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POSTAL HEART  作者: KKN
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extra-2 Precious Junk : 後編

 ちーちゃん、顔を真っ赤にして曰く。


「この道をずっと行けばね、前いた町に帰れるはずなの! 来るとき馬車の中から見てたもん!」


 ディアンくん、ものすごーく呆れた。

 どうやらこの子は、自分の荷物一式をリュックに詰め込んで家出をしてきたらしく――しかも、徒歩で。無茶というか無謀というか、考えなしというか。

「歩いて帰るつもり?」

「だからその馬ちょーだい」

 そして悪びれもなく、さらりとこんなことを言ってのけてしまうのだから、今をときめく最先端のいじめられっこの割に意外と図太いのかもしれない。

「ダメだよ、コイツ家のだし」

「じゃほっといて」

 素っ気なく言ったきり、ちーちゃんはディアンくんに興味をなくしたみたいだ。ちーちゃん、ついと視線を動かして、まっすぐに前を見ると唇を引き結ぶ。なんとも凛々しい表情には、決意という言葉がみなぎっていた。


「じゃあね、ばいばい」


 よたよたと歩き出すその背中を見て、なんだかディアンくん、とってもがっかりしてしまった。

 偶然とはいえやっと会えたのに、友だちになってくれないかなと思ったのに、ちーちゃんは村を出て行くっていうのだから、そりゃあ、悲しくもなる。

 だから少しだけ――本当に少しだけ意地悪を言ってやりたくなって、小さい声で言ってみた。


「前いた町に帰ったって、親に捨てられたなら行くとこないじゃん」


 だけどそれは多分、ちーちゃんにとっては何よりつらい言葉だった。その証拠に、さっきまで鼻息荒く強気な態度だったその大きな目がみるみる潤んで、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。そのうちしゃくりあげ始めたものだから、ディアンくんはたまらない。


 どうしよう。


 ディアンくん、おろおろと辺りを見回した。当たり前だけど、誰もいない。ってことは、誰も助けてくれない。

 泣かしたのは自分だから、自分でどうにかしないといけないということなのかもしれない。

 混乱してどうしたらいいのかわからないディアンくん、ポケットに入っていたガムを一枚、ちーちゃんに突き出した。お兄ちゃんと喧嘩して泣かしてしまったとき、お菓子をあげると機嫌が直ることを思い出したからだ。


「あげる」


 脈略のない贈り物に目を白黒させたのは、ちーちゃん。黙って受け取って、警戒心からか匂いをかいでいる。動物みたいだ、ディアンくんはちょっとだけ笑った。


「かえろ」


 馬を下りたディアンくん、ちーちゃんを馬の上に乗せようとして腕を掴む。だけどちーちゃん、いやいやをしてその手をふりほどいた。


「前いた町に行くもん」

「なんで?親、いないんだろ?行くとこないじゃん」


 しまった、思ったときにはもう遅い。ディアンくん、ちーちゃんにまたもひどいことを言ってしまった。

 案の定ちーちゃん、みるみる真っ赤になった顔を泣き顔に歪める。


「でも、お友だちがいるし! パパとかママとか、いなくたってみんながいるし!」


 ディアンくんをドンと突き飛ばして、ちーちゃんは怒鳴り散らした。

「誰も、あたしのこと、ゴミだなんて言わないし! みんな優しいし、いっつもいっしょに遊んだし……」


 ふえぇ、と、力の抜けた声でちーちゃんが大泣きするまで時間はかからなかった。


 ディアンくんは、どうしていいかわからない。だって、ちーちゃんの気持ちはディアンくんにとってはすごく当たり前のことだったから。

 ディアンくんも自分のことを『カス』と言わない友だちのいる村が別にあるなら、お兄ちゃんと自分を比べない場所があるなら、そこに行きたいと思うはずで。そんな場所がないから、仕方なしにスピリーツェにいるだけの話なのだ。

 もともと『そんな場所』にいたちーちゃんは、ディアンくんが行きたいという気持ち以上に帰りたいと思うんだろうなって、ディアンくんには簡単に予想がついた。


 さて、困った。

 ディアンくんは、スピリーツェで、ちーちゃんに友だちになってもらいたかった。でも、ちーちゃんはスピリーツェから離れて、帰りたい。ちーちゃんの言う、優しくて一緒に遊んでくれる友だちがいるところへ帰りたい。

 友だちになってほしかったのに、二人のねがいは重ならない。

 一生懸命、考える。ちーちゃんの気の抜けた泣き声でちょっと集中できないけれど、ディアンくん、学校の小テストのときよりずっとずっと一生懸命考える。

 だって、ディアンくんだって、必死なのだ


 そうだ、と、ディアンくん、顔を上げた。

 ねがいが重ならないなら重ねたらいい、それってうんと簡単な話だって気付いたのだ。


「おれ、ゴミって言わないから、帰ろ?」


 ディアンくん、本来の目的をすっかり忘れていたみたいで。

 彼の企みは、『ざんぱん』と友だちになってもらうこと。だってそうすれば、もう一人じゃないから。前にいた町に帰られてしまったら、ディアンの企みは脆く崩れ去ってしまう。そうなると、ディアンくんも必死だ。


「いっしょに遊ぶから、優しくするから、帰ろ?」

 『ざんぱん』が、ちーちゃんが、村にいてくれれば自分は一人ぼっちでいなくてもいい――ディアンくんが一人ぼっちじゃないってことは、この子だって一人ぼっちじゃないってことで。

 友だちになってもらいたい、そう思う気持ちが強すぎて、ディアンくん、すっかり忘れていた。別にちーちゃんがディアンくんの友だちになってもらう前に、ディアンくんがちーちゃんの友だちになればいいだけの話なのだ。

 友だちになってもらうために、友だちになればいい。二つはとても似ているけれど、やっぱり違うことだ。ディアンくんにとって、友だちになってもらうことは大丈夫だけど、友だちになることはちょっと怖い。

 それは、プレゼントをもらうことはすごく嬉しいのに、あげることは少し不安なのとよく似ていた。嫌がられたらどうしよう、迷惑だったらどうしよう。

 でも、ディアンくん、本当は知っていった。プレゼントをもらって困惑することはあったって、いじわるな気持ちがなければそれはとても嬉しいことなのだ。

 たとえ中身が、どんなものだって。

 たとえそれを、誰かがゴミと呼んだって。

 みんながゴミだと言ったって、他の誰かから見たら嬉しいものもあるって、ディアンくんは知っているから。他の誰かからしたら『ざんぱん』でも、ディアンくんはこんなに友だちになりたいのだから。


「それなら、おじいちゃんも友だちもいるから、おじいちゃんもいるぶんスピリーツェのがいいだろ?」


 自分を『カス』と呼ばない、お兄ちゃんと比べない、そんな場所。

 今はまだないけれど、ちーちゃんさえ村にいてくれたら、スピリーツェがそんな村になるチャンスはまだまだあるのだし。

 ディアンくん、まったくもって自分勝手な言い分で、ちーちゃんを引き止める。

「だから帰ろ。おれぜったい、約束するから」


 だけどちーちゃん、ディアンくんにとっては自分勝手な企みでも、素直に嬉しかったみたいだ。

 その証拠に。

 ちーちゃん、戸惑ったように唇を引き結んで、だけど確かに頷いた。


 怖がる必要なんて、ないのだ。

 本当は、ディアンくんだって。


 


* * *


 


 結局、大人たちは誰もちーちゃんの家出に気付いていなかったようで。

 お使いから帰ったディアンくんとちーちゃんが馬と大きなリュックサックを置いて一緒に遊んでいても、誰も何も言わなかった。


 もっともそれは、大人たちだけの話。いじめっこたち、二人が一緒にいるのを見てここぞとばかりに大騒ぎ。


「見ろよ、おい、『しぼりかす』と『ざんぱん』が一緒にいるぜー」

「うわー、ゴミ捨て場だー」

「ゴミくせー、生ゴミくせー」


 絞りかすと残飯で生ゴミ。

 いじめっこたち、新旧いじめられっこコンビを見て大喜びではやし立てる。かっこうの、からかいの的だ。

 「ざんぱんじゃないもん」、いつもどおり言い返そうとしたちーちゃんがふと自分を振り返ったのに気付いて、ディアンくん、思わず瞬きする。

 ちーちゃん、長い睫毛をぱちぱちと動かしてディアンくんをじっと見た。


「カス?」


 ディアンくん、カッと顔が熱くなる。


 一番言われたくないことだけれど、言われたくないから言わないでねって説明するのも嫌で話さなかったこと。

 『兄貴の絞りかす』と言われたくなくて、そんなこと言わない友だちが欲しくて、ちーちゃんを探していたというのに。やっとやっと、見つけたのに。

 ここでいじめっこなんかに暴露されたら、苦労が水の泡になってしまうかもしれない。


「……おれ、『カス』じゃない」

 小さく呟いて、ディアンくん、唇を噛む。

 もう少し上手く言えればよかったのだけれど、ディアンくんには出来ない芸当だった。たぶんそれができるのなら、そもそも今までいじめられっこ最前線になんていないですんだだろうし。


 何も言えないでいるディアンくんの様子がおかしいことに、いい加減ちーちゃんも気付いた様子。

「それくらい、見りゃわかるわよ。でもあたしあんたの名前知らないもん」


 そういえばそうだった。二人きりだから、名前なんて呼ばなくてもどうにかなっていたのだ。

「……ディアン」

 おずおずと、ディアンくんは名前を呟く。

 ちーちゃん、無駄なことは言わずににっこり笑って頷いて。

「ふぅん」

 ディアンね、そう呟いてからちーちゃんはディアンくんの手を取って、引っ張った。

「ここうるさいからあっち行こ、ディアン」


 それを見て、黙っているいじめっこではないのだけれど。

 まだぎゃあぎゃあ言っているいじめっこを無視して別の場所へ行こうとするちーちゃんに手を引かれ、ディアンくん、なんだかとても嬉しくなった。

 一人ぼっちじゃないというだけでいじめっこの嫌がらせなんて気にしないでいられるのだから不思議だ。いつもなら半泣きで逃げ出して、家に閉じこもって次の日の朝まで引きずっていたというのに。おれはカスじゃないって、一生懸命自分に言ってあげるのに。


 なんだ。あいつらの言うことなんて、ぜーんぜん、たいしたことじゃない。


「なにニヤニヤしてんの」

 ちーちゃん、ディアンくんの怪しい様子にちょっとだけ眉をしかめる。

 なんでもないよ、そう言ったディアンくんに、ちーちゃんはポケットから飴玉を取り出して握らせてくれた。ガムのおかえしかもしれないし、単なるおやつかもしれない。

 でも理由なんてなんでもいい。プレゼントは、嬉しい。

 二人して飴玉を頬張り、もごもご言いながら道を歩く。スピリーツェは家と畑だけの小さな小さな村だけど、二人で探せば、いじめっこたちに邪魔されない遊び場だってすぐに見つかるはずだ。



「ディアンはあたしをゴミって言わないって言ってくれたからね、あたしもディアンをカスって言わないって決めたの」

 もう少し二人が大人になってから、ちーちゃんはこのときの気持ちをディアンくんにこう暴露する。



 そんな未来を知るはずもない子供の二人、それでも何故か自信はたっぷりだった。


 いじめっこはゴミ捨て場だなんて失礼なことを言ったけれど、多分これは、二人にとって特別な、絆。

 やっとやっとやっと、二人はスピリーツェの村に自分の居場所を見つけたのである。


 

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