extra-1 Precious Junk : 前編
スピリーツェ一のおっぼちゃんといえば、ロージアス家の双子だ。
なにせ、田舎とはいえ元領主のお家柄である。おぼっちゃんもおぼっちゃん、村一番のぼんぼんだ。
なのに、双子の弟くんは、いつもゴミ扱いされている。
べつだん、他と比べて能力が劣るわけでもない。どちらかといわなくても外見は整っているし、性格も割とひいき目にみてまあまあ――少なくとも、嫌われるほどではない。それでも、彼はゴミ扱いをされている。
生まれてこの方ずっと傍らにいる双子の片割れが村でも指折りの優秀な子供だったので、普通の子供である弟くんは、どう頑張っても見劣りしてしまうのだ。
ついたあだなが『カス』。優秀な兄貴のいいところを搾って搾って最後に残った絞りかすのようなものが弟くんであると、そういうことらしい。
本人も本人で、言い返すとかそういうことを、まったくしなかった。
弟くんとしては不出来なことを自覚しているものだから真っ向から否定できないなんていう気持ちもあったのだけれど、それが事態をますます悪化させて。
いまや弟くん、スピリーツェの子供たちの中でもかなり年期の入ったいじめられっこ。
ディアン・ロージアスは、いっつも、ひとりぼっちだった。
***
さて、ディアンくん。
最近、実は、ひとつ企んでいることがある。
その企みのために、放課後は決まって、村中を走り回っていた。
ここのところ、おかしいとは思っていた。
いつもいつもからかってくるいじめっこが、自分の方を見向きもしない。気になって聞き耳立ててみたら、どうやら新しい標的ができたみたいだ。
新しいターゲットは、少し前に、スピリーツェに引っ越してきた女の子。
親にゴミみたいに捨てられたから、つけられたあだなが『ざんぱん』。なんだか、他人事とは思えないいじめっこたちのネーミングセンスにいっそ惚れ惚れするなぁだなんてちょっとだけ思うのは、多分自分が標的から脱落したから。
はじめは、自分もいじめっこになろうかななんて、思ったりもした。
だって、最近村に来た子ならディアンくんが先代のいじめられっ子だなんてわかるはずもないし、ちょっといじめっこ気分を味わってみるのも悪くないじゃないか。
たくさんの他の子供たちがやっているんだから、きっと楽しいんだろうってディアンくんが思ってみても、誰も責められない。
でも、ディアンくん、ちょっと躊躇する。
自分だって、もう、十歳。確かにまだ子供だけど、でも、子供の中ではお兄ちゃんな方なのだ。かわいそうな女の子をよってたかっていじめるなんて、ちょっとかっこ悪いと思えるくらいには大人だ、たぶん。
だから、ディアンくん、考えた。
いじめられっこディアンくんには、友だちがいない。双子のお兄ちゃんとはそれなりに仲がいいけど、友だちとはちょっと違う。
だから、ディアンくんは、自分が先代いじめられっこだって知らないその子を逆に味方にしてしまおうと考えた。そうすれば、もう、一人ぼっちで遊ばなくてもいいのだし。
問題は、友だちのいないディアンくんはうわさにちょっと疎いってこと。その子がどこにいるかなんて、皆目見当もつかない。だから、ディアンくん、毎日毎日村中を探し回っていたというわけ。
* * *
可愛い子には旅をさせろ、と、どこかの地方の言葉にあるらしい。
でも、だからって、良家のご子息を連れもなしに隣村にお使いに出すっていうのは、かなり、どうかと思う。
――ディアンくん、ぶつくさ言いながら帰路を行く。
スピリーツェと隣の村、実はけっこう近いところにある。
普通の子供には小旅行だけれど、乗馬の得意なディアンくんにとってはたいしたお使いじゃない。それでも、まだ『ざんぱん』にめぐり会っていない身としては、面倒くさくて仕方がない。
ぱっからぱっから、馬の上から前を見ていたディアンくん。そろそろ、スピリーツェも見えてきたあたり。
「あ」
思わずぱかっと、口を開けてしまう。前の方から――だから、スピリーツェから、何かがよろよろやってくるのが見えたから。
よく見ると、女の子。
栗色の髪と緑色の目をした、見たこともない女の子。
もしかして――ディアンくんの心臓が、少しだけ早くなる。
もしかして、いや、もしかしなくてもあの子が『ざんぱん』だろう。こんな小さな村なのに、子供の数なんてたかが知れているのに、今まで見たことのない女の子。
なんだかやたらと大きいリュックサックを背負っているけれど、一体なんなのだろう――
女の子は、ディアンくんに見られていることも知らずに相変わらずよたよた歩いてくる。
ディアンくん、ぼんやりとそれを眺めて――思わず、呟いた。
「……『ざんぱん』?」
そして、その瞬間、顔面に靴が飛んできた。ぼんやりしていたから避けきれなくて、ディアンくんはまともに顔で受け止める。
「あたしゴミじゃないもん! 捨てられてないもん! 何度言えばわかるのよっ!」
女の子、思っていたよりすっと元気な様子で地団駄踏んでいる。柔らかい靴下で足踏みしたら柔らかそうな足の裏が痛いんじゃないかなだなんて、ディアンくんはのんきに考えた。
だって、別に、ゴミとか捨てられたとか本気で思っているわけではないし。あんなに村中走り回ったのに今更みたいにそれらしき子に会えたから、思わずぼうっとして口走ってしまっただけで――その子に関する手がかりは、『ざんぱん』っていうあだなだけだったものだから。
「え、あの、おれ」
「おじいちゃんにおいでって言われたから来ただけなの! あたしにはちゃんと名前があるって言ってるじゃない!」
どうやらディアンくん、いじめっこと間違えられたもよう。もう片方の靴や、ハンカチや、飴玉や、帽子や、色んなものが次々に飛んでくる。避けられないほどではないけれど、馬が驚いてしまうのでなかなか大変だ。
「名前……知らないし……なんて名前?」
ディアンくん、とりあえずそんなことを言ってみた。友だちになるつもりなのに名前を知らないっていうのも、なんとなく不便だし。
「……チェリス。みんなちーちゃんて呼ぶもん。ざんぱんなんて呼ばないもん」
聞いてもいないのにちーちゃんはご丁寧にあだ名まで教えてくれる。
『みんな』って、誰のことだろう。親に捨てられたっていう話が本当なら、それ以外の誰か。つまり、ちーちゃんは、もともとは誰か仲良しさんがいたということ。
じゃあ、別に、ひとりぼっちじゃないといられないなんていう変わり者でもないはずで。それってつまり、ディアンくんとも仲良くしてくれるかもしれないということ。
ディアンくん、期待に胸がどきどきした。
「ちーちゃんなにしてるの?お使い?」
友だちになれるかどうかも気になっていたけれど、それと同じくらい大きいリュックも気になっていたので、ディアンくん、思い切って聞いてみる。
だけどちーちゃん、ムッとしたみたいで黙ってよそを向いてしまった。そのままディクスくんから逃げるように歩き出す――ずいぶん、よたよたと。
「いいでしょほっといて」
「え、だって、荷物重そうだし。おれ二人乗りできるし、乗んなよ」
ディアンくんの声に、ちーちゃん、たっぷり数分考えて。
それから、思い切ったみたいにディアンくんを見上げた。




