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POSTAL HEART  作者: KKN
38/44

跋章

 スピリーツェ創村祭は、その影に隠れた小さな騒動が村人に知られることもなく、あっさりとその幕を閉じた。


***

 

 年に一度のお祭騒ぎを終えたスピリーツェの村は、ものの数日でかつての平穏を取り戻していた。

 けれど、創村祭の前と後、変わったことが幾つかある。


 例えば、郵便局への志願者が増えたということ。特に飛竜乗りの志願者が突然増えたのは、創村祭開催の挨拶のときにチェリスとディアンが鮮やかに飛竜を操ったからだろう。特に現役の飛竜乗りであるディアンと真白く美しいミルッヒは羨望の的で、彼は困ったような照れたような顔をして、希望に顔を輝かせた少年や憧れに頬を赤らめた少女をあしらいながら日々を過ごしている。

 例えば、フィーアにも逮捕権が与えられたこと。的確な指示を与え犯人を追い詰めるその手腕が認められたのだが、当の本人はいつも通り配達の指示と郵便物の区分に追われる地味な毎日を送っている。だって外に出る気はないもの、日に焼けちゃうじゃない、というのがフィーアの弁だ。


 そして。


 チョコレート色のドアが、かろんかろんと音を立てる。

「いらっしゃいませぇ」

 ナルの間延びした声にチェリスが顔を上げると、そこには見慣れた女医の姿があった。

「わぁ、アリエラさんいらっしゃい」

「コンニチハ。調子はどう?」

 スピリーツェ唯一の開業医であるアリエラとチェリスの間は、創村祭の前と後では比べ物にならないほどに親密になっていた。チェリスが人生の先輩であるアリエラに一方的に懐いているのだが、アリエラの方も満更でもない様子だ。部下には言えない悩みを打ち明けられる対象ができて良かったと、局員たちは密かにアリエラに感謝していた。

「最近はいたって健康です」

 にっこり笑うチェリスに、アリエラが微笑み返す。書類仕事に追われていたチェリスは、これ幸いにとペンを置いた。

「書類ばっかで肩凝ってたとこですよ」

「あら、若いのに何を言ってるのよ」

 ころころと笑いながら、アリエラは大きめの封筒を窓口を守るナルに差し出した。

「これ、速達でお願いしたいの」

「かしこまりましたぁ」

 鼻歌交じりに封筒の重さを量るナルを横目で見ながら、チェリスが呟く。

「……フィルさん、ですか」

「えぇ」


 ――創村祭の、前と後。

 もう一つ、明らかに変わったもの。

 それは、フィルという男の明暗。


 創村祭の数日後起こった事件は、チェリスを震え上がらせた。

 村外れにあるフィルの家がならず者に襲撃されたのだ。薄茶の目の男はスピリーツェに入ることができないはずなので、恐らく、他の誰かに。

 大怪我を負った彼は、今も生と死の境をさまよっている。家が外れにあるうえにスピリーツェでは珍しく近所付き合いもほとんど無かったため、発見が遅れたらしい。

 彼は最初はアリエラの診療所に担ぎ込まれたのだが、すぐに設備の整った大きな町へと搬送された。その後も情報をやりとりしているのか、アリエラはここのところ町の病院宛に速達を利用する。

 フィルが襲われた理由に思い当たる節がないわけではない。恐らく、フィルはベイシス・バイブルを狙う何者かに襲われたのだろう。局員たちは額をつき合わせてそう噂しあっていた。けれどチェリスは何も言わず、ただ通常業務に心血を注いでいる。

 余談だが、郵便局以外の誰かによってフィルに配達されたというベイシス・バイブル九分冊の所在は、定かではない。


 自分たちも、ベイシス・バイブルに関わった――そう思うと、不安になるのは確かなことである。無論、巻き込んだのは自分なのだから局員たちを守らなければとチェリスが気を張っているのも確かな話だ。

 けれど――けれど。


「助かると、いいですね」

 社交辞令のように空虚に響く声だけれど、それは本心だ。そして、それ以上でもそれ以下でもない。

 チェリスは、こう思っている。失敗はしたけれど、自分は、なすべきことをしたのだと。それが偽物だろうとなんであろうと彼に荷物を届けたのは、他ならないこのスピリーツェの郵便局なのだ。なすべきことは、すべて果たした。

 だから、そのあと彼がどうなったとしても、それは自分に――郵便局に、関係はない。


 自分に、言い聞かせる。


(あたしたちは、関係がない)


「まぁ、なんとかなるだろうな、とは思うけどね」

 アリエラに、チェリスは微笑む。

「そうですね。スピリーツェは、平和であってほしいですもん」

 関係はないけれど、それでも、助かるといいなとチェリスは少しだけ思った。


 ナルが、受け取った封筒に赤インクで『速達』と書き入れる。差し出された小銭を数え、にこやかにおつりを差し出す。

 アリエラはそれを受け取り、二言・三言雑談を交わしてから再びかろんかろんという音を立てて帰っていった。

 アリエラと入れ替わるように、別の客が局内に入ってくる。


 手元には山積みの書類、背後には鬼秘書。


 チェリスは苦笑を浮かべてから、きりりと表情を引き締めて退屈な書類に向き合った。


***


 風が吹くとキィキィ鳴る風見鶏が、穏やかにゆらゆらと揺れる。


 村の中心部ではなく、しかし商店街のど真ん中という人通りの多い場所に少し古びた建物があった。

 ところどころ錆の浮かぶ白塗りの鉄柵に囲まれたそこは、白い壁とチョコレート色のドアをしていた。一見すると普通の民家である。しかしドアには木製の古びたプレートが掛かっていて、それを読むことでここがただの民家ではないことが誰にでも理解できるだろう。


 『郵便局』と書かれたそれは、穏やかに風に吹かれている。


 スピリーツェの村は、今日もいい天気だ。




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