 頭の中に、ポンと音をたてて真っ白いクリームの上にちょこんと乗っかった真っ赤なイチゴが浮かんだ。

 そうか、アレだ。でもこれは金持ちのぼんぼんだからこそわかったんだな。あたし、真っ白いクリームと真っ赤なイチゴのケーキなんて、特別なときしか食べた覚えがないぞ。えーと、誕生日とか、祝日とか。


 祝日とか。


 やっと思い立って、あたしは思わず指を鳴らした。

「あ、そっか。もうすぐ降誕祭だ。成る程、だから最近手紙多いのか」

 確か、建国神話の中で、創造者が大陸に降り立った日。歴史も古典も得意じゃないからあやふやだけど、伝統的な国民行事だ。降り立っただけじゃめでたくもなんでもないだろと思わなくはないけれど、降り立たなければ国はできなかったわけだから、まあ祝ってもおかしくはないのかなという感じ。

「……なにその今更な感じ。今、村中降誕祭一色だよ」

 降誕祭の期間、スピリーツェみたいな田舎でさえ町並みがだいぶ派手になる。木々を飾ったり、色のついた炎を灯したり。温暖なスピリーツェでは滅多にないけれど、ごくまれに雪が降ることもあるので、それらは白色にとても映える。


「知るか。あたしは忙しいの」


 のんびり散歩でもできるのならあたしだってもうそんな時期だって気付いていただろう。だけどさ、前述の通り最繁忙期なんだよ。ここんとこ仕事量がハンパじゃないわけ。

 あたしは一日中机に縛り付けられているし、そうでないときは泥のように眠ってる。食べ物や飲み物はロージアス家の双子が何かといっては世話をしてくれるし(決してたかっているわけじゃあないつもり)、夕方冷え込む前に鬼秘書が鬼の仮面を外してお湯を沸かしてくれるのであたたかいお湯に浸かりたい気持ちはあっても入浴のために浴場へ外出する暇もない。

 こういうありがたい友情は、ある意味あたしが局から外に出ようとしない最大の原因だ。


 それにしても、もうすぐ降誕祭か。

 なんてしみじみ感じ入ってみても、結局は建国神話なんてはるか昔に忘れ去られて、世の中では酒を飲んでごちそうを食べて更にケーキなんかも食べたりしちゃって、ついでにカードやプレゼントを贈り合う、そんなただの季節のイベントに成り下がっている。


 もっともあたしにとって、それは好都合。

 カードやプレゼントを、誰もが手渡しできるわけではない。遠く離れた人に手渡しするのは手間もお金もかかるし、面と向かって手渡す勇気のないヘタレだっている。


 そんなアナタ、今すぐお近くの郵便局へ。


 つまり、あれだ。郵便事業の担い手にとって、降誕祭は年間屈指の儲け時なのである。3本の指に入るかな、たぶん。

 ビジネスチャンスにテンションが上がってきたあたしを、ディアンが胡散臭そうに覗き込む。

「……何ニヤニヤしてんの」

「そうだ、ミルッヒの鼻、赤く塗ってみるってどうかな」

 童謡を思い出してあたしはディアンの腕を掴んだ。降誕祭の歌の一つに、童話をもとにした歌がある。降誕祭の前夜、白髭をたくわえて赤い外套を着た聖人がトナカイの引くそり(何故か空を飛ぶ)に乗っておもむろにやってきて不法侵入を繰り返し、靴下という靴下に無理やりプレゼントを詰め込んだ挙句、勝手にご家庭の降誕祭用料理を食い散らかしていくという謎の童話。その中で、トナカイの鼻は赤いことになっているのだ。

「んで、あんた付け髭して赤いコート着てさ。夜の空を飛ぶの。絶対噂になるって。スピリーツェは童話の聖者がプレゼントやカードを配達してくれるって。そうなればお客大喜び大殺到売り上げ倍増ノルマ達成あたしも大喜び!」

 あたしはウキウキと彼の手を握って振り回した。スピリーツェの郵便局自体はさして成績が悪い方ではないけれど、やっぱ少しでも売り上げは多い方がいい。そうでなくても、あたしは若い女の子だってことで他の局長や上層部には軽視されてるし。

 やー、名案名案。さっそく鬼秘書さまに話してみよう。うまくすれば降誕祭に間に合うぞ。


 一人浮かれるあたしをしげしげと眺めていたディアンは、ふと小さく呟いた。


「……しごとばか」


 うるさい。あんただって局長になってみればすぐさまこうなるわよ。あたしは局長を辞める気ないから他の誰かが局長になることもそうそうないだろうけどさ。


 あたしはディアンを横目で睨んで、唇を尖らせた。


どうでもいいけど、イチゴショートは日本生まれらしいですね。

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